6話 市
「安いよ安いよ」
「見るだけならただ」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
懐が金額的にも物理的に重くなった私は手を叩きながら大きな声で客寄せをしている商人が立ち並んだり座り並んだりしている市に買い物に来ていた。
市、と一言で言っても規模は様々あり、店舗を構えた純正の商人が商っている商店街から、闇市まで様々あり、今回私が来たのは盗品や不良品、素人が作った粗悪品が大半を占めている闇市に片足突っ込んでいる様な自由市だった。
さて、なぜ私は真っ当な商店街ではなく自由市に来ているかと言うと、安さを求めてだ……った。
結論から言うと、市の商品は高額だった。と言うのも、後漢時代も食料不足と貨幣不足が影響している。
さらりと説明すると、前漢時代に2000万人だった人口が後漢時代には戸籍を持て居る人だけでも6000万人に増え、戸籍を持っていない人を合わせたら実に1億人にまで増加したと言う資料まである。そんな後漢では当たり前だが食糧難が発生した。え? でも現代の中国には14億人住んでるだろうって? 6000万人ぐらいどうとでもなるだろうって? その前提は品種改良、農薬、化学肥料様々あるが、その最たるものはハーバー・ボッシュ法だろう。水と石炭と空気からパンと火薬を作る方法。あの第一次大戦のトリガーの一つだと言われ、強すぎてなろう主人公でさえ見て見ぬふりをするしかないあいつである。中国やアメリカの人口爆発に耐えるだけの食料を生みだし、時にパンを、時に火薬を、環境を破壊しながら無限生産するリアル生産系チートスキルにしてリアル環境破壊デッキ、そのハーバー・ボッシュ法が後漢時代の中国には無いのである。そして、そんなハーバー・ボッシュ法が無い後漢では、食べ物が不足した事でのインフレが起こ……らなかった。と言うのもその食べ物を買う貨幣である五銖銭も不足していた為だ。
人口が3倍に増えているのだから普通はお金の数も3倍に増やさなければいけないのだが造幣技術が無いのか材料が不足しているのか、漢はお金を増やさなかった。日本でも1円玉を造るのに3円かかる。確証は無いが、五銖銭にも近いことが起こったか、お金を造れば造るほど価値が下がることを知っていたのか、もしくは儒教の考えで貨幣経済を不浄と考えたか、様々理由は考えられるがとにかく後漢はお金を造らなかった。
お陰で食料のインフレとお金のインフレが同時に起こり結果的に値段が釣り合ってしまった。そのせいもあってか、この時代に生きている人はインフレが起きていることを認識できなかった……と、思う。まあ、董卓とかは気づいていて対策したのだが、その対策が悪銭を造ると言うものだったせいで余計に混乱を呼んだ。
話が逸れたが、五銖銭の内情は前漢時代から考えて実に3倍の価値を持ち、それにもかかわらず前漢時代と同じ額の税金を国民は払っていた。お陰で国民は増税していないのに重税になると言う負のスパイラルに陥り、そのせいもあって後漢時代には生活が苦しいと感じた国民が黄巾の乱などを代表に反乱を勃発させまくり治安が悪化しまくった。
なら肝心の政府は裕福だったかと言うとそうでもなかった様だ。え? 国民の数が3倍になってお金の価値が3倍になっているのだから実質9倍の税収だろって? 残念ながらそんな界王拳みたいなことにはならなかった。
むしろ宦官と外戚の対立による政治腐敗や皇帝周囲の人間による贅沢三昧で財政難に瀕していたらしい。で、やめりゃいいのにその財政難を立て直そうと時の帝が売官などを行ったせいで余計に民の生活が苦しくなって遂には大爆発、黄巾の乱が発生し三国志時代に突入するわけである。
余談だが、三国志時代を終えた中国の人口は1500万人とも750万人とも言われている。これだけで、三国志時代が民草にとってどれだけ過酷な時代だったかが分かるだろうか。
さて、そんな後漢時代の経済状況を団長の手刀を見逃さなかった人以外は見逃すほどさりげなく説明したところで、買い物を始めよう。さあ、まず私の欲しいものリスト筆頭は狩りで消費した……矢だ。
「一文字か」
「ああ、良いもんだぜ? 一つ9銭、十で88銭だ」
一文字とは矢の種類の事だ。一文字はその名の通り矢の一番長い木の部分、シャフトとか篦と言われる部分の太さが一定の物を言う。一定で無い物もあるのかと聞かれればそうだと言える。例えばシャフトの真ん中の部分が太く両端が細くなっている物や矢じりの方が細く羽が付いている方にかけて太くなっていく物などがある。なぜその様な細工があるかと言うと後で説明した二つの方がよく飛ぶのと壊れずらいのだ。ならなぜ飛ばず壊れやすい一文字が売られているかと言うと安いからだ。加工がし易く素人でも大量生産が出来る。その為、市場に出回っている矢は大体が一文字だ。さらに、壊れやすいと言えば短所にしか聞こえないが、人同士の争いとなれば壊れやすいと言うのは、敵に再利用されないと言う長所にもなる為、あえて一文字を使っていると言う人や組織もいる。
「もう少し長い矢は無いか」
と、色々言ったが、残念ながら売っているのが一般的な弓や騎射で射る小さい弓用の矢で、私が買いたいと思っている長さの矢は無かった。
「ん? ああ、あんちゃんの背負ってるその弓で射るのか。そうなると、注文するか自分で作るしかないな」
やはり無いか。私の背負ている弓、それは所謂大弓だ。大弓は言葉の通り大きい弓で後漢時代に普及していた弓や騎射で用いる弓様の矢では小さすぎて引けない。故に大弓用の矢が欲しかったのだが、売っていないようだ。
「注文するとどれ位かかりますかね」
「かかるってのは何だ。金か時間か。俺は商人だから分からんぞ」
「誰なら分かります?」
「職人どもに聞けば分かるが、この頃は鉄の供給が不足してるからな。行って聞くだけ無駄かもしれんぞ」
「そうですか……ありがとうございました」
私は結局矢を買わずに火薬を作る用の硝石や食料を買うにとどまった。
「不味いな」
そして、買うものが無くなれば次は市場調査だと市を歩き回った私は苦虫を嚙み潰したよう顔を歪めた。
「まさかあるとは」
清酒、石鹸、椎茸、これらが何か、逆行転生時代小説が好きな皆さまならお分かりだろう。
日本の戦国時代御用達、お金を増やす三種の神器である。この三つと火縄銃があれば安土桃山時代でお手軽にチートが出来るという優れモノだ。
だから、チート呂布である私もこの三つで財を成そうとたくらんでいたのだが……ありました。
清酒は上澄みを掬いあげるという方法で、石鹸はローマで発見され作り方が広まっていた。
唯一、椎茸の人工栽培は無かったが需要も無いと言う有様だった。
そこで、歴史小説御用達お手軽チートセットが無理なら世界三大発明ならどうだと意気込み漢方を売っている店に入り火薬の材料を揃え作り、羅針盤も糸で吊るし南北を向く石を見つけ、それをやじろべえの様な物にし、なんちゃって羅針盤を作った。
そして活版印刷術も作ろうとした。
「……」
私はぐるりと辺りを見渡し初老の女性を見つけると足早にその老女の正面に立ち言った。
「何の成果も得られませんでした~~~~!!!!!!!!」
周りにいた人々と私の正面に立つ老女がぎょっとした顔で私を見た。
「私が無能なばかりに!! いたずらに時間を浪費し!!」
私は目から涙を流し鼻からは鼻水を流しながら老女の両肩を掴み続けて言った。
「活版印刷術の正体を!! 突きとめることが!! 出来ませんでした!!」
活版印刷術はハンコ文化を作るだけの技術が既にある中国なら作れるかもしれないと期待したが、漢字が複雑かつ大量にあるせいで難航した。結果、自分の名前のハンコを作るだけで挫折してしまった。
そこで私はようやくなぜこんなにもローマ字が地球で普及したのかを痛感した。たった26文字で全てを表現できる表記法とか……普及する筈だわ。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
老女がおいおいと泣く私を心配してか引きつった顔で尋ねてきた。
「すいません。ちょっと出来心で」
進撃の巨人ごっこしてました。そう言葉を続けようとした時、私の肩を後ろから誰かが掴んだ。
「出来心じゃねよ呂布」
「あれ? 龍さん」
いまだ赤い目で涙を流しながら振り向いた先には城門で出会った龍さんがいた。私は嗚咽の収まらない声でそう呟いた……貴方モブキャラじゃなかったんだ。
「何してんだ」
龍さんはギロリと私を睨みながら言った。
「ちょっと、進撃の巨人ごっこを、ミカサやアルミン皆を救いたくて」
「ミカサ? アルミン? 誰のことだ」
「さあ? わからない。誰の記憶だろう」
私は思わず胸に手を当てながら言った。
「……何言ってんだ? 本当に頭がおかしいのか? まあいいちょっと来い」
「ごめんなさい。所でどこに連れてかれるんですか」
「あ? 牢屋だよ」
龍さんが呆れた様に言った。
「え?」
こうして私の町に着いての初日の宿が決まったのだった。
これ後漢の解説ばかりで小説じゃ無くね?