第一小節 クロスする天使たち
高校生。それは柚姫が憧れる言葉の一つ。
高校生になり海の容姿はすっかり変わった。元々、明るい赤毛だったのだが黒に戻したら失敗して落ちた真紅色になり髪もバッサリと切り目付きの悪さを隠す為にダサい黒縁の伊達眼鏡を掛けている。
しかし容姿と中身はまるで真逆。
だが柚姫はそんなギャップも好きだった。
柚姫は海が高校生になった途端、急に大人っぽく、そして柚姫の知る海ではなくなり寂しくなった記憶は今でも鮮明だ。
しかし海は惚れた女は一生涯守る、という何時の時代かよ!!
という男女の倫理感をしていて。しかしロマンチックな所がある柚姫は柚姫でそんな海が好きだった。
正樹と一緒に三人で川辺で合奏したのはいい思い出だ。
その時、兄の正樹の作った木の板ドラム(?)に文句を言いながら結局付き合ってくれた。
兄が突然消えても。
怒りもせず柚姫を心配してくれた。海のそんな所が柚姫は好きだった。
登校日、柚姫はその日は海の家にいた。
くるりと回ると濃紺のスカートが揺れる。
柚姫の制服姿を海はまじまじと見つめる。
相変わらず、ちっこいが確かに成長はしているらしい。
柚姫の中学は進学校で制服も可愛らしいブレザーだった。
藤堂はセーラー。
あのブレザーは見納めだと思うとそれはそれで寂しい気はするが。
「相変わらず楽器の方が大きい」
「そんなことないもん! 遠近法だよー!!」
「ま。何かあったら……俺が守ってやるよ」
「……海君」
「正樹を見つけたら……一発ぶん殴るか」
「大丈夫。私がぶん殴る」
くるりと振り向いた柚姫に海はポカンとして笑った。
迷うなよ、と先に行ってしまった海を追うように中学が一緒だった数人の友人たちと藤堂高校に向かった。
友人たちはやはり『高校生』という言葉に憧れているのか会話は尽きない。
「柚は何、相変わらず吹奏楽部?」
「そうだよ~。夕美ちゃんはラクロス?」
「それは当然、続けるけど狙うのはやっぱり男!! ……でしょ! はぁ~私に見合うイケメンな高校生……」
「相変わらず夕美は理想高過ぎ」
「でも夕美ちゃん実際モテるし……」
「あのね~。モテても好きでもない男なんてメーワク。美郷だって彼氏ぐらいは欲しいでしょ?」
「まぁ……彼氏ぐらいは」
「やっぱりイケメンが良いでしょ!!」
「あーあ。中学でも結局彼氏がいるの柚姫だけだったわね」
怪しい会話の矛先はどうやら柚姫に向かいそうだ。
「一緒に登校しないの?」
「しないよ~。新学期は忙しいから」
『柚姫はその男の何処が良い訳!?』
お決まりのセリフ。
そんなモノを見せつけたら見せつけたで文句、陰口が尽きないだろう事は明白だ。
だから海は柚姫に気を使い先に高校に行ったのだ。
まぁ、単に照れくさかったのだろうけど。
電車が停まる。『車内ではお静かに……慌てず下車して下さい……ご利用有り難うございました』というアナウンスが響く。
柚姫はそんな時、決まって言うのだ。
ぴょんっ!! と人混みを縫うように飛び出す。
「生き様!!」
その言葉に友人たちがぽかーんとする。
「生き」
「……ざま……??」
電車のドアが閉まった。下車出来なかった友人たちが窓から騒いでいるのが見える。
「……あら……」
タイミング悪し。柚姫は笑顔で手を振った。
柚姫はそんなことより流れるメッセージを既読しながら駅に流れる音楽を真似て小声で口づさむ。
「……タタータンタタタタターン……これは『木星』だ!!」
正確には大管弦楽のための組曲『惑星より』(わくせい、The Planets)作品32の中の『木星』だ。
イギリスの作曲家グスターヴ・ホルストの作曲した代表的な管弦楽曲である。この組曲は7つの楽章から成り、それぞれにローマ神話に登場する神々にも相当する惑星の名が付けられている。
『木星』中間部の旋律はイギリスの愛国歌。またイングランド国教会の聖歌となっている。
『木星』は『惑星』の中でも有名で聴けば、ああ! と思い出す人は多いだろう。
「さらば友人よ」
元々あのグループで柚姫は変人のオマケのような存在だった。特別な親友かと言うとそうではない。電車内であんなに騒ぐ時点で柚姫とはタイプが違うのだ。
柚姫に彼氏がいるから興味本意で寄ってきただけ。
柚姫は友人たちを見送り小さく合掌する。
通学路は満開の桜で満ちていた。
「すごーい」
キョロキョロと海を探しては見たが見付からない。
美しい桃色の花弁がひらひらと舞う。
その中でその集団の中に。
一人、驚くほど可愛い子がいたのだ。髪の色は何と銀色で三つ編みからのツインテールという可愛らしい髪型だ。
見つめ過ぎたのか視線が合った。
近付いて来る。
「Bonjour?」
どうしよう。どう見たって日本人ではない。柚姫は必死だ。白人……イギリス人……英語……ではなくフランス語の挨拶。
その時、校門前で謎の演奏会をする謎の集団を呆然と見付ける。
柚姫もその集団に視線を向けると理由は分かった。
何て悲惨な演奏だ。
リズムも音程もバラバラ。それでは曲名すら分からない。BGMにもならない音。
隣の少女は可愛い髪型で三つ編みからのツインテールだ。
そしてその美少女は楽器のハードケースを持っている。大きさ的にはトランペットかフルートか。
だから思わず声をかけてしまった。
柚姫は高校で消極的な性格を克服しよう! と決意を新たにする。
「うっ……本当に、目眩がしそうな音だ……」
「え!? 大丈夫?」
だから日本で驚いた。
声をかけた瞬間に光るアメジスト。
美しく流れる銀色の髪。
柚姫は緊張したが頑張って声を掛ける。
「ねぇ、それってマイ楽器?」
お互いに向き合って思わず叫ぶ。
「ちっさ! 可愛い!!」
「銀髪美女! 可愛い!!」
二人は同時に叫んだ。
「ん、ごほん。ごめんなさい。私も一年だから。篠宮柚姫って言うの」
「学年が分かるのか?」
「大体、様子を見てればね……っていうか貴女留学生?」
「そう。私はアイリス・クリスティーヌ。アイリスでいい」
「アイリス……素敵な名前だね!! 何処から来たの?」
「そうか……? フランス」
「おしゃれー!!」
「……そうか?」
「日本語上手だねぇ!!」
くるくる、きゃぴきゃぴ、ちっこくて可愛い。それが柚姫に対するアイリスの印象だ。
日本人は外国人が苦手だと聞いたがこれなら大丈夫そうだ。
その時。二人の真下から何かのビラが巻かれる。先程の集団が巻いているらしい。アイリスは柚姫と一緒にそのビラを見た。
『吹奏楽同好会?』
随分、シュールな絵だ。動物らしき生き物が楽器らしき物を持っている。
「おかしいな。同好会なんて聞いてないけど……」
「……え?」
「すみません。それ詐偽ですよ」
また後ろから声をかけられる。
生真面目そうな、おそらく上級生の男子生徒。
そしてまたまた、えらく美形だ。柔らかく短い金髪。フォレストグリーンの瞳に泣き黒子。
「え?? 詐偽!?」
「裏」
先輩はちょい、ちょい、とジェスチャーをしたのでアイリスと柚姫はチラシの裏側を見る。
「な……入部届け……!?」
「全うな部はそんなことしませんよ」
「……確かに」
二人は同時に唸る。しかし青年はアイリスたちの話を聞いていたらしい。
「アイリス……菖ですね。虹とどちらの意味でしょう」
「え!? ……多分、菖です」
私か、とっさにアイリスは青年の問に答える。
「アイリスの花言葉は『恋のメッセージ、吉報』。アヤメの花言葉は『良い便り、メッセージ』、ジャーマンアイリスの花言葉は『使者、恋のメッセージ』です。花菖蒲の花言葉は『忍耐、熱心』です。他、諸説ありますが、良いですよ」
「……はぁ」
そう言われても困るというか。しかし青年の瞳は好奇心で満ちている。柚姫は単純に喜んだ。
「すごい!! 詳しいですね! 私のも分かるのですか?」
「誕生日が分かれば」
「桜とか、可愛いですよねぇ!」
柚姫は桜の花弁を手でたくさんすくって一気に吹き飛ばす。
「そうですか? 僕は好きじゃないんですよね」
「……え?」
青年は桜の木々を見上げて言った。
「花の観賞のための花。しかし花弁は一瞬で散り、その後で醜く地面に積もり土に還る。花が散ればあっという間に葉になり、その葉は美しいとは形容しがたい。腐りやすい癖に、切っても簡単には枯れないしぶとさ」
難しい言葉の数々をアイリスはほとんど理解できず、ぽかんとした。思わずナンパを疑う。
「……そうですか? でもやっぱり綺麗ですよ」
そしてまた柚姫は純粋な少女らしくアイリスにはそこが好印象だった。
「ま、考え方は人それぞれです。吹奏楽部の部室は一階の端に位置する第一音楽室です。では。良き学園生活を」
青年はまた無表情にくるりと背を向けて校舎に向かっていった。どうやらナンパではなかったらしい。
『ありがとうございました!!』
アイリスと柚姫は同時に叫ぶ。そして柚姫は髪を靡かせアイリスと向き合った。
「貴女は何の楽器なの?」
「トランペット。お前は? ……フルートっぽいけど」
「ぶー。クラリネット。ねぇ、放課後、音楽室に一緒に行かない? やるんだよね? 吹奏楽」
「当然!!」
アイリスはニシリと笑った。
彼女にセレスタンのことを言ったら驚くだろうか。
言っても良かったのだがアイリスは黙っていることにした。この美少女の驚く姿が純粋に見てみたかったのだ。
柚姫とは一緒のクラスで二人で片手を叩く。
入学早々、友達が出来そうだ、とお互いに思っていた。
そのまま入学式にアイリスは暇そうに参加する。
男女半々。上級生の女子は少し気が強そうな印象だ。
「では吹奏楽部による国家合奏」
教壇に立って司会をしていた教師が下がる。
その時。アイリスは期待など全くせず話も聞き流しながこっくり、こっくりと船を漕いでた。
所が。
びっくりして顔を上げた。
むちゃくちゃ巧い。
壇上にはやはり人数は少ないが、そうとは思えないほどの確かな音量。
響くメロディ。厳重なハーモニー。
指揮棒を持つ生徒はツンツンした黒髪の眼鏡。
主旋律はトランペット。そこそこ巧い。
「ま、あれぐらいならまだ私の方が巧いよな!」
それでも校門前の演奏とは天と地の差だ。
そしてアイリスはトランペットの列の端。そこに今朝の長身の青年を発見する。
輝く銀色のトランペット。
やはり、あの人は吹奏楽部員だったのだ。
そしてこの時アイリスは不思議な感覚に囚われる。どう耳を澄ましても。あの青年の音が聞こえないのだ。
指は動いているからサボっている訳ではない。
その音はまるで透明な一枚の壁の様だった。
彼女は知らないだろうが、アイリスは一日であっという間の有名人になっていた。
銀髪美女の留学生。
彼女はフランスからの留学生で名前はアイリス・クリスティーヌ
どうやら、この高校の吹奏楽部は少し事情が複雑らしい。
それは何故なのかはまだ分からない。
途中で通りかかった上級生に吹奏楽部の部室の場所を聞いたので柚姫とアイリスは二人で今朝の青年に言われた通りの場所に放課後向かっていた。
柚姫はこっそりアイリスを眺める。
非常に美しかった。
横顔をそっと眺める。
三編みを軸に揺れるツインテールが美しく銀色に光る。
瞳は色々な光に屈折して様々な色が見える。
柚姫がアイリスに見とれていると、海に送ったメッセージの返信があった。
『ソイツは逆月稔だ。同級生。花に詳しいのはソイツの実家が花屋だからじゃね?』
今朝、柚姫に吹奏楽部と同好会の違いを教えてくれた上級生の名前だ。
どうやら海と同学年らしい。
「柚姫?」
そんな様子の柚姫にアイリスは首を傾げる。
「あ、ごめん。彼氏。朝の人と知り合いだったみたい」
「……え、カレンダー?」
あ、聞き違いか、とアイリスも柚姫も思った。
「違うよ。恋人」
「どんな聞き間違え! ……え? 彼氏!! ボーイフレンド??」
アイリスは人差し指を痙攣させながら柚姫を指差す。
「え、いんの?」
「うん、いるよ。ここの二年なんだけど……」
この話は一歩間違えば面倒になるのでさっさと言ってしまった方がいい。
「えぇぇええー!? そこは楽器が恋人、じゃねぇのかよ!!」
「楽器が……恋人?」
「そうです!! 楽器は恋人ですよね!!」
その時。ドバン、と一人の一年が現れる。柚姫以下に小柄な、おかっぱが可愛い少女だが目がどこか危ない。
「や、いや……私も揶揄的な意味で……」
さすがにアイリスも引いている。
「いいえ、なれます!!」
と、柚姫はその少女が随分大きい楽器のハードケースを背負っている。
「それは……」
「これは、私の彼氏チューバのセレス君です」
「あー……いるよな。楽器に名前付けちゃう末期」
更にアイリスはドン引きしている。そのまま廊下を可憐に歩いた。
慌てて柚姫も歩く。
廊下でごちゃごちゃしているのは邪魔だ。素っ気ないようにも見えたがアイリスはその辺の気遣いの出来る少女らしい。
小さい少女はひょこひょこと付いてくる。
持つのを手伝おうか頼んだら『私の恋人に簡単に触れないで下さい!』という謎の断られ方をした。
「私のセレス君は金髪で小さい私を支えてくれる王子様なのです!!」
「……王子様?」
柚姫は首を捻る。アイリスは既に話を完全に聞き流している。
「自分の人間だったら、というイメージです。皆様はしたことないですか?」
「ないなー」
「私もさすがに無いなぁ。家族のような存在だとは思うけど。だってさすがに楽器とセックス出来ないし」
柚姫は何でもないように淡々と言ったが後ろの二人は思わず固まった。
「……出来ますよ!!」
「どうやってだよ!?」
「……そこは、ほら……」
少女はもじもじとはにかむ。この話題に触れてはいけない、と柚姫とアイリスは直感する。
「そういや、お前は?」
「私は天橋立梓です」
「へぇ。面白い名前だね。私は篠宮柚姫」
「柚姫、も素敵ではないですか?」
「えぇー、そうかな。私、柑橘類苦手なの」
「えぇー、どうしてですか!?」
「だって皆やたらとくれるんだもん。有り難いけど、ぜーんぶ柚味」
「そりゃあ飽きるわな」
「そうそう」
そんな雑談をしながら三人は音楽室の扉の前に立つ。
ノックでもした方がいいか、とわたわたしていたらガラリと扉が開いた。
「か、っ……」
「ようこそ、吹奏楽部へ!!」
しかし扉を押し退け飛び出したのは海ではなく背の高い眼鏡の男子生徒だった。
そして誰もいない教室に海が並べた椅子に三人は座った。
「あれ……誰もいない」
「おやおや、ここにイケメンがいるじゃないですか」
と、男子生徒は眼鏡の位置を弄りながら言った。
「朝倉先輩、真面目にやって下さい。その一年、朝っぱらから入部届け出して来るガチ勢っすよ」
「マジで!? 今年は幸先がいい!! ……おっと失礼。俺は副部長の朝倉宗滴。楽器はアルトサックス」
丁寧に、そして気さくな自己紹介され柚姫は立った。
「私は……」
その時。まるで他人の振りをしていた海がそっと柚姫に耳打ちする。
「ゆず、フルネームで名乗るな。どうせこの後も人が来る。一回、一回説明するのは面倒だ」
「……あ、はい……」
海はそっと離れる。そんな様子を朝倉という先輩は面白そうに言った。
「何、知り合い?」
「彼女っす」
「えぇー!?」
……あれ? さっきもあったような、こんな展開。
「彼女ってお前がずっと言ってたバーチャル彼女?」
「誰が、いつ、バーチャルだと!? いっつも適当言わんで下さい!!」
「めっちゃ可愛いじゃねぇか!!」
「まぁ」
ここで否定しないのが彼なのだ。柚姫はご満悦の表情で海を見つめる。
「やっぱり恋人は楽器に限ります!!」
まだそこを気にするのか梓は頑なに拳を振るう。
海はペラペラと書類を捲っていた。
「彼女は一年の天橋立梓。楽器は……チューバですね」
「チューバではなくセレス様です!!」
彼女の言葉に男子二人もドン引きしている。
チューバは大型の低音金管である。金管楽器の中では最も大きく、最も低い音域を担うチューバは金管楽器の中でもっとも低い音域楽器だがひと口にチューバといっても、小さい順にF管、E♭管、C管、B♭管の大きく4つの調があり、構造も色々ある。
チューバの仲間はバリトン、ユーフォニアム、スーザフォンがある。
これらをまとめて低音パートとする場合が多く基本例外を除き大きければ大きい楽器ほど低音である。
宗滴は愉快そうに言った。
「って、言ってもチューバなんてデかい楽器。もしデブのオッサンだったらどうするんだ」
その言葉に梓は凍り付く。
「いや、それはちょっと可哀相っすよ。先輩」
「そんな話より、どうしてこんなに人数が少ないんですか!!」
イライラした様子でアイリスは立ち上がる。
「あー……そこ聞いちゃう? 実は……この部、分裂してて……」
「はあ!?」
「今朝、あったでしょ?」
その時、思い出した柚姫はポケットの中から折り畳まれたあのポスターを取り出す。
「女子の大半がそっちに行っちゃってさ。新入部員も何人か騙されて」
「そんなんで大丈夫なんですか?」
アイリスは上級生が相手だろうが堂々としていた。
「今年は顧問が代わったし。今、部長が同好会含め全員に集合かけてるから」
「そうなんですか? でも梓はちょっと不安です」
「どうして」
「どうして、ってこの時期に分裂って……」
梓の言葉にアイリスが立ち上がる。
「えっと……」
「何の問題もない。貴女、知らないの? 顧問の先生はセレスタン・ラガルドよ。知らないの?」
その言葉に宗滴は驚いた。
「え、それマジで!? 冗談ではなく!?」
「せめて合奏する時に集合して下さい」
アイリスはそのままくるりと去る。
その瞬間。
アイリスの真横を背の高い男子生徒が通りかかった。
「朝倉やっぱり俺には無理だ!!」
その時。柚姫は、のほほんと男子は背が高くていいなぁ……などと思っていた。
「ま、予想通りっすわ。部長」
「……だったら頼むな!!」
その時アイリスの足が止まる。
そしてずいずいとその長身の上級生に近付いた。
「アンタやっぱり経験者だったな」
「そうは、そうだが……俺はただの物置き部長だが」
と、大きいのに性格はどうやら小心者らしくアイリスの勢いにタジタジといった様子だ。
10分後、部員? 全員が集合する。
しかし後から来た上級生は楽器すら持っておらず爪を弄ったり。電話していたり。グループ同士で固まっていたり。まるで興味が無さそうな人までいる。
教卓の上には部長……だが微妙に中央からずれて立っている姿から性格は伺える。それに宗滴。
そして中央にはきらびやかな外人が立っていた。
それこそ梓のセレス様のイメージに近く。その梓を横目で伺おうとして柚姫は止める。
「私はフランスからキマシタ。セレスタン・ラガルドと申し上げます」
所々、日本語が変だがそこはご愛敬。正しく金髪の王子様のような姿だ。
しかし、さすがにこの部員達の様子に困惑している。
「と、とりあえず自己紹介……したらどうだろうか?」
教卓の端に立つ男子生徒がひっそりと言った。
「じゃあ、まずアンタからやったらええやん」
途方から声がした。
「……トランペットの蓮華響一。花の方の蓮華だ。部長をしている。以上」
仕方なし、といった様子でその男子生徒は自己紹介をする。
『短いっ!!』
と誰しもが思った。
「ありがとう、響一。私はフランスのオケで指揮者をしていたセレスタン・ラガルドです。モットーは音の可能性。それを導く星」
流石、フランス人。例えがとても詩的だ。
ざっくり自己紹介が始まった。
部長
蓮華 響一
三年生
楽器はトランペット。
無口、かつ寡黙。身長が高い。
副部長
朝倉 宗滴
三年生
楽器はアルトサックス。
眼鏡の気さくな先輩。
瀬戸内 夜宵
三年生(元同好会)
楽器はトランペット。
京弁でおっとりした和風美人。おかっぱ姫カットで髪が長く後で緩く束ねている。
春日 聖
二年生(元同好会)
楽器はトロンボーン。同好会の演奏では指揮者をしていた。
片目が隠れる長い髪を横に束ねる。
九条寺 海
二年生(吹奏楽部)
楽器はドラム(パーカス)
皆には目付きの悪いのに真面目そうな眼鏡の人、に見えるらしい。
夢野川 時宗
二年生(吹奏楽部)
楽器はホルン。
部長並みに無口。品行方正。太って……いなければきっと美形。
天草 千束
二年生(吹奏楽部)
楽器はフルート。
優しそうなおっとりしたおかっぱの美人。
一茶 偲
一年生。パーカス(ドラム)希望。
自分は忍者らしい。海をライバル視している。
天橋立 梓
一年生。
楽器はチューバ(恋人)
アイリス・クリスティーヌ
一年生。
楽器はトランペット。
三つ編みツインテールの美人。
性格は勝ち気なよう。
「さあ、君は?」
柚姫の番まで回って来た。緊張で手が震える。
こういう時、海は柚姫さえ助けを求めなければ絶対に自分からは動かない。
柚姫は立ち上がる。
「私は、篠宮 柚姫。一年生で楽器はクラリネットです」
柚姫が名前を名乗った瞬間、周囲はざわついた。
柚姫は拳を強く握る。