第一話 事の始まりと観察を
さて、このタイミングでだが、状況説明と行こう。
事の始まりは、職場の上司からのある話だった。
「何かな、最近冤罪で『婚約破棄』されて逆転勝利する“悪役系令嬢”と墓穴を掘りまくる“主人公系”が大量発生してるんだわ」
中には運命通りに進む人たちも居るらしいが、今はさっき上司の上げた状況が多発してるらしい。
「そんなになりたいものかね?」
「現実では体験できない故にゲームの中でぐらいは、のはずが、実際にそのゲームの世界や類似世界に転生できたんですから、狙わないわけには行かないんでしょう。シンデレラストーリーというのは、いつどの世界でも女子や女性たちの憧れですし」
和風系は少ないけど、洋風系はその類が強い気がする。学園系は半々と言ったぐらいか。
「ま、夢見るのは自由だし、俺は特に文句を言うつもりはないよ」
「そうですか」
そう返せば、そこで本題ですとばかりに、上司が口を開く。
「それでね。とある依頼も来てることだし、アシュレイにはちょろっと下界に行ってきて、その目で現状を見てきてほしいんだよ」
「自分では行かないんですか?」
「だって俺、仮にも課長だよ? 天上界俗世課の課長だよ? 無駄にこっちの仕事を増やしてくれている転生課に、文句を言う書類作らなきゃなんないしさぁ」
天上界俗世課。
神の世界とされる天上界の、人間たちが住む下界に近い場所にあり、各世界の現状把握が専門の部署である。
そんな我が上司である課長は、転生課の所行により、最近異世界からの転生者が好き放題やるせいで、あちこちが荒れていることに頭を抱えていた。
世界全体の技術力だったり、良い影響を与えるならまだしも、悪影響を及ぼす輩も居るわけなのだが、その見極めが難しい。
「爆ぜろ、リア充ども」
無意識にいちゃつく男女を、現状や状況把握用の水晶で見た課長がそう洩らす。
さすが、俗世課。異世界の言葉ですら、もはや違和感を覚えることなく溢れまくっている。
「それで、課長」
「ああ、続きね。で、俗世課に来た依頼についてだけど、依頼主は今ちょうど眼下の世界にある、ゼール国の国王様夫妻。息子である第三王子が最近怪しいから、調べてほしいんだと」
「マイナー下級神である私にですか」
「まあまあ、そう言わないで。有名所だとすぐにバレるし、いろいろと面倒だしさ。だから、ね」
引き受けてもらえない? と何だか誤魔化された気もしなくはないが、特に急ぐ仕事も無いので引き受ければ、「相棒は自由に決めてくれて構わないから」と、相棒の選択肢すら丸投げされた。
「まあ、そこで寝てるウィルリードか、どこかにサボリに行ってるガウディウス辺りを相棒として連れて行ってくれれば、こっちとしては有り難いかな」
「どちらも問題児じゃないですか!」
何で私が、あの二人のどちらかを選んで、『相棒』にせなきゃならんのだ。
「でも、君。あの二人と組んだことあるじゃん」
「確かに、ありますけど……」
でも、あの二人と組んだときは大変だった。片方は私を女扱いしないし、片方は女扱いはしてくれるけど雑だし。
「……」
それで、結局どうなったのかと言えば、選ぶのも面倒くさいので、二人を纏めて連行した。
「お前、女ならハニートラップとかしてこいよ。“魅了”とか使えるだろ?」
「使ったとしても、効果があると思う? 完全に使いこなしている彼女と習熟度の低い私だよ?」
無理やり連れてきたにも関わらず、彼らを観察しつつ言い合ったりもしながら、文句どころか嫌な顔一つせずに仕事をしてくれている。
「よくもまぁ、飽きもせずに毎日毎日……」
「はいはい、文句は言わないの。で、ガウディウスは?」
「サボりじゃね?」
ウィルリードが、あっさりと言う。
ただいま昼休みなので、魔法を使って、標的ーーシェリーナ嬢とゆかいな仲間たちを観察中です。
「サボってねーよ」
「それは分かったから、頭の上から退いてくれない? 重いから」
凭れ掛かるようにして、頭の上に腕を乗っかってきたので退くように言えば、あっさりと退いてはくれたものの、袋を差し出される。
「ほら、昼飯。食べんと持たんぞ」
「ん」
そこで、気付く。
「サンドイッチか」
「その方が手軽で良いだろ?」
そのまま観察しつつ、昼食用のサンドイッチを食べていく。
「あの子たち、ほとんど食べずにイチャついてるけど、大丈夫かね」
「俺が知るか。少量でもちゃんと食べん奴が悪い」
まあ、確かにね。
「アシュレイなら、どいつとくっついてもらいたい?」
「私? 私は依頼者たちの願いが叶えられるなら、誰でも良いよ。まあ、こっちへの被害も最小限が理想だけど」
「だな」
「誰と一緒になるにせよ、一介の男爵令嬢に高位爵位持ちや王子の相手なんざ出来るのかね」
そこだ。特に王子の相手なんて、大きな障害を乗り越えないと結ばれる確率なんか限りなく低い。だからこそ、王子の婚約者である彼女も努力し、周囲から認められるようになったのだが。
「まあ、いざとなったら、シェリーナ嬢に直接覚悟の有無を尋ねてみるのも良いかもね」
「大丈夫なのか? それ」
「少なくとも、貴方たちじゃないから大丈夫だと思うけど?」
異性であるウィルリードやガウディウスよりも、同性である私の方がライバル視はされても、彼女が“魅了”持ちだった場合、掛かる心配は無いと思うのだ。
「お前が居なくなれば、作戦は失敗なんだからな?」
「分かってるよ」
珍しくウィルリードが心配しているみたいだから、素直に頷いて見せるが、二人の不安そうな表情は晴れない。
「それよりもさ。私としては、二人があの子とうっかり遭遇して、“魅了”でもされたら困るんだから。気をつけてよ?」
好みじゃない、タイプじゃない、という問題ではないのだ。シェリーナ嬢と異性であるが故に、彼女が持っているであろう“魅了”に掛かるのが問題なだけで。
そう言えば、ウィルリードとガウディウスが顔を見合わせる。
「なら、大丈夫だ」
「俺たちなら掛からないだろうしな」
だから安心しろ、と言われてもなぁ。
「それにもし、俺たちが“魅了”されたって、どうせアシュレイがどうにかしてくれるだろ?」
「……そりゃあ、これでも同僚ですから」
可能なら、“魅了”されないように防いでやってもいい。
私が出来るのは、それぐらいだから。
「なら良いよ」
何だろう。男どもだけが分かっていて、私だけが分かっていないようなこの空気は。
「ま、俺たちのやるべきことは、深いことを気にせず仕事するだけだ」
何か最終的に誤魔化された気がする。
けれど、後日。まさか話していたことを実行することになるとは、この時は思いもしなかった。