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独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
23/27

Heavy Pressure 〜重圧〜

オリーブ色の特大型運搬車が複数台、車列を組みながらAFTSの正門を通過する。

もっぱら、戦車の輸送任務に用いられるその車両は、今回の乗客の重量にはそれ程驚かなかったようで、深く沈ませたサスペンションからフシュフシュと踏ん張り声をあげながら、アスファルトに足跡ならぬ車輪跡を残した。


「うひょー、これが教導隊の夜桜かぁ〜」

大柄の体に制服を着込み、目の前を通る車列に正対した状態で敬礼する男が、凛々しい姿勢とは反対に締まりのない声を上げる。


「ちょっと、海堂くん。心の声が漏れてるわよ…」

その海堂と呼ばれた男に対し、同じく右隣で敬礼していた女性が左肘で男の脇腹をつつきながら「静かにしなさい」と戒めの言葉を投げた。


AFTS正門前の守衛は訓練生が当番制で務めており、その日は瀬戸克也と鮎川翠のペアだったのだ。

二人は、本日AFTSへ来校する教導隊とその専用機の受け入れを手続きを終えた後、通過する車列を見届けていたのである。


「いやいや、声も出るだろ?見てみろよあのエゲツないカスタマイズ。」

「うっ……え、遠慮しておくわ。」

鮎川が制帽の端を指で摘み、深くかぶり直した。


「なんだぁ?別に減るもんじゃないし、見たらいいだろうに。」

「い、いいの!」

「ほれ。」

瀬戸が鮎川の制帽を取り上げる。


「ちょッ!?」

慌ててそれを掴もうと、鮎川が宙に浮いた制帽に手を伸ばした。

そして、その視線の先には、制帽と特大型運搬車の荷台に乗せられた夜桜があって、鮎川の視線のピントは制帽から夜桜にシフトする。


「あーー」

艶っぽい鮎川の声が漏れた。


「ーーAF-JYS30χ”Agressive”……三〇式機甲戦闘車「夜桜」の改型、アグレッシブの名の通り、攻撃性を高めた最新版、それも、教導隊がそれぞれのパイロットの要望に応じて手を加えた専用機……全高約9.3メートル、総重量34トン、二七式あかつきとは違い全体的に空気抵抗に配慮した流線型のフォルム、軽量化が図られつつも特殊防弾塗装膜とアクティブ防護システムにより従来兵器以上の打たれ強さを持ち、腰部に装着される可変式の地面効果翼は美しさすら感じさせる……」

「あ、鮎川?」

突如、ペラペラと機体の概要を説明し始めた鮎川の様子に異変を感じ、瀬戸が視線を下ろすと、先程まで瀬戸をたしなめていた鮎川とは思えないほどに目をランラン々と輝かせて鼻息荒く興奮していた。


「そして、そしてぇ、主兵装メインウェポンも各隊員毎に異なり、ほら、ほら、あの大型ライフル!135mmAPFSDS弾を6発だけ装弾可能っていう兵器としてどうなのよ?って突っ込みたくなるけど浪漫溢れてるから別に~OK!逆にあっちは~うほっ!いいパイルバンカー!!突き出た二本のパイルの長さが腕部並に大きいっていうね、もはや変態!たまんねぇなぁ!オイッ!!ねぇ、どう思……」

「……あ、ああ」

呆気に取られた瀬戸と視線が交わり、鮎川が徐々に正気を取り戻す。


「あわわわわ……」

「おおお落ち着け!って俺もか。」

「見られてしもうた、見られちまっただ、故郷のかぁちゃんにあんだけ言われとったのに……ももももうこうなったら……」

「こ、こうなったら?」

なまり始めた瀬戸と鮎川が視線をあわせる。


るしかねぇず。」

「え?」

と同時に瀬戸の目の前を黒い何かが過ぎ去る。

それが一体何なのか、瀬戸には判断する暇すら無かったが、咄嗟に右腕で頭上をカバーした。


「重ッ!?」

体重が乗せられた一撃は、瀬戸の膝をガクリと折り曲げる。


「一体何がーーって、釘バットぉッ!?」

瀬戸に振り下ろされたのは、誰が考案したのか、あのコストパフォーマンスに優れると巷で評判の釘バットだったのである。

幸い、右腕が抑えていたのはバットの中程よりも手元に近い、釘が打ち込まれていない箇所であり、肉が抉れることはなかったのだが、バットの芯に当たる部分には、意味深な赤黒い染みがあり、それが瀬戸の生存本能に「こいつはヤバイ」と訴えかける。


「あああ鮎川!俺、俺、俺だってば!」

バットを両手で握り込む鮎川翠に必死に呼びかけた。


「俺、おれ…オ…レ……オレオレ詐欺、撲滅」

「何でッ!?」

言うや、再度釘バットを振り上げる鮎川。


「クッ、スマンッ!」

止む無しと瀬戸が左足で正気を失った鮎川の足を刈る。

体重を利用して、後方に倒れこみながら鮎川を自身の方へ引き込み、細い身体を抱き止めた。

そこにーー


「ちょっとッ、瀬戸ぉッ!翠に何してんのさ!?」

「お、本当だ。」

聞きなれた男女の声が後ろから聞こえ、さらに腕に収まっていた鮎川翠が、


「もう、お嫁にいけねぇず〜!」

わんわんと泣き始めてしまい、瀬戸は、すっかり弁護する機会を失ってしまう。


「へぇ~やっちまったなぁ……」

迫る少女がこめかみに血管を浮かせて拳を握る。


「いやいや音無!!待て待て!これはだなーー」

「問答~」

「ひぃッ!橘もなんか言ってくれよ!」

「えっ?あぁ……どうか安らかにッ」

合掌


「~無用じゃッボケェッ!!」

地を這うように拳が迫り、当たる寸前で急上昇、そして見事、瀬戸のあご下を打ち上げた。


「へぶッ!?」

(これは、橘の役目んぉ、は……ずぅ……)


*****10分後-正門前:守衛室


「ほぉいう訳へ、別にホレは何もしへない訳よ。」

パイプ椅子に座りながらあご下に氷袋を当て、喋りづらそうに瀬戸が弁解をする。

守衛の引継ぎに来た音無紫苑と橘薫がタイミング良く来たためにとばっちりを受けた瀬戸は、五分ほど三途の川の前を彷徨ったあとに何とか帰還し、一応責任を感じていた鮎川の介抱を受けていた。


「でも、泣かせたことに変わりはない訳でしょ?」

「あぁ~もういいの!大丈夫だから!」

それ以上詮索しないでと言わんばかりに鮎川が音無と瀬戸の間に割って入った。


「むぅ~まぁ翠がそう言うなら別にいいケド。」

頬を膨らませ、未だ納得できないといった表情で音無が唸る。


「まぁ、本人がそう言ってるんだ、もういいだろう。それよりーー」

「あーすまん、君達、隊舎はあっちでいいのかな?」

橘が引継ぎを催促しようとした間際、守衛室の扉が開き、一人の男が顔を出した。

見知らぬ顔、しかしーー


「「お疲れ様です!」」

半ば反射的に四人が敬礼した。

守衛室に顔を出したのは教導隊の隊員だったのだ。

特徴的な都市迷彩の制服でそれが分かる。


「ああ、いやいや挨拶は結構、ここは初めてだから勝手が分からなくてなぁ」

頰を少し強めにぽりぽりと掻いていた。

背丈が高くひょろりとしているその男の顔は、彫りが深く、印象的な顔立ちで、国内最強と言える教導隊には似つかわしくない優男だった。


「あっはい、隊舎は向こうになります。」

鮎川が基地内を指差し説明する。


「どうもーー」

と、鮎川に謝意を示し、キャップをかぶり直して守衛室を後にする間際、橘と男の視線が交わる。


「ーーッと、君、名前は?」

「え、自分でありますか?」

「そうそう、君。」

「橘……橘薫訓練兵であります。」

「そうか、何処かで会ったことあったかな?」

キャップを深くかぶり直しながら男が質問を重ねる。

橘から表情は見えなかった。


「いえ、自分の記憶では本日が初めてかと……」

「そうか……いや、気にしないでくれ、知り合いに似ていたからつい、な。スマンスマン、助かった。では、訓練楽しみにしているよ。」

そう言うと、男はニコリと笑みを浮かべ、守衛室に背を向けて停車していたジープに乗り込んでいった。


「いやー、やっぱり教導隊の人はなんか、こう、オーラがあるよなー」

訪れた沈黙を瀬戸が破る。


「でも、意外にいい人っぽく無かったか?」

「まぁ、音無よりはいい人だろうな。」

「何ィッ!ーーってお前、凄い脂汗かいてるぞ?」

「えっ?」

音無に余計な一言をあげた橘が、彼女に言われて自分の額を拭う。


「お?本当だ。」

「ハハーン、分かったぞ!教導隊の隊員に声掛けられて緊張したんだろ〜?」

音無が面白いものを見つけた、そんな童子のように楽しそうな表情で冷やかす。

「だいたいだなぁ、お前はーー」

そして、一人喋り始めた彼女の言葉には耳を傾けず、橘は思考を巡らせていた。


緊張?……いや、これはーー”重圧プレッシャー”だ。


*****


「よっとぉ」

守衛室からジープに戻った男は、ルーフの縁に手をかけて、身体を滑り込ませるように助手席に乗り込んだ。


「やはり、あちらで間違いないようだ。行ってくれ。」

目一杯後方に下げた座席の上で長い脚を組み、運転手に車を進めるように促す。


「了解。」

運転席に座る男がそれにぶっきらぼうに答えた。

都市迷彩服の袖をまくり、隆々とした腕の筋肉が露出しており、体格の良さがジープの車内を狭く感じさせる。

男が踏み込んだアクセルがエンジンのピストン運動を速め、マフラーから薄く排気ガスを出すとジープはゆっくりとその場から発進した。


「……ククッ」

助手席の男が笑う。


「何か、面白いことでも?少佐。」

隣に座る上官が漏らした笑い声が余程珍しかったのか、鉄仮面のように無表情の運転手が視線は前に向けたまま、意識を左半身に集中させる。


「ん?あぁ……なぁに、楽しくなりそうだと思ってな。」

男がキャップのツバを下げ表情を隠すも、我慢出来ないのかほくそ笑んだ。


「……なるほど、貴方が楽しいと感じるという事は、ロクな事ではないですね。」

その反応を見て半ば呆れたような口調でそう言うと、運転主の男はジープのアクセルをさらに踏みこみスピードをあげる。

ルームミラーに守衛室に佇む橘の姿が小さく写っていた。

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