伝えたい事
目を開き、俺の目に映ってきたのは昨日までの景色とは違った。一人で机に座っている俺。隣は⋯。名前も思い出せない女子が座っていた。
⋯もしかしてこれって、
────やり直す前の⋯俺なのか?────
しばらくそのままで、全く動こうとしない俺。夏実もいない。紗菜は⋯いた!でも、一人で本を読んでいる。
話しかけろよ俺!
そんな気持ちになっても、夢の中の俺はビクともしない。そりゃそうだけどさ⋯
「ねぇ石想君。聞いてる?」
石想君?そんな名前⋯聞き覚えあるな。
「い、いえ。僕は村田想士ですので」
「そーやっていつも固くて、じっとしてるから、石想って呼ばれるんだよ?石像の石想君!⋯なんちって!」
その男子生徒は大笑いした。あぁむかつく。昔の俺ってこんなに酷かったのか?
俺はもう一度だけ紗菜の方を見る。しかし彼女は一向に気づかなかった。
まぁこの時はまだ話してもないんだし、仕方ないよな⋯。
「はーい。では、授業を始めますよー」
「はーい」
やるせない気持ちを抱いたまま、授業が始まった。
「えっと、まず復習も兼ねて、この問題を─」
ハイハイ!って手を上げる周りの生徒達。
「じゃあ、今日は26日なので、26番」
「だれだれ?」
みんなが指された人を笑おうとして周りをキョロキョロしている。
でもさ、その番号⋯俺だぜ?
「はい。僕です」
「あぁ。石想かー」
みんながつまらなそうに前を向いた。
「ねぇみんな?なんで村田君は石想って呼ばれてるの?石って文字なくない?」
「先生。それはですねー」
一人の男子生徒が話を始める。
どうせまた悪口みたいな事を言われるんだろう。
「想士君って、何を言っても中々返事してくれないんです。石像みたいにがっちりしてて、石の想ってことで、石像ならぬ石想です!」
「そっかぁ」
先生、なんで納得しちゃうの?
しかし、そう思ったのはその一瞬だけだった。
「でもね、みんな。いくら村田君が周りと馴染めなくて、話すのが苦手だとしても、人の名前で遊ぶのは良くないと思うよ」
⋯先生!あなためちゃくちゃ良い人ですよ!
「んー。まぁ、美里先生がそういうなら、仕方ないかなぁ」
しばらくクラスが静まり返っていた。それを止めるかのように、先生は声を出した
「はい。じゃあこの話はここまで。村田君。問題の答えは?」
「────────────」
ずっと黙り込んでしまい、何も喋ろうとしない俺。
何してんだよ⋯。その問題の答えはわかるはずなのに。
「村田君?答えわからないかな?」
「────────────」
先生。わかってます。わかってるんですよ!でも俺は、この時の俺は、人前で話すのが大の苦手なだけなんです。
そう言いたいのに、口から出ないんだよな。
先生に指名された俺は、答えることもなく、黙って座っていた。
「先生。私たちが石想君って言った理由わかってもらえましたか??」
クラスの女子が笑いながら言う。
「わかっちゃう気もするけど、それでもいけないことはダメなんだからね?」
「先生も少しわかってくれたー!」
クラス全員が大声で笑う
それを目の当たりにしていた俺は、この状況が耐えられなくなってしまったらしい。
夢の中の俺は、静かに席を立った。
「ん。どうしましたか?村田君」
「あ、あの⋯少し、保健室に行ってきます⋯」
「あらそう。じゃあ、授業進めさせてもらうわね」
「はい。お願いします」
そう言って教室の扉を開けて、出る時に一言だけ呟いていた。
「さっきの問題の答えは、○○○だと思います」
「うん。正解だよ」
その言葉だけを聞いて、俺は教室をあとにした。
夢の中の俺は階段を降りて、保健室へと向かっている。この時の目には、涙が少し溜まっているように見えた。
そしてこの時、夢のはずなのに、不思議な声が俺の耳に聞こえてきた。
〈なんで僕はこうなってしまうんだろう。やっぱり僕は、ダメ人間なのかな?⋯⋯どうして⋯〉
違う。そうじゃない。そうじゃないんだよ!
君は。いや、俺は、大事な一歩を⋯それを踏み切れずに立ち止まっているだけなんだよ!
俺はタイムリープ中に気づいたことを、必死に訴えようとする。
〈どうせ僕には友達なんていないし、からかわれて終わりなんだろう〉
俺の声なんて届くわけもなく、彼のマイナス思考だけが聞こえてくる。
違うのにな⋯。
今の俺ならプラスの考えを出来るかもしれないが、当時の自分には到底無理な事なのだろう。
ずっと下向きのまま保健室へとむかった。
ガラガラ。
「はーい。って、村田君?どうした?調子悪い?」
「あ、その、少し気分が悪くて」
こんな俺でも普通に接してくれるのは、保健室の先生くらいだろうか。
「そっか。今、もう一人いるから、適当なところで休んでていいよ」
珍しいな。他に人がいるんだ。
俺はクラスで居づらくなると、必ず保健室に行く。これははっきりと覚えている。
「凛ちゃーん。血はどう?」
「あ、先生。だいぶ止まってきました!」
⋯⋯凛ちゃん?
凛⋯。苗字が秋山なら、俺の知ってる凛だが、先生は、彼女の苗字を一向に喋ろうとしない。
少し保健室の中を見渡せよ俺!
頑張って問いかけ続けたが、やっぱり聞こえることは無かった。
結局凛というのが誰だったのかはわからないままだった。
それにしても、あの頃の自分があんな事を考えていたなんて、少しビックリした。
この時、俺は一つのことに気がついた。
当時の自分に出来なかった唯一のこと。
それは、
『自分が何をしたいと思い、その行動をするのか』
今までの俺は、周りの事ばかりを気にして、広大な視野を自分から閉ざし続けてきた。
でも、そうじゃない。本当にやりたいことはなんなのか。何のためにそれをするのか。
それは周りのためなんかじゃない。自分のためなんだ。
それをわかっていなかったから、あんな事になってしまったんだ⋯⋯。
俺の声⋯!届いてくれ⋯!
ピキピキ
何かにヒビが入るような音が聞こえた。なんなんだ?この音は。
「村田君。気分はどう?」
夢の中の俺は、時計を確認する。ちょうど休み時間に入ったところだった。
「あ、その、大丈夫です。ありがとうございます」
「なら良かったわ。くれぐれも無理はしないでね」
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《想士(過去)》
僕は保健室を出た。いつも通りのはずだったのに、今日は何かがおかしかった。頭の中がモヤモヤするし、どこか遠くの方から声が聞こえてくるような気もする。
────────────れ
⋯⋯れ?
──────届いてくれ⋯!
パキン。ガッシャーン。
頭の奥で何かが割れたような音がした。
どういうことなの?
「届いてくれ⋯。頼む!」
いきなり頭の中から声が聞こえた。はっきりと。
え!っと思い、僕は周りを見渡す。しかしそこには誰もいない。どういうこと?
「お前は強いんだ⋯。気づいてくれよ⋯」
止まらない話し声。
「あ、あの⋯。どなたですか?」
おかしいと思いつつも、返事をしてみた。
「⋯⋯え?聞こえている⋯の?」
《想士(現在)》
さっきから必死に声をかけようとしても、一向に届く気配がしない。
そう思った時だった。突然夢の中の俺がキョロキョロと周りを見渡していた。
もしかしたら⋯
そう思った俺は、声をかけ続けた。彼が。過去の自分が俺の声に気づいてくれるように。
俺は必死に話し続けた。
こんなにも必死になったのはいつぶりだろう。
「あ、あの⋯。どなたですか?」
⋯⋯?!今、声がしなかったか?!それも、彼の心の声ではなさそうな声。
「⋯え?聞こえている⋯の?」
思わず発してしまった言葉に対しても、返事が来た。
「聞こえていますよ」
と。
この時の俺は喜びを隠しきれなかった
だって、こんなにも達成感を得られるなんて、思ってもいなかったから。
「本当に、聞こえているんだな⋯」
「はい。聞こえていますから。⋯それより、誰なんですか?」
俺は君自身だよ。そう言ったら、素直にわかってくれるのだろうか。
⋯でも、誤魔化しても意味が無い。とにかくちゃんと説明しよう。
「あのな、君は信じてくれないかもしれないけど、俺は君なんだ。⋯未来の」
本当はやり直してるから違うけど、こうしておこう。
「⋯本気で言ってるんですか?」
当たり前の反応だった。だけど俺は、信じてくれることを願ってもう一度いう。
「あぁ。本気だ。信じてくれ」
「⋯。わかりました。僕があなただとするなら、最終的に僕が信じるのは、何となくわかりますよね?」
「うん。わかるよ。俺と君はそういう人柄だ」
俺と君。すなわち"村田想士"は、そういう人なのである。
「それで、どうしてこんな会話が出来るんですか?」
「それは⋯。俺にもわからないんだ。気が付いたら、君と同じ視点の夢を見ていた。なのに、自分の意思もあるし言葉を発したり、考えることも出来るんだ」
「すごい不思議なことですね。でも、さっきまで僕が感じていた、いつもと違う感じ。については、筋が通りました」
こうして過去の自分と話せるのはすごく嬉しい。
するといきなり、過去の自分(これからは、ひとまず過想士と呼ぼう)が、現実的なことを聞いてきた。
「それじゃあ、未来からということを信じて、質問をしても良いですか?」
「あぁ。なんだ?」
きっと過想士だって、未来を気にしているはずだ。俺のわかることは言ってあげないと、彼が不安を抱いてしまう。
「その、今の僕の状態は、見てもらえばわかると思います。こんな僕の未来はどうなってしまうのでしょうか⋯」
その言葉を発した彼の声は、震えていた。
聞かれるとは思っていたけど、実際に聞かれると、結構困るな⋯。
「落ち込まずに聞いてくれ。正直、未来はどうしようもなく悪いんだ。お金はあっても、それ以外は何も無いんだ」
過想士は黙ってしまう。まぁ、自分の未来が酷いものだと言われてしまったら、誰だって辛いよな。
それでも、彼は何かを言いたそうに、重い口を開いた。
「やっぱり、そうなんですね⋯。僕は結局ダメなままなんですね」
彼の声が震え続けている。俺が何とかしてあげなければ⋯!
「落ち込まないでくれ!その⋯俺は、未来を変えるためにここに来たんだ!」
「⋯⋯。未来の僕って、そんなにはっきりと言い切れる人になったんですか?」
そうだ。俺はそれを伝えに来たんだ。⋯⋯来たというか、伝えられそうなだけだけど。
「あのな、俺は君に伝えたいことがあるんだ。今の君に足りない⋯、とっても重要な事だ」
「⋯なんですか?」
俺はありったけの言葉で彼に伝える。
「君は、行動の目的を間違えているんだよ。何のために行動するのか、君はどう考えているの??」
彼の答えは、俺の思った通りだった。
「そりゃ、周りがよければ、僕はそれで────」
「そこが間違っているんだ。君が行うことは全て、君自身のためなんだよ。他の誰でもない、君のため。
それを忘れないでほしいんだ。」
「全ては、自分のため⋯ですか?」
「そうだ。君の人生は君自身で決めるんだ。俺から言えることは、それだけなんだけど、自分の気持ちをしっかり持ってほしいんだ」
「あなたに言われると、妙に説得力があるように感じます。同じ人だからなのですかね?」
そう言って、彼は初めて笑った。すごく楽しそうに。
──────────────────
次の瞬間、耳元に砂嵐のような音が聞こえてきた。
そして一気に、
意識を奪われた。
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「──士。おーい。想士!」
「っ!」
「もう!いつまで寝てるのよ!そろそろ起きようよ!」
俺の目の前には夏実と凛がいた。
どうやらあの夢は終わったらしい。あれがただの夢だったのか、本当に会話をしたのか。それは俺にもわからない。
だけど、彼のためにも、やっぱり自分も頑張らなきゃいけないと思った。
「俺、支度するから、二人は下で待っててくれ」
「はーい!」
二人が一階に降りると、俺は支度を始めた。
俺が過去の自分にしてあげられる事なんて、間接的にしかならない。だけど、そうだとしても、何かあるはずだ。
それに、昨日のあのメール。まだまだ謎ばかりのタイムリープだけど、少しだけ希望が出てきた気がした。
そして俺は鏡に向かって一言呟いた。
「頑張るからな。お前も頑張れよ」
過去の自分とはもう繋がらない。だけど、どこかで見られているような気がした。
過去の自分に情けない姿を見せるわけにはいかない。
だから頑張ろうと、改めて思った。
うん。支度はOK。早くしないと時間が⋯⋯
⋯⋯?あれ、
集合時間より全然早いじゃん?!