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一択目 世界か彼女か

 あの戦いから一ヶ月。

未だに人々の興奮さめやらぬ中、僕達一行は暗く沈んでいる。正確には僕だけなのかもしれないけれど。


「もう一ヶ月だぜ?そろそろ気持ちを切り替えていけよ。じゃなきゃあいつも浮かばれないだろ」


 武闘家のカイルはあの日から僕に慰めの言葉をずっとかけてくれている。

それでも僕は未だに吹っ切れていないし、むしろ切り替えが早いカイルに少し苛ついてしまうくらいだ。親友にすらそう思ってしまう、そんな自分に嫌気がする。

 僕の反応が無いのを確認するとまだ駄目かと呟くと僕から少し離れた位置を歩く。

そこにはもう一人の親友、魔術師のルイナも居て二人で周りを警戒しているようだ。


 僕らが向かう目的地は今は主亡き魔王城。あの日からずっと居座っている場所だ。

正確には報告のために一度王国に戻っているし、物資調達の為に近くの街に買い物をしているのでずっとではないかもしれない。今も買い物の帰りだ。魔王城は元々住人が居た都合上ある程度の生活施設は残っているし住むのに困ることはなかったのは都合が良かった。僕達一行は旅を続けていると噂があるが、実際にはそんな事ないけど事実がバレてしまっても困るし一応隠れて向かっている。魔王城に向かう物好きなんて僕以外に居ないと思うけど。


 一度「僕に付き合わないでも良いんだよ」と言ったことはあるが二人共の答えは「心配だから」で終わった。僕としてはありがたく思う反面、やはり申し訳無さもある。正直、僕自身いつまで続けるつもりなのか分からない。と言うよりいつになれば吹っ切れるかが分からない。どうしても彼女の事を忘れることが出来ない。ふとした時に彼女の事を思い出しては気持ちが沈んでしまうのだ。現に今も彼女との思い出を浮かべては自分の選択を後悔してしまう。あの日、あの戦いでの選択肢。


 世界を選ぶか、彼女を選ぶか。



 一ヶ月前、魔王城にて


「カイル。後ろの警戒がなってないんじゃないか?」


武闘家のカイルの後ろに忍び寄る魔物を切り飛ばしながら僕は注意をする。


「いやいや、気付いてたって!お前が何もしなくてもちゃんと倒せてたって!」

「明らかにやべっ!って顔してただろカイル…」

「こらっ、二人共気を抜かない!まだ魔物が潜んでいるかもしれないでしょ?」


 言い合いをしそうになっていた僕らに注意をするの人物はマルル。

この一行でのまとめ役という大役を担っている人物だ。いや職業で言うならこの一行で一番強いんだけど。


「こ、ここは魔王城ですしゆ油断は禁物ですよよ」


 遅れながら魔術師のルイナも言ってくる。

諸悪の根源の魔王が居座る地なのだから、安心している暇も無いのは分かるし、実際に既に奥から魔物の姿も見えるけど。


「いつまでも気を張っていたら魔王の元につくまでに疲れてしまうよ。適度に気を休めなきゃ」


 ただの言い訳だけど、ルイナは納得したようだった。マルルは異議があるようだったが、魔物を前に突っ込む気はないようだ。マルルは流石に納得しないよね、と思いながら僕は彼女たちを守るように前に出る。


「って僕より前に出るなよカイル!」

「はっ!武闘家ってのは一番先に突撃しなきゃ気がすまないんだよ!」


 流石に単独行動をしないけどこの突っ込み癖は直さないとな、と思いつつカイルの援護に回る。

偶に火の魔術や光の魔術が飛んで来るけど、僕達に当たることはない。二人の魔術の操作は本当に凄いものだ。僕も簡単なものなら出来るけど、攻撃魔術は苦手だ。カイルに比べればマシだけどね。カイルは魔力というのを外に出すことが出来ない、一種の特殊体質というやつで魔術を使うことが不可能だった。その分肉体を鍛え続けて武闘家になったカイルは、ふさぎ込んでしまう人が多いと聞く中で尊敬に値する。言動は今一安心できないのが玉に傷。


 そして数時間後。


「さて、ついにここまで来たわね」

「そうだね」


 豪勢な扉を前に僕らは息を整える。

この奥から感じる威圧感、間違いなくこの先に魔王が居る。魔王を倒せば世界が平和になる、その為に僕らはここまで来た。皆思う所があるのか、特に会話は無かった。僕もその雰囲気に当てられ喋る気は起きなかった。流石にここで巫山戯る余裕はわかない。


「ねぇ」


 そろそろ行くかと、皆の武具の手入れが終わった時にマルルが僕に話しかけてくる。

一体なんだろうか。


「貴方は一体何の為に戦っているの?」


突然どうしたのか。まぁ別に答えを渋る問題でもない。


「そりゃ当然世界を救う為さ」


僕としてはそれ以外の理由は特に無い。強いて言うならこの旅で出会った人達の為にも、と言った所だ。


「そう。変な事を聞いてごめんね」


マルルはそう言うと扉を開け始める。訳も分からず二人を見るが、二人共目をそらしてしまった。もしかしたら二人にも同じ質問をしていたのかもしれない。しかしこの局面での質問は訳が分からない。とはいえそんな事を考えている余裕はもう無い。


「ようこそ勇者とその仲間達よ。我の野望、止められるものならば止めてみせよっ!」


そして、魔王の戦闘が始まった。



 流石に魔王は手強かった。しかし、それ以上に僕らの方が強かった。

なのに、なのに…どうしてこうなった!


「ふ、ふはははは!!我を、我を止める事が出来ると思ったか人の子よ!」


魔王は不死だった。それも殺しても殺しても蘇ってくる魔王に僕らは為す術がなかった。倒すことは出来ても止めることは不可能だった。仮にいつまでも殺し続ける事が出来るなら、それは確かに止める事は出来るだろう。しかし僕らは人間で永遠に動き続ける事など不可能だ。甘く見ていた、のか。これまで苦戦はすれど勝ってきた僕は魔王討伐も出来ると甘く見ていた。勿論苦戦はするとは思っていたけど、こんな結末はあんまりだろう。一旦ここは出直すべきか?そんな暇を魔王が与えてくれるとは思えないが、そうする以外今の所…。


 魔王を倒し復活までの僅かな時間に撤退しよう、と僕が提案する前に僕は魔王の側から離れた、いや蹴飛ばされた。


「なっ何をするんだマルル!」


僕を蹴飛ばした理由が全く分からず僕は動揺してしまう。味方からの不意打ちは、思った以上に深く入ったようで身体が上手く動かない。


「撤退して、どうなるの?まさかじゃないけど出直してどうにかなると思ってる?」


マルルの言うことに僕は反論できない。


「でも、それじゃあどうするっていうんだ!このまま僕らが力尽きるまで魔王を殺し続けるっていうのか!?」


そんな死に方は僕は認めないし認めるわけにはいかない。だからこそ僕は叫ぶ。


「じゃあ質問。一人の命と世界の命、貴方ならどっちを選ぶ?」


扉の前といい、今といい、何故突然に質問をするのか。それも答えなんて分かりきっているだろうに。


「そりゃ世界に決まっているだろう!?魔王のせいで一体何千何万の犠牲者が出たと思っているんだ!」

「それが今の状況だよ。貴方が望むのは世界の平和。それが叶うんだよ、私と引き換えにね」


 マルルはそう言うと僕に背を向けカイルとルイナに指示を出す。二人には既に話をしていた…、なるほど扉の前で目を背けたのはそれか。今、あの質問の意図が分かった気がした。僕の答えでこうする事を決めた訳ではないだろうけど、後押しにはなったと思うのは自惚れではないだろう。しかし、結果的に僕らはマルルを犠牲に世界を救う事になる。それは駄目だ。そんなのは嫌だ。


「マルルっ!君は」

「ねぇ。私の職業、役割を言ってご覧。それが答えだよ」


こちらを見ずに僕の言葉を遮りながらマルルは言う。そんな事は知っている。彼女が僕よりも世界を救いたいという気持ちが大きいという事も、そうせざるを得ない宿命を背負っていることも。


「……勇者、マルル・セントラル」

「よく言えました。貴方に隠していてごめんね。絶対に反対するって思ったから」

「別に賛成した訳じゃねぇ!」「わわわ私だって賛成した訳じゃありません!」


魔王の残痕に楔を打っているカイルと魔法陣を描いているルイナからも声があがる。


「まぁそうだね。あくまでこれは最終手段のつもりだった。とはいえ私は魔王が不死だって知っていたからこうなるのは分かっていたよ」


この状況で笑顔を浮かべられるマルルに僕はもう、反対出来なかった。もしここで無理にでも反対すればマルルの覚悟を無駄にしてしまう。そんなのは誰も喜ばない。それにこんな時でも僕は冷静に世界と彼女を天秤にかけ、そして世界が勝ったと判断出来た。だからこそ、僕は自分が嫌いになってしまった。


「もう少しお話をしていたいけれど、時間も無いからね。詳しくは国王…お父さんに聞いてよ。それじゃあね。皆との旅はとても楽しかったよ」


 カイルとルイナは準備を終えて僕の近くへ来ていた。ルイナは僕に治癒魔術をかけてくれているが、動けるようになるのはもう少しかかる。僕はマルルの最後の勇姿を見届けるために瞬きもせず見続けた。

 眩い光が魔王とマルルを包み、そして近付いていく。


「馬鹿なっ!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なあああああああああああぁぁぁぁ!!人間如きにいいい!我が!我があぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


魔王の悲痛な叫びが段々と小さくなっていくと同時に光も収まっていく。そうして光は合わさり消え去った。最後の残ったのは光の粒子と彼女の呟き。


「さようなら、私の騎士くん」


くそっ…姫を守れなくて誰か騎士だよ……。



 その後は国王に詰め寄り、説明を要求した。

簡単に言ってしまえば、国王の祖先は過去に魔王を倒した勇者の家系であり、その子孫も破魔の性質を受け継いでいた。どんな強力な魔も討ち滅ぼす事が出来るその力は、しかして強力過ぎる故に自らの命を犠牲にする代償を必要とした。だからこそ今まで使われる事はなかったが、昔に有名な占い師が魔王の出現と不死の性質を予言した。その予言と共に占い師は死んだために詳細を聞くことは叶わず、戯言だと聞き流していた。しかし、魔王の出現が事実となり、同時に不死の予言も当たっていたらと国は恐怖を抱くことになる。そこで国王の家系の力を使う事になり、その立候補者がマルルという事だった。

 

 そこで文句を言えるかと聞かれると、答えは無理。

僕の知り合いが死にそうなので代わりに貴方死んで下さい、なんて誰だって嫌に決まっている。僕にその力があれば代わりになってやりたかったと思うのは、自棄になっているせいなのだろうか。

 何はともあれ僕達三人は世界を救った勇者一行と崇められ何処でも歓迎されるようになった。

しかし、その反応を見れば見るほど僕は世界が嫌になるし、自分が嫌いになる。だから僕は誰もが近付かない場所で、彼女を忘れないために、苦い思い出の残る魔王城に居座っているのだ。


 魔王の間、と勝手に呼んでいるこの場所で僕は今日も黙祷する。他の二人は魔物の残党狩りや家事をしている。安全確保をしてくれているのだから本当に感謝が尽きない。


 君は多分、きっと僕がこうすることは望んでいないのだと思う。君を心の底から理解している訳ではないけど、君がそういう人だとは思わないし思えないから。けれど僕は、君を見捨ててしまった僕は自分を許すことが出来ない。だから僕は君に祈り続ける。たとえ答えが返って来ないとしても、意味のない事だとしても。自分を許す事が出来るその日まで。



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