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戦姫戦争 ~最強の騎士と最強の姫~ 出会い

 レガリア大陸の中央に位置するモンドール国は騒ついていた。

 季節は桃の花が咲く、春半ば。

 一陣の風が吹き、喧騒が伝播する。


「うぉおおおおお!」

「姫様! 姫様!」

「モンドール万歳! カリーナ姫万歳!」


 カリーナと呼ばれる姫君は、馬車から手を出して優美に動かしていく。

 煽りを受けて更に熱気を帯びる空気と、鳴り止まぬ拍手喝采。


「姫様、大丈夫?」


 くりくりの目を姫に向ける従者。

 剣を脇に置いて、姫はその麗しい顔を曇らせた。


「疲れる……」


 金と銀が入り混じった髪をさらりと払うと、ふわりと花の匂いが馬車内に広がっていく。


「そう。なら——」


「クリス。これも私の仕事だから。平気よ」

 

 民草を抑えようとしたクリスを制止して、カリーナは今度は顔を外へ出してにこりと笑う。


「皆さま、お見送りどうもありがとう!」


 宝石の如き笑顔。

 カリーナは青い海のような瞳で見送る人々の顔を見ていく。

 あぁ、これが私の国。

 そんな確かな実感と共に、ずっと手を振り続けるのだった。



 ☆



「アルベール訓練はそこまで、お前にお客様だ」


「はいッ!」


 特徴的な霞んだ青の甲冑と、金の柄に銀の両刃を合わせた洋剣を持つ青年はキビキビと動き出す。

 彼の名はアルベール、騎士にはなれない騎士だった。


「ふぅ。この年代で勤め先が決まってないのは、お前だけだな」


「父様、それは……」


 華やかな服を着た老父は、わしゃわしゃとアルベールの頭を撫でる。


「この孤児は様々な英雄を輩出したんだぞ。お前がここに来て十数年だ。今やお前を超える騎士はおらん。自信を持て。儂がお前の腕を保証しておる」


 ニカリと笑う育ての親は、落胆を隠せない若い騎士を励ました。

 義父の名はマクスウェルという。

 有名騎士を輩出する『騎士の館』という孤児院と学校を兼ね備えるここの主人でもあった。

 騎士の館、このモンドール国において絶対の信頼を置く有数の騎士学校。

 王家に仕える者もいれば、貴族に仕える者も。

 引く手あまたな状況が現在の騎士の館である。


 たが、そんな中でアルベールは「余っている」状態だった。

 同学年の、いわゆる同期は全て仕え先が決まっていて、それが一層アルベールを慌てさせる。


「しかし、現に貰い手がないのです……。私は欠陥品なのでしょうか」


 アルベールは自身の行動を振り返って頭を抱えていた。

 どこか自分は他の者とは違うのではないか。

 お見合いだって何度も行ったし、自身を可能な限り売り込んだ。

 その上で丁重にお断りしますと、向こうから断りの文書が届くのだ。


「欠陥というか。そりゃお前。会う人会う人に……いや、やめておこう。今度の方こそお前の理想に見合うと良いな」


「命を賭けて忠義を尽くせる方、是非とも出会いたいです」


「相変わらずお前の忠義とやらは重すぎる……」


 目をキラキラとさせるアルベールを見て、マクスウェルははぁ、とため息を漏らすのだった。


「まぁ良い。客待たす訳にはいかんし、お前は挨拶をしておいで」


「承知!」


「アルベール、静かに! お前は声がでかい!」



 ☆



「承知!」


 どこからかそんな声が響いた。

 大きな声のお方もいるんだな、とカリーナは差し出されたお茶に口をつける。


「一目見たいのが、あの『狂乱のアルベール』だなんて。姫様も変わってますね。後、何度も言ってますが私が確認する前に口をつけるのはおやめください」


 クリスはカップの淵を指でなぞり、小指を茶に浸す。

 ホッとしたように、飲んでも良いと目で合図を送った。

 まぁカリーナは既に飲んでいるので意味もないが。


「気になるじゃない。人に仕えない騎士なんて」


「何でもたいそうアレなお方らしいですよ。最高傑作ゆえに頭が残念に……ともっぱらの噂です」


 残念ことに仕えない、のではない。

 アルベールの認識と世間の噂はどうやら乖離しているようだった。


「私は見たものしか信じないの。知ってるでしょ?」


「けっこーな長旅で私も疲れました。そろそろ、真剣に選んで下さい。一目見る度に『違う』なんて言われれば頭も悩まします」


「わ、悪かったわね! それこそどうしようもないじゃない! 直感が違うって言ってるのだから——」


 ひそひそと声を潜めて話しているその時、ようやく館の一つの扉がノックされる。


「はい、どうぞ」


「失礼致します。騎士の館、アルベールでございます」


 端正な顔だ。

 身長は自身より少し高い、一と七十程ぐらいだろうか。

 カリーナは、そんな彼をじっと見つめるとそのまま席に視線を落とす。


「座っても?」


「ええ、どうぞ」


 いったいどう切り出そうか。

 カリーナは少し逡巡した上で、まずは自己紹介をすることにした。


「こんにちは、アルベール殿。お噂はかねがね。私は……、カリーナと申します」


 カリーナは自身の名前を出すと、どんな反応をするのか確認したかった。

 これまで出会った騎士らは、それ全てカリーナの名を聞けば態度を改める。

 なんだかそんな姿が妙に腹立たしくて、これでアルベールも態度を変えるなら……そんな風に考えていた。


「カリーナ様ですか。お初にお目にかかります」


 眉一つ動かさないアルベールを見て、カリーナは少し驚いた。

 自身を驕っている訳ではないが、ここまで何も動じぬ相手は貴族でも初めての経験である。


「して、本日はここにどのようなご用件で?」


「少し騎士様とお話がしたくて」


「ははっ、私にはお仕えする主が居りませぬ。騎士と呼ばれるには程遠いです」


 嘘はない。

 クリスは視線でカリーナにそう伝える。


「狂乱、ですか(冗談でしょ)」


 ぼそりと、そう溢してしまう。

 どちらかといえば紳士と呼ぶ方が近いだろう覇気のないアルベールの顔を見て、むしろカリーナの方が同様を隠せずにいた。

 分からないことが気持ち悪くてしょうがない。

 ならばその全てを聞きたくなるのが、この姫様の特徴でもある。

 ならばと、カリーナは少し踏み入った質問を投げかけた。


「仕えたい御方などは?」


 これは実はかなり踏み込んだ質問である。

 騎士にとっては人生を左右しかねない主の話。

 それも一番聞かれたくない部分であり、それは長年一緒に暮らしても許される事ではない。


「(姫様、でりかしーがない)」


 隣に座るクリスですらそんな風に思うのだから、この質問がどれだけ失礼なのかお分かり頂けるだろう。

 それをアルベールは、


「そんな希望は不要です。私は生涯の主を一人と定めております。なれば、私が仕えたいと思わせてくれる方が全てでしょう」


 簡単に言ってくれる。

 と、カリーナは眩しさを覚えるほどに、衝撃を受けた。


 ——これは満たせそうにない。

 彼は本気で、自身の考え方が間違っているとは思っていない。

 黒い眼は、光を受けて妙にキラキラと輝いて見える。


「……そうですか」

 

 彼は自身の主像を曲げるぐらいなら、一生一人で生きていくのだろう。

 そう思わせるぐらい、真っ直ぐな青年だった。

 今時珍しい騎士道を持ち合わせた男が、アルベールという男だ。

 

 主を全として考える古くて、美しくて、何よりこの時代では『貫き通せぬ』鉄の鎖である。


「カリーナ様は騎士か何かを?」


 カリーナは答えられない。

 目の前の騎士を自身の剣として振るいたい。

 そう思わされたのに。

 あまりに真っ直ぐで、綺麗で——。

 この先を考えるとどうしても踏み込むことができなかった。


「私も騎士が、必要で」


「左様ですか。この私に答えられるの事であれば何なりとお聞きください。私は新米騎士としては行き遅れですがね。ははっ!」


「……では、戦議論などは如何でしょうか?」


「ふむ、構いませんよ」


 カリーナは言葉を巧く紡ぎだせないでいた。

 様々な初めての思考が脳を乱しているからだろう。

 生まれて初めて、忠誠を誓って欲しい騎士がいるのだから。


「では近代戦闘技術について……で」


 悪い癖が出た。

 カリーナは結った髪を後ろ手で触りながら、やってしまったと悔やんだ。

 女らしくない。か弱く見せなければならないはずが、まるで男のようだ、と。



 ☆



「成程。カリーナ様のお話は分かります。しかし、そこであればですね。……これで詰みです」


「それでは騎馬の有利性が失われます。でしたら、こちらはこうして……ここを使えば」


 いつの間にか日が暮れ、夜が近づいていた。

 隣で見ていたクリスはいつしかうとうとを眠りについてしまい、マクスウェルは時折覗いてはまた茶を足して学舎へ戻っていく。


「じゃあ、この場合は裏から。いや、右翼中心に再編して陣を組み敷けばいいじゃない!」


 口調はいつからか変化し、二人の距離は近付いていた。

 カリーナは姫という立場を忘れ、ただ武人としての考えをひたすらに目の前の男にぶつけていく。


「多少の犠牲はありきの考え方ですか。悪くない」


 それを受けて真剣に考えているのが、アルベールであった。

 一つ一つの可能性を模索し、考え、試し、その上で己の考えを進言する。


 ワオーン。

 どこからか、獣の鳴き声が聞こえる。

 はっ、とカリーナが辺りを見渡すともう外は真っ暗になっていた。

 いつの間にか、マクスウェルは蝋を立てていてくれたらしい。

 温かい光が客間を照らしている。


「ご、ごめんなさい。こんな時間まで」


「いえ、構いませんよ。私も勉強になりました」


 古紙は机には収まりきらず、床に散乱している。

 それを大事そうにアルベールは広い集めて、トントンと机の上に置きなおす。


「クリス様はこのまま横に。長旅でお疲れのようですし」


「ええ、感謝するわ」


 クリスの肩から足まで毛布を掛けると、カリーナは改めてアルベールの前に座りなおす。

 直球しかない。

 もう自身の気持ちに嘘をつくわけにいかないだろう。

 彼女は議論を通じて、アルベールという男に興味を持っていた。

 広い視野、戦いに関する考え方。自身に通じるモノを感じたのだ。


「ねぇ、アルベール。私の騎士モノになる気はない?」


 迷った末に、姫は騎士にそう告げた。


「……今すぐにお返事は出来ません。ですが、カリーナ様が本気なのは伝わります。なので、私も臣として見極めて頂きたい。貴方の、いえ。姫様の騎士として相応しいのかどうかを」


 真剣を以て、アルベールはそう切り返した。


「知ってたのね」


「ええ、流石に私もそこまで馬鹿ではありませんから。姫様が探されているのは戦姫騎士せんききしという括りで間違えないでしょうか」


「その通りよ」


 戦姫騎士せんききし、特別な本当に特別な騎士の呼称である。

 姫の為に命を捧げ、姫の為に死ぬ。

 だが、それは戦姫も同じ。

 騎士の恥は、姫の恥。騎士の血は、姫の血。


 つまり、騎士が死ぬならば戦姫も死ぬ。

 そんな一蓮托生の誓いであった。


 そして何より外せないのが、戦姫戦争と呼ばれる騎士と姫のツーマンセルの戦争。

 ここでの勝利が国にとって膨大な利権を与える。

 レガリア大陸にある各国の順位をそれで決めるのだ。


 だから、この世界での女性の地位はとても高い。

 王より妃、王子より姫。

 それは何も王族だけではない、庶民もそれは同じことである。


「戦姫は、戦姫戦争に出なければならない。いきなり重いことを言っているのは承知しているわ。それでも、私は貴方に賭けたい」


「必ず、カリーナ様に認められるような騎士であると証明してみせましょう」


 アルベールに迷いはない。

 何せ、主が全てと即答できる男なのだから。

 だが、主にするのが戦姫となれば話は別。

 まずは姫も、そしてアルベールも。

 互いを信用しなければ勝ち続けることは不可能である。


「アルベール、ごめんなさい。お腹が」


 カリーナは顔を赤らめてお腹を抑える。

 そんなお茶目な一面を見て、アルベールも思わず顔を綻ばせた。


「夜も更けました。夕食には少し遅いですが、ご飯に致しましょうか」


「ええ、お願い。脳を使ったから、もう限界」


 こうして、最初の夜は二人を近付けるように過ぎていくのだった。

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