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独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
24/27

A bird of ill omen〜凶鳥〜(上)

Nov/5/2035 14:53

王城寺原演習場


PiPiPiーー


連続した電子音が鳴っていた。

戦機のコックピットにその身を納めていた瀬戸克也は、その電子音がパイロットに何を伝えようとしているのか分からなかった。

いや、正確に言えば与えられた選択肢は二択であって、その何れかに間違いはないのだろうが、そんな事に気を配っている余裕がなかったのだ。


ヘッドマウントディスプレイに映るのは、自身が搭乗する戦機「二七式アカツキ」のメインカメラとサブカメラ、各種センサー類が捉えた敵機ヨザクラであり、こちらに対戦機ライフルの銃口を向けながら縦横無尽に地表を滑走する。

選択肢の一つは、そう、ロックオン照射を受けている事への警告。


そして、もう一つがーー


「ハァッハッーーッ速い!」

乱れた呼吸の後に声を出そうとして、ゴクリと喉が鳴る。

とはいえ、口腔内には呑み込む唾液すら無く、喉が閉じられた際に舌の付け根が喉ちんこを悪戯に刺激しただけだった。

普段なら不快なその感覚を意識する暇すらも無く、必死に右腕を前方の敵機に追従させるように忙しなく動かす。

マスタースレーブシステムを搭載する操縦システムが、射手シューターである瀬戸の動きを狂い無く戦機の動きに反映し、無線式ワイヤレス操縦桿コントローラーを握る両の手はとめどなく汗ばんでいた。


《アルファ2LOST

《アルファ3LOST

《ブラボー1LEGS S.Damaged……


『こちらブラボー1!脚部大破、行動不能!誰か援護ーー』


《ブラボー1LOST


青緑色に鈍く発光するサブモニタの戦況画面が次々と更新される。


これが、教導隊の実力ッ……


奥歯を噛み締め対峙する仮想敵機の力に舌を巻いた。

そう、教導隊との模擬戦闘訓練が開始されてから、早2日が経っており、訓練生らは劣勢だった。

訓練内容はこうだ。

訓練生らに3日間の期間が与えられた。

その期間中に4機の敵性勢力を破壊、若しくは訓練生側が一機でも残れば合格というものだった。


正直、最初は余裕だとさえ思っていた。

いくら何でも俺たちを舐めすぎだろうと……

しかし、いざ開始してみれば、24対4という、圧倒的な数的有利アドバンテージを与えられながらも、訓練生側は次々と機体を失う一方、教導隊側の4機に有効なダメージを与えられていなかった。


「鮎川!距離そのまま、10時方向!」

瀬戸が叫び、操縦士ドライバーである鮎川翠に指示する。


「分かってる!」

そんな事は百も承知だと短く了解の意を伝えると、鮎川は左足ペダルの左前方を少し踏み込み、加重。

続き、操縦桿サイドスティックのボタンを幾つか押下すると、二七式アカツキのベクタースラスターが4時方向に向けて咳き込むように三度煌めいた。

すると二七式アカツキは緩い弧を描き土煙を上げながら10時方向に進路を変更する。

そして、瀬戸、鮎川の視界左方向へ滑走する敵機、それを示す菱形のターゲットボックスにサークルが重なり絞まると、コックピットに鳴り響いていた短い電子音が長いトーン信号に変わる。


そこで、ようやく電子音の意味ーーロックオン完了の合図に気付いた瀬戸は、右操縦桿の人差し指に当たる射出ボタンを力強く押下した。


相対距離約1000m±20m

二七式アカツキのFCSが瞬時に未来位置を予測し、右腕部に装着された対戦機ライフルを微修正、パッパッパッと銃口を煌めかせると音速を超える弾丸が目標に向かって飛翔し、空中に火線を残した。


敵機弾着までの1秒にも満たない時間。

その狭間で敵機が進行方向を瞬時に反対方向へ変える。


交差移動シザース


初歩的な戦機の戦闘機動マニューバ

言うなればジグザグ走行なのであるが、その発動が完璧とも言えるタイミングであった。

火線が虚しく虚空に消えていく。


「くっ、誘われた!?」

慌てて首を右に回し敵機の姿を追う。

鮎川も音声入力を併用し半ばドリフト気味に戦機を転回させる。


「なッ!?」

瀬戸は目を疑った。

敵機がいると思っていた位置、そこにあったのはこちらに向かって飛翔する短距離ミサイルだったのだ。

白い噴煙がそれを示し、瀬戸の背筋を凍らせる。


「み、missileアンブッシュ!!」

何とか反応した鮎川が音声入力で飛翔体の迎撃を指示、肩部に備え付けられた12.7mm機銃と胴体部の対歩兵用7.62mm機銃がレーダー照射を頼りにミサイルに向かって射撃。

火線が噴煙を追った。


僅か十数メートル手前、その位置で火線がミサイルに食らいつき弾体を貫くと、一呼吸置いて爆発・・

ドンッと衝撃波を発し空間を歪ませ、二七式の機体を震わせた。

直撃していたら最悪……”死んでいた”だろうか?

そう思わさせる程に、瀬戸の視界を凶々しい赤黒い爆炎が埋め尽くしていた。

それが、走馬灯の様に訓練開始から今日までの記憶を思い起こす。


いつ判断を誤ったのだろうか?

状況開始直後に、積極的攻勢に出るか戦闘回避を徹底するかで訓練生の意見が分かれた時だろうか?

それとも、外部との通信が途絶されている事に気付くのが遅れたから?

実弾兵器を装備している事に気付かなかったから?

しかし、どうして……どうしてこんな事になったというのだろうか?


背筋が凍る。

気を緩めれば戦意喪失してしまいそうな程に”何か”が瀬戸と鮎川を襲っていた。


『怖いか?』

通信が入る。


この声は……誰の声だったか?


『ククッ……そうだ、それが”恐怖”……お前らに足りないものだよ。』


爆炎の向こうに敵機が迫っていた。


*****


Nov/3/2035 11:00

〜2日前〜

AFTS東北方面校『講堂』


「……えー以上が教導隊の隊員の方々となる。」

もうじき本格的な冬を迎える。

確かに室内では暖房がつけられているが、経費節約のためそれも気持ち程度のもので、むしろ寒い位の室温であるにも関わらず、額に脂汗を浮かべた加藤省吾副校長が昨日来校した教導隊4名の紹介と今後の訓練日程についての説明を講堂の壇上で行っていた。


「3日間も必要なのかよ?」

橘の右隣に座っていた瀬戸が小声で疑問を投げかける。

先程の加藤副校長の説明によれば、訓練生側は24機8小隊で教導隊の夜桜4機を仮想敵機として模擬戦闘。

3日間のうちに教導隊を撃破、若しくはその期間中訓練生側の一機でも残存していれば勝ちというものだった。

模擬戦場フィールド内に幾つか補給ポイントを設定。

補給は自由だが襲撃の危険も有り、排泄、睡眠も各自の判断で行うとされ戦闘食糧レーションは1日分のみという条件である。


「まぁ確かに数的優位はあるが、完全ブラインド方式で、索敵から開始だろ?意外と厄介な内容じゃないか?」

橘は率直な感想を瀬戸に返した。

教導隊がどの様な戦闘を展開するのか全く未知数であるし、何より訓練生側には部隊を指揮する明確な部隊長がいない。

3機1個小隊、全8小隊を一体誰が指揮するというのだろうか?

指揮系統があやふやのままでは大した連携も取れず各個撃破されてしまう可能性は大いにある得ることであった。


もう一度、教導隊員4名に視線を投げる。


清水茂人少佐

来校初日に守衛室を訪れた隊員だった。

今回来校した部隊の指揮官を務めていると紹介されていたが、そのひょろりとした外見からはやはり似つかわしくないイメージを受ける。

年齢は30代半ばといったところか?


新島太一大尉

体格の良い、筋骨隆々とした巨漢で短く刈り上げた頭がまさに軍人という人物で、挨拶の時も多くを語らずむすっとした感じであった。


湯島隆弘大尉

銀縁の眼鏡をかけた如何にもエリートという感じの男だ。

あまり、好きなタイプではないなと橘は感じていた。


安沢雅之大尉

若い、率直な印象がそれだ。

30代に届かないのではという見た目で、制服も着崩しており、やや気性の荒そうな……場所が場所ならチンピラではないかと思う程に態度の悪い男である。


その四人に加え、お付きの整備員やオペレータが数名帯同しており、加藤副校長の説明はそちらに移っていた。


「お!あの整備員可愛いな。」

既に訓練日程に興味を失った瀬戸は、教導隊お付きの整備員の一人に目をつける。

橘も視線をそちらに向けると、男性整備員に混じり女性の整備員が一人いた。


「……そうか?乳がデカイだけだろう?」

「バカ、そこが良いんだろう。」

「馬鹿はオメェらだろ?」

女性の寸評会を行う二人に冷たい言葉が投げられていた。

橘の右隣、音無と鮎川が座っていた。

音無が蔑む様な視線で睨む。


「え?俺もなの!?」

橘は己を指差し確認した。


「当然だ。一度会話しちまったら共犯確定。あたしらの評価はだだ下がりだぜ。」

「……まぁ俺たちは君らの評価は気にしてないけどな。」

よせば良いのに、瀬戸が音無を挑発する。


「あんだってッ!?」

「ヒィッ!?」

鬼の形相を浮かべる音無に瀬戸が本気でビビっていた。


「そこッ!橘か?静かにしろ!!」

「え?俺ですか!?」

「そうだ!全く大人しく話も聞けんのか?」

少し声の大きくなったところを加藤副校長が目ざとく捉えて指摘する。

橘は、うるさいのは自分ではないとアピールしようと瀬戸と音無を交互に見るが、二人とも先程までの不真面目な態度は何処へやら、既に真っ直ぐと前を向いて真面目な振りをしていた。


あ、此奴ら!


と思った時には既に手遅れで、橘は規律にうるさい加藤副校長からネチネチと攻撃を受けることとなったのであった。


「……ということで、一部なっていない学生がいたが、予定通り午後一時から模擬訓練を開始する。各自、これより格納庫にて装備品を受領し戦機に搭乗、小隊毎に行動を開始するように!」

一通り、橘に対して罵声を浴びせた後、加藤副校長が各員に指示を出した。

それに従い、各訓練生は講堂を後にしていく。


「橘ぁ〜あたしらも行くぞぉ〜。」

精神を磨耗し、ぼーっと立ち尽くしていた橘に音無が声をかけた。

そこにーー


「橘訓練生!この後、副校長室まで!」

橘が音無へ抗議、返答しようとした所に、加藤副校長の声が重なる。


「……じゃ、先に行ってるから、後ヨロシク。」

そんなセリフを残して、音無はそそくさと講堂から逃走。

講堂には橘が一人残されることとなった。



「はぁー、酷い扱いだ。」

がっくりと肩を落とし、とぼとぼと廊下を副校長室に向けて歩く。

一体自分が何をしたというのか?

そもそも、うるさいのは瀬戸と音無であって自分ではない。

むしろ、大人しく説教を受けたことを皆で誉めたたえるべきではなかろうか?

そんな考えを巡らせていると、あっという間に副校長室にたどり着いた。


一旦、扉の前で止まり、ネクタイを締め上げて意を決すると、扉を軽くノックして副校長室へ入った。


「お疲れ様です。橘訓練兵参りました。」

申告し、敬礼する。


扉正面に位置するデスク、そこに革張りの回転椅子が置かれており、背もたれがこちらに向いていた。


「やーやー、よく来てくれた。」

そんな言葉とともに、椅子が反転、座っていた人物が明らかになる。


「や、久しぶり。」

そこに座っていたのは、加藤省吾副校長ではなく、教導隊指揮官である清水茂人少佐だった。


「お久しぶりですって……あれ?加藤副校長は?」

「あぁ、いいのいいの、俺があの阿呆に君をここに連れてくるよう指示したんだから。」

「はぁ?」

橘は、いまいち状況が把握できていなかった。

それに、教導隊とはいえ、加藤副校長の事を阿呆呼ばわりしていることに違和感を感じた。


「いやー懐かしいなぁ、まだ生きていたんだなぁ。」

「は?」

ますます意味がわからない。

いや、正確に言えば、そんな筈はないと自分を必死に誤魔化していた。

この目の前の男は一体、と会話しているのか。


「ククッ……いつまで、とぼけているつもりだ?橘薫……いや”ーー”」

向けられたその言葉に、橘は耳を疑った。

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