第一話 有給休暇は貰えない
「助けてくださいっ、アシュリーさん!」
「……」
助けを求めてくる彼女を、目の前の光景を呆れた目で見ている私は悪くないはずだ。
☆★☆
「あの、課長。有休を使いたいんですが」
「だーっ、クソッ! 転生課の奴ら、またやりやがったな!?」
課長の元へ有休申請に向かえば、相変わらず転生課に対するイライラ度合いは高いらしく、どこからの連絡なのかは分からないが――いや、大体の予想は出来るのだが――、内線で話し終えると、投げ付け気味に受話器を叩きつけるかのように戻す。
「俺たちは、転生課の奴らの尻拭い担当じゃねーんだよ! ――で、何だって?」
どうやら、いつも以上に怒ってはいらっしゃるようだが、こちらの用件を聞けるだけの余裕はあるらしい。
「有休を、有給休暇をください」
「却下。略さずに言ってもダーメ」
笑顔で断られた。
しかも「このクソ忙しい時に、何言い出してくれてんだよ。ふざけんな」という副音声も聞こえた気がする。どうしたものか。
「それよりも、仕事しない?」
「なら、有休で片付けます」
「うん、仮にも休み中なのに、いつも通りの仕事してたら、有休の意味ないからね。それ」
まあ、そんなやり取りも経まして、有休による『いつも通りの仕事』の始まりなのでした。
そんな私に与えられた仕事内容は、前回同様の『婚約破棄』関係なのは『婚約破棄』関係なのだが、状況が少しばかり違うらしく『どうしてそうなったのか』と言いたくなる展開になっていた。
とりあえず、溜まりに溜まった有休を消化するために、一年間という期間を設けて、『アシュリー』という偽名を使って、状況観察の開始である。
そして、最初の半年で把握したことは――……
「助けてくださいっ、アシュリーさん!」
「待ってください、ナナメリア様。彼女の相手をするぐらいなら、私と一緒に過ごしましょう!」
何か、ヤバかった。
私に助けを求めてくる少女――ナナメリアはまだ分かるが、彼女を追い掛けている(乙女ゲームとかの主人公みたいな)少女は『そちら』の性癖でもあるのかと疑えるほどに、ナナメリアをどこか嬉しそうに追い掛け回していた。それはもう、最初はツンデレ対応していたナナメリアが怯えて逃げ出すほどに。
そして、少女に好意を寄せる――攻略対象(仮)たちの顔もヤバいことになっていた。
完全に陥落はしていないのだろう、ナナメリアの婚約者が「ナナは俺のだから、お前こっち来るな」的なことを言ったのに見事に無視され、他の攻略対象たちも一緒に過ごしたいのに、少女はナナメリアしか見ていない。
となると、彼らから見れば異性であるにも関わらず、ナナメリアは嫉妬されるわけで。
「状況を知っているのなら、婚約者を助けてほしい」
「どうしても、彼女から逃げ切りたいの。そうしないと彼らも怖い」
――今回の、依頼。『ライバル的立ち位置にいる令嬢、ナナメリアの救済』。
依頼者はナナメリアの婚約者であるアルトリアと、ナナメリア本人。
だが、彼らは私がマイナー下級女神だと知らないので、普通に同級生に相談する感じで相談してきた。
では、どこから私の存在を知ったのか。
アルトリアと同じクラスになり、私と一緒に有休消化に来たウィルリードが「隣のクラスのアシュリーなら、多分どうにかしてくれるぞ」と丸投げしてきたのだ。
次は私が丸投げしてやろう。そうしよう。
「ああ、それは分かる。確かに私から見ても、あれは怖い」
見ていた限り、少女はナナメリアだけにああなるのだが、何か表情が怖いのだ。それが、どうにも表現しにくい怖さで、どう説明したものか。
「どうにか出来そうか?」
「手が無い訳じゃないけど……」
仮にも女神だから、神の力で接触できないようにすることは出来るけど……それじゃ、駄目だよね。
「けど?」
「いや、駄目になった場合のことも考えて、いくつか策を考えないとね」
そう約束してしまったから、私がナナメリアたちと話していれば、ナナメリア大好きな彼女が知るのも早く。
「ナナメリア様! 何で彼女は良くて、私は駄目なんですか! 彼女のどこにそんな魅力が!?」
知らんがな。
ただ、その一言に尽きる。
「あ、あのね。そもそも、私たちは――」
「とにもかくにも、私たちの邪魔したら、許しませんからね!?」
何をどう許さないのかは分からないが、やはり前途多難であることだけは理解した。