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 僕はスーツを着て、近くの公園に来ていた。

 胸には白い花を一輪。公園の近くの花屋で購入したものだ。

 花を買ったのなんか何年ぶりだろうか。

 いや、自分につけるために買うなんて人生初めてではなかろうか?

 それもこれも、時間も場所もみんなナビゲーションの指示だった。

 一体何のおまじないなのか皆目見当もつかない。これで何も起きなければお笑い草だ。

 しばらく待ったがやはり何も起きなかった。

 あたり前と言えば身も蓋もないが、現実なんてこんなものだろう。 

 まあ、飲み会のネタぐらいには使えるかな、と思った時だった。


「すみません。お待たせしました」


 澄んだ声に振り返るとすらりとしたスタイルの女がいた。

 真っ赤なロングワンピース。ゆったりとした服の上からも豊かな胸が見てとれる。栗色のロングヘアーは緩やかにウェーブし、陽の光を艶やかに反射していた。

 サングラスをしていたので定かではないか、僕の記憶にこんなきらびやかな女性はいなかった。

 どぎまぎと戸惑っていると 

斎藤(さいとう)さんですか?」と、女はサングラスを外しながら聞いてきた。

 大きな潤んだ瞳が僕を見つめてくる。

 グラビアかテレビから抜け出てきたような美女だった。

 確かに僕の名前は斎藤だった。しかし、目の前の女に見覚えがない事実は変わらない。


「では行きましょうか」


「えっ?行くってどこへ?」


 今思い返すと随分間の抜けた答えだったと思う。しかし、その名も知らぬ女は柔らかな微笑を浮かべると、「どこへでも」と答えた。


 うながされるままに僕は女の車に案内される。

 流線形の深紅の高級車。馬のエンブレムが金色に輝いていた。僕は車には興味がないから良く分からないが庶民が乗る車でないのはなんとなくわかる。


 助手席に乗り込むと女も素早く運転席につく。なれた手つきでシートベルトをはめ、言った。


「もしも斎藤さんにリクエストがないのなら私、行きたいところがあるんですよ。

少し遠くですけど、海の見えるレストラン。そこで食事して、近くのホテルに行くのはどうですか?」


「えっ? うん、それでいいよ」


 何か根本的に誤解があるようだったが、その場の雰囲気に呑まれ、僕はうんとしか答えることができなかった。


「嬉しい。ありがとうございます」


 女は太陽のような笑みを浮かべると、車を発進させた。

 街並みを軽快に走る車に反して、車室内は息苦しい雰囲気に包まれていた。ただ、息苦しいと感じていたのは僕だけだったのかも知れない。


「斎藤さんはご利用は初めてですよね。

本日はご指名して頂きありがとうございます。

私のことはどなたから聞かれたのですか?」


 僕は答えに窮した。

 何しろ名前すら知らないのだ。だが、なんとなく横で車を運転している女が普通の世界の住人ではないことは分かった。僕とは無縁のとんでもない富裕層の娯楽に従事しているのだろう。完全にこの女は僕のことを別の誰かと勘違いしている。


「えっと……」


 ヴゥーー ヴゥーー


 答えようとしたその時、バイブの音が低く響いた。


「あら、ごめんなさい」


 女は運転しながら器用に携帯を取り、着信ボタンを押す。


「はい、私です。

えっ? 今、何処かですか?

クライアントと移動中ですけど。

はい。はい。ちゃんと名前を確認しました。

そう、斎藤さん――

本当ですか?

胸に目印の花もつけてましたよ」


 女はいそいそと車を路肩に止めると僕の方を見て言った。


「えっと、あなた、斎藤さんですよね」

「はい、斎藤です」


 女の表情からはさっきまでの笑みは綺麗さっぱり消え失せていた。女は探るような口調で言った。


「斎藤……何さん、ですか?」


「斎藤(たもつ)です」


 僕の答えを聞くと、女は再び携帯を耳に当てた。声が少し低い。


斎藤(さいとう)(たもつ)さん、だそうです。

……

…………

うっそ!マジですか。

はい、至急戻ります。

すみません。

10分ぐらい。

申し訳ないです。

はい、はい。じゃあ、切りますね」


 女は携帯を切るとふぅとため息を付き、僕の方を向いた。


「あの……すみません。

私……人違いしてしまったみたいで……」


 女は微笑みを取り戻すと、そう言った。ただ、先ほどまでの柔らかさはなく何処か強張った感じだった。


「ああ、はい。僕もそう思います」


 僕がそう答えると女は鼻で笑った。何か腹の底から込み上げてくるゲップのような笑いだった。


「あの……すみませんが、車降りてもらって良いですか?」


「あ、はい」


 僕は女の言葉に素直に従い、車を降りる。

 ドアを閉めると車は、かなり強引にUターンをすると一目散に走り去っていった。

 それから5分ほど僕は馬鹿のように道端に立っていた。

 そして、ようやく《美女とドライブ》したことに思い至った。

2019/04/12 初稿 

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