Get Back Together〜結成〜
もし、生まれ変わるなら…
生まれ変われるのなら…
こんな世界じゃなくて……
なぁ、誰か……俺を殺してくれ。
AUG/22/2035 13:45
AFTS東北方面校・第三教場
「エェーッ!」
少女の声、いや、叫びがAFTS第三教場に響いた。
ヴィンヤード型の教場、
つまり、段々畑の様に、前方の教壇に向かって学生が使う事務机が並べられており、最後方の席であっても良好な視界が確保されている。
逆にいえば、例え最後方であろうと、何か特異な事象があれば皆の注目の的になるということであり、現に、大声を出した最後方の隅に座る彼女は、教場にいる全員から視線を浴びせられていた。
否、その振動は、外で小虫をついばんでいた小鳥を大空へ舞立たせ、周囲の人間が思わず耳を塞ぐには充分すぎるほどで、上下左右の別教場で、座学を受けていた整備課程の学生も、管制課程の学生も、それこそ、講義をしていた教官も手を止め、その声がした壁や天井、足元の床に視線を向けていた。
「アタシがこいつとバディ!?」
その声の主である少女に指を指されている右隣の男……橘薫も、当然その声の大きさに顔をしかめて、左耳の穴に人差指を突っ込み、塞いでいた。
AFTS東北方面校に第9師団の候補生が合流し、実機を用いた実戦形式の訓練課程に入るにあたり、複座型の練習機を扱うため、二人一組のバディを組む事になったのである。
まさか、学生の修学旅行のグループ決めの様に、好き勝手組み合わせを決める事が出来るはずもなく、訓練校側が予め各個人の能力、性格等適性を見極めて組み合わせを決めていた。
そして、それが今、公表されたところであったのだ。
その組み合わせに唯一異論を唱えたのが、この少女”音無紫苑”である。
見た目にもまだ若々しい彼女は、第9師団に入隊後、すぐさま戦機搭乗者としての適性を見出され、AFTSに合流した兵士であった。
そのため、第9師団の面々も彼女の性格というものを未だ把握していないようであったが、TPOをわきまえず、思うままに大声を出すあたりが、既に彼女のやんちゃな性格を表していると言えるだろう。
「なんだぁ?音無は自分のバディに不満があるのか?」
組み合わせ表が挟まれたバインダーを片手に、眠そうな表情の藤堂秀和中佐が眉間に皺を寄せ、音無紫苑に視線を向ける。
「校長!お言葉ですが!」
机を両手で叩き、ガタッと椅子を鳴らし立ち上がると、音無は、隣の橘に指をさしながら抗議の声をあげた。
「コイツは、昨日アタシを汚した張本人ですよ!ちょう・ほん・にん!」
強調するように、指を何度も指す。
「待て待て、その言い方には語弊があーー」
「…おいおい、マジかよ。」
「来て早々か…」
余計な誤解を生みそうな音無の発言を訂正しようと、橘も声を出すが、時、既に遅し。
音無の興奮した様子と、勢いに飲まれたのか教場にいた学生がざわざわと騒ぎ出し、次第に大きな声の渦となって、橘の声は立ちどころに飲み込まれてしまっていた。
「おい、橘、お前何やったんだよ?」
「そうよ、貴方、彼女になにしたのよ?」
前の席に座っていた男女が振り向き、小声で橘を問いただした。
男の方は、瀬戸克也、日本国防海軍は本土北端において、宗谷海峡と津軽海峡の防備を担う大湊地方隊出の候補生だ。
以前は第25航空隊において、対潜哨戒任務に従事するヘリパイだったと橘は聞いていた。
そのため、空軍出身の橘に親近感が湧いたのか、入校当初から比較的仲がよかった。
日に焼けた肌と刈り上げた短髪、体躯の良い身体が、いかにも海の男という印象を与えている。
女の方は、鮎川翠、旧防衛大、現在は国防軍士官学校と名称変更された幹部養成学校卒のエリートで、卒業後直ぐに本人の希望でAFTSへ入校となっている。
胸元まで伸びる艶やかな黒髪と色白な柔らかそうな肌がお淑やかな令嬢のようで、同期からは”お嬢”と呼ばれていた。
とはいえ、本人曰く、普通の一般家庭の生まれだということであったが……。
そんな二人が信じられないという顔で橘を見据えていた。
「いや、別に何をした訳でもないんだがなぁ……」
頭を掻きながら橘が答える。
「盛ってんじゃねぇよ。ここは中学校じゃねぇんだぉ。」
騒ぎ立てる候補生らに冷たい言葉が投げかけられる。
その声がした方へ橘が視線を向けた。
「志堂……」
橘は、思わず名前を口に出した。冷たい視線が向けられていた。
視線を向けていた男、志堂礼一は、戦車大隊機甲化で10式戦車に乗車していた経歴の持ち主で、戦機搭乗者としては、一番真っ当なルートでここに来たと言えるだろう。
遡れば旧軍時代から陸海空それぞれがお互いを牽制しあっていたが、その伝統は未だに受け継がれているようで、陸軍出身者が多数を占めるこの場所では、橘や海道のように海空軍出身者は、言うなればアウェイだ。
そして、AFTS卒業時の成績を各軍の上層部が”どの軍の出身者が主席となったのか”を気にかける程度には、各候補生に期待もかけられており、それは、候補生に対するプレッシャーの何物でもない。
橘自身は、そんなもの全く気にしてはいなかったが、志堂ら陸軍出身者は違うようで、橘を目の敵にしていた。
それというのも、橘が元戦闘機パイロットという点が気に食わないのだろう。
AFTSに入校してしまえば、候補生として階級が統一されそれまでの所属における階級はなんら意味をなさない。そして、卒業時に士官、つまり少尉の階級を与えられるのだが、戦車乗りが下士官であるのに対し、戦闘機パイロットは士官クラスとなっている。
だから、ソコが気に入らないのだ。
しかし、そんなことより、橘は気になって仕方がないことがあった。
「お前、今……”だぉっ”て言った?」
そう、冷徹な視線とは反対に、志堂が放った言葉の語尾が”だぉ”となっていたのを橘は聞き逃さなかった。
あの志堂が、だぉって言った。
彼の性格とこれまでの物言いからは想像もできなかったセリフに、驚き、橘は頭の中でそれを反芻する。
「チッ……噛んだんだよッ!」
頬を朱色に染めながら視線を逸らして志堂が弁解した。
言った当人もその語尾に気づいていたのか、指摘されて羞恥心に襲われているようだ。
それ以上突っ込むなと言わんばかりに、会話を無言で終了させる。
そこにーー
「まぁ橘が音無にイタズラしたかどうかとか、志堂の語尾についての追求は、後日行うとして、だ。」
候補生のやり取りを傍観していた藤堂が、バインダーで肩を叩きながら教場全体に響く声で言い放つ。
それだけで、ざわざわと耳障りな声の渦は、中心点を射抜かれたように、ぴたりと静まり返った。
「音無は、どうしても自分のバディが気に食わないのか?」
「ハイッ!組み合わせの変更を希望します!」
「そっか〜。残念だなぁ〜。いやぁ〜そうかぁ。」
「?」
含みを持たせた言い方に音無はもちろん、皆が次の言葉に耳を傾けた。
「いやなに、結構前に組み合わせを決めるようにスミレ君に言われてたんだが、昨日の夜思い出してな。それで、夜食にカップラーメンを食べようと思ってお湯を入れて、そこから考え出した訳だ。」
「はぁ……」
訳が分からないといった表情で音無が首を傾げる。
「そして、寝る間も惜しみ、考えて考えて、悩んで悩んで、丁度、食べ頃になる頃に思いついたのが、この完璧とも言える組み合わせなんだ。」
藤堂がバインダーをパンパンと叩いた。
チラリと橘に視線を寄越した。
なんだ?
このおっさん、一体何を……というか、
「それはつまり、3分でーー」
「そうッ!」
橘の声を掻き消す藤堂の声、そして、発言した橘を指差して、続ける。
「このダメダメな橘を更生できるのは、候補生の中で唯一人、”美人”で”天才”な音無しかいないという結論に至った訳だ!聞いたところ、本人も是非、音無とって組ませて欲しいということだしな。」
「なッ!?」
橘が目を見開く。
彼には、そんな事は記憶を辿らずとも、聞かれた覚えも、言った覚えもないという確信があった。
「自分はそのような事は……ていうか、そんな見え透いた煽り文句で説得出来る訳がなーー」
「……美人?」
藤堂に反論しようとした橘の隣で、音無がポツリと藤堂の言葉の一部を復唱する。
ま、まさか……
橘が不安に駆られ、隣に視線を移す。
未だ、机に両手をついている音無が、下を向いたまま、身体をワナワナと震わせていた。
その振動で、寝癖なのか癖っ毛なのか、頭頂部からひょこりと伸びる髪の毛がピコピコと左右に揺れる。
「お、おい、まさかとは思うがーー」
「天才ッ!」
そう声を上げるなり、ガバッと状態を起こす音無。
目が爛々と輝き、上機嫌の犬みたいにケツを左右に振り始める。
「そっか〜どうしても変えて欲しいって言うなら、仕方ない、バディの変更をーー」
その様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべた藤堂が追い打ちをかける。
「ま、まぁ?橘がどうしても、このアタシから教えを請いたいというなら?バディってやつを組んでやってもいいけど?」
「お、そうか、やってくれるか!」
「待った待った!俺の意思は?ていうかチョロすぎーー」
盛り上がる二人を止めようと、橘が口を挟む。
しかし、
「あ〜ん?お前、まさか今更、このアタシと組むのが嫌だって言うつもりなのかよ?」
「ウッ!?」
音無が橘の首元をいわゆるヘッドロックの要領で、がっちりと脇で固める。
「おー!早速仲良さそうで良かったなぁ〜、これで日本の未来は安泰だ。はっはっはー」
藤堂のわざとらしい笑い声。
「当然ッスよ校長!アタシに任しといてくださいよ!ナッハッハッハー」
それにつられる音無が笑う。
その振動で、音無の腕が橘の首元に徐々に食い込んでいく。
あっまずい……
コヒューコヒューと何とか周りの酸素を貪っていた橘は、さらなる締め付けにより、視界がぼやけ始めていた。
つまり、脳へ新鮮な血液を送る頚動脈が圧迫され、呼吸どころか意識さえ奪われそうになる。
これは、アレだ。
ブラックアウトと同じだ。
朦朧とする意識の中、咄嗟に、残る力の全てを使って音無の腕をタップする。
ギブアップの意思表示だ。
「は、はなし……てーー」
「ん?どした?」
タップに気づいた音無は、視線を橘の後頭部に移し、自身の上体を橘に近づけた。
そのせいで、さらに首元が締まり、一気に圧がましたために、橘はーー
「……はすん」
と変な声を出して、その日、意識を失ったのであった。
「あ……」
「どうした〜音無?」
「校長!バディが気を失ってまーす。」
そして、この日、奇妙な候補生同士のバディが誕生したのである。
時の責任者の適当な判断により結成された一つのバディ。
二人が奏でるのは、協和音か、不協和音か
二人が演じるのは、喜劇か、悲劇か
時計の針は、来たるべき運命へ向かって、容赦無く時を刻んでいた。