第二話 見かけたものと報告書
「あら?」
次の時間が移動教室だったので、移動するために廊下を歩いていれば、何やら話し声が聞こえてきた。
「だから、俺との婚約を……して……ないか?」
「……はっ、私……だけの問題……なく、家同士の問題なのです! どうしても破棄したいと言うのならば、両家の両親に話を通してください!!」
近づけば近づくほど、何を話しているのかがはっきりと分かる。
というか、片方(男)はシェリーナ嬢のゆかいなお仲間のお一人ではないですかー。
「修羅場か」
「サボらないんだ」
「俺がいつもサボると思うな」
そんなことをガウディウスと話しつつ、どうしたものか、と思う。
このままでは、教室に入れない。まさか、この後、誰も使わないとか思ってないよな?
「行くか。このまま待っていても、あいつらは時間になれば居なくなるだろうが、俺たちが気を使う必要はない。ーーたとえ、これが仕事だったとしてもな」
「それはそうなんだけどさ……」
確かに立ち聞きしていたなんて、バレたらバレたで面倒だ。
わざとらしく音を立てて教室に入れば、二人は驚いたのか、こちらに向かって、勢いよく振り向かれる。
「と、とりあえず、お前の両親にはお前が話せよ?」
「ちょっ……だから、そういう問題じゃないんだってば!」
男が一方的に言って教室から出ていけば、話していた相手の少女がそう言いながら、慌てて追い掛けていく。
「行ったな」
「行ったね」
彼女の言う通り、家同士が決めたのだから、そう簡単に本人たちが破棄できるはずがない。
「報告書には書いといた方が良いのかなぁ、これ」
この事は依頼人である国王夫妻とは関係ないことだから、報告する必要は無いのだが、国に関わることやもうすでに話が広まっているのなら、念のため報告する必要はある。
「一体、どうするべきか……」
「しとけば良いだろ。関わる関わらないじゃない。後々のことを考えるなら、しておくべきだ」
「む……」
ガウディウスの意見も一理あるので、反論できずにいれば、他の人たちや先生もやって来て、チャイムが鳴った。
「そういや、あの女の取り巻きが他の女に破棄だか何だか言ってたぞ」
「何やってんだ、あいつら」
本当に、その一言である。
「俺たちが見た奴といい、お前が見た奴といい……後でどうなるのか、全く考えてねぇよなぁ」
「ポジティブとかいう言葉で片付けて良いようなものでもないしな」
男二人がそう話し合う。
「私たちが見て、ウィルリードも見たってなると、ますます報告書が厚くなるなぁ」
「心配するのは、そこか?」
「提出しに行くの、誰だと思ってるの? 二人だって、重たいものは持ちたくないでしょ」
「まぁなぁ」
報告書提出担当が私なのは、課長に任されたのと、俗世課側の現場責任者であるためだ。
まあ、魔法があるから、と言ってしまえばもうそれまでだが、魔法の存在しない世界にも行ったことがあるために、『重いものは持ちたくない』と思えているのだと、私は思う。
「で、どうする? 最後まで見届けることは決まっているが、どこまで手出しする」
「そうだねぇ……」
この世界に来て、三人だけで話した時にもそう聞かれたが、物語でいうなら、そろそろクライマックスに入ろうとする所だろう。
けれど、私はこう答えよう。
「もちろん、最後まで」
彼らと彼女の決めたこととその行く末を、この目で見届けてやろうじゃないか。
ーー王城。
「これが、今月分の報告書ですね」
「申し訳ありません、アシュレイ様」
「天上の神である貴女様にこのようなことをさせてしまい、私たちはーー」
「最初に会ったときにも言いましたが、気になさらないでください。それが、私たちの仕事なのですから」
寧ろ、それを奪われたら、転生課に組み込まれた上に、課長が荒れて、課内部の戦争になりかねない。
ーーあ、想像したら、本当にそうなりそうだ。
「まあ、だからこそ、貴方たちの声が私たちに届いたのだと思えばよろしいではないですか」
「それもそうですね」
王妃様が微笑む。
「それと、陛下」
「何でしょうか?」
「彼がやらかしたときが、最後ですからね?」
私の言葉の意味を何となくでも理解したのだろう。
「最後の最後まで、ご迷惑をお掛け致します」
申し訳なさそうな国王夫妻に気にしないように言いつつ、軽く挨拶をして、城を後にする。
「何もかも、貴女の思い通りに上手く行くとは限らないよ」
私たち神が居る限り、ね。