A bird of ill omen〜凶鳥〜(中)♯Renge's side
「やはり……八咫烏か。」
男の胸部に刻まれた三本足の鴉を確認して、蓮華は確かめるように呟いた。
その刻印が意味するのは、とある組織への服従を誓う戒め。
その証だ。
第三次世界大戦の折、世界同時多発的に発生した軍事クーデター。
日本においても”八咫烏”を名乗る独立組織により、北海道地方において軍事クーデターが起こったが、蓮華の目の前に倒れている男が属する八咫烏は、その独立組織とは別の”八咫烏”だ。
一説には、古代から民を導いてきたと言われる組織。
その後の調査で、国内における軍事クーデターには不可解な部分が複数あった。
首謀者は、扇動者は誰だ?
何故、仲間割れした?
何が目的で?
それを追えば追うほど、背後に何者かの影がちらついた。
軍事クーデターを起こした独立組織「八咫烏」は、所詮、こいつらに焚き付けられ踊らされた哀れな傀儡、ピエロに過ぎない。
恐らく、言葉巧み誘導された哀れな極右勢力……と蓮華は考えていた。
だが……何が目的だ?
今更あの兵器を奪ったところで、彼らが目指す”民の世界からの独立”など出来る筈がない……そもそも、人民が、大衆が奴等の動きに付いて来なければ、何をしでかそうと、そんなものは唯の身内で盛り上がる学芸会に過ぎない。
そこまで考えて”そんなことよりも”と頭を振った。
デスク下の引き出しの鍵を開け、引っ張り出す。
中に収められたジェラルミンケース3個を取り出しナンバーロックを解除すると、躊躇なく蓋を開けた。
中に収められていたそれらは、適度に塗られたガンオイルによって艶やかに輝き、久し振りに外気に触れることが出来たためか、喜ぶ様に窓から差し込む日光を反射させた。
自動式拳銃ーSIG228
短機関銃ーH&K UMP
蓮華は、ケース内の銃器を確認すると、もう一つのケースからガンベルトと防弾チョッキを取り出し着装、SIG二丁を両脇のホルダーに収め、UMPを肩掛けのストラップに決着し袈裟懸けた。
残りのケースからイヤホン型の通信機を取り出し右耳に装着、携帯電話大の母機を起動させて周波数とチャンネルをあらかじめ指定されていた数値に合わせ、後ろ腰のベルトに決着させる。
「ヤーヤーヤー」
音声覚知型のプレストークスイッチが蓮華の声で起動し、通信回線が繋がった。
よし!まだ、回線が生きてる。
先程、携帯端末が突如沈黙したため、電波妨害がかけられている懸念があったが、どうやら一般の通信機器を沈黙させる程度のジャミングだった事に、蓮華は安堵した。
「”死花”より本店」
「……zzi」
「”死花”より本店!」
「……zzi……こちら本店、どうぞ」
「こちら”死花”、お客様は元気ですか?」
「お客様は5名入店《メリット5》、盗人は居ない《盗聴の恐れなし》」
何度か送信すると、お目当の通信局から返信が返ってきた。
「……蓮華です。襲われました。相手は三本足、1名を排除、恐らく複数でAFTSを制圧と思料。」
頼りになる重低音の声が耳に届き、思わず安堵して一瞬緩んだ気持ちを理性で抑えつける。
そして、すぐさま状況報告を行った。
「怪我は?」
「まだ、お嫁前の身体なので傷はついていませんよ。」
「よし、それだけ冗談言えれば大丈夫だ。」
「班長、森下は?」
蓮華は自身の上司「小笠原務」に対して、先程まで通話していた後輩の所在を尋ねた。
「ああ、森下なら俺の隣にいるぞ、先程までお前との通信が途絶したって慌てふためいていたが。」
「了解、森下から話は聞いていますか?」
「いや、それがテンパっちまって、サッパリ。」
「はぁ……森下ぁぁッ!」
「ヒィッ!?」
蓮華のドスの効いた声に無線装置の前にいた森下が短い悲鳴をあげた。
「ちょっと!何で報告してないのよ!?」
「いや、先輩に何かあったんじゃないかって、心配で心配で……たははぁ。」
「……たくッ。それで、応援は?」
「せ、仙台の拠点から到着までおよそ1時間。」
「遅い!!こっちはか弱い乙女が一人だけだってのに」
「先輩の何処がか弱いんだか……」
「何か言った!?」
「あ、いえ……何でもないです。」
「ま、寸劇はそん位にしてもらってだ。状況は?」
蓮華と森下のやり取りを眺めていた小笠原が間に割って入り、蓮華に報告を求める。
「……報告します。AFTS東北方面校の訓練生”橘薫”が八咫烏子飼いの凶鳥である可能性が浮上しました。これより拘束し取り調べ……といきたいところですが、どうやら優先順位は別のようです。」
「そうだな……学生は?」
「メカニックとオペレーター課程は座学、パイロット課程は訓練区域にて戦機による模擬戦闘訓練となっています。それに伴って一昨日、東京から教導隊一個小隊がこちらに……」
「教導隊?……そいつらの名前、分かるか?」
「ええ、今出します。」
蓮華は、小笠原の要求に応じ、デスク上の端末を叩いて人事記録を呼び出した。
確か……今、AFTS東北方面校に来校している教導隊の隊員は4名だ。
そうだ、彼等にコンタクトをとって、施設内の制圧を協力してもらえれば一気に問題が解決する。
何せ、国内最強の部隊と言われる連中だ。
テロリスト共に遅れをとる訳がない。
そんな事を考えながら、デスクトップに表示された隊員の名前を確認した。
希望が見え、蓮華の心が軽くなる。
「えーと、清水茂人少佐、新島太一大尉、湯島隆弘大尉、安沢雅之大尉以上4名です。そうですね、彼等に応援をーー」
「ーー森下、データベースと照合しろ。」
「は、はい!」
「……班長?」
「蓮華、少し待て……嫌な予感がする。」
「は?」
「で、出ました!ウッ!?こいつらーー」
「ーーやはり、容疑者か……蓮華、そいつら全員”独立組織八咫烏”鎮圧作戦に参加した隊員だ。」
「え?それってつまり……」
蓮華の中でパズルのピースが繋がり始める。
「ちなみに藤堂はどうした?」
「藤堂……校長ですか?教導隊と入れ違いで一昨日から東京で開催されている国際会議に出席するとの事で不在に、今の責任者は加藤副校長が代理で……」
「教導隊を呼んだのは?」
「確か、加藤……そうか!あのッくそ狸!」
蓮華の顔が激しく歪む。下唇を指で強く摘み、ギリリと歯ぎしりがなった。
小笠原が言った”容疑者”
それは、軍事クーデターを操っていたと推定される”八咫烏”と何らかの接点を持つ可能性がある者達を指している。
当時の鎮圧作戦には幾つかの部隊が参加しているが、その戦闘記録は、上空に現れた凶鳥による電波妨害の影響で客観的なデータは殆ど記録されておらず、後日、関係者から聴取した伝聞記録しか残っていない。
武装蜂起後の不可解な内部分裂。
あまりにもスムーズな軍事クーデターの鎮圧。
大戦時における民族主義に傾倒した隊員の戦死。
仮に、これらが全て何者かの予定通りだとするならば?
そうだ……不自然な程に、完璧すぎる。
まるで、あらかじめ用意されたシナリオに沿って、それぞれの登場人物が役を演じるように、物語は進んでいた。
では、今回のAFTS急襲もそのシナリオの一部だとするならば、自然なようで、不自然な点は何処だ?
何故……ORIZINをAFTS東北方面校に?
教導隊との訓練を計画したのは誰だ?
何故日程が早まった?
第3回国際秩序再編会議に合わせたのは?
……藤堂秀和が邪魔だった?
彼は曲者で有名だ……戦機搭乗者としても、AFTS東北方面校責任者としても。
計画の障害となり得るモノは全て排除しにかかったか。
やはり、加藤省吾が首謀者……いや、奴はそんなタマじゃない。
これは、もしかすると相当根深いところまで侵食されている可能性が高いな。
国防軍だけじゃない、政府関係者もおそらく既に……
「……世界会議に合わせて教導隊に潜り込んだ鴉をAFTSへ送り込み、実戦訓練と称して施設内の人員を手薄に、学生連中は鴉共に屠らせる気かッ!」
無線機の向こうで、小笠原が蓮華と同じ結論に至る。
「全てのベクトルがORIZINに向かいます。やはり、奴らの目的は事前情報通りORIZINの奪取……班長、命令を。」
「あぁ……頼めるか?ORIZINの奪取阻止を。」
「はぁ……ボーナス弾んでくださいよ〜。あと高級寿司店を班長の奢りでお願いしますね。森下は肩叩き券1年分だから覚悟しときなさいよ!」
「あぁ、とっておきの店予約しとくから楽しみにしとけ……なるべく早く応援をよこす、それまで何とか耐えてくれ。」
小笠原の声色が陽気なものから、真面目なものへと変わる。
今しがた蓮華に下した命令が、無茶なものだと、わかっているのだろう。
「むしろ、早く応援寄越さないと、全部私だけで片付けちゃいますから。」
「ふふ、そうだな。頼んだぞ蓮……げ……ザザァッ……」
ノイズが走る。
「チッ!ジャミングか……」
気取られたか?
それとも、奴らの行動が第二段階に入ったか?
まぁ何れにせよやる事に変わりはない。
しかし、応援を呼べたのは良かった。
訓練生には悪いが、そっちはそっちで気張ってくれ。
まだ納得のいかない部分も多々あるが、今はーー
蓮華が己に言い聞かせ、立ち上がる。
その視線は窓越しに見える第三格納庫に向けられていた。