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第1話 黒曜の双玉

 俺が冒険者ギルドの建物に入っても、見向きをする者は殆どいなかった。僅かに反応した者たちも一瞥をくれると、すぐに仲間たちとの談笑に戻った。それらの反応に対して俺は不快に思う事は無かった。

 特別優れた容姿をしているわけでも無い、然したる功績があるわけでも無い、ただのどこにでもいる新人冒険者の若僧にすぎない。それくらいは自覚している。周りの連中の反応は当然のものだろう。

元々・・いた世界でも似たようなものだった。いや、悪感情が無い分、こちら・・・の世界の方がマシかもしれない。


 俺の名は橘大地たちばなだいち。つい最近冒険者になったばかりの新人だ。生活費を稼ぐため、何か良い依頼は無いかと冒険者ギルドに足を運んだところだ。

 

 俺に遅れること数秒、またギルドに入ってくる者たちがいた。そして俺の時とは違い、部屋の中にいた冒険者たちからどよめきが起こる。


「見ろよ、黒曜の双玉だぜ」

「相変わらず別嬪な二人だぜ」

「おっ、今日は何か良いことあるかもな」


 入ってきたのは二人の女性冒険者。この辺りでは珍しい黒髪に黒い瞳。それだけでも注目の的になるが、それだけでなく、二人とも目を見張るような美しい容姿だった。

 一人は周囲の声が聞こえているのか、周りに愛想を振るように軽く手を振りながら歩いている。もう一人の方は笑顔は絶やさず軽く会釈をしながら淑やかに歩いている。

 一見すると見た目はそっくりな二人だが、周囲に与える印象は正反対な感じだ。


「なあ、誰だあの二人は? あんな可愛い娘、この辺にいたか?」

「ああ、お前はこの間まで別の街で依頼をこなしてたんだっけな。あの二人は少し前に、この街にきた冒険者でな、あの見た目から黒曜の双玉って呼ばれている二人だ」

「へぇ。あの二人だけでパーティーを組んでいるのか? 何なら俺たちのパーティーに誘ったらどうだ?」

「やめとけ。俺らだけじゃない。他のパーティーの誘いも断っているらしいぞ」

「なんでだ? 女二人だけだと危ないだろう」

「いや、それがな、聞いた話だと、あの二人、とんでもない実力者らしいぞ」

「へぇ。あんな可愛い顔しているのに、人は見掛けに寄らないってことか」

「まぁそういう事だな」


 聞くとはなしに聞こえてくる冒険者たちの噂話。何故か自分の事のように誇らしく思ってしまう。

 そんな話のネタになっていた二人は、依頼表の貼られている掲示板の前にいる俺の姿を見つけると、嬉しそうに走り寄ってきた。


「もう、大地、何で先に行っちゃうかなぁ」

「こら美陽、少しは気を使いなさい。大地ちゃんはシャイなんだから」

「シャイねぇ…… まあ良いや。で、大地、何か良い依頼はありそう?」


 そう言って俺に声を掛けてきたのは美陽。俺は普段は美陽姉みはるねえと呼んでいる。そしてもう一人の方は美月。こっちは美月姉みつきねえだ。見た目通りの一卵性の双子で、俺の一個上の幼馴染でもある。そして、俺を含めた三人でパーティーを組んでいる。

 が、俺があまりにも目立たなさ過ぎるので、美陽姉と美月姉、二人だけのパーティーと思っている連中も少なくない。まぁそれ自体は大した問題ではない。変なやっかみが無い方が楽なのは確かだ。そんなのは元の世界・・・・だけで十分だ。


「とりあえず、この辺りなんかどうかな?」


 そう言って俺は当たりを付けていた依頼をいくつか指で指し示す。


「どれどれ。 おっゴブリン討伐依頼がある。これにしない? 大地、美月」

 

 俺の選んだ依頼の中からゴブリン討伐の依頼を見つけた美陽姉は俺たちに同意を求めてきた。元々俺が選んだ依頼なので、俺には否は無い。後は美月姉だが……


「良いんじゃないかしら。ゴブリン討伐ならそんなに時間もかからないし。これにしましょう」


 美月姉の同意も得られたので、俺は掲示板から依頼表を剥がして受付へと向かった。


 それにしても、こうやって何度かギルドでも三人で一緒に会話しているにもかかわらず、何故か俺は二人とパーティーを組んでいるとは認識されない。余程俺の影が薄いのだろうか。まぁやっかみとか面倒なんで、別に不満も無いんだけれど。




「はい、ゴブリン討伐依頼ですね。ありがとうございます。気を付けて行ってきてください」


 何度かお世話になっている顔なじみの受付のお姉さんに会釈をして、俺たちはギルドから出ていった。中ではまだ二人の話で盛り上がっている連中もいるようだが、俺たちには関係ない。


 ギルドを出たところで美月姉が提案してきた。


「特に用意するものも無いし、このまま行かない?」

「そうだね。そうしようか。大地もそれで良い?」

「ああ、問題ないよ」

「じゃあ、いつものように転移魔法で跳ぶからね」


 そう言って美陽姉は俺と美月の肩に手を置く。すると、あっという間に別の場所に移動していた。ゴブリン討伐を依頼してきた村の入口近くだ。


「いやぁ、自分で言うのも何だけど、転移魔法って便利だよねぇ。一度行ったことがある場所じゃないと行けないのが難点だけど」

「そうね、もし向こうに戻れた・・・・・・・としても使えると便利よね」

「うんうん、交通費も浮くし、買い物とか楽そうだよね」


 何とも呑気な会話を続けている二人だったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


「ほら、無駄話をしていないで、とりあえず村の人に事情を聞こうよ」

「はーい」

「はいはい」

「はいは伸ばさない! そして一回!」

「「はい」」


 

 俺たちは村に移動し、依頼主でもある村の代表者に詳しい事情を聞いた。

 村の住民が、村の畑のすぐそばにゴブリンらしき足跡を見つけたらしい。そして時を同じくして、少量ではあるが、村の作物が荒らされ、家畜にも被害が出たらしい。ほぼ間違いなくゴブリンが近くに存在している。

 ゴブリンは単独で行動することは稀で、大体は集団で行動する。そして繁殖力も高く、あっという間に数を増やしていく。数が増えたゴブリンは村を襲い、下手をすれば小さな村では全滅してしまう恐れもある。

 

 今回の依頼はどれくらいのゴブリンがいるかの調査、そして可能であるならば駆除して欲しいということらしい。

 ゴブリンの数によっては少人数のパーティーでは全滅させるのは難しい。素早い対応をしたこの村は賢明だったと思う。


「じゃあ、さっさと片付けますか」

「そうね、時間をかけてもしょうがないし」


 本来ならこんな呑気な感じでいられる状況ではないんだが、この二人なら、まぁこんなものなんだろう。

 俺は特に諫めるでもなく、村の人にゴブリンの足跡があった場所へ案内してもらった。




「それでは、後はこちらで対応します。すみません、すぐ済むのでこちらで待っていていただけますか」


 そう言われた村人は不思議そうな顔をする。そりゃそうだ。すぐ済むってどういうことだって普通なら思うよな。でもこの二人なら本当にすぐに済んでしまう。俺は村人は放っておいて、二人に任せることにした。というか俺は殆どすることが無い。


「さて、では早速」


 そう言うと同時に美陽姉の周囲に魔法陣が浮かび上がる。美陽姉の探知魔法である。魔法が使えない俺には原理はさっぱり分からないが、正確に場所と数を把握出来るらしい。


「ふむふむ、二十匹ってところか。まだ若いコロニーだね。じゃあ美月、後はお願い」

「分かったわ」


 美陽姉に応える美月姉の前方に小さな二十個の魔法陣が発生する。フレイムアローという美月姉が好んで使う攻撃魔法だ。それぞれの魔法陣から放たれた計二十本の炎の矢が、遠方へと飛んでいく。


 こちらもどういう仕組みか分からないが、美陽姉から正確な座標を受け取った美月姉のフレイムアローには追尾能力と貫通能力に優れ、獲物を逃さず捉える。

 数秒後、炎の矢が飛んで行った方角から、小さい花火のような炸裂音が響いてくる。それを聞いた美陽姉が再び探知魔法を発動する。


「うん、ちゃんと全滅しているね。さすが美月」

「美陽の探知魔法が正確ってのもあるけどね」


 どうやら全部片付いたらしい。相変わらず俺の出番は殆どというか全く無い。一緒に待機していた村の人はぽかんとした顔をしている。無理もないな。今は慣れたけど、最初の頃は俺もこんな感じだった。

 とりあえず念の為、現場に確認をしに行くことにした。



 少し歩くと、小高い山の麓にある小さな洞窟をベースにしたゴブリンのコロニーがあった。村からは一キロと離れてはいない。もう少し日にちが経ってコロニーが育っていたら村も危なかっただろう。

 木の枝と草を使った寝床のらしきものがいくつかあり、周囲には美月姉の魔法で身体を貫かれたゴブリンの死体が何体も横たわっていた。コロニーの奥にある洞窟はそれほど大きくはなく、数メートル程度で行き止まりのようだ。中には小さい個体のゴブリンの死体があった。恐らく子供なのだろう。

 可哀そうと思う気持ちも無いではないが、こいつらが大きくなって村を襲うと考えれば仕方の無いことだと割り切れた。


 死体を放っておくと厄介なので、美月姉の魔法でコロニーごと焼き払った。念の為洞窟も崩しておく。ありえないとは思うが、仮に美陽姉の探知魔法から逃れた個体がいたとしても、この場で再び繁殖するのは難しいだろう。


 村の人も安心したところで村に戻った。あまりに早すぎる解決に代表者も最初は訝しんでいたが、案内してくれた人が話をしたところで、納得してくれたようだった。

 依頼書にサインをもらった俺たちは、美陽姉の転移魔法で自分たちの家に戻った。



「ああ、久しぶりの我が家よ」

「出て行ってから半日も経っていないでしょう」

「気分よ、気分」


 軽口を叩いている二人と別れ俺は自室へと戻った。

 本来なら依頼を終えたらギルドに報告に行くべきところなのだが、あまりに短時間で解決してしまうと不正を疑われてしまうということで、ギルドへの報告は明日することになっている。

 全くと言っていいほど疲れてはいない。それでも俺は何となくベッドに横たわった。


「何というか、あの二人はあっちでもこっちでも凄すぎるよ」


 俺は、僅かに自嘲の意味も含めて、そんな風に呟いた。

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