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独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
4/27

Curtain Raise 〜開幕〜

いつからだろう?

決められた規則ルールに従い、ただ言われるがまま、命じられるがまま、敵を葬ってきた。

己の感情など、とうの昔に無くなっていたさ。

我々が正義だと言われて、

でも、それが正しいと思うこともなく、

ただ、空を飛び続けていたんだ。

”BiiーーBiiーー”


 コックピット内にけたたましい警告音が鳴り響く。荒廃した都市の郊外から、ビルが立ち並ぶ都市中心部に向けて1機の人型兵器が滑走していた。

 体躯は高層建築物ビルの3〜4階相当、風を切る前面装甲は空気抵抗に配慮した流線型、大地を駆る脚部は下部スラスターから高密度圧縮空気を絶えず大地に叩きつけ、背面のメインスラスターから噴出する排気炎が唸るように青い四つのリングを六時方向に吐き出している。次世代人型兵器『戦機』だ。


”Cation Locked”

”Cation Locked”

「チィッ、わかってる!!」


 鉄の巨人を駆る男は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に表示される警告文字を視界に収め、繰り返される機械的な女性の合成音を聞きながら、どうしてこうも人を不快にさせる音を出すのかと機体に悪態をつくが、意思を持たぬ機体は警告表示と警告音を出し続ける。

 それこそ、そんなことをしたところで、現状が回復しないということは、誰よりも、今現在敵機と対峙するパイロット自体が一番認識していることであった。


「叩いて直るのは…一昔前のテレビだけってか。」

自分で突っ込みながら、男がHMD上の右端に表示されたレーダーを確認すると自機を意味する中心点の三時方向に、赤色の二等辺三角形が表示され、その頂点がこちらを向いている。

 そして、その三角形の中心から自機まで直線が伸びており、敵機からレーダー照射を受けていることを示していた。


「距離……約3200m」

男が敵機との距離を確認し、機体を右方向へ90度旋回させる。そこにーー


”missile Launched"

「クッ!!」


突如、警告表示が切り替わった。それは、敵機からミサイルが発射されたことを告げる警告表示。故に


「チャフッ!」

男の声とともに人型兵器の右肩部から缶ジュース大の筒が上方に射出されると、空中で小爆発を起こし金属片が散布される。


「6《シックス》、ブースト!」

再度、男の声……音声入力により、人型兵器の腰部に装着された補助噴射装置が作動し、後方へ急速離脱する。逆噴射により男の全身が一瞬前のめりになるが、コックピットを支える緩衝装置が作動し、緩い加速度(G)を感じる程度に収まった。それとほぼ同時、金属片が舞う先ほどの地点に、薄い噴射跡を残したミサイルが突入する。


ーー閃光


 すぐさま大きな爆発音が響き渡り、周囲の酸素を取り込むと黒炎が膨らんだ。金属片を目標と誤認したミサイルが空中で爆発したのだ。

 爆発の衝撃とともに、人型兵器の頭部メインカメラが捉えた映像が、HMDを介して男に伝わる。レーダーを確認すると、先程まで表示されていた三角形に斜線が入り、点滅していた。


「ッ消失ロスト!?」

口元を歪めながら、男は機体を直ちに爆炎の左方向へスライドさせ、右腕部に装着された一見して歩兵用のアサルトライフルを巨大化したような対戦機用の機関砲を前方に向ける。武装に装着されたガンカメラが標準器の前方を拡大し、HMD上に映像を映し出した。


「ッ!?」

男の背筋が凍る。敵機が既にこちらに武装を向けていた。それも、戦車の戦車砲をそのまま取り出したような形状の武装である。

 事実、それは戦車砲などに使用される砲弾で、装甲を貫くのに特化したAPFSDS弾(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot(装弾筒付翼安定徹甲弾))を射出する武装であった。ガンカメラが敵機の砲口から発火炎が噴出するのを捉える。と、ほぼ同時に男も敵機に短いバースト射撃を行い、叫んだ。


「ゼロッ、レフト、ターン!」

補助噴射装置が左右逆に噴射し、その場で機体が急速左旋回する。敵機から放たれた砲弾は、空中で装弾筒を分離し、ダーツ形状のタングステン製弾芯が目標めがけて空気を裂き、飛翔。

 途中、バースト射撃された数発の40ミリ徹甲弾とすれ違うと、男が乗る旋回中の機体右腕部に吸い込まれるように突き刺さった。

 否、1,500m/secを超える速度で着弾したそれは、装甲と狭い領域で高圧に圧縮され超塑性ちょうそせいを起こした。瞬間的に高圧下に置かれたタングステン弾芯は、液体金属と化し、装甲と相互侵食を起こす。

 弾芯の先端はマッシュルーム状に広がりながら装甲にめり込み侵入すると、右腕部の装甲をいとも簡単に貫き、穿孔をうがつ。


 表現し難い爆音と共に、激しい衝撃にコックピットが揺さぶられる。旋回中だった機体は、その衝撃を受けて後方に仰け反るが、オートバランサーが作動し、ほぼ一回転した時点で右膝をつき、かろうじて転倒を免れた。

 砲撃を受けた右腕部は、炭素繊維製人工筋肉がむき出しになり、肩部と腕部がかろうじて繋がっている状態であった。


”BiiーBiiー”


 再度、コックピット内に警告音がけたたましく鳴り響く。そして、コックピット前面に配置されたタッチパネル式の液晶ディスプレイには、機体全身の状態を表すシルエットが表示されており、右腕部が赤く点滅していた。


ブフゥッ!


 男は、無意識のうちに呼吸を止めていたことを思い出し、一気に呼気を放出した。だが、休む間もなく敵機が迫る。レーダーは、敵機が自機の600メートル先まで急速接近していることを伝えていた。


「次弾が来ない……当たったか?」


 男は敵機が追撃の2発目を射出してこないことに安堵しつつも、疑問が浮かんだ。事実、敵機が次弾で男の乗る機体に止めを刺さなかったのは、男が放った40ミリ弾が運良く敵機の武装を破壊していたからであった。


 そんな状況把握すらまともにする余裕のない男は、自機を立て直すと、敵機に背中を向けメインブースターのアフターバーナーを点火、逃走を開始する。これを確認した敵機は、右腕部外装に装着されたパイルバンカーへ弾薬を装填、一気に後方へと接近する。


「そのままだ。」

「そのまま来いっ!」

傍から見れば敵前逃亡のようであるが、男はまだ諦めていなかった。補助カメラがHMDに表示する機体後方の映像を確認しながら、敵機と自機の距離を図る。

 敵機が迫る。レーダーが敵機との距離を表示する。


”400m”

「まだだ」


”300m”

「まだだ」


 男がつぶやくように自分に言い聞かせる。

 補助カメラが捉える敵機の姿が大きくなっていく。


”150m”


 敵機がパイルバンカーを振りかぶり、攻撃態勢に入る。と同時に『今だ!』と判断した男がメインブーストを絞り、ホバーを停止させる。

急速に推力、浮力を失った機体の脚部が地面に接地し、その反動で上方に跳ねる。

そのタイミングを見計らい、男が叫び、機体を左方向へ倒した。


ATオートバランサー、オフ」

「ブースト、レイズ」


メインブースターがスラスターを下方に向けて再点火、補助噴射装置のアシストを受け、急速に上方へ機体2機分跳ね上がる。

しかし、オートバランサーのアシストを失った機体は、男の操作により、左前方へと倒れこんだ。

それと同時に、男は機体のエアブレーキを作動させる。

機体の脚部、肩部に装着されたエアブレーキが開放され、空気抵抗を受けた機体が急速に減速する…と男は期待した。

戦闘機の空中戦で行われる空中戦闘機動マニューバの一つ


ーーバレルロールーー


だが、次の瞬間、男のHMDが真っ暗闇に包まれ、パソコンがシャットダウンする際に出す、冷却ファンが停止するような音とともに急に全ての電源供給が失われた…。

そして、HMDに警告文章を表示する。


”予期できない機動が入力されました。”

”シミュレーションを中止します。”


「まじかよっ…。」


男のため息混じりの言葉とともに、コックピットが開放され、途端に光が差し込む。

暗転した状態から急に光を受けた男は、まぶしそうに顔をしかめながら、その光を右手で遮った。


「シミュレーター使用による対『戦機』戦闘訓練終了!」

「橘薫訓練生!機動操作不適により強制終了!」


野太い男性の声が響いた。

この橘薫たちばなかおると呼ばれた男が、今までシミュレーターで戦機を操作していた男だ。

橘は訓練用ヘルメットを取り外し、シミュレーターのコックピットから出る。

細身であるが、姿勢の良さやオリーブ色のパイロットスーツを押し上げて若干張り出した胸板が筋肉質であることを主張しており、真っ黒な頭髪が映えていた。

全体的に整った顔つきであるが、一重瞼のつり目が、この男に威圧的な印象を与えている。

橘はヘルメットを左脇に抱え、先ほど訓練終了を宣言した迷彩服姿にキャップをかぶったガタイの良い男に正対し、敬礼した

「申告します。橘薫訓練生、シミュレーター使用による対『戦機』戦闘訓練を終了いたします。」


申告を受けた訓練教官が口を開く。

「はぁ…今更機動操作不敵とは、問題外だ!」

「訓練終了後、敷地内マラソンの実施を命ずる!」


「…えーっ!? 」

橘は思わず非難の声を口にだした。


「なんだ、文句あるのか。じゃあ追加で…」

「りょ、了解!」

「橘薫訓練生、訓練終了後、敷地内マラソンを実施します!」


「くすくすっ…。」

後方から笑い声が聞こえてくる。

橘が担当教官へ再度敬礼し、回れ右をして確認すると他の訓練生が数人、下を向いて笑いをこらえており、簡易的な長椅子の空いている席に着くと、隣に座っていた同期の訓練生が声をかけてきた。

「橘、今日もやってくれたな。」

「いや、あれはだなぁ…」


「そこー、私語は慎め。」

弁解しようと口を開いたところで、訓練教官が指摘する。

「よーし、今日の訓練は、これで終了する。…橘以外な。」


再度、笑い声が漏れだした。


教官が続ける。

「…いいか、他の奴らも笑い事ではない。後ほど、それぞれの個室端末に本日の訓練データを送っておくから、各自、今日の訓練における反省点をまとめておくこと。」

「まぁ、何度も言うようだが…2年前に大戦は終結したが、未だ独立組織の残党によるテロが世界中で散発的に発生している。」


…訓練生が静かになる。

「我が国からも精鋭部隊が鎮圧に出動しているが、国内の治安状況が回復した訳ではない、また、隣国との状況も大戦直後に比べると悪化してきている。将来的に、お前らが前線に送られるんだ。」

「実際の戦闘では、一瞬の気の緩み、慢心、判断ミスが即命とりになる。」

「それをよく認識しておけ。」

「では、解散!」


教官の掛け声とともに、20名ほどいる訓練生が各々解散していく。

橘は、自身のヘルメットを両腕で胸に抱えながら誰もいなくなったシミュレーター室の長椅子に仰向けになって一人呟いた。


「言われなくても…十分に解ってるさ。」

何か大事な事を忘れているんじゃないか。

そんな漠然とした不安がいつも胸の中にあった。


でもよ。

わかんねぇんだ……それが何なのか。

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