第四小節 秘密の野ばら
都大会優勝という快挙を成し遂げた藤堂高校。
もうすぐ夏休みに入るがその前にテスト連絡とやることは盛りだくさんだ。
一応テストが近いので部活の予定は一部空白になり、そこで自主練習してね? とまた投げ出された感が半端ない。
つまり勝手に自主練習して勉強サボって赤点取っても責任トラナイヨー。ということだ。
因みに、この吹奏楽部は皆ほどほどに優秀だ。そもそも普通科で部活が出来ないのだから勉強をやるしかない。
三年の学年首席は朝倉宗滴。
そこはだよなぁ、と誰しもが思うが、柚姫は精一杯、背伸びして壁に貼られた順位表を見ると、すぐ近くに意外にも蓮華 響一の名前があった。順位は六位。
「しまった、一個落とした」
「れ、蓮華先輩!?」
そこに立っていたのは蓮華響一だ。
いつも早朝に来ているイメージだが今日は珍しく登校が遅い(それでも普通に早い)。
柚姫と違って背の高い響一は背伸びもせず頭を抱えていた。
「え……でも、六位でも充分凄いと思います」
「ちゃっかり三位にいるのが瀬戸内、四位は足利……この辺は妥当だな」
朝早いからかまだ誰もいない。
響一と二人きりという状況も早々ない。
「う、皆さん、頭良いですね」
「二年はもっと面白いぞ」
「え……あれー!? 逆月先輩って首席じゃないの!?」
「ああ。首席は今年の生徒会長。一ノ宮」
「どっちも名前に月がある……」
「そう。しかも満点からの二点差」
「なんという激戦区……でも、どうして三年生が生徒会長をやらないんですか?」
「まぁ。色々あったから、と言えば早いかな。今日は朝礼と服装検査があるぞ」
「……あー! テストですっかり……そっか」
「九条寺はどっちも大丈夫か?」
「はい。今日はテストに疲れて寝ちゃってるのでギリギリだと思います。テストは……大丈夫でした!! 三十位以内!!」
「おお、良かったな」
「はい!」
と、こんな話で和んでいる場合ではない。
「蓮華先輩、今日は練習しないんですか?」
「ああ。流石にしないが」
「でもちょっと早いですよね」
「電車の都合でな。二、三本だが乗らなければならない」
「そうなんですか……じゃあ、私と少しお話しませんか?」
「え?」
そうだ、そうだ。柚姫は思い出した。響一はちゃんと言わないと伝わらないのだ。
「俺か? 兄貴についてならアイリスに大方話してしまったが」
「いえ。そうですけど、違うんです。ここだと暑いので藤棚のベンチに避難しましょう」
「分かった。構わない」
響一はちゃんと頷いて返事をした。はやり直接話すとイメージと違う人だな、と柚姫は思う。
暗くてどんより、無口。
そんなイメージがどうしても最初に付いてしまうが、響一は別に無口という訳ではないのだ。
柚姫が藤棚の下のベンチに腰掛けると響一は小さい水のペットボトルを持って柚姫に渡した。
「ありがとうございます!」
「うん。そこのだから気にしなくていい」
「アイリスちゃんに聞いた通り、蓮華先輩って女性には誰にでも平等ですね」
「まあ。一部家族を除いて」
と、真顔で言うので柚姫は思わずクスクス笑った。
「それで、どうかしたのか?」
「あ、はい。実は……蓮華先輩も直ぐには信じませんでしたよね、逆月先輩の話」
「……ああ。そうだな……俺は当事者のようなものだったから。流石にそれは無理があるな、と」
「すみれ先輩がつばめ先輩を愛していたらやっぱり変?」
「いや、そういう意味じゃないよ。別にそうでも良いが、今回は違うからなぁ」
「それで、アイリスちゃんから聞きました。逆月先輩がわざとそう言ったのではないかって」
「うん。そうだな。聞いた感じで悪いが少し強引さを感じて」
さて、どう話題まで辿り着けばいい。柚姫は分からなくなって自棄糞に立ち上がる。
「……その、ズバッと聞きます!! 私、お兄ちゃんと逆月先輩がどんな感じだったのか知りたいんです!!」
「お、おぉ?」
「付き合って、いたんですか?」
「いや、いやいや。俺にもそこまでは分からない」
「でも先輩後輩って感じよりは仲が良さそう」
「そうだな」
「あの、蓮華先輩。どうなったら男同士の恋愛って成立するんですか」
今度は柚姫が真顔で響一にそんなことを聞いた。
流石に響一は驚いて飲みかけていたペットボトルの水を噎せる。
「え、どう……その、やはり女性同士とそう変わらないと思うが」
「でも……その、やっぱりあんまりイメージ出来なくて。一晩中考えたら頭がくらくらです」
「男女とそう変わらないと思うがなぁ」
「じゃあ、先輩は朝倉先輩と付き合えますか!!」
「ないな」
「では、逆月先輩は?」
「会話をしたことがないのだが……んー、難しいな。お互い気を使い過ぎて、とお互い気疲れそうだ」
「じゃあ、海君は?!」
「おいおい、自分の彼氏を売るな」
「どうですか!」
柚姫に迫真に迫られて響一は仕方なく白状する。
「まぁ、アリかな」
「そうなのー!? ってどういう基準??」
「俺は自分の思っていることをスパッと言える人が好きだからかな」
柚姫はするすると屈んで、ベンチの下に繁る三つ葉をぶちぶちと千切った。
「うん、海だって蓮華先輩のことは嫌いじゃないし……」
「ちょっと待て実写体で妄想するな!!」
「だって……もう分からなくて……」
そんなあまりにも必死そうな柚姫を見て響一はとあることを閃いた。
「そうだ。参考資料があれば良いのか」
「参考資料?」
「ああ。俺の姉貴はデザイン科で自分で漫画……同人誌、ってやつをいつも作るんだ」
「すごーい!! 自分で本を!?」
「本題はそこじゃないんだが、……その中に……その……似た状況の内容の本があったと思うから今度貸そう」
「是非、お願いします!!」
礼儀正しく頭を下げた柚姫に目線を合わせて響一は言った。
「正し。これは禁書だから。絶対に一人で読まないこと。念のためアイリスに渡すから」
「ふぇ?」
「後、あまり深く考えるな。沼に落ちてからだと遅いぞ」
「え? それはどういう……」
その高校には一般生徒用の寮がある。
その一室。
アイリス・クリスティーヌ嬢の部屋にて。
とある夏日の夜八時。
美少女二人が可愛らしい折り畳み式のテーブルを挟み座っている。
机の上には紙袋。
「覚悟は良いな?」
お風呂あがりのアイリスは髪を下ろしていた。
「うん」
軽装の柚姫は頷く。
アイリスの部屋は明るく可愛らしい小物類がまたセンス良く並ぶ。
「全く、蓮華先輩から入手するとは、考えたな」
「だって、男同士って、分からなくて、もー!!」
「うん、うん。最初はそう思う」
「え? アイリスちゃん分かるの!?」
「少しならな!! その、弟が超日本のアニメオタクでマンガもたくさんある。だから響一は私に渡したんだと思うぜ」
「そうなんだ……でも一人で読んじゃダメってどういう意味かな?」
「ちょっと待って」
アイリスは軽く紙袋の中身を確認する。指定は付いていない。
「あ、健全だ。……じゃあ、こっち側に落ちるなよ、ってことだ」
「こっち??」
「こっち」
アイリスは紙袋を掲げて言った。
「落ちるとどうなるの?」
「柚姫は彼氏がいるだけマシだけど戻って来られないな」
「ふぇえええ」
しかし、柚姫は決めたのだ。
もし、本当に兄と稔がそういう関係だったとして、じゃあ今はどういう状況なのか、と。一人で稔は辛くないのか、と。色々なことが頭の中でぐるぐる回る。
「それで、テストの順位落とすなんて、柚姫は可愛いな」
「うっ……」
普段の彼女の成績は十位以内。今回の順位は二十位まで落ちている。これでは海を心配している場合ではない。
「その、まずアイリスちゃんから確認してもらってもいい?」
「ん。良いぜ」
アイリスはパラパラと(実物的に)薄い本を捲る。指定は入っていないが同人誌。結構際どい描写が多い。
「驚いた。響一のねーちゃん絵、ちょーうめー。何だ、あの芸術一家」
「そうなの?」
「うん。あ、この子瀬戸内先輩が好きそう」
「え……その、小さい子が相手?」
柚姫は恐る恐る覗いた。
「表紙にもあるし、そうじゃん」
「野球部?」
「ユニフォームがそうじゃん」
「うわっ、何で、突然……」
「ちょっと待って。相手は……ああ、そいつだ。ちゃんと描き分けてる。背が高い。チャラくない感じが良いな」
「く、詳しいね?」
「そうでもないぜ。話は……あー。所謂、簡単な嫉妬で気まずくなったけど仲直りする話だ」
「……って、ことはもうこの二人、付き合ってるの!?」
「そうじゃね? キスしてるし」
「や、ややっぱり、するんだ。男同士でも」
「そりゃあ。って、これ後編か。んで、こっちが前編」
もう一冊を柚姫は恐る恐る受け取る。
「お、面白い?」
「んー? 私は嫌いじゃないかな。うーんと主人公のコイツ」
アイリスは表紙の青年を指差す。
「ほら。押し倒されても、止めろよ! って男らしいじゃん? 私はそういう方が好きだけど。うーんと、なよなよでお前、女で良くね? ってタイプは読もうとは思わないなぁ。人それぞれだと思います」
「本当だ。最初は仲が良い訳じゃないのね」
「王道に先輩と後輩だな。そこは現状を考えて選んでくれたんじゃないか」
アイリスが茶、持ってくる、と立ち上がりその場を去った。
お盆に透明なグラスを置いて麦茶を注ぐ。
「それにしても教科書を持ってくるとは……響一のやつ、考えたな」
そのお盆と少しの茶菓子を持って戻ると柚姫は真剣な表情でその漫画を読んでいた。
アイリスはそんな様子の柚姫を煎餅を食べながら見守る。
ぶっちゃけ家には指定が入っているものもあるにはあるのでそう神経質に騒ぐことでもないのだが柚姫は全くの無知な訳で。
響一め、良く言ったな。
沼に落ちてからだと遅いぞ。と。
知らぬ間に柚姫は後編に突入していた。
暇だったアイリスは響一が九条寺ならいい、と言ったそっちの話題を詳しく知りたかった。確かに朝倉はない、とキッパリと言いそうだ。
やはり基本的に突っ掛かってくる強気な人が好みなのだろうか。いや、そうなのだろう。そんなことを考えていた数分後。柚姫はなぜか号泣していた。
アイリスは慌ててティッシュの箱を柚姫に渡す。
「おいおい、どうした?」
「ううん、この二人が仲直りして良かったな、って思ったら、じゃあ今一人な逆月先輩のこと、考えたら……」
「あー、入っちゃったのね」
「うん。だって、この子、ちょーいい子なの。でも、相手の子はキャッチャーで、ピッチャーの子が大変でそれでもその子はピッチャーのことも気使って……あーティッシュ!!」
「考えたよな。私も最初はそっちのピッチャーとかな、って思ったもん。そりゃあ、オリジナルで勝負するよな」
「オリジナル……??」
「うん。響一が言ってた。ねーちゃんが自分で話を考えて、絵も描いてるらしいぜ」
「すごー!!」
ティッシュを渡し数分後。アイリスは柚姫に訪ねる。
「で、何か分かった?」
「これ続きあるのかな?」
「柚姫さーん?」
「ごめん、ごめん。うん。分かった? と思う」
「へぇー? 因みに続きはありますが指定が入っているので我々は読めません」
「そうなの!?」
「そうなの。お前、響一になんて言われた?」
「……これは禁書、沼……」
「そういうこと」
早朝、柚姫は眠そうに片目を擦りながら登校していた。
校門まで近付くと聴こえるのはトランペットの音だ。
「蓮華先輩だ。良くやるよ。優勝したってのに」
「すごい……綺麗な音」
「はー。あんだけ巧かったのに、まだ伸びんのか。人ってーのは限りありませんなー」
いつも通り。自転車を転がしながら海は欠伸をする。
木々が色付き、日の匂いと虫の鳴き声が響きだす。
「海君って蓮華先輩好きだね」
「まーな。前にも言ったけど、あの人を嫌える人は早々いねぇぜ。柚だって嫌いじゃねーだろ?」
「うん。でも、お兄ちゃんのことはあんまり話してくれないの。お兄ちゃんが辞めちゃのが相当ショックだったらしいってアイリスちゃんが言ってた。とっても仲良しだったの?」
当時を思い出しながら海は唸る。
「うーむ。仲良しってか正反対で正樹は社交的だっただろ? お互い嫌いじゃない、って感じだったな。感性も全然違ってたし。ある意味異文化交流で正樹は蓮華先輩にあーだ、こーだ吹き込み、あっちこっち振り回してたな」
「それは仲良し、って言うんだよ。逆月先輩も、蓮華先輩も、もっとお兄ちゃんの話聞きたいのに……」
「そりゃデリケートな話題だしな。不倫がどうのってまたローカルテレビが騒いでたぜ」
「え?」
「蓮華先輩のソロが流れた途端に何も言わなくなったけど」
初夏の早朝。
日射しは暑いのに何故か清涼感に溢れる音。
「ねぇ。私……私、もっと巧くなりたい」
「……柚?」
「私、正直ね、最初は舐めてたよ。こんな高校、大したことないって。でも違う。みんな、あんなことがあったのに楽器を続けていたんだよ。そりゃあ巧いよ。一人で練習し過ぎて周囲の音が分からなくなって合奏が苦手だっただけなの。一人、一人はみんな巧い」
「ってか続けたいのが残って、部員少ないし、一年だけど即レギュラー!! 自信あるぜ! ってヤツがたくさん来たから全体的にレベルが底上げされたんだよ。だからセレスタンはサボってた二年生の基礎をひたすら底上げしたんだな」
「うん……」
海は珍しく神妙な表情で柚姫と向き合う。
「柚。兄貴に関しては柚がやるべきことだ。俺は手出ししねぇ。知ってることは話すけど俺もあの時はドラムとお前とヤンキー辞めるのに忙しくて詳しくねぇぜ」
「うん……」
「蓮華先輩が正樹を思う方向性と稔が正樹を思う方向性は違う」
「方向性……?」
「うーん、そー、一度に二人はキツいぜ。あの二人なら尚更」
「んー?」
「稔の感じを見るに、まだお前が如何なる人物か検討中、って感じ。蓮華先輩は……ずーっと正樹が如何なる人物か検討中って感じ。なんか引っ掛かるんだと。俺の頭じゃ分からん」
「引っ掛かる……」
「安心しな。少なくとも蓮華先輩は正樹が不倫しただなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。だから何で辞めたんだろう、ってずっと理由が知りたいらしい」
「……そうなの……やっぱり、お兄ちゃんは逆月先輩が好きだった。でも、やっぱり。突然何処かに行っちゃうのは変だよ」
「おー?」
「ので、まず逆月先輩の調査をします!!」
柚姫は天に向かって指を差した。
「おおー? 踏み込む、同性愛」
「いいの。同性愛上等。そうだよ。よーく考えればお兄ちゃんは超面食いだったんだよ」
「なら巻町先生も美人だったじゃん?」
「違うのです。タイプじゃないのです。お兄ちゃんは賢そうできっちりしていて真面目な童顔が好みなの」
「そりゃまー、正樹と真逆じゃねーか!」
「そう! お兄ちゃん自分と真逆の人が超好みでね。だからおかしいの! 聞いただけだけど、巻町先生は違うよ。逆月先輩は良いよ。あの人、性別なんてどうでも良くなるぐらいの超絶美人。しかも強かで、おしとやかで。猟奇的で賢く賢そうでお兄ちゃんの好みどストライク」
「柚が言うと説得力が違いますなー」
「そう。そうなんだよ。だから不倫なんて絶対に可笑しいよ。お兄ちゃんそんな器用じゃないもん」
「器用じゃない、結果だからなのかもな」
「だから……ごめんね。私、これからクラリネットの特訓と逆月先輩で忙しくなっちゃう」
「良いぜ。特別に許してやる。正し。俺は春日 聖だろうが誰にしても配慮も何もしないからな。柚に向かって文句言えば殴るし、こっぴどく振る。後でお前と気まずくなってもそこまでは知らん」
「あ……」
海は自転車を停めて柚姫と向き合う。夏の早朝の日射しが海の眼鏡を反射する。
「いいか、柚。順番は間違えるなよ。俺はどうでもいい。けれど中心にいるのはお前の兄貴だ。見方によって人はどうとでも見える。塾のセンコーが言ってた。長方形に見えるだろ?」
海は缶コーヒーを鞄から取り出した。
「うん?」
その缶コーヒーをぽんぽん投げると色々な角度に変化する。
「でも本当は円柱なんだよ。人間関係ってのはそういうもんさ。一転集中出来るのはお前の良いところだけどな。何でも馬鹿正直に鵜呑みにするなよ。多角面から見な」
「海君……ごめんね。私の知らない間に、どんどん賢くなって」
柚姫は海の頭を撫でた。
その通りだ。今回の件も柚姫は見事に逆月 稔の手中だった。
直接会話をしていないからかもしれないが今回そんな稔の話術に引っ掛からなかったアイリスと響一は見事と言う他ない。
何故、彼がどういう意図でこんなことをしたのか。
柚姫はそれが知りたい。
知りたいことがたくさんある。
楽器ももっと、もっと上手くなりたい。
春日 聖に負けたくない。
「そう思うと蓮華先輩って案外上手くやってるよ。正樹についてはほとんど把握しているし稔にも好かれている。今のところ良く思ってない連中すら気を使って関わらず。今回はあのツインテールちゃんのお陰だけど。そのツインテールちゃんも蓮華先輩が選んだ訳だ」
「うー、……そうだね」
「ま。お前らしくやれよ。もう稔だろうが誰にも嫉妬しねぇから。とことん、納得行くまで」
「うん……ありがとう。でも、迎えに来てね! 絶対だよ!」
「おうよ。支えてやんよ」
「やっぱり、海君大好き!!」
「あいあい」
海は照れながらもぽんぽん、と柚姫の頭を撫でた。
「でも……良かった」
「ん?」
「お兄ちゃんを心配して慕ってくれていた人が思ったよりたくさんいたよ。嬉しい」
「そうかもな。だから俺は特に心配してねぇぜ。元々、蓮華先輩と朝倉先輩がいれば鍛え上げられた武器EX装備中と同じようなもんだ」
「本当はアイリスちゃんからじゃなくて蓮華先輩からもっと色々聞きたいんだけど……」
「それはどうかな。ツインテールちゃんからの方が楽だとは思うけど。俺も聞いただけだが母子家庭ってだけで相当複雑な家庭環境らしいぜ蓮華先輩は」
「そうなの……所で、海君は……」
「んー?」
「いえ、何でもありません」
「そこで止めるな気になるだろうが!!」
「じゃあ、聞くけど責任取らないよ! 質問です! 海君は誰となら付き合えますか!」
「は?」
「お兄ちゃん、朝倉先輩、蓮華先輩、逆月先輩、夢野川先輩」
「……正直言って。その中なら蓮華先輩だ」
「やったね! 両想いだー!」
「嬉かねーよ!! ただ、単純に価値観近そうで楽だから!」
「でも、蓮華先輩の方が大きいよね?」
「ハイハイ、そっすね」
「じゃあ、そっちなの?!?」
「どっちだよ!! お前、中途半端に知識身に付けやがって。あれだ。まあ、ヤるならそっちの方がいいだろうが。蓮華先輩だぜ? 真面目に絶対に上手い」
「うーんと」
「想像すると火傷するぜ」
「うん……そうだね」
そんな海と別れ柚姫はあの植物園に向かった。
水を撒かれた植物たちがキラキラと輝く。
「うわぁ」
「良いタイミングにいらしましたね。今、調度水仙が見所でして」
「綺麗ですね」
「良かったです。昼には伐って華道部に渡してしまうので」
「そんなー」
「まぁ、その為に植えましたからね」
このままでは一気に気まずくなる。柚姫は勢い良く立ち上がって稔と向き合った。
「どうしました? って」
「必殺、茶菓子カウンターです!!」
ズイッと稔の目の前に茶菓子の袋を差し出した。
「おや。てっきり怒られるのかと……」
「怒りません。でも、答え合わせと解説には付き合って頂きますよ。名探偵」
「良いでしょう。今回は特別、お茶を用意してお待ちしていました」
長机、パイプ椅子に不釣り合いなティーセット。
「まず。都大会優勝おめでとうございます」
「あ、いえ、そんな! ありがとうございます!!」
柚姫は紙袋から茶菓子を取り出す。今回は寒天だ。ただ、普通の寒天ではなく生クリームとフルーツフレーバーの透明な寒天とで層になっていて小さな正方形が色鮮やかに並ぶ。
家に元々あった器と楊枝をセットにその場に並べた。
また稔は面白そうに興味深そうに美しく並ぶ正方形を見た。
「綺麗ですね」
「そうです。見た瞬間、逆月先輩好きそうだなぁーって」
「良く分かりましたね」
「勘ですよ~」
しばしお茶の準備に話は中断する。
稔は紅茶は自社製品にするため多少詳しいのだが他はそうでもないのだとか。
「今日はダージリンです。少し味が濃いですが、その茶菓子と合うでしょう」
「嬉しいです。無糖のお茶大好きで」
「それを聞いて安心しました。紅茶も今は色々ありますので」
そしてつかの間のお茶会。
稔は興味深そうに様々な色の正方形を見つめ、決心したように緑色の四角を専用の楊枝ですくう。その後に柚姫は深紅色の正方形を楊枝で刺して更に運ぶ。
「あ、なに味かはこのパンフレットを見れば分かります。先輩のは……マスカット。私のがラズベリーです」
「マスカット……他の緑は何味ですか?」
「んー、と薄荷とピスタチオ、あっ抹茶もある」
柚姫の嫌そうな顔に稔は苦笑する。
「ま、そうですよね」
「先輩、この間、間違っていることをさもそれらしくほら吹きましたね?」
「はい。結果を見るに信じたのは柚姫さんだけでしたが」
「むむむむ」
「申し訳ありません。しかし、やはりデリケートな話題ゆえに下準備は必要だったのです」
「今回は特別に許します。気が付かない私も私だし。現に蓮華先輩もアイリスちゃんも分かってたみたいだし」
「え……?」
「はい。私がその、逆月先輩から聞いた話を蓮華先輩にしたら『それ、お前騙されてるぞ』って」
逆月 稔は綺麗な瞳をこれ以上どうする気なのか大きくして輝かせた。
「素晴らしいです! さすが蓮華さん」
「そしてもう一つ。逆月先輩が蓮華先輩を好ましく思うのは、お兄ちゃんの不倫を嘘だと思っているから」
「その通り。けれど、このまま続けますか? 僕はまたそれらしい嘘を言うかもしれません。三回でアウト。貴方の彼氏の拳が待っています」
「面白い言い方ですねぇ。それだけ逆月先輩も覚悟があるのなら、私にも覚悟があります!!」
ズイッと、今度は鞄から取り出した本を稔の目の前に差し出す。
「……これは」
「蓮華先輩のお姉さんが作ったBL同人誌です」
稔はきょとーん、とその本を見つめる。
表紙は見るに野球部の先輩後輩モノ、といった感じた。
「よ、読んだのですか?」
「はい!!」
「……これは、っぶ、あははははは!!!」
「どーして笑うんですかぁ!! 読むの凄く大変だったんですよ!! アイリスちゃんと二人で読みました」
「何ですか。その面白そうなイベント」
「面白くないです! いえ。本は面白かったけど、私はもう大変で!!」
「お察しはしますけど……同人誌……まあ、説明するよりは早いですよね」
稔はまだくくく、と目に涙を含めて笑っていた。
「ところで……その先輩とお兄ちゃんはどこまでの関係ですか!」
「ん?」
「私、聞く時は聞いちゃいますよ!!」
「後悔しませんか?」
「し、しません!!」
頑なな柚姫を見て稔は溜め息を吐く。
「そうですね。まず、お礼を言うべきですかね」
「おれい?」
「はい。普通、男同士なんて気持ち悪い、と思うものです。最近は教育もあってそこまで敏感な話題でもないのですが」
「そう……かもしれない。けど一応ある私のお兄ちゃんの恋人条件に先輩は入っているので」
「え、条件?」
「お兄ちゃんより頭のいい人」
「うーんと、そうですね……」
稔は笑いを堪えるのに必死そうだ。
「笑い事じゃないんですよ!!」
「でも、そもそも正樹さんって賢い人の方が好きですよね」
「だからあんまり心配はしていませんけど、時々馬鹿同士っぽい友達もいるのでそういう人とはちょっと」
「なるほど」
「それで、どこまでの関係ですか?」
「そうですね。嘘、偽りなく言うなら行くとこまで行った関係です」
稔は変わってキッパリと告げた。
「じゃあ、今は一人で……」
「そこまで話すと少し長くなるのですが。柚姫さん。焦ることはない。今回はこの辺にして頂けませんか?」
「む……むむむ、そうですね……じゃあ、一つだけ。お兄ちゃんの本当の姿、知っていますか?」
柚姫の問に稔は瞳をスッと細める。
「どれを本当、にするかはさておき。ええ。知ってる、というか彼は僕には限りなく普通に接していたと思います」
「そう……なんだ」
何も言わず稔は頷いた。
確かに焦っても仕方ない。事はもう起こった後なのだ。
柚姫は思い出したように紅茶を飲んだ。程よく苦い味が舌に馴染む。




