「真実の愛」を見つけた公爵令嬢は婚約破棄を望む
私はテレジア。公爵家の女子に生まれた時からの、第一王子の婚約者です。
いずれ王妃となる運命に疑問を抱いたことなどありませんでした。
ですが私は知ってしまったのです。真実の愛を。
最初は熱病だと思いました。一過性の恋の病。どうせすぐに目が覚めると。
しかし自覚したその瞬間から胸が苦しくなり、その方のことばかり考え、眠れぬ日々を過ごすことになってしまいました。
相手の方は伯爵家の長男。いままではまったく気にも留めていなかったその方が、いまはきらきらと輝いて見えて、会いたくて、声が聴きたくて、たまらなくなってしまうのです。
「真実の愛を見つけたのですね」
苦しむ私に、大切な友人がそう教えてくださいました。
友人は男爵家の令嬢です。とても明るくて元気な、太陽のような女性。仲良くなったのは最近のことですが、私はすぐに彼女のことを前世からの親友のように大切に思うようになりました。
明るい彼女は誰からも好かれ、最近では第一王子も彼女に惹かれているようです。
もしかしたら王子も真実の愛を見つけられたのかもしれません。
そう気づいたとき、私は、とんでもない考えを抱いてしまいました。
――――婚約破棄をしてくださらないかしら、と。
私が王妃となるにふさわしくない心を抱いていると知れば、王子も決断していただけるかもしれません。そうすれば私はあの方と、王子は私の親友と、幸せになれるのではないかと。
しかしそんなことを言い出せるはずもなく。
この想いは一生胸に秘めて生きていこうと、そう決意したころ、あの方が宮殿で私に声をかけてくださいました。
宮殿の奥の森に、いっしょに散歩にいかないかと。
たとえ宮殿の中と言っても、王子の婚約者という身で、他の男性とふたりきりで出かけるなど、とんでもないことです。
しかし私の心は喜びに震え、差し出された彼の手を取ることしか考えられなくなっていました。
「テレジア! 目を覚ませ!」
手を取る寸前、王子が近衛兵を引き連れて私たちの元へやってきました。
「王子?」
「君は魅了の魔法をかけられている!」
魅了の魔法? 私が? そんなことがあるはずが――――
「…………え?」
なんということでしょう。
あんなに素敵に見えていたお姿がすっかりと輝きを失ってしまって。
あれほど胸を焦がした恋の炎は消え失せてしまっているではありませんか。
「貴様の仲間はすでに拘束してある」
王子はそうおっしゃると、近衛兵に彼を連れて行かせてしまいました。
いったい何が起こっているのか、混乱した頭ではうまく考えられません。
ふたりきりになって、王子は説明してくださいました。
私の親友が魔女で、伯爵の子息と手を組んで、私と王子の婚約を解消させようとしていたこと。
まずは私に近づき、魅了の魔法をかけて、伯爵子息に恋をさせて。
王子に同じく魅了の魔法をかけたことを。
「でも僕は……王族は、魅了や洗脳されないように魔法への抵抗力を高めているため、効かなかった。魔女はすでに拘束してある。もう安心していい」
真実の愛は完全に偽物だった。
友情も。
それに気づいたとき、足から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまいました。
「テレジア!」
「お願いします……婚約破棄をしてください。こんな、情けない……恥ずかしくて消えてしまいたい……」
王子の婚約者という身でありながら。
簡単に魅了されてしまって、その姿を王子に見られて。
婚約者失格です。消えてなくなってしまいたい。
「テレジア。そう自分を責めないでくれ。悪いのは君じゃない」
ですが、愚かにも魔法にかかってしまったのは私です。
「君があの男に向けていた表情に、視線に、僕は嫉妬で気が狂いそうになった……君が魔法をかけられていると気づいた時、犯人を絶対に許さないと思った」
王子の手が私の手を握りました。
「ずっと昔から一緒にいたから気づかなかった。僕は君を誰よりも大切に想っている。だから、そんなことを言わないでくれ」
「王子……ごめんなさい。私、もう二度と、こんな情けない姿は見せません……!」
それからは私も魔法の修行をして、魅了されないように抵抗力を高めました。もう二度と悪い魔法にかかったりなどしません。
それなのに、最近なんだかおかしいのです。
いままでのように王子と顔を合わせた時、話すとき、手を取るとき。
胸が高鳴って、切なくて、苦しくなってしまうのです……。