銀帝大講義 銀河帝国史 受講ログ
超光速通信がない世界の星間国家の政治体型に関する考察
プロキオン銀河帝国大学 社会学部 銀河帝国史
第二銀河暦784年 048Day 三コマ目
前回は、第二銀河帝国と第一銀河帝国の地方政治形態の相違について説明した。どう違うか理解しているかね。三列目の赤白のストライプを着た君。
「第一銀河帝国では総督制、第二銀河帝国は封建制でした。理由は効率的な管理と、分権化による即応性の向上です」
よろしい。第一銀河帝国は、成立した星域が銀河中央部に近かったため星密度が高かった。このため、一定体積を持って地方を分割し、地方ごとに総督を割り当てて地方政治を任せていた。もっとも、帝国の拡張とともに銀河腕に至っても、その方針を続けていた事が後の弊害につながった。銀河腕にいたると、星密度に偏りが生じて、任せられた星域がジャンプ=1では接続しない事も発生した。そうなると別星域を経由するか、当時は非常に効果だったジャンプ=2船を購入しないと星域全体に手が届かなくなる。
これに対して第二銀河帝国では、ジャンプ1でつながった星系でまとめて爵位を与えた部下に任せることとなった。星系の規模に応じて爵位を与えることで、最も高位の爵位を持ったものが非常時には指揮権を持つことで現地で判断を行えるようにした訳だ。
さて、復習はここまでとしよう。今日のテーマはこれ。
帝国はなぜ帝政を採用したか
君たちは、帝国に所属する色々な星系から本学に来ている。ここプロキオンは、君臨すれども統治せずという暗黙の了解の下で王政を採用している。事実上、民主政とも言えるわけだが、法制上は王政だな。といっても、最後に王家から政治的な要望がなされたのは200年以上前にまで遡る。
さて、最前列のそのブロックにいる5人。君たちの出身星域の政治形態はどのようなものだったね?
「うちは、民主政です。大統領と二院制議会がそれぞれ選挙で選ばれます。」
「私の星は共和政いや、寡頭政です。任期なしの元老院が治めていて、引退時に後任者を指名します。」
「王政です。母系での継承が基本となっています。」
「私のところの住民は全部で100人程、全て帝立研究所に所属しているので、研究所の運営がそのまま星系管理になっています。」
「俺、いや私の所は採鉱企業が星を所有しているので、星系運営部って所になるのかな。」
とまぁ、各星系毎の政治形態は様々なものがある。とはいえ、それらの星が所属するのは帝国だ。なぜ、帝政を採用しているのか。これははっきりした理由がある。
● 帝国内での情報伝達速度=人の移動速度である。
→ 他星系への情報伝達は、星系間宇宙船を用いている。このため、情報のみの伝達が出来ない
● 距離の暴虐
→ 帝国版図は数千光年の広さがある。上と合わせると帝国辺境から帝国中心への情報伝播に
数年を必要とする。これは、人の行き来も同じである。
更に付け加えれば、現在の帝国の技術力を持ってしても、一週間で約20光年のジャンプ=6が最大の移動速度である。通常使用されるのはジャンプ=1、良くてジャンプ=2であることは君たちもよく解っているだろう。ちなみに、ジャンプ=1ならば、1パーセク以内。ジャンプ=2ならば2パーセク以内の移動を1週間ということも周知の通り。
さて、この事から判ることは、全ての決断を中央で行うのは現実的でないことだ。辺境で反乱が起こった場合、対処を中央に仰いで返事を待っていたら反乱に飲み込まれてしまう。当初の想定にない反乱の場合、後手に回るではすまない状態になりかねない。あぁ、そこで君がぼそっと言った事は正解だ。第一銀河帝国が崩壊したのは、辺境で独自の判断で動くことを否定していたからだ。様々な要因があったものの、テラの反乱への対処を誤り、戦力の逐次的投入で次々に敗戦を重ねたのは、辺境の判断が否定されていたからだ。
中央で一括判断するような方法は、非常時に混乱を引き起こすことしかない。帝国全土を分割して選挙を行い、間接民主制を行えばという声も一時あったのは事実だ。だが、選挙から数年しないと当選者が集まることも出来ない様な政体は現実的なものではない。超高速通信が存在するなら、仮想空間上で当選者が集まり議論を行うことも出来るだろうが、それはSFの中でしかありえない。ま、将来そういった発見がなされない限り空想にしかならない。
別な言葉で言えば、帝国版図の広さが地方分権を強制している。各地方が分離していかない為の仕掛けが帝国の維持には必要になるわけだ。しかも、未だに辺境開拓は終わっていない。帝国版図はこれからも広くなることはあっても狭くなることはないだろう。
地方分権を推し進めた場合、各地方の利害の衝突により分裂を引き起こす可能性があることは、諸君らの星系の過去の歴史を振り返れば理解できるだろう。帝国全体を一つのものとして認識する存在が必要という認識が第一銀河帝国の形成期になされたと考えられている。
皇帝一家というのは、帝国全体を象徴する存在として作り上げられたと言ってもいい。いや、結果的にそういう存在となって現在に至ったと考えてもよい。第一銀河帝国265年の辺境動乱を平定したマシェンゴ提督への皇女降嫁がその端緒と現在はみなされている。第一銀河帝国から第二銀河帝国に変わった際も、形式上は第二銀河帝国の初代皇帝が養子として入って、第一銀河帝国の皇帝一家が隠棲したのだから、皇帝一家そのものは断絶していないことになっている。もっとも、婿入り、嫁入り、養子といった過程を積み重ねているから、血統的に連続している訳ではないがね。
一つの「家系」がある事によって、帝国全体の安寧がなされているというのは、我々人類のメンタリティが未だ成長しきっていないからだと皮肉る先生達もいるが、現実を見てみよう。我々人間というものは抽象的な象徴よりも具体的な象徴の方が安心出来るということだ。更に、英雄譚の主が皇帝一家に迎え入れられるというイベントが時折あるわけだから、皇帝一家との一体感も得られている。調べてみると判るが極端な民族主義の持ち主や、出身星系に強い思い入れがある英雄が皇帝一家に加わったことは一度としてない。ある意味、皇帝一家は帝国統治のためのツールであると言えよう。
この過程について、賛成・反対を明言した上で、その根拠となる事実と解説を付記したレポートを次回講義までに提出してもらいたい。なお、次回講義は途中に学会が挟まるため、3週間先となる。
間接民主制を取ったとして、議会解散が辺境に伝わるまで数年。当選者が辺境から議会に行くのに数年。
これで民意が反映できるだろうか?
と考えてみると、これローマ帝国と同じなのです。FTL通信がない星間国家では、ローマ帝国と同様に情報は人が持っていくのが一番速くなります。平時ならともかく非常時には辺境の担当者(ローマでは総督ですね)の判断で解決しないとにっちもさっちも行かなくなります。
FTL通信の有無は星間国家の政治体型に多大の影響を与えることになるのです。