第三話 新たに浮上せし問題は
あの後、チャイムが鳴ったことで、あの場を一度解散したもののウィルリードが素直に来ると思えないので、迎えに行ってみれば――……
「ウィルなら、さっき出ていったぞ?」
「伝言あるなら、戻ってきたときに伝えておくけど?」
「あ、大丈夫。ありがとう」
嘘か本当なのかは分からないが、とりあえずウィルリードのクラスメイトたちに礼を言って、彼を探しに行く。
「あの野郎、私が来ること察知して逃げやがったか」
まあ、あいつが行きそうな所など、大体予想つくのだが、どこから行ったものか。
「……マジで、どうすっかなぁ」
神の力を使わず、魔法のみでどうするべきか。
今の私――『アシュリー』のメイン属性は『無属性』であるのだが、この属性、いろいろな属性魔法だけではなく、転移や亜空間生成などの魔法も無属性に分類されているために扱えたりする。故に、全く手が無いわけでは無いのだが、どれをどう使うかで悩んでいるのだが。
それに、依頼者であるナナメリア様(たち)から遠ざけなければならないのは、『彼女』だけではなく、彼女に好意を寄せる『彼ら』もだ。彼女がナナメリア様に懐き(?)、追いかけ回している以上、彼らも良い気分では無いだろう。
彼らのうち、誰か一人でも凶行に及べば、目も当てられない事態になることは分かりきっている。
「情報が何も無いのは、やっぱり痛いなぁ」
以前みたいに情報が少しでもあれば別なのだが、今回は無いに等しい。
手元に何の情報も無いのなら、集めれば良いだけなのだが、手元にある情報というのが、『彼女はナナメリア様が好き』、『彼女を好いている男性陣は学園の有名人たち』、『ナナメリア様は婚約者であるアルトリア様と一緒にいたい』ということのみ。
「……マズい。人手も時間も無いぞ」
情報収集なんて、ほとんど人海戦術のようなものなのに、たった二人――実質的には一人――でしないといけないとは。
「ガウディウスを呼ぶか……ああでも、部外者だから、先生たちに見つかると厄介だし……うーん……」
しかも、あいつはあいつで仕事中だったりするから、もし今この場で呼んだところで、すぐに来られるわけではない。
それに私は今有休中なのだ。本来ならこんなことをやらなくていいのにやっているのは、仕事中毒気味なせいもあるのだろう。
「……」
廊下を歩きながら、視線を少しばかり横に逸らし、背後の気配を確認する。
教室を離れてから、誰かに付けられてる気配は感じていたのだが、一体、何なのだろうか。『彼女』自身が付けてきているのならまだ可愛げはあるだろうが、逆ハー連中とかだったりするのなら、怖いことこの上ない。
「……」
私を調べるだけだと言うのならまだ良いが、危害を加える気だと言うのなら、対応を変えなければならない。
それに何よりも、神だ女神だと言ってはいるが、対処できる範囲は限られているし、もしここで怪我でもして、依頼完遂できないどころか、依頼主に自分が依頼したせいだと思われても困る。
――釣るか。
結局、その方が早いのだろう。
自分を囮にして相手を捕まえれば、その顔も見ることが出来るし、誰の指示なのかという情報なども得られる。
そうと決まれば、ある意味お決まりの『壁を曲がった先で待ってました』を実行しなくては。……まあ、これで釣られてくれるかどうかはともかくとして、だが。
でも、そう簡単に、物事は上手くは行かないらしい。
「……っ、」
「……」
「……」
いざ壁を曲がってみれば、例の彼女の逆ハーメンバーのうちのお二人に遭遇しました。タイミング悪いし、最悪である。
「あ、ごめんなさい」
ぶつかったので、謝罪はしておく。
というのも、向こうが謝るとは思えないし、接触を長引かせたくないから、先に謝罪することにしただけなのだが。
「ちょっと待った」
何故か止められたが、こっちは待ちたくありません。
何だと言いたげに目線を向ければ――……
「あの子をストーキングするの、止めてくれない?」
「はい……?」
何言ってるんだ、こいつは。
「だから、ストーキングは止めてって」
「……そもそも、その意味が分かんないんだけど。あの子がナナメリア様をストーキングしてることについてならともかく、あの子に対してのストーキングとか、一体何の話?」
「おい、何か勘違いしているようだが、彼女はあの女と仲良くしたいだけだ。止めておけばいいものを……」
なるほど、こいつらの中ではそうなっているのか。
つか、ナナメリアに対して、『あの女』とか、どれだけ嫌いなんだ。こいつ。
「で、彼女のストーキングについてでしたっけ。そもそも、何で私が疑われてるんですか」
とりあえず、彼女がナナメリアのストーキングしてることについては深く掘らずに、先程の件を問い返す。
「だって、ナナメリア側の人間でしょ、君。だったら、こっちの情報を得るべく、あの子にストーキング行為に及んだとしても不思議じゃない」
「酷い言い掛かりだね。こっちは貴方たちの希望を叶えようと必死だっていうのに」
「希望?」
私個人に関しても、ナナメリアに関しても、酷い風評被害があったものである。
「詳しい内容を話すつもりはないけど、ナナメリア側の希望と、貴方たちの希望。その利害は一致しているように見えるから、私はそれを叶えようとしているだけ」
他人の相談内容を、べらべら話すつもりは無いから、こう言うのが精一杯だ。
「ふーん……でも本当に、君じゃないの?」
「私じゃないですね。もし、あの子に何かしたところで、私に何のメリットも無いから」
「メリットって……」
何で何とも言いにくそうな顔をされなきゃならないのだ。
「君たちが側にいれば、彼女にとってはプラスだろうし、ナナメリア様にとってもプラス。そのお陰で学園が平和であるなら、私にとってもプラスでしかない。お互いに干渉しなければなお良し」
元々、そのつもりで入学したのに、どうしてこうなった。
「……」
「でも、そうはいかない。彼女がナナメリア様に付き纏っている上に、ナナメリア様もそれが嫌だから逃げ回っているわけだからね」
「だから、彼女は――」
ああもう、こいつが口を挟むと面倒くさいな!
声封じの魔法を掛ければ、声を出さずに何やら叫んでいるかのようなパントマイマーの出来上がりである。
「これは?」
「話が進まないので。でもまあ、私に彼女を追い回したところで良いことなんてありませんからね。その点を理解してくれれば有り難いです」
「つまり、彼女を付けているのは……」
「どこの誰だか知らないけど、運良く貴方たちと知り合いたいがために、彼女を利用しているのか。それとも、単純に彼女と貴方たちに恨みがあるのか」
せいぜい、思い当たる動機と言えば、それぐらいだろう。
最初は私に隠れて調査中のウィルリードかとも思ったけど、どれだけ疲れていようが、そんなヘマをやらかすような奴じゃないことは、同僚である私がよく知っている。
「ま、頑張って、犯人を見つけなよ。私としても、労せず目標が達成できるなら、嬉しいことこの上ないからね」
そろそろ、この場からおさらばしよう。
けど、どうするべきか。問題が一つ増えたから、解決しないといけない問題も増えたということだ。
「……本当に君は、僕たちのことはどうでもいいみたいだね」
その事を否定するつもりはない。何で続けて似たような世界に行かないといけないんだよ。しかも、こっちは有休だって言ってんのに、この有り様だし――なんてことは言えないので、少しばかりボカそう。
「好きに思っておいてくれて構わないよ。私は私のやりたいことをやるだけだし」
やりたいことがやれずに、ナナメリアたちの相談事の解決だけで有休が終わるなど御免だから。
「まあ、そういうことなので、さようなら」
最後にそう告げながら、声封じの魔法を解いて、その場を後にする。
それと――気配は彼らと話している間も探っていたが、どうやら私たちが話している間に退いていったらしい。
「さぁて、どうするかな」
ナナメリアの依頼遂行のための情報収集と私とあの子のストーカー問題。
どうやらこの世界は、私を休ませたくないらしい。