9 目指すものは
「なんでそんなに嫌がるの!?折角さぁ、魔王候補に選ばれたんだからもっとこう……やる気?みたいなの出しなよ!」
先ほどの花の様な笑みから一変して、彼女の顔は驚きと動揺と、少しの焦りの色を見せる。
「私が嫌がっている理由は二つある!」
ビシッと人差し指と中指を立て、『二つ』を意味した自分の手を彼女の前まで突き出した。
「一つ目は単に面倒くさいから。二つ目は早く元の世界に帰って録画してある深夜アニメ見たいから。以上!」
「ーーーーーーーーふ、ふざけるなぁぁぁぁ!!」
遂に彼女の堪忍袋の緒が切れた。
ダンッと両の手をテーブルに荒々しく叩きつけながらソファから立ち上がる。
「さっきから黙っていれば調子に乗るな小娘がっ!あんたは『魔王』枠の後継者候補、これは残っている王と全能王が認めている事なのよ!認められた以上、あんたの意思は関係なく、後継者候補として王を目指してもらう『義務』がある!ーーーーーーだから……」
「だからその『義務』を果たせって?やる気のない、こちらの世界の事情を面倒くさいって言って、録画しているアニメを優先している小娘に?」
「………っ!」
彼女の顔は怒りの表情から驚きの表情へと変わり、言葉が詰まった。
「自分で言うのもなんだけど、そんな小娘に王になったら、少なくともロクな事ないよ。もっとやる気のある、この世界を大切にしている後継者候補を王にした方が世界の為なんじゃない?なーんで、そこまでして私に後継者候補としてこだわるの?」
言い方は少しばかりキツイかもしれないが、単純な疑問だ。
例え全能王に私の世話を頼まれたからって、後継者候補に選ばれた者の『義務』だからって、それだけの理由で強制にも似た事をやる?
本当にこの世界の現状を一大事と捉えるなら、少しは全能王に私を後継者候補にする事を、私をこの世界に召喚する事を反対する筈だ。
さっき彼女は自分を『前魔王の部下』と言った。
つまり、前魔王の事を知っている彼女は、後継者に相応しい人を今いる後継者候補から見つけ出すことを出来るのでは?
少なくとも、この世界の住人ではない私を後継者として相応しいとは思わないだろう。
合理的に考えて、この世界じゃ右も左も分からない私の世話をするより、後継者として最有力なヤツに自分の力を貸して一日も早く魔王の座に就かせた方が、手間も掛からない上に、早い。
一体何故、彼女は私が後継者候補になる事を反対しなかった?一体何故、私の世話をする事に反対しなかった?
ーーーーーーーー……一体何故、
「ーーーーーーー最初に言っておくけど、私は平穏な生活が大好きな凡庸な女子高生だ。自分自身でそれを分かっているから、『魔王を目指す』なんて身の丈に合わない事はしない。面倒くさいだけじゃなく、この世界になんも情を抱いていないのに、そんなの恐れ多い、って言うのが正直な所だけどね」
そう、私はこの世界に来たばかりだ。
情なんて今の所微塵もない。
そんなヤツがこの世界の先導者である『複数の王』の一角に?
とてもじゃないけど、恐れ多い。
この世界の人達全員に……本当にこの世界を思っている後継者候補に混じって、王を目指す?
そんなの、すっごく失礼だ。
「ーーーーーーだから、今の私には後継者候補として期待はしないで欲しい」
ーーーーーー……一体何故、そんなに私に期待するの?
そう伝えると、彼女はフラフラとしながらゆっくりとソファに座った。
そしてしばらく、沈黙が続く。
あれ?なんか、私マズイ事言っちゃった?
「………じゃ……った」
「え?」
彼女は小声で何かを呟いていたが、一体何を呟いていたかは聞こえなかった。
「ーーーーーーごめん!調子に乗っているとか言って、ごめん!あんたの意思は関係ないとか言って、ごめん!怒ったりして、ごめん!」
突然、下を向いていた顔をバッと上げると、すぐ様頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「え?な、なんでいきなり謝罪?」
彼女の思考に一体何が起こったのだ?
再び顔を上げた彼女は、先ほどの怒り顏とは違い、スッキリとした素敵な笑顔だった。
「分かった。もうこれ以上無理に『義務』を果たせなんて言わない」
「ほ、本当に!?」
彼女の口からは出たのは、先ほどとは真逆の言葉であった。
「じゃあ元の世界に」
返してくれる?と、そう言い掛けた時だった。
「ーーーーーーけど、元の世界には返してあげるの事は出来ないの」
……はい?
目を点にしてポカーンとしている私に、バツが悪そうにする彼女は慌てて補足を付け足す。
「召喚で異世界の人をこちらの世界に連れて来るのは出来る。けど本来ならそんな事は全能王か魔法という魔法を全て極めている魔王にしか出来ない、禁じ手なの」
確かに。
そう簡単に出来てしまったら、こっちの世界にわんさかと異世界の人が召喚されちゃうし、今の『異世界召喚』『異世界転生』モノの漫画、アニメ、ラノベの価値がぐーんと下がっちゃうよ。特別感が皆無になっちゃうよ。
「召喚した人をまた元の世界に返す、これは本来なら交わる事のない異世界同士をその人を介して交わらせてしまう」
「成る程。お互いの世界について知っている人物なんて本当なら居てはならない。が、召喚してまた返すと言う行いによって、そういった人物が出来てしまう」
「そういう事。まだこの世界には『異世界召喚』って言う術は一部だけど知られているし、文化も一部違う所もあるけどほぼ一緒な物も多い。だから、あなたが元いた世界の事を話してもさして問題はないーーーーーーが」
「私のいた世界に知られては問題になりかねない事が、この世界にはあるって事?」
コクリと頷く彼女。
まぁ、知られては問題になる事って大体は予想はつくけど。
「こちらの世界にのみにある物。それが『魔法』と人間族以外の『種族』。あなたのいた世界では架空の物として扱われているのが、この世界には実在している。この事があっちの世界の人々に、万が一でも知られてはならない」
召喚した人をまた返す。その時点で、お互いの世界でお互いの事が知られてしまう。
言った所で信じないで戯言と受け取る人もいれば、信じて周りに広める人もいる。
だから、さして問題のない、こちらの世界にある物を架空の物という認識している私がこちらの世界に召喚されて、こちらの世界に留まるまでは大丈夫ってわけか。
「ーーーーーー分かった、帰るのは諦める。私もそこまで言われて『返せ』とか、そんな鬼みたいな事は言わない。あなたが、後継者候補として私に『義務』を果たせなんて言わないって言ってくれたみたいに」
だから私も、『返せ』なんて言わない。
諦めよう、元の世界の生活を。
「……あ、ありがとう!」
目に涙を浮かべながら、笑顔でお礼を言う彼女。
そう、元の世界での『平穏な日々』を諦める。
ーーーーーーだから、
「だから、私はこの異世界で『平穏な日々』を目指すよ」
「ーーーーーーすいません……今、何て言いました?」
私の言葉に驚いたのか、涙目だった彼女のくりっとした大きな瞳が驚きの色を見せ始め、何故か敬語になった。
「魔王じゃなく、平穏な日々を目指す。言ったでしょ?私、平穏な生活が大好きだって」
ニッと笑う私とは正反対に、彼女はポカーンと呆気にとられていた。
しかし、直ぐにクスッと笑い、
「言ったね、そういえば。元の生活を諦めてくれて、こっちの言い分を受け入れてくれたしね、それぐらい許されないと。そ・れ・に!」
再び、笑顔を見せてくれた。
あぁ、この子は本当に良く笑う子だなぁ。
顔が非常に整っているからかな、笑顔だと端麗な顔立ちに愛らしさがプラスされて、その姿は天使の様だ。
「私も言ったでしょ?全能王の命により、私はあなたの生活の最低限のサポートと護衛をするって!だから、その『平穏な生活』に私もサポートするよ!」
「え、本当に!?助かるよ。だって私、この世界の事全く知らないから、知っている人がいたら心強いよ」
「でしょ?」
アイドルの様な完璧なウインクしながら答える彼女。
笑顔だけじゃなくウインクも似合うね、この子。
元の生活を捨てる事になったけど、魔王を目指す道は回避され、代わりにこの異世界で平穏な日々を目指す事に。
一時は、喧嘩みたいな雰囲気になったり……というか少しなったけど、今は暗い雰囲気から明るい雰囲気に変わり、平穏な異世界生活に希望の光がーーーーーーーー
「ーーーーーーーんじゃ、さっそくだけど………今現在、懐が極寒地獄だから、それをどうにかしようか」
ーーーーーー……見えなかった。
笑顔だが、目が笑顔ではない彼女に告げされた最初の試練。
平穏な異世界ライフの始まりは、懐極寒地獄からの様だ。




