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独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
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An Encounter 〜邂逅〜(下)

目の前でまた花が咲いた。

燃えるような赤

火の粉で出来たそれは、命の灯火

儚い故に美しい……


自分で自分の行先も決められない、

守るべきものさえ忘れてしまった奴は、

生きてるって言えるんだろうか?


もし、俺が死んだら、同じ様に綺麗に散ることができるだろうか?


AUG/21/2035 19:10

ーーAFTS第三格納庫ーー


「ーーオリジナル」

西日はすでに沈み、予算削減のために減灯されている第三格納庫は、幾つかの人工灯が発する淡い光だけで照度を確保している。

その薄暗い格納庫に、野太い声が響き渡った。

橘は、声の主の方へ体を向ける。


「……藤堂中佐」

「よぅッ」

藤堂が右手を軽くあげてラフに挨拶すると同時にこちらに何かを投げて寄越した。


「わっとッ!って……アッチィ!!」

橘の手の平で躍ったのは、缶コーヒーだった。

右手左手と忙しなく移動させながら、それに視線を落とすと、黒いラベルに無糖と表記されていて内容物がブラックコーヒーなんだと分かる。


「俺の驕りだ。有難く頂戴せよ。」

「は、はぁ……」

まずったなぁ……


第三格納庫に勝手に忍び込んだ手前、なんともバツの悪い橘は、どう言い訳したもんかと思案していた。

ーーだが、藤堂はそんな橘に構うことなく彼の隣まで来ると、純白の戦機を見上げて、橘に寄越した物と同じ缶コーヒーを左手で一度あおり、喉を鳴らす。

そして、説明するかのように口を開いた。


「正式名称 YAF―00 ORIZINオリジン


そう言って、今度は空いた右手で懐から煙草を取り出し口に咥え、重厚な金属製のオイルライターで火をつける。

静かな格納庫に、オイルライターを着火する音と、未だ白いカバーの下から脱出できない、桃尻の持ち主があくせくする衣擦れの音が鈍く響いていた。

藤堂が美味そうに煙草を吸うと、勿体振るようにゆっくりと紫煙を吐き出し話を続ける。


「対ゲリラ戦のために、それまでに類を見ない規模で、世界中の国家がプロジェクトに参加し、共同開発が行われた先進技術実証実験機……今、お前らが訓練している戦機のモデルとなった機体だ。そして、その性能は、当時の開発陣の予想を遥かに超える数値を記録した。全高14.8メートル、乾燥重量50.4トン、小型燃料電池による長時間の作戦遂行能力と一世代前のスーパーコンピューターに匹敵する演算能力を用いたーー」

と、そこまで話したところで、白いカバーに埋もれていた桃尻の持ち主がようやっと脱出に成功し、這い出てきた。


今まで埋もれていたせいで、明るい茶髪がやや乱れてはいたが、ショートカットのおかげか、そこまで大惨事にはなっていない。

オリーブ色の統合軍の制服を身にまとったその女性兵士は、橘の予想より若く、20歳になるかどうかという印象で、身長も平均的な女性より少し小さく見えた。

顔立ちも整っているが、美人というより、可愛いと称した方が適切だろうか……。

ただ、目つきが橘に負けず劣らず鋭い。


「もう!何なんだよ!」


その女性兵士が、尖った八重歯を剥き出しにして、白いカバーに文句をつける。


「大体ーーえっ、何……これ?」

彼女は、橘にも文句をつけようとしたのだろうが、自身の視界に映った巨大な純白の戦機に目を奪われる。


「ーーオリジナル」

藤堂の野太い声が、再度、薄暗い第三格納庫に響き渡った。


「えっ?」

「えっ?」

橘と女性兵士の声が重なる。

おそらく、彼女は純粋にこれが何なのかという疑問から声をあげたのだろうが、橘は違った。


このおっさん…まさか最初からやり直すつもりか?


そんな不安から出た言葉であった。

そして、その予想は的中する。


「正式名称YAFーー」

「と、藤堂中佐、開発経緯等に関しては、後ほど自分から彼女に……。」

また同じ話を繰り返されてはたまらない。

橘は、藤堂の話に割り込む。


「おっそうか、えーと何処まで話したっけかな」

「……演算能力を用いたーの下りですよ。」

第三格納庫の出入り口辺りから、澄んだ女性の声が響いた。

橘が視線を向けると、佐藤菫少佐が立っており、こちらに近づいてくる。


「まだ、機体搬入の手続きが終わっていないのに、どこに行ったんだーと、加藤中佐が騒いでましたよ。」

藤堂の隣まで来ると、藤堂に対してたしなめるように苦言を呈した。


「あーいいの、いいの、たまには部下に厳しく当たらないとな。それに、今は当校の訓練生に特別授業をしていたところだからさ。」

「特別授業……ですか、私はてっきり中佐自身がいち早くこの機体を見たくて、仕事をほっぽり出してきたんじゃないかと思ってしまいましたよ。」

「そんな訳無いじゃないかー、菫君は意地悪だなーははは。」

「……。」

「ゴホンッンンッ、えーそれでは、特別授業を継続する。」


あっこのおっさん逃げたよ。


「えー演算能力を用いて、同時、異方向、多数機による敵航空機、陸戦兵器へ対処するため、全周広域の対空監視機能、多数目標の同時解析攻撃諸元取得機能、並びに多種に渡る兵器換装機能を備えると共に、前線・全般の作戦を指揮管制する中枢機能を持つ……言わば、戦場を駆るイージス艦ってところだな。さらに、胴体部は戦車砲に耐える複合装甲、全周囲をアクティブ防護システムと電磁装甲により耐実弾兵器性能はピカイチだ。かつて、F-22が模擬戦闘において、1機で従来戦闘機を144機撃墜したとか、イージス艦1隻で某国の海軍を殲滅できるなんて、次世代兵器が開発されるたびに、そういった、それまでは考えられない兵器が現実となってきたわけだが……」

藤堂は、そこまで言って、たばこを咥え、煙と一緒に最後の一言を肺に溜め込み、ゆっくりと紫煙とともに吐き出した。


「こいつは、それ以上だよ。」

「……何故、こんな化物がここに?」

橘が尋ねる。


「ふふっ化物か、その通りだな。こいつに限らず、すべての戦機の全身には炭素繊維を幾重にも束ねた人工筋肉が張り巡らされている。これは、今や、各国でも技術提供がなされ生産されているが、この分野に関しては未だに我が国に一日の長がある。そして、こいつの開発時に使われた人工筋肉が日本製だ。

「来週から人工筋肉のメンテナンスを含めて各種検査を行うために、昨日、米国から日本に空輸され、お偉方が一瞥した後に、ここまで運ばれてきたってな訳よ。」

「……大戦を終えた今、これをわざわざメンテナンスする必要があるんでしょうか?むしろ敵対国家を刺激しかねないのでは?」

橘は、感じた疑問を率直に聞いてみる。


「大戦を終えた……か。」

藤堂が呟く。


「よしっ、第9師団所属、音無紫苑おとなししおん二等兵!第三次世界大戦の概略を説明せよ!」

突如、藤堂が先程白いカバーから抜け出してきた女性兵士を指差し、命令する。


こいつは、第9師団の兵士だったのか……どおりで見たこと無い訳だ。

車列にバスが混じっていたが、来週からの合同訓練に備えて前乗りしてきていたのか?


橘が考えを巡らせると、音無紫苑と呼ばれた女性兵士は、面食らった表情で自らに指を指し「えっ、私?」というジェスチャーをとったが、藤堂が首を縦に振ると、ようやっと理解したのか第三次世界大戦の概略を説明し始めた。


「えー、では僭越ながら……ンンッ」

「開戦の発端となったのは、中華人民共和国内において、反共産主義を掲げる独立組織『トライデント』が香港及びマカオの人民解放軍駐屯地を制圧した事でした。」

「当時、中国国内においては民主主義化を求める声が高まっていましたから、すぐに人民の支持を得ることになります。これに対して、中華人民共和国の人民解放軍が香港、マカオの浄化を掲げて進軍、この進軍時の映像がジャーナリストにより全世界へ配信されました。」

「この映像配信には、人民解放軍兵士の侵入を拒もうとする香港市民が銃撃される映像が収められており、世界に衝撃を与えました。そして、これにより、台湾が突如、トライアドへの支援を宣言し、中華人民共和国と台湾が戦争状態に突入します。」


「当然、圧倒的な戦力差があるので、決着はすぐに着くかと思われましたが、中華人民共和国による南シナ海の海上封鎖を懸念したインドが介入を宣言、インドは、日米豪印戦略対話を元に各国に支援を求め、日本もアメリカ、オーストラリアに続いて、同戦争へ介入することになります。」

「しかし、ここに来て、トライアドによるクーデターが欧米諸国により画策されたものだと中華人民共和国側が主張、事実、武器・兵器の提供を行っていたことが明るみに出ました。武力介入の口実を得たロシアは、中華人民共和国の支援を決定、中華人民共和国とロシアに挟まれたモンゴルは脆弱な軍事力のため大した抵抗もできずに、ロシア・中華人民共和国に飲み込まれます。」


「さらに、北朝鮮がロシア・中華人民共和国への支援を表明、と同時に宣戦布告もなしに38度線を越えて、韓国への進撃を開始しました。ロシアの介入を機に、ヨーロッパにおいても、軍事衝突の可能性が急激に高まります。もともと、ウクライナのEU加盟や飛び地カリーニングラードなどで緊張感が高まっていたこともあり、EUとロシア開戦に時間はかかりませんでした。」

「そして、対テロ国家殲滅作戦後、この占領地の割譲を巡って論争を続けていた中東では、欧米の抑止力が弱まったことを奇貨として、アナトリア・アウローラなる新たな独立組織が台頭、この時点で世界全体が巻き込まれる事態となりました。これが、第三次世界大戦の序盤の構図です……って、ちょっと休憩してもいいっすか?」


一気に説明したためか、「ゼェゼェ」と音無の呼吸が荒くなっていた。


「うむ、予想以上に細かい説明ご苦労……なんか聞くの面倒くさくなってきたから、橘、終戦時の状況だけ、簡潔に頼む。」

音無の頭が力なく前に倒れた。

そりゃああんだけ説明して、面倒くさいって言われたら、そうなるか。


「あーでは、簡潔に……未だに各国で調査が続いているところですが、中華人民共和国がその巨大な勢力を失う頃、欧米の援助を受けたトライアドや前線に投入された各国の兵士らが中心となって、突如、過激な民族主義を掲げ軍事クーデターを開始しました。」

「それまで国家間の戦争を続け疲弊していた各国は、初動対応に遅れが生じ、後退を余儀なくされました。日本においても、既に中華人民共和国、ロシアとの前線地帯と化していた北部方面において、旧皇道派とも呼べる急進右派の国防軍が八咫烏と呼ばれる独立組織を結成し、これを鎮圧しようとした本州の部隊との間で小競り合いが起こりました。」


「膠着状態が続き、あわや内戦の事態かというところで、八咫烏の一部が「現状は日本国民のためにならない」との事由で分裂し、本州部隊と合流、あっけなく国内での事態は収束します。」

「これを機に、日本の国防軍がアメリカへ支援を開始し、オクシデント、アナトリア・アウローラ、ネオ・ユーラシア、トライアド、ダス・ライヒの順に各独立組織は鎮圧され、結局、中華人民共和国は民主主義化を余儀なくされ、朝鮮半島も壊滅状態、ロシアは幾つかの都市を失い、最後の激戦地となったドイツなど、他の主要先進国もかなり損耗することになりました。」

「現在、比較的被害の少ない日本が中心となり、各国の残党部隊の処理に当たっています。これが、大戦末期から現在の状況です。」


「うむ、予想以上に簡潔ではなかったが……まぁいいか、で、お前らこの大戦をどう思う?」

藤堂が橘らに尋ねる。


「どう思う……というのは?」

質問の意図が読めない。

音無も首をかしげる。


「日本だけが被害が少ない。なんでだろうな?」

「それはぁ……八咫烏と和解できたからじゃないか?」

音無が回答する。

ーーさっきから思っていたが、こいつちょくちょく言葉使いが荒いな……。


「橘、お前は日本国防軍の空軍パイロットだったな?どこの基地所属だ?」

「松島基地です。」

「八咫烏と呼ばれる連中と交戦した経験は?」

「いえ、ありません。自分は海外に派兵されていましたので。」

「そうか、俺もない。というか交戦経験のある奴と会ったことがない。」

「えっ?中佐は大戦時、戦機乗りだったと伺いましたが。」

「ああ、北部方面の軍事クーデター鎮圧作戦にも参加した。」

「では、尚更……」

「いや、俺達後続の部隊が、交戦中との無線を傍受し、駆けつけた時には…既に、軍事クーデターの主犯格と見られていた指揮官らは…全滅していた。その「八咫烏の一部」によって。」

「なッ……。」

橘は無言になる。

代わりに音無が確認する。


「ぜ、全滅?仲間割れで一方が壊滅したってことか?」

「そう、つまり、この世に独立組織「八咫烏」と交戦したことのある奴は誰もいない。ついでに言えば、公になっていないが、当時民族主義に傾倒した奴ら…北部方面の部隊員で生き残っている奴もいない。全員、大戦で戦死している。」

「はぁッ!?」

音無が驚愕する。


「戦死場所は様々だが、ある共通点がある。その戦場に現れる一匹の凶鳥…黒い烏ーー」

「凶烏ーーぬえ。……凶鳥の 歌声空に 響く時 戦鬼が 我らの命刈る。」

橘がつぶやくように言葉を吐いた。

拳に血管が浮き出ていた。


「やはり、知っていたか。そう……鵺、レイブン、フッケバイン、呼び名は各国で様々だが、共通するのは黒色の戦闘機でパイロットはエース級ってことだ。そして、その凶鳥の目撃例がある戦場では、必ず戦鬼……今や「アルカナの21大英雄」ともてはやされている戦機乗りの交戦記録が残っている。奴らの後には、敵味方いずれも……死体の山と鉄くずしか残らねぇ。」

「えっ、でもアルカナの21大英雄って今次世界大戦を終結させたって言われてるよな?」

音無が尋ねる。


「そうだ。確かに奴らは大戦を終わらせた。その圧倒的な戦力で、戦場を火の海に変え、独立組織を壊滅させた。そして、奴らの多くは……その各国独立組織の出身だ。」

「そんなバカな……それじゃあ結果的には仲間割れした八咫烏と同じ結末じゃないか。」

「そう、音無の言うとおりだ。」

藤堂は、橘を直視する。


「なぁ橘……この戦争はなんだったんだろうな?

奴らは、国を裏切り戦争を拡大させ、民族を裏切り戦争を終わらせた。

奴らは何のために戦っている?

俺たちは何と戦っているんだ?

本当にこの戦争は終わったのか?」

矢継ぎ早にいくつもの疑問が橘にぶつけられ、第三格納庫に沈黙が訪れた。

その沈黙を藤堂に尋ねられた橘が静かに破る。


「わかりません……俺には、何も。」

その問いへの回答を曖昧にして。


「ま……そうだな。」

「?」

「よーしっ、ちょっと変な空気になっちまったが、本日の特別授業は終わり。第三格納庫に侵入した橘訓練生は、ペナルティーとして、そこのアホ可愛い音無訓練生を送り届けること!了解か!?」

「あ、アホ可愛いって、ちょっと!いくら上官といえど……ん、いや、褒められているのか?あたしは。」

音無が藤堂の突然のフリに混乱して、戸惑う。


あーこの子アホな子だ。


一気にその場の緊張した空気が切れ、和やかな雰囲気になる。


「了解!橘薫、アホな訓練生を豚箱に送り返します!」

申告するとともに、橘は第三格納庫出入り口に走り出す。


「あっコラ!お前、今あたしのことアホって言っただろ!待て、ゴラァァ!!」

鬼の形相と化した音無が走る橘を追いかけ、二人共第三格納庫の外に出ていった。

二人が去り静かになったその場に、藤堂と佐藤が残り、少しの間を置いてから佐藤が口を開いた。


「どうですか?彼の反応は?」

「そうさなぁ……視線、顔の紅潮、四肢から指先に至るまでの動き、喋り方、どれも問題ないな。」

「では、”白”ですか?」

藤堂が顎に手を添えて考え込む。


「いや~どうかな?よく訓練されているのか、生まれながら動じない性格なのか。いずれにせよ完璧すぎるってのも気味が悪い。」

「そもそも、本当なのでしょうか。”奴ら”がこの戦機を欲しているというのは。」

「わからん。わからんが……このオリジナルが”奴ら”に渡るってことはーー」

そこまで言って、藤堂は根元近くまで燃えきっていた煙草を右手に取り、左手に収まっていた空き缶の飲み口に押し付け、吸いカスを缶の中へ放り入れた。

”ジュッ”と音を発して、缶の中に少し残っていた水分が蒸発し、それと共に藤堂の言葉が放たれた。


「ーー大戦は終わってなんかいねぇってことだ。」

この間の続きだが……


別人として、新しい人生を歩む事になったとして、前の人生の記憶を持っている場合と、全て忘れている場合、どっちが幸せなんだろうな?


まぁ、前の人生の記憶が残っているとしたら、別人と言えるのか疑問だが……

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