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始まりの話

  幕末時代に、「標準語統一法」が制定され、方言の使用が禁止された。町のものはみな驚きを隠せず、中には反乱を起こそうと考えたものまでいた。なぜ、ここまで皆は驚いたのか。理由は一つ。江戸幕府第十五代将軍、徳川慶喜が、この法律の制定の訳を誰にも話さなかったからだ。そんな出来事が起こり、約150年が過ぎた今――方言を話す地域はほとんどなくなってしまった。いや、むしろ零といってもいいだろう。北海道弁も、津軽弁も、首都圏方言も、新潟弁も、博多弁も・・・すべて使われていない。もちろん、あの「大阪弁」も・・・。


『夜の街に無数の怪しい影・・・。未確認生物、増加か⁈』

『どうやら襲われたのは高校生くらいの少女。彼女の安否は、いかに・・』

「まじかよ。」


 思わずため息が出てしまう。オカルト・ミステリーを扱う雑誌『月刊ルー』にトップ記事として書かれている記事を読み、私は思った。

 ---これ、私のことじゃね?

 私は最近怪物--いや、魔物に襲われがちだ。信じられないと思ったそこの貴方。見えるんだったらこの傷を見てほしい。痛々しい引っ掻き傷が、私の腕にある。しかも、全治二ヶ月。二ヶ月だぞ!怖いだろ。


「にしても、あの魔物はなんなんだ?」


 三ヶ月前ぐらいから増え始めた謎の魔物。一体何者なんだろう。


「あぁ、めっちゃ疲れた。」

 舞台は大阪府大阪市北区。賑わいを隠せないようなこの街にある私立佐山学園の中等部3年生の一川野ルカは、毎日やってくるこの平凡さに退屈を感じていた。摩訶不思議なことが起こらないし、何よりも大好きな「方言」――特に「大阪弁」が使われていないことに不満を感じていた。そう、彼女の好きなものは「方言」と「不思議なこと」であった。


「結局魔物がわかんなかった。なんなんだろ。てかムカつく、徳川慶喜。大阪弁使っていいのに。あー、やだ やだ。」


 そう。彼女こそ、魔物に襲われがちな女子高校生だった。

 一人で愚痴的なものを言っている姿は、端から見ればかなり怪しい人に見える。然し、これがか彼女が大阪と大阪弁をどれだけ愛しているのかの証拠だった。


「うっわ、変な人。」

「ちょ、レカ、ルカ姉にそこまで言うのは、ちょっと・・。」


 隣で妹のレカ、レカの大親友の星空甘美が朝から元気に騒いでいる。うるさいな、とルカは小さくつぶやいた。


「はー、聞こえてますよーだ!うるさくてすいませーん!」


  ムカつく。憎たらしいわが妹をじろりとにらみつけ、速足で歩いた。なんなんだこの妹。妙にムカつくなぁ。その隣の甘美を見ると、甘美はごめんね、と小さく頭を下げた。フランスと日本の血が混ざった彼女はまるでアンティーク人形のようで、ものすごい美人であった。ルカは、彼女に見とれ、すぐに許してしまった。


「あー、かわいい!」

「あー!ルカめ、甘美に変なことするな!」

「しないわ!」


  そんな姉妹喧嘩?を眺めていた甘美はどうすればいいのかわからず、何か話のネタは見つからないかとあたりを見回すと、黒猫を見かけ、どうにか姉妹喧嘩を止めることができた。みんなで猫を撫でていると、レカが不思議なことを言い出した。


「・・使い魔の猫ちゃんみたい。」

 使い魔・・。魔法使いたちが使役する、主従関係で成り立つ魔物や精霊などのことだ。

「使い魔か・・。魔法使いでもいるのかな。・・いいなあ。私も、レカもルカ姉も、魔法が使えたら楽しいのにね。」


 甘美は静かに笑った。瞳の奥にある悲しみの塊を隠し、二人に笑いかけた。そろそろ時間だな。ルカは二人と別れ、小走りで学校へと向かった。甘美は、たまに悲しい顔をする。理由は話してくれず、親友であるレカにも言っていない。ルカはその顔が嫌いだった。まるで昔の自分と重ねてしまいそうで怖かったからだ。        もう、独りぼっちはいやだ。

 彼女の瞳が輝いた。


「おい、ルカ!!遅刻ギリギリ!もうすぐホームルーム始まるよ!」


 彼女のもとに近寄ってくる、一人の少女。戸方星弥だ。髪を上に上げ、そこを大きなリボンで結んでいる。一見おかっぱ頭に見えるが、一応腰上まで髪はある。すっとした釣り目に、色白な肌。彼女の凛とした姿は、誰が見てもあこがれてしまいそうだ。そして、彼女も大阪弁を愛している。


「はは、怪しいを通り越して寧ろきもいぞ。」


 星弥の隣にいるのは、荒澤優人。見た目はかっこいい。何かとモテるのだが、中身がだめだ。いわゆる――「残念なイケメン」、略して「残イケ」。そんな彼は、ルカ以上か、同じくらいか・・・そのくらい、大阪と大阪弁を愛している。そして、彼もこの平凡さに飽きを感じていた。


「う、うっさいな!!この残イケめ!」

「なっ・・・。残イケとは無礼な!」


 すると、星弥は二人の頭をぺちりとたたき、「はいはい、静かに。」と二人を引っ張り出した。


「うう、星弥ぁ。毎日が平凡すぎるよぉ。つまらん!」

「そーかそか、平凡じゃない日常は私は過ごしたくないけどね。」


  つまらない。こんな世界は。ルカはそれが口癖だった。

「「非日常、カモーーーン!!」」

 二人の声が重なり、学校中に響いた。この後、先生に激怒されるなんて、思ってもいなかった。それに、・・・・

 急にこの平凡が崩されることなんて、考えもしていなかった。


「昨日も言ったとおり、転校生が来るんだ。皆、仲良くしてやれよ。」


 急に、転校生がやってくる。そして、二人の出会いによって世界は変わる―――。よく小説でありがちなパターンだ。でも、そんなこと現実ではありえもしない。ルカは一人で考えていた。もともと転校生などに興味を持たない彼女は、そんなことを考えるのはめったになかったのだが。じゃあ、なぜこんなことを考えたのか。理由は、謎だ。まず、彼女の頭の中には勉強と陸上競技と方言と不思議な事しか入っていない。後、家族のこと。友達や転校生のことなんか、一割も頭にない。まず、影の薄いルカは友達なんかつくれなかった。じゃあ、星弥と優人はなんだって?二人は別だ。


「じゃ、入ってくれ。」


 そんなたわいもないようなことを考えているうちに、転校生が入ってくることになっていた。スッと扉か開き、一人の少女が入ってきた。次の瞬間、ルカの背筋に冷たい汗が通っと通った。


「っ!」


 光を反射し、きらきらと光る漆黒の髪。ぱっちりとしたつり目に、少し赤みがかっている瞳。その整った顔立ちに、クラスの誰もが息をのんだ。ただし、一名を除いて。


「リズ・・・波白魔莉佳です。よろしくお願いします。」


 彼女がニコリと笑った。まるで天使のような笑顔だ。しかし、ルカには悪魔のように見えた。魔莉佳が教室に入ってきた瞬間に、ルカは不気味なオーラを感じ取った。まがまがしく、息をしたくなくなるような。ルカは周りを見渡した。誰も、嫌そうな顔をしていなかった。

「じゃあ、波白はあそこに座ってくれ。」

 と言って先生が指さした席は・・・ルカの隣だ。この時までルカは隣の席が空いていることに気が付かなかった。うわ、嫌だな・・・とルカが顔をしかめた時、魔莉佳と目が合った。と、次の瞬間、魔莉佳が隣にいた。

「ひっ!」

 こ・わ・い。魔法でも使ったのだろうか。魔女か?魔女なのか?

「もしかして,一川野さん?よろしくね!」

 ・・・最悪だ。


 休み時間になると、彼女の周りに人だかりができた。まったく、なんでこんなことをするのか。まず、近寄りたくもない!そう思っていた時、魔莉佳が「一川野さんに話したいからみんな、後で話そう。」と言ったのが耳に入った。みんなの視線が自分に集まる。え、やだ。このむず痒い感じにルカは顔をしかめた。人見知りにはきつい、この状況。ルカはとりあえず固まった。

「ね、ちょっといい?」

 上を見ると、・・・やつだ。般若の顔(ルカの妄想)をしながら、私に話しかけてきた。

「・・・・・はい。」

 いやです!とでも言いたかったが、人見知りな私には無理だ。渋々と般若の顔をした魔女の後をついていった。


「な、あんた、妹いるでしょ。」

 何で知ってるんだ?!初対面の人にそんなことを言われて驚きを通り越して恐怖になった。女子トイレの、鏡の前。ルカは魔莉佳に尋問(仮)をされていた。やっぱり魔女なのか。この人は。

「え、まじょ・・・・じゃなくて、波白さんは、なんで知ってるん?」

「あ、マリカでいいよ。」

 聞いているのはそこじゃない!なんなんだこの人は。ペースについていけない。ていうか、怖い。ルカは、一人おびえていた。

「なんでって・・・。それは言えないな。」

  急に悲しい顔をした。ルカは思わず黙ってしまった。なにかあったのか。いや、でも初対面だ。いくらなんでも怪しすぎる。

「そ、か・・・。言えないならしょうがないっすね。じゃ。」

  もう話は終わったのかと思い、ルカは身を翻した。こんな話に付き合っている暇なんてない。小テストの勉強にかかりの仕事、考え事――この少女は何者なのか、考えなくてはならなかった。しかし、この計画は実現しなかった。

「ちょっと待って!」

  マリカが、腕をつかむ。思わず後ろを振り向くと、そこには悲しそうな彼女の顔があった。

「あ、ごめん・・・。」

  一瞬、マリカの目が大きく見開いたと思えば、彼女はルカの腕を離していた。あんな驚いた顔、生まれて初めて見たかもしれない、とルカは一人である意味驚いていた。

「まあ、また話そっか。ごめんね。」

  何か話しかけるべきなのだろうか。あんな悲しそうな顔を見たら、たとえ人見知りで人に興味のないルカだって声をかけたくなってしまうものだった。しかしなんて声をかければいいのだろうか。悲しいことでもあったの?話、聞こっか?こんな簡単な言葉をかければいいのに、ルカにはできなかった。静かに教室に戻っていくマリカの背中をぼんやりと見つめていた。

「あの眼・・・。」

  彼女の瞳は美しかった。物や人、すべてのものを鮮やかに映し出し、輝きを持っている眼だ。マリカがルカを引き返した時だって、彼女の瞳にはすべてが映っていた。しかし、ルカは違和感を覚えた。あそこに映っていた自分は、自分じゃない。マリカは自分に似た人を自分と重ねていた気がする、と。彼女は、・・・



  ルカじゃない誰かを見ていた。


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