第10話 薬草採取
今回、少し尾籠な話が入ります。苦手な方はごめんなさい。
街の外門から出ると太陽はまだ東の空にあった。時間にすれば九時から十時くらいだろう。道すがら話を聞いたんだけど、薬草採取には今ぐらいからお昼くらいまでが一番良いらしい。
「今くらいの時間に採った薬草が一番効能が高いのよ」
とセディさんが教えてくれた。セディさんは見た目は俺たちと同じ歳くらいの女性だ。薬師の家系に生まれて、実家は別の街にあるそうだ。今は一人でこの街で薬師として仕事をしているらしい。俺と同じくらいの年齢で、もう独り立ちしているなんて、凄いな。
確か山菜なんかは早朝が良いとか言っていた気がする。日が昇るにつれ灰汁が増えていくとかなんとか。薬草の場合は逆にその灰汁が薬効成分になるからある程度日が昇った時間が良いという事か。
今回の同行者はセディさんを含めて四人。全員女性の薬師たちだ。皆同じくらいの年齢っぽい
なんでも、薬草採取の護衛の仕事は大体四、五人くらいで共同で依頼するらしい。依頼料はほぼ定額なので、一人で依頼するより数人で折半する方が経費が安く済むということだ。逆に薬師の人数が増えれば、今度は冒険者の負担が増し、依頼を受けて貰えなくなるらしい。
タクシーに乗り合いで乗るようなものか。一人で乗ると運賃が高くつくけど四人で乗れば四分の一で済む。逆に人が増えれば定員オーバーしてしまう。世界は違っても似たような考えをすることもあるんだな。
薬草の群生地までは街から歩いて三十分くらいらしい。途中までは街道を歩くので然程危険はない。
群生地にしても林や森の奥深くまではいかないので、滅多な事では危険な目に合うことは無いのだが、やはり女性だけだと色々な意味で危険が付きまとう。
「男性の薬師はいないんですか?」
「いないわけじゃないけど、大体線が細い人ばかりだしね。頼りにするにはちょっと……」
自分もあまり屈強という感じではない。気のせいかセディさんも少し不安なものを感じているような気がする。
「でも、ミハルさんたちは凄い魔法を使えるから、とても心強いわ」
と別の薬師の女性が言った。美陽姉たちから聞いたが、以前にもこの人たちの護衛を引き受けたらしい。その時は運悪く、猪のような動物がいたらしい。とは言ってもかなり離れた位置にいたので、猪は薬師たちには気が付いてなく、それほど危険は無かったようだ。
セディさんたちは慌てず距離を取ろうとしたのだが、美月姉が魔法を撃って猪を仕留めたらしい。そういえば何日か前に猪の肉が捕れたって言ってたっけ。肉は美月姉が美味しく調理してくれた。美味かったなぁ。
「そうそう。だから今度もミハルさんたちが依頼を引き受けてくれたら良いねって話をしてたのよ」
「ありがとうございます」
良かった。美陽姉たちの評判は良いらしい。けど、俺ってますます要らない子なのでは……
「ところで~」
薬師の一人がにんまりとした表情で話しかけてきた。
「三人はどういう関係なんですか? 姉弟にしてはあまり似ていないような……」
他の人たちも興味深そうだった。どんな関係って言われても、ただの幼馴染だよな、今のところは。
「そりゃあ勿論、恋人同士ですよ」
そう言って美陽姉が俺の右腕に絡んでくる。美月姉も負けじと俺の左腕に絡んでくる。
「そうです。お互い結婚を前提とした深い仲ですよ」
「なっ!」
何を言っているんだ二人共。俺たちはそんな関係じゃないだろ。慌てる俺を余所に薬師の女性たちはキャーという黄色い声をあげていた。いつの世も女性は恋バナがご馳走ということか。
反論する間も無く一同は盛り上がっていく。駄目だ、今更否定したところで聞いてくれそうもない。
聞けばこっちの世界は多夫多妻制ということだ。医療技術や衛生環境、治安等の問題から平均寿命は日本のそれよりも大分短い。なので地方の小さい村などはみんなで子供を作り、みんなで育てているなんてことも珍しくないらしい。
元々戸籍も厳密に管理されているわけでもなく、結婚についても、貴族や大商人などはともかく、一般庶民などは家族や周囲に報告する程度のことしかしないようだ。慶事という認識ではあるので、お祝いのパーティーなんかは開くようだ。勿論余裕がある人たちに限るようだが。
そうやって姦しく騒いでいるうちに、そろそろ群生地に近づいてきた。街道から外れ、踏み固められた細い道を進んでいく。
数分歩いたところで、群生地に辿り着く。早速薬師の女性たちがそれぞれ目当ての薬草摘みを始める。俺は美陽姉に尋ねた。
「俺たちはどうする? 三方に分かれて周囲を見張るのか?」
「ううん、私が探知魔法で警戒しているから、特に何もしなくても大丈夫。それに今からそんなに緊張していると意外と疲労って溜まるわよ。何かあったら声をかけるから、それまでは適当に休んでなさい」
美陽姉のそう言われて、俺は近くにあった倒木に腰を掛けた。薬師たちが全員視界に入り、且つ近過ぎず遠過ぎずの中々良い位置だ。
気を抜き過ぎないよう意識はしながらも、ぼんやりと薬師たちの作業を眺めていると、少し気になることがあった。
一人の薬師が周囲に軽く目配せをした後、奥の茂みの方へと進んでいった。しばらくすると今度は別の薬師が同じように奥の茂みへと入っていった。奥の方に何かあるのか?
気になった俺は美陽姉に声をかけた。
「なあ、さっきから薬師の子たちが奥の方へ行くんだけど、一人で奥の方へ行くのは危険じゃないか?」
コツン。美陽姉からの返答は痛みを感じるかどうかギリギリくらいの頭への小突きだった。
「鈍すぎる。 察しなさい」
「えっ? …………ああっ!」
言われてようやく気が付いた。お花摘みか。そうか、そうだよな。こんなところにトイレは無いもんな。
と、その時、今度はセディさんが奥の茂みへ進んでいった。俺は何とは無しにセディさんが消えた方を見つめてしまった。
ゴツン。今度はかなり痛みを感じる一発だった。
「ジロジロ見るな! デリカシーの無い」
「いや、そんなつもりじゃないんだ」
そっち方面の性的嗜好は持ち合わせてはいない。誓っても良い。ただ、今まで生きてきて経験したことない状況だったから、つい……
美陽姉とそんなやり取りをしていると、セディさんが戻ってきた。と同時に今度は俺が催してきた。
「美陽姉、ごめん。俺もちょっと」
「さっさと行ってきなさい!」
あらぬ誤解を避けるため、薬師の子たちとは逆の方へ用を足しに行く。こういう時、男は楽で良いなとしみじみ思う。
ある程度美陽姉たちから距離を取ったところで用を足し、すっきりしたところで、少し離れた茂みからガサッという音がした。慌てて音のした方を見ると茂みがゆらゆらと動いている。
――何かがいる!!
俺の中に緊張が走った。