前編
「ミルカ、口開けて」
「ヤダ」
「……」
ナディアがいらいらしだすのが手に取るようにわかる。
ここ最近の決まりきった流れだ。別に、朝だからと慌てることのない職業なのだけど、そうはいってもいつまでも片付かないままではいられない。
しかしここでヴァイオレットが声をかけると、ナディアの努力がなくなってしまうので口をつぐむ。
「じゃあ、もういい。食べないなら、お昼にするからね」
「……食べないって言ってないでしょ!」
ミルカはむすっとした顔でナディアを睨んでから、じっとヴァイオレットを見上げてくる。
「……」
不満げに唇を突き出し、黙って睨み付けてくるミルカ。態度はとても理不尽なものだけど、だけどヴァイオレットにとってはそんなところも可愛すぎて、つい口を開いてしまう。
「……み、ミルカ」
「はぁい! なに? ヴァイオレットさん!」
途端に笑顔になって手をあげて応えるミルカ。ナディアが睨んでくるのをなんとか見ないふりをして、向かいの席のミルカに微笑みかける。
「朝ご飯、食べないと元気がでないよ。食べようか」
「ヴァイオレットさんがアーンしてくれるなら食べる!」
「うーん、あのね。ちょっとお席が離れているかな」
「そっち行くから!」
「いい加減にしなさい! ヴァイオレットさんに迷惑かけないの!」
「迷惑じゃないもん! ヴァイオレットさんはミルカのこと大好きだもん!」
今年5歳になる、二人の子供のミルカ。最初の子供なのでどれだけ大変かわからないので、まずは一人だけでしばらく様子を見ることにしている。そうして心の準備をして育てだしたミルカだけど、最近はナディアにとても反抗的な態度をとる。
エルフの血を濃く受け継いだミルカは、ナディアにそっくりの可愛さでしかもナディアの真似してヴァイオレットさんと呼ぶ可愛すぎる娘だ。当然ヴァイオレットはついつい甘やかしてしまうので、基本的に躾はナディアに任せている。
しかしそれが悪かったのか、最近どんどんヴァイオレットにべったりになっている。もうとっくに一人でご飯を食べていたのに、最近食べないと言い張り、ヴァイオレットのあーんじゃないと食べないのだ。今日はナディアが言われる前から自分があーんと差し出したのに、頑なに口を結んでしまったし。
いったいどうすればいいのか。もちろんそのくらい手間でもない。いくらでもできるが、ナディアがいらいらしているので、とても悩むところだ。
「……はぁ。ヴァイオレットさん、お願いします」
「いい? じゃあ、おいで、ミルカ」
「はーい」
ミルカはうきうきした様子で椅子から降り、ミルカ専用の背の高い椅子をずりずり引きずってヴァイオレットの隣に移動させのりあがる。
その力強さも強引さも、手のひらをかえすようなわかりやすいご機嫌さも、とても似ていて、めちゃくちゃ可愛い。ミニチュアのナディアだ。
「はい、あーん」
「あーん。んー! おいちい! ヴァイオレットさんに食べさせてもらうと、とーっても美味しいよ!」
あーんしただけでこんなに全力で、腕を振り回しながら喜んでもらえて、嬉しくならないはずもない。ヴァイオレットはデレデレしながら、今日も全部食べさせてあげた。
○
「……」
朝食後、片付けてからヴァイオレットも部屋に戻り、ナディアは洗濯物を洗って庭に行き、干していく。今日はとてもいい天気なのでよく乾くだろう。後でシーツも洗ってしまおう。
と、そんなナディアの後ろをちょこちょこと追いかけてくる影がある。さっきからずっと伺うようにじっと見ているのはわかっていた。
「……あのね、ナディア。いまちょっと、いいかなぁ?」
「はい。なぁに、ミルカ」
籠の中身が空になったところで陰から出てきたミルカに、ナディアは振り向いてしゃがんで目線をあわせて応える。
ミルカは後ろ手に手を組んでもじもじしながら、あのね、あのね、と二回繰り返してから、上目遣いにちらちらナディアを見る。
「かわ」
可愛い、と普通に声に出そうになったので途中でとめる。ミルカは不思議そうな顔になるので、なんでもないと誤魔化す。
このミルカについて、ヴァイオレットはナディアにそっくりだと言うが、確かに顔つきは大分ナディアに寄っているし、体もエルフと同じだ。だけどそれ以上に、魔力の癖とか、瞳の色とか、ちょっと困った顔になるときの眉の角度とか、めちゃくちゃヴァイオレットに似ているのだ。
もう、可愛い。可愛すぎてめちゃくちゃ甘やかしたくなるけど、当然だけど他ならぬヴァイオレットの子供であり教育を一任されているのだ。しっかりとしつけなければならない。
そしてそれが何より、この子の為だ。ならば心を鬼にして、ナディアは憎まれ役だってしよう。
なんとか真顔を維持するナディアに、ミルカは再び、あのね、と口を開く。
「あのね……さっきは、ナディアのあーん、いらないってしちゃったけど、でも、ナディアのご飯、美味しいから、大好きだからね?」
正直、さっきは聞かん坊な態度に、いらっとしていたナディアだけど、ヴァイオレットが仕事にこもると、こうしてすぐご機嫌をとりにくる。そうされると、可愛くてたまらなくって許してしまうのだ。それがいつものことなのだ。繰り返してしまうミルカにも自分にも少し呆れて肩をすくめながら答える。
「知ってるよ。でもだったら、ちゃんと一人で食べてほしかったな」
「だって……ヴァイオレットさんにあーんしてもらったほうが、美味しいんだもん」
「わかるけども」
それはナディアこそ知っているに決まっている。今だって、ミルカのいない時はずっとあーんしているし。でもそれとこれとは話が別なのだ。
「でも、私がどうして駄目って言っているのか、それはミルカもわかるよね?」
「……うん。お行儀が悪いもんね。料理も冷めちゃうし」
素直にうなずくミルカ。ミルカはもう5歳だ。教えたことだってちゃんと覚えている。感情的になったら別だろうけど、そんな場面でもないのに、どうしてそんなに頑ななのか。それが分からない。
自分の過去を思い出してみても、こんな風に食べさせて、なんてしていた記憶はない。もちろん、子供と言っても別人なのだから、自分の経験が当てはまるばかりではないとは思うけど、反抗期にしてはこうして謝ってくるし、そもそもヴァイオレットにはべったりなのだ。
「じゃあ、どうしてあんなに頑ななの?」
いい機会なので、ここで正面から尋ねてみることにした。ミルカはじっとナディアの顔を見つめ返してから、決心したように息を吸うとぐっと睨み付けるような顔でゆっくりと口を開いた。
「だって……私の方が、ヴァイオレットさん大好きだもん」
「あん?」
「わ、私の方が、ヴァイオレットさん大好きだもん。それに、ヴァイオレットさんだって、私のこと、大好きなんだから!」
「…………それで、どうしてあの態度になるの?」
ミルカでなければすぐに首を絞めて二度と近づくなと恫喝するところだけど、相手は可愛い可愛いミルカだ。それにヴァイオレットがミルカを大好きなのも事実ではある。
なので声が固いのは抑えられないが、なんとか続きを促す。ナディアの声音に、ミルカはびくりと肩をゆらして両手を組んで体を揺らす。
「あ、あの。だって、ナディア、ずるいんだもん。私だって我慢してるのに、ヴァイオレットさんと同じ部屋で寝て、ずるいよ」
「……ん!? え、いや、な、何言ってるのよ、ミルカ。私、あなたと一緒に寝てるでしょ?」
「でも前に、夜起きたらいなくて、ヴァイオレットさんのところから声したもん。それに、知ってるんだからね! 時々、私が見てないと思って、髪とか手とかほっぺとか、いっぱいチューしてるでしょ! えっち!」
「んぐ。そ、それで、私がずるいから、対抗して、ミルカはヴァイオレットさんにあーんしてもらってるってこと?」
「そう! ほんとは私もちゅーしてほしいけど、ヴァイオレットさんが、大人になったらねって言うから。大人になって、私がヴァイオレットさんと結婚するまで我慢するけど、でも、私の方がヴァイオレットさん大好きなんだからね!」
色々な感情が、ナディアの中でうずまく。
声って、もう手遅れな感じの声まで聞いてしまっているのだろうか。生まれた時から規則正しく寝かせているミルカはエルフにしては珍しくよく眠るので、熟睡していると思っていたし、朝起きるまでに戻っているから完全に油断していた。
いや、その後のヴァイオレットが昼間、隠れるように戯れでするキスでえっちと言っているので、寝室での本気のキスはわかっていないのだろう。そう思いたい。
だけどそもそも、普通は口じゃなくてもそんな簡単にキスしないし、まして真昼間から他に人もいる状態でするものではない。ないのに、ミルカもしてほしいとか倫理観がヴァイオレット寄りになってしまっているのも問題だ。
ヴァイオレットは世界で唯一特別に素敵な人なのであれだけ変態でも全然許されるけど、ミルカが変態に育つなんてそんなのは全く別の話だ。早急にヴァイオレットとの話し合いが必要だ。
と言う親としての思考をめぐらせながら、同時に、何を結婚するとか自分の方が好きとか好き勝手言ってくれているのだ、と言う大人げないとわかっていても、いらっとする気持ちが出てくる。
可愛い可愛いミルカ。まだ子供なので、さすがに本気だと本人が言ったところで、大人になっても持続するものでもないだろう。両親が好きと言うのはわかる。わかるけど、だからって何を勝手なことを言っているのだ。
ヴァイオレットは、髪の毛一本だって余さず、全てナディアのものだ。例え子供だろうと、我が子だろうと、譲る気は一切ないし、そういった発言は癇に障る。
「……それで、あーんで我慢するって言うのは違うでしょう? 我慢してないじゃない」
だけど、そう言ったライバル視する気持ちはあるけど、やっぱりこの子は、ナディアにとってとても愛おしい存在で、だからちゃんと、力じゃなくて言葉で接したいと思うのだ。
「……」
「いま、ヴァイオレットさんと結婚しているのは私なんだから、私が一番で、なにもずるくないの。そうじゃないとミルカ、あなただって生まれなかったの。だからあなたと私の違いは、なにもずるくないし、我慢するとかしないとか、そういうことじゃない。本当はわかってるでしょう?」
「うーーーー! だって、だって違うもん! 私が一番だもん!」
ミルカはその場でだんだんと地面を踏みつけ、腕を振っていやいやと頭を振る。我が子でなければ関わりたくないくらいの聞かん坊っぷりだ。
しかし本当に不思議なのだけど、このミルカ、我が子と言うだけでこんな態度ですら、可愛い。さっきのいらいらがすーっと溶けていくようだ。
「……」
「あああ! なんで何も言わないの!? ナディア、ミルカのこと嫌いになったの!? やーだーあー!!」
「ああもう、泣かないの」
真面目な場面なので可愛さでにやつきそうなのを抑えていると、不機嫌だと勘違いしたようでミルカは泣きながら抱き着いてきた。それを抱き上げて立ち上がり、背中を撫でて宥める。
全く。ナディアからヴァイオレットを奪い取ると宣言をしておきながら、ナディアに嫌われるのが嫌だとないて、なんて理不尽なのか。子供って本当に、不思議だ。
熱いほどの体温は、まるで必死に今を生きようとしている証のようで、とても尊いもののように感じる。こんなに小さくても、ナディアと同じエルフなのだから、このまま投げ飛ばしたって怪我なんてしないのに。腕の中にずっと包んで、大事に大事に、とにかく大切にしたいと思わせる。
「ああああ! きらいになっちゃだめぇぇ!」
「はいはい、嫌いになんてならないから」
「うーそーだあ!! だって、だって、ヴァイオレッどざんが、み、ミルカのこと好きだからぁ、嫉妬してるんだあ!」
前言撤回。投げ飛ばしてやろうか。一度本気でお灸をすえた方がいいのかもしれない。
「……はいはい、よしよし」
それでも、足まで回して強く抱き着いてくるミルカの頭を撫でていると、それもまた今度でいいかと思えてくる。
ナディアはため息をついた。だけどそれは、愛おしさからくる、幸せなものだった。
○
「うーん……嫉妬ねぇ」
夜、ナディアが相談があると珍しく真面目な顔でやってきた。話を聞くと、どうやらミルカの最近の反抗期だか幼児返りだとかは、ミルカがヴァイオレットを好きすぎてナディアに嫉妬して対抗しようとしていたらしい。
なにそれ。可愛すぎか。にやけそうになるのを、ナディアは深刻な顔をしているので顎に手をあて堪える。
「そうみたいです。どうしましょうか」
「どうしようって言うか。別に、頬にキスくらいなら、魔力0でなら私としてはしてもいいっちゃいいんだけどね」
「ヴァイオレットさん、殴りますよ?」
「あ、はい。すみません」
唐突に笑顔になって言われたので、思わず背筋をのばして謝る。と、ナディアは肩の力を抜いてくすりと笑う。
「冗談です。ちゃんと断ってくれたの聞いてますから」
「もちろんだよ。昔ならともかく、今はナディアが、唇じゃなくても大人のキスがあるって、教えてくれたからね」
「も、もう、それは私の言葉なんですけどっ」
実際、ナディアと出会う前に小さい子にちゅーしてとか言われたら、普通に頬などには抵抗なくしていただろう。幸いにしてそこまで好かれなかったのだろう。犯罪者にならなくてよかったよかった。
指先へのキスで真っ赤になってもだえちゃうナディアのエロチックな姿を知っている今となっては、どこへだろうとキスは特別なものなので、我が子であっても遠慮したのだ。
正直、ミルカはめちゃくちゃ可愛いしほっぺたすべすべもちもちでとても気持ちいいので、頬擦りついでにちゅってしたくなる気持ちになる時はしょっちゅうだが、そこは我慢している。
思い出してうずうずしてきたので、隣に座ってるナディアの肩に手を回し、つん、と指先でナディアの頬を後ろからついた。
「ん。真面目な話してるんですから、そう言うのは後にしてください」
「わかってる。ちょっと触ってるだけだよ。うーん、でもそうだねぇ。私としては、そのうち飽きるだろうし、食べさせてあげることで満足するなら、まあ数ヶ月くらい様子を見てもいいと思うけど」
ナディアの頬をぷにぷにしながらそう言うと、ナディアはむっとしたように眉をよせ、ぱんっと軽くヴァイオレットの手を振り払う。
「そうやって甘やかす。そもそも、ミルカが、ヴァイオレットさんの一番好きな人は自分とか言うのも、ヴァイオレットさんが大人になったらキスしてあげるとか、いい加減なこと言ったからじゃないですか。それともなんですか? まさか本当に、大人になったらキスするつもりじゃないでしょうね?」
ぐっと顔を寄せて睨み付けてくるので、思わずのけぞるけれど、なんてことを聞くのだ。冗談にしても言っていいことと悪いことがあるだろうに、真剣に聞いてくるって。我が子に本気で嫉妬するとか、さすがに勘弁してほしい。
「そんなわけないでしょ。その目、やめてよ。こわいなぁ。私がミルカを甘やかしちゃうのは、ミルカがナディアに似た可愛い愛娘だからなんだよ? だいたい、私はナディアだって甘やかしてるつもりだけど?」
「う……わ、私はいいんです」
甘やかす、と言うならナディアにしているほどひどくはない。ナディアとはもう10年の付き合いだけど、今だって変わらぬ思いを抱いているし、ミルカがいない場では前と変わらないテンションで可愛がっているつもりだ。ミルカがいない時は、普通に全部あーんだし。
そこは自覚があるようで、ナディアは目をそらしてそう誤魔化した。そして改めて姿勢をただして、ごほんとわざとらしく咳払いする。
「ごほん。とにかく、ミルカに変に希望を持たせるのはやめてください。そうすれば、対抗とか余計なこと考えませんから」
「そうはいってもねぇ。大人になったら結婚しよう。なんて可愛いこと言ってくれるミルカに、大人になってもナディアを一番愛しているから、結婚はできない、なんて言える? そもそも、奥さんへの愛と、子供への愛って全然別物で、一番とか二番とかって分けられないんだけど」
「それはわかりますけどぉ……でも、……それでも、嫌なんですもん。ヴァイオレットさんが、私以外を一番とか、結婚の約束するの」
「約束まではいかないんだけど。と言うか、我が子に嫉妬しないでよ」
ちょっと呆れつつ、そっとナディアの肩に再度腕を回し、軽く抱き寄せてもう一度頬をむにむにする。柔らかくて気持ちいい。今度は振り払わず、ナディアはちょっとしょんぼりしたように、そっとヴァイオレットに頭を預ける。
「そうですけど。でも、私がもし、ミルカの立場だったらですよ? ヴァイオレットさんみたいな人が親だったら、親だからって理由だけで諦められないですし」
「それは親じゃない出会いをしてから、そう仮定しているからだよ」
そりゃあ、もうそう言う感情になってしまってから変わったところで、感情がついてこないだろう。最初から親なのだから、ミルカだってその内思春期になって距離を置いたりするだろう。具体的に想像するとなんかダメージをくらうのでやめておくとして。
そう冷静に諭すと、ナディアはうつむき気味ながら、とんとんとヴァイオレットの膝を叩いて抗議をする。
「そ、それに、ミルカは大丈夫でも、ヴァイオレットさんはずっと変わらない魅力的な人ですけど、私は変わって行きますし、いずれ、もっと若い子とか……」
「え、そんなネガティブなこといつも考えてるの?」
「いえ、いつもは、ヴァイオレットさんが全力で私を愛してくれてるので、不安に思ったりしなかったんですけど、今、話しながらそんな気がしてきました」
「可愛いね」
途中から愛おしさが溢れたので、頬をつかんでいた手をナディアの顎に引っ掛けて顔をあげさせ頬にキスする。ナディアは拒絶はしなかったが、むくれ顔だ。
「もう。そうやって話題を変えて」
「だって、そんなことで不安になる必要ないからね。確かに私は変わってないけど、でもナディアは、全部いい変化じゃない。あんなに可愛くて、どこか幼気で愛らしかったナディアが、今はもう、どこを見ても女性って感じで、綺麗になってさ。ずっと傍にいたけど、それでも不意に、横顔に見とれてるの気づいてた? あんまり綺麗な人になったから、時々、白昼夢なんじゃないかと思ってしまうよ」
そっと手を顎から離して、喉を指先で撫でて肩、そして体の側面へと撫でおろし、腰をぎゅっと抱き寄せる。
太ったわけではないけれど、全体的にナディアは昔より少し柔らかくなった。そうかといってまだまだ弾力もあって、触れる心地よさは変わらない。
「ちょ、触り方が、いやらしいです」
「まあまあ。ナディアが魅力的すぎるからね」
「んぅ。もう。まだ話は終わってませんよ」
「ああ、それはそうだけど、今はミルカより、ナディアに自信をもってもらいたいからさ。私にこれだけ愛されていて、子供に嫉妬する必要なんか、永遠にないってことをね」
そのままいつものようにベッドに転がり、抱きしめる勢いで軽く鼻先にキスをする。そしてじっと目を見る。淡く光る、美しい瞳。そしてそれを引き立てる、出会った頃より大人びてぐっと色気を増した顔。少し頬の丸みがなくなり、少しだけ鋭角になり、愛らしさが美しさになり、甘さが美麗さになった。
だけどそんなどこまでも美しい顔が、ヴァイオレットが愛すると、赤く可愛らしい少女さを持って、より一層魅力的になるのだ。
変わらないと、まるでそれをいいことのようにナディアは言ったけど、ヴァイオレットはそう思わない。エルフなので変化は遅いけど、それでも刻一刻と変わり続けるナディア。
その変化こそ、愛おしい。どんどんと、あたらしい面が、違う魅力が出てくると言うことだ。ナディアと死別するその時まで、飽きるなんてことはあり得ないだろう。
そう思いを込めて見つめあっていると、ナディアにも伝わったのか、ぽっと頬を染めて視線を泳がせた。
「そ、それはその……ちょっと、さっきの発言はどうかしてた気がします。よく考えたら、ヴァイオレットさんのこんな変態さを知れば、ミルカが仮に本気でもきっと幻滅しますし」
「ひどい言われようだなぁ」
「だってそうですもん。こんなに変態なヴァイオレットさんを受け入れられるのは、私くらいですから」
「はいはい。ありがとうございます。じゃあナディア、今日も、私の愛を受け入れてくれるのかな?」
「はい。仕方ないので、受け入れてあげます」
ナディアと深く、口づけた。