第四話 さあ、質問の時間です。その覚悟を問いましょう
ーーまあ、まさか王子直々に声を掛けてきたかと思えば、私とご自身の婚約者であるリズベット様と間違えているのだから、これは予想外っちゃあ予想外なのだが。
王子に人違いであることを指摘した後も、周囲の皆さんの表情や視線は未だにヤバかったりする。
もう、何がヤバいって、大まかに『あいつ何言ってんの?』というものと、『あのお嬢さんは誰?』というもの、そして『あ、もう終わった』という特定の誰かを示すものの三つに分けられるだろう。
現在進行形で私のお隣に居る(ウィルリードやガウディウスではない、クラスメイトでもある)友人ーーユリアの表情も怖いことになっている。
さて、そのウィルリードとガウディウスはといえば、今は少し離れた場所で会場の料理を口にしながら、こちらを見ているのだが……何が面白いのか、ガウディウスが肩を小さく振るわせていた。
「おい」
無視されたからか、殿下がイライラしたかのように声を掛けてくる。
もう、やっちゃって良いよね? 私自身は勘違いされた上に、何もしてないのに冤罪を被らせられた婚約者ことリズベット様可哀想だし、卒倒しそうな王妃様が耐えてるようだけど、辛そうだし。
「陛下」
「……何だ」
声を掛けただけで、顔をさらに青ざめさせるのは止めてください。陛下。
「ただいまを以て、貴方がたとの契約を解除します」
「っ、」
「契約……?」
請け負ったのは課長だが、彼の指示を受け、実行したのは私であり、契約解除の決定権を持つのも代表扱いになっている私だ。
そんな私が『契約解除』なんて言い出したものだから、国王夫妻は息を呑み、殿下たちを含む事情を知らない者たちは怪訝な顔をしている。
「やれやれ、この茶番もやっと終わりか」
さっきまで笑っていたはずのガウディウスが伸びをしながら、ウィルリードとともに近づいてくる。手にしていた料理はユリアに預けたらしい。
「茶番だと!?」
ずっと話さずに沈黙を貫いていた殿下の護衛が、ようやく口を開く。
でも、無視させてもらう。
「ご覧の通り、『彼』はご自身の婚約者の顔を、何も関係のない私と見間違えた。婚約者殿はちゃんと、この場に居るというのに」
「……申し訳ありません。貴女様たちが来られる前に、婚約者である彼女の顔ぐらいは何度も覚えさせるべきでした」
「いやいや、王様たちのせいじゃねぇだろ。最初から覚える気が無かった殿下のせいだ」
ガウディウス、容赦ない。
けど、そうだね。覚えさせていたとしても、この茶番は起こっていただろうけど。
「お前ら、何様のつもりだ! 陛下に対し、その口の利き方はーー」
「止めんか、馬鹿者が!」
王子の発言を遮り、陛下がかなりの本気モードで叫ばれるのだが……その後は頭を抱えて、ふらふらと椅子に座り込んでしまう。
「ヤバい。今、マジでビビった」
ガウディウスが小さく体を震わせるが、こっちはかなりゾクリと来たからな?
「あの人、人間だよな……?」
ウィルリード、それは言っちゃダメ。
「で、ですが……!」
父親である王が放った気から脱したのであろう、王子が再度発言しようとするが、今度は王妃様が声を上げた。
「貴方はっ、自身の婚約者を見間違えるだけではなく、彼女に謂われのない罪を擦り付けた上に、私たちの願いを聞いてくれた神々の声すら、無視するつもりですか!?」
いや、王妃様。間違ってはいないんだが、前者はともかく、私(達)は彼らにリズベット嬢の振りをしながら返事をしていただけで、何も言ってませんよ?
あと、顔色悪いから、座っててください。
「神々……?」
ぽつりと、どこからか声が洩れる。
「神官や神聖国出身者辺りなら、俺たちについて分かるんじゃないか?」
ウィルリードが言う。
まあ、宗教関係に携わる人なら、私たちの(小さく)描かれた絵画ぐらいは見てそうだけど……私たち、俗世課だよ? 有名どころじゃないよ? 気付いてもらえるかなぁ。
「神様……?」
可愛らしい声が聞こえてくる。
あ、嫌な予感。
ーーバチィッ!!
「え……?」
とっさに結界を張ったけど、どれだけ強い“魅了”の糸を伸ばしてきたんだ。彼女は。
派手に弾いたからか、ウィルリードとガウディウスがこちらに目を向けてくる。
「アシュレイ?」
「気を付けなよ。二人とも今狙われた」
「うげ……」
「マジか……」
神故に、人間離れした美しさを持っているわけではないが、それなりにイケメンに入るであろう二人が狙われても仕方がない。
まあ、この二人もこの二人で、顔を引きつらせるぐらいなら、次からは自分たちで気を付けろってんだ。
マイナー下級神とはいえ、こちらは女神だ。いくら相手が転生者とはいえ、人間が放つ魔法を防げないわけがない。
「ーーまあ、神は神でも、みんなが知る神様じゃないけどね」
……慰めるように肩に手を置くのだけは止めてくれ、二人とも。
「……では何故、貴方がたは私たちの前に姿を見せたんですか? 私たちは幸せになりたくて、殿下はリズベット様との婚約を破棄してくれるというのに」
幸せになりたくて、ね。
「これはずっと疑問だったんだけど、貴女は殿下のことが恋愛的な意味で好きなのかな?」
「はい!」
「じゃあ、貴女と一緒にいる殿下以外の人たちは? 貴女を愛してるみたいだけど」
「みんなとは友達です! ……いきなり、そんな事実を言われても……」
あらら、殿下以外がショックを受けたような顔をしている。
てか、『事実』って、自分で言っちゃってるし。
「なら、どうするつもり? この国は王以外の一夫多妻、一妻多夫は認められていないし、他の人たちは貴女を新たな婚約者とする気でいたのか、それぞれ婚約者に婚約破棄の申し出をしてたけど」
「……」
婚約者に対する婚約破棄の申し出については、私、ウィルリード、ガウディウスがそれぞれ偶然見かけただけだ。
それを聞いたからか、先程まで笑顔だった殿下が友人たちを睨んでいるが、それに気付いた様子がない彼女はどう返してくる?
「わ、私は、みんなと仲良くしたいだけで……」
「だったら、こんな公開処刑みたいな方法じゃなくて、きちんと手順を踏むんだったね。反対されるのが分かっていても、親には話しておくべきだったし、必要となる手続きがあること、分からなかったわけじゃないでしょ?」
「……」
ここまでやっておきながらも、やや正論は言ったことだし、ここから先はこの国の人たちに任せよう。
「まあ、貴方がたがどのような判断を下し、どうするのかの判断はそちらに任せます。あと陛下。私たちは、頼まれたことについては完遂しましたし、後程王城の方へ登城させてもらいますから」
「……はい、お待ちしております。ここまでしてもらって、ありがとうございました」
報告書の大半は提出済みだが、彼らが出した結論は確認しなければならない。
「ちょっと待て、結局お前らは何をしに来たんだ」
「冤罪を防いで、仕事効率アップ?」
「だな」
二人からは同意してもらえたけど、間違ったことは言ってない。
だって、多いんだもーん。
「冤罪、だと?」
「信じろとは言わないけど、さっき君が私に対して言った、その子がされたことについて、リズベット嬢は冤罪だよ」
「だがーー」
「そもそも、お前らが提示してきたそんなのは、証拠にならない。彼女の発言も暴言であると思いこんでるみたいだが、それを聞いたのはそこの女だけで、当時リズベット嬢が何をどう言ったのか、知らないよな?」
ウィルリードが口を挟んできた。
「俺たち神相手に隠し通すとかするならまだしも、そんな証拠とも言えないようなもので、よく婚約破棄できると思ったな」
ガウディウスも参戦する。
その際、視線だけ向けられたってことは……そういうことね。
「さっきから聞いていれば、神だという割には彼女の味方ばかりしてますよね? 不公平では?」
「不公平って言うがな、自分たちのことを棚上げするなよ? あと、神なんてそんなもんだ。気に入ったやつには、依怙贔屓だってする時ぐらいある」
わー、男同士の舌戦だぁ。
「でも、驚いたでしょ。予想外にも下級神とはいえ、私たち神様が首を突っ込んできたんだもん」
「……」
だって、自分の知る“シナリオ”には、婚約破棄の場で神々の乱入など無いはずだし。
「全てが全て、貴女の思い描いた通りに行くとは限らないんだし、正式に破棄が決まって王子妃になれたとしても、長い年月を掛けて作法などを得てきたリズベット嬢に対し、貴女はこれから頑張って、短期間でその座に就くのを認められるだけの勉強や作法を身に付けなければならない」
「逃げ出すことは許されないぞ? 国中の国民全員だけじゃない、我ら神々も証人なんだからな」
だから、私たちは彼女に問おう。
ーーそんな貴女には、厳しい王子妃教育に耐えてまで、王子と一緒に居る『覚悟』はありますか?




