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独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
25/27

A bird of ill omen〜凶鳥〜(上)♯Renge's side

Nov/3/2035 11:49

AFTS東北方面校〜救護室〜


BuーBuー

〜♩〜♬〜Pi


「あーはいはい、私です。」

「あ、結果出たの?」

「それで……うん……は?」

救護室の窓越しに、格納庫から訓練区域に向けて発進する戦機を見送ってから十数分後、デスクで薬品の整理をしていた衛生士「沖野蓮華」は、携帯端末の電話口から発せられた相手の言葉に思わず言葉を失った。

手から離れたボールペンがデスクの上を小さく跳ねる。


「――ええ、ですから、先日送られた毛根の持ち主ですが……元のデーター、つまり日本空軍に所属していた「橘薫」とは、全くの”別人”のものです。」

「ちょっと待って、それ、どういう事よ?」

蓮華が端末にかぶりつく。


どういう事だ?

橘薫は、凶鳥に撃墜された後に救出されたと報告書にあった筈だ。

この間、本人もそのように話していたし、この点については蓮華自身何の疑いをかけてもいなかった。

念には念をとDNA鑑定を依頼した結果が、予想の斜め上をいったために軽く混乱する。

そして、一体何がどうなっているのだと必死に思考を巡らせていた。


「さぁ〜?どういう事なんでしょう?記録によれば、本人は撃墜後に救難信号を発信、救助部隊が到着した場所には日本統合軍のF35の残骸と橘薫一人が倒れていたそうです。」

「それ、身分確認は何で行ったの?」

「え〜っと待って下さい……あぁドッグタグですね。」

「それだけ?」

「そのようです。」

「面識のある者への確認と本人の聴取は?」

「本人は救出時に記憶の一部を失っていたとされています。部隊への確認は一応行われているようですが、親しい隊員は全て戦死、しかも大戦最中ですからちょっと信用性に欠けますね。」

「ちょっと、入隊当初の写真送って頂戴。」

言って、携帯を顎と肩口に挟み、デスクトップ端末を叩く。

メールソフトを開くと、直ぐにメールに画像が添付され送られてきた。

添付ファイルをクリック、ダウンロードが待ち遠しい。

画像が表示される。


「……似ている。」

表示された橘薫のバストアップ写真を確認して、沖野蓮華がまず思った感想はそれだった。

そう、つまり同一人物では無いと、そう思ったのだ。

確かに写真の人物と蓮華が知っている橘薫は見分けがつきにくいと言えるし、それこそ髪型や痩肥りなどで人の印象など簡単に変わる。

蓮華自身、自分の免許証の写真は気に入ら無い写真映りであったし、人によってはメイクで別人のようになる事もある。

だから。これはあくまで、蓮華の経験則上の判断であるが、そう……あの時触れて確認した顎のラインが完全に別人と言えた。


「こんな……誰も気づか無いなんて事があり得るの?」

思わず口にした言葉が電話口の相手に伝わる。

「おそらく、本来所属していた空軍から統合軍に召集され、その中で付き合いのある兵士は皆戦死、大戦末期の混乱期が重なってーー」

「じゃあ、あいつは誰なのよ?」

「いやー自分にはさっぱり、既存のデータベースには該当する者はいません。まぁ冷静に可能性を考えれば”背乗はいのり”ですから、やはり共産圏のスパイとか?」

「あーちょっと待って整理するわ、まず一つ、恐らく元の橘薫は戦死若しくは拉致されたと、仮定するわ」

「はい。」

「で、救助部隊が救出した男が、今の”橘薫”であってこいつが何者かという事ね。」

「ええ。」

「そう言えば、現場空域では凶鳥が撃墜されたって情報もあったけど、機体は見つかってるんだっけ?」

「ええ、所属不明機体の残骸が一機、現場付近で見つかっています。」

「死体は?」

「……一応」

「一応って何よ?」

「どうやら既に肉片と化していたようで……ってあれ、僕、気づいちゃたかもしれません。」

電話口の相手、蓮華の部下に当たる森下がそんな事を口にする。


「何よ、言ってみなさい。」

「いいですか、橘薫訓練兵の正体はーー」

蓮華は、その続きを催促した。

とはいえ、既に蓮華の中でも答えは出ていた。

橘と凶鳥が空戦し、一方が死んで、もう一方が生きていると仮定するならば、そう、答えは一つだーー


「「凶鳥ッ!!」」


くそッ……

蓮華が舌打ちする。

奴等……八咫烏にしてやられたッ!

既に基地内に工作員を侵入させていたとは……

しかし、一体何故?


「奴らの目的は一体……」

森下が呟く。


「……やはり、ここに工作員をもぐりこませている以上、事前情報通りORIGINの奪取が目的と考えるのが自然。ていうか、大体何でこんなに警備が手薄なのよ!?」

「まぁ、世間的には現在東京で開催されている国際会議の方が重要ですからね。」

森下の言う通り、現在東京で開催されている国際会議には各国首脳、閣僚級のVIPが数多く出席しており、これらを狙ったテロを警戒して、国内の主要機関のほとんどがそちらの警備に重点を置いていた。


「そんな事言ったって……あぁもうっ!今は文句よりも対策ね。兎に角、急ぎ”橘薫”の身柄を拘束するわ、至急チームをーーzzi……」


「何?」

不意に森下との通信が途絶したことに違和感を覚え、蓮華が自分の携帯端末を見やる。


OFFLINE


の表示が左上部に現れ、画面がブラックアウト、そのまま携帯端末は沈黙した。

ブラックアウトした携帯端末の画面が鏡面のようになり、蓮華の後方を映し出していた。


故障?

「こんな時にーー」


と、声を出そうとした時だった。

フッと携帯端末の画面に蓮華以外の人影が写り込んだ。


ッ!?


一瞬の出来事だった。

蓮華の首元に太い肉の棒、いや何者かの腕がシュルリと巻き付き一呼吸の間に左右の頸動脈を圧迫、後方へ引き込まれる。


なッ!?

「カヒュッ……」

声を出そうとしたが、のどを絞られ言葉とならないうちに口から息が漏れた。

そして、脳への血流が一気に弱くなり視界が歪む。


まず……い……

揺れる意識の中で、瞬時に最善の手段を選択、実行した。

白衣の胸元にいつも入れている一本の”万年筆”

それを、右手で引き抜き自身の後頭部付近に感じる存在に向けて残る力を振り絞り突き立てた。


「くッ!?」

男のうめき声とともに、拘束が一瞬弱まる。

その隙を逃さず、腕を一気に跳ね除け拘束を解く。

そして、咳き込みながら脊髄反射で振り返りそうになった身体を、すんでのところで隣に飛びのけと命令し、デスク上の薬品が入った瓶類を、適当に当たりをつけて投げつけながら右横に倒れ込むように避けた。

タッチの差で、背中越しに聞こえたデスクに何かが突き刺さる鈍い音を聞いて、不安が確信に変わる。

受け身を取り、直ぐさま振り返った。


男がいた。

軽量ヘルメットに口元を覆うフェイスマスク、防弾プロテクターで覆われた全身黒づくめの男。

顔は殆ど見えない。

身長は180をゆうに超え、その男が、先程まで蓮華がいた位置に黒塗りのコンバットナイフを突き立てていた。


「お前……何者だ?」

首元に浅く突き刺さった万年筆を引き抜きながら、蓮華の抵抗が意外だったのか男が低く言い放つ。

そして、事務机からナイフを引き抜き構え直した。


この巨体で音もなく近づいてきた……まずいな。

蓮華は焦っていた。

目潰しに投げた薬品に怯み、顔を拭おうものなら、その隙に反撃、逃走のしようもあったが、それをしない……つまり、相手は戦闘の専門家プロフェッショナル


「ケホッ……それは、こちらのセリフよ。レディの扱いがなっていないんじゃないの?」

内心を気取られぬよう、軽い調子で返す。


「なら、聞きだすまで……」

静かに言葉を放つと、男が右手でナイフを逆手に構え、じりりと間合いを詰める。

蓮華にとって幸いだったのは、男が、装着した銃器で早々に仕合を終わらせようとしなかった事だ。

ナイフで脅し犯そうとしたのか、嬲ろうとしたのか定かではないが……男の考える事などたいして変わりは無い。

それに、抵抗しようがしまいが、蓮華にとってバットエンドとなるのに変わりは無かった。


前方は男とデスク、右側は窓、鍵は閉まっている。

後方は壁、そう言えば、この間掃除した時に少し勢いが余って掃除機の角で叩き、凹ませた部分があったなと余計な事を思い出す。

まぁ、それは逃げ果せたら直すとして、今は……

出口は左、だが、その間にはベッドが5つ並んでいる。

逃げるか?

戦うか?

何か、武器となるのはと一瞬、逡巡する。

コンマ数秒、蓮華の視線が右上に泳いだ。


それが合図だった。

男はその隙を見逃さなかった。

虎はネズミを狩るにも全力を出す。

一足、二足、低い姿勢、すり足で瞬きの合間に男が蓮華に肉薄する。


クッ!?


咄嗟に、蓮華がほぼ脱げかけていた白衣から腕を抜き出し、迫る男に投げつける。

しかし、男はそれに構いもしなかった。

見えなくとも、蓮華の位置は既に把握しているのだ。

狙いは右手首、逆手に握ったナイフを下から左斜め上方に向けて、白衣ごと薙ぐ。

白衣が真っ二つに切断され、切れ目から恐怖に染まる蓮華の姿が露わになる。


鮮血


白衣の一部が紅く染まる。

次いで、下ろす切っ先で右鎖骨、外れたら、そのまま下ろして右大腿部、蓮華の顔が苦痛に歪む。

まだ終わらない。

右大腿部から抜き出したナイフをそのまま正中線に沿って切り上げる。

衣服が裂け、白い乳房が現れる。

一呼吸遅れてぱっくりと腹が裂け、内臓が飛び出すだろう。

後は、驚愕と怯え、苦痛と絶望に歪んだ顔を見下ろしながら、喉にナイフを突き立てるのだ。


悦楽の時

血の匂い、女の悲鳴に、男の分身が喜びに震える。


嗚呼、なんテ、タノシインダ……


巨体がグラつく。

そして、床に倒れた蓮華の上に、男が覆い被さった。

静寂が訪れる。


「くっ……」

呻き声が、二人の間から漏れる。


「あぁ、もう!重いっての!」

そして女の、そう、蓮華の声が響き渡った。

黒ずくめの男を膝で蹴り上げ、横にずらす。


「ハァハァ、そこで一人で楽しんでなさい。」

足下に仰向けに沈む男を見下しながら、顎下に垂れた汗を拭う。


「はぁ〜疲れた……」

後ろの壁に背中をもたれ、ズルズルと腰を床に降ろした。


「つーか、おっ立ててんじゃないわよ!」

言って、男の頭を足蹴する。

休みたい、そんな考えが浮かぶが、蓮華に休んでいる暇は無かった……自分を、いや、おそらくこの施設自体を急襲した襲撃者の正体を暴き、その目的を阻止しなければならない。

それが自分の役目なのだと、冷静に優先事項を並べ替え倒れた男の上着を脱がす。


それにしても、予想より早く昏倒してくれて助かった。


男の首元、静脈に見事万年筆が突き刺さったのが幸いした。

蓮華が突き刺したのは、万年筆型の注射器ポンプ

中身は、本来であれば外科治療の際に使用される麻酔剤ーープロポフォールだ。

静脈注射であれば適量であっても、大の大人で20~40秒程度で昏倒するほどに強力な睡眠効果のあるプロポフォールが、男が激しく動いたことで一気に全身に回りオーバードーズを引き起こしたのだろう。


今頃、一体どんな夢を見ていることやらと蓮華が男に視線を落とす。

蓮華が襲われる間際、男に突き刺した万年筆。

その場所、首元から血が流れていた。

時間が許されれば、救護措置の後に拘束、取り調べたいところだが、時間が惜しい。

正当防衛だ……それに、そんな甘い世界で生きている訳ではないのはお互い様だ。


「たく、筋肉つければいいってもんじゃないのよ。」

悪態をつきながら、作業を開始した。

男の防弾プロテクターを外し、体にフィットしたインナーを脱がすのが面倒になった彼女は、卓上からハサミを取ると、それでインナーを切り裂いた。

露わになる男の素肌、そこにーー


「やはり……八咫烏か。」

厚い胸板に掘られた刺青、黒い三本足のカラスがそこにあった。

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