2 拒否権はなかった
ショタ王子が腹黒になってしまったが・・・果たして需要はあるのかな?
「まずは謝罪をさせてくださいアーシャさん」
別室に移動してから、レイズ様は座って侍女に簡単に手当てを受けている私に頭を下げてそう言った。
私のことをアーシャ嬢ではなく、アーシャさんと呼ぶ少年はまさしくここ最近親しくしていた少年で・・・先ほど絶望的な状況にいた私を救ってくれたヒーローと言うか、昔好きだったおとぎ話の白馬に乗った王子様のようで凄くカッコよかったなぁ・・・って、私ったらまたこんなことを考えてしまうなんて。
「あ、あの・・・頭を上げてください」
「いえ。お兄様がかけた迷惑もそうですが、こうなることをわかっていてあなたを危険にさらしてしまったこと・・・それに、あなたの綺麗な肌に傷をつくってしまったことも」
そう言ってからレイズ様は私の手に触れた。先ほど騎士団長の息子に抑えつけられたことで腕には多少痕が残っていて、それを見て少し悲しそうな表情をしながらレイズ様は言った。
「僕がもう少し早くあなたを助けていればこんな跡を残さずにすんだのに・・・」
「あ、あの・・・レイズ様。あまり気になさらないでください」
あまりにも悲しそうな表情をする彼に私は胸を締め付けられるような痛みを感じつつもそう言った。
確かに、先ほど誰も味方がいなかったことや、ここ最近のことがすべて仕組まれていたことだと知った時には多少なりともショックを受けたが・・・そんなことがどうでもよくなるくらいに私はレイズ様が私を救ってくれたことが嬉しかった。
「私が王妃教育を理由にエドワード様のことを気にかけられなかったせいで、エドワード様の心は平民の娘にいきました。だから半分は私の責任なんです」
日々、王妃になるために国政の勉強をしたり、王妃様に付き添って他国に顔を広めにいったりしている間にエドワード様は私から離れていった。きっと、これは私の怠慢が招いた結果なのだろうと思いそう言うと、レイズ様はそれに対して首をふって言った。
「婚約者であるアーシャさんではなく別の女に入れ込んだのはお兄様自身がいけません。でも、僕は少なからずお兄様に対して感謝もしているんですよ」
「感謝って・・・」
「お兄様がアーシャさんを手放したことで、僕が手にいれるチャンスを得たことですよ」
どくん、と胸が高鳴る。
そうだ、さっきも言っていた。あの時は聞き間違いかと思ったけど、否定するにはあまりにも多くの言葉を彼は口にしていた。
自然とあの時のことを思い出して顔が赤くなるのを感じつつ私は思わず聞いていた。
「えっと・・・レイズ様。それは一体・・・」
「アーシャさん。僕はあなたのことが好きです。異性として」
「で、でも・・・私は婚約者に捨てられた不良品ですよ?それにレイズ様はまだ5才ですし、私なんかよりも可愛くて若い令嬢はたくさんいます」
冤罪とはいえ私は国王陛下主催の夜会で婚約者に婚約破棄された、いわば不良品だ。それにレイズ様はまだ5才。私とは10歳以上年の差がある。いや、年の差自体は貴族世界においてはそんなに珍しくもない。10歳くらいなら別におかしいことではないが、相手はこの国の第三王子で、年齢に見合わないほどの卓越した頭脳と王妃様譲りの美貌を持つ最優良物件だ。
その上、次期王位継承権が一番高かったエドワード様がその席から外れたことで、次の国王にもっとも近いのがレイズ様になった。
まさにこの国においても・・・いや、他国からしても物凄い重要な存在の彼が私なんかを無理に娶る必要はない。
「もし、レイズ様がエドワード様のことで罪の意識をお持ちで私を選ばれるのであれば、そんなことは気にしないでください。私は・・・レイズ様には好きな人と幸せになってほしいのです」
彼が他の人を隣に置いて幸せになる姿には少なからず心が痛むが・・・それでもそんな気持ちで彼の人生を狂わせるようなことはしたくなかった。
「それでもどうしてもというなら、私はお飾りの側妃で構いません。妃には他の方をーーー」
その言葉を最後まで言うことは出来なかった。
何故なら私の唇はその小さな唇で塞がれたからだ。
柔らかい感触と温かい感触・・・私のファーストキスはあっさりとレイズ様に奪われた。
呆然として言葉が出なかった私から唇を離してレイズ様は微笑んで言った。
「ごめんなさい。アーシャさんがあまりにも可愛いことを言うから思わず黙らせたくなりました」
「ーーー!?あ、え、あ、あのあの・・・」
軽いパニックに襲われつつも先ほどのダイレクトな感触が私の中を駆け回っていく。
初めてのキスをレイズ様に捧げてしまった。
エドワード様とはそんなことは一切なく、殿方と接すること事態がほとんどなかった私が10歳も年下の少年に簡単に唇を奪われた上に・・・そのことを嫌だとは思わなかったことに驚いてしまった。
むしろ嬉しいというか・・・レイズ様も子供とはいえ殿方なんだと思うとますます意識してしまうというか・・・
そんな私を見て愛しそうな表情でレイズ様は言った。
「僕は側室は持ちませんよ。あなたを正妃として迎えることだけが僕の望みです。それに・・・別にお兄様がしたことに責任を感じてのことではありません。むしろ、僕は望んでお兄様からあなたを奪ったくらいです」
「で、でも・・・私は・・・」
「アーシャさん」
真剣な瞳でこちらを見てくるレイズ様。
先ほどから胸の高鳴りを抑えることができなかった。
やっば・・・レイズ様かっこよすぎるよぅ・・・
「あなたは凄く魅力的な人だ。僕はあなたを昔一目見た時から一目惚れしていました。婚約者・・・いや、元婚約者だったお兄様に初めて心から嫉妬するほどにあなたのことが好きです」
「・・・で、でも、レイズ様の将来をこんな不良品が狂わせるわけにはーーーんぅ」
再び私は言葉を言い終える前に唇を塞がれた。
先ほどの軽い接触とは違い今度はさらに長い時間繋がった状態になる。
次第に苦しくなる息と、このいつまでも浸っていたくなる柔らかい感触に私は思わずとろんと、ほどけてしまう。
永遠にも思えるキスはやがてレイズ様から離れることで終わる。
その際に離れることに寂しさを感じてしまうが、そんな私を微笑みながら見てレイズ様は言った。
「拒否権はありませんよ?僕は最初からyesの返事しか聞く気はありませんから」
「・・・はぃ」
キスの余韻に浸っていたせいもあったのだろうが・・・私は最初から拒否権はないと言ったレイズ様の強引ささえもかっこよく感じてしまい、先ほどまでのネガティブな思考はすべて吹き飛ばされた。
この人の側にいたいと、理屈抜きに思ってしまうほどに私はレイズ様のことを、この時本気で好きになったのだろうと後に思う。