【♯Sion's Side】Bittersweet Memory〜苦甘い思い出ー
もう忘れようと思っていたのに、何でもない言葉一つで、また思い出しちまうなんて……アタシもまだまだだなって……
「……嫌いじゃない、嫌いじゃないな。お前の夢」
「あ……」
不意に、目の前の男……橘薫が言い放った言葉に、アタシは心を乱された。
鼓動が早まる。
心臓のビートは、bpm換算で100から一気に130位までに跳ね上がって、耳元までそのリズムが響いて来やがる。
何で?
何で、その言葉を知ってるんだ?
何で、アイツと同じ言葉をーー
そう、咄嗟に聴きたくなった。
「ん、どうした?」
妙な間に疑問を感じたのか、橘が振り返り、アタシに視線を寄越す。
……そんな訳ないか。
だって、あいつはもうーー
「いや……」
左右に頭を振る。
自分の髪の毛がさわりと頬を撫でた。
「何でもない。ただ、似たような事言う奴がいたなぁ〜って思ってさ。」
両手を頭の後ろで組んで、空を見上げる。
視界には、西側の真っ赤に色付いた空と、東側の真っ青に変わりつつある宙が、白い雲を自分の色で染めようと勢力争いを繰り広げていた。
ふと、それが、まるで人間同士が争う様と変わらねぇなと思う。
とはいえ、空の勢力争いは、時間帯で勝者が決まってはいるが……
そして、そこに”アイツ”の姿がぼやけて重なる。
「そいつ、変な奴だな」
橘が、ぽつりと返す。
それを言うならーー
「アンタもね」
「……違いない。」
既に前を向いていた橘の表情は見えなかったけど、声色から少し笑っているのだろうと感じた。
懐かしいと思う。
誰かとこうやって、どーでもいい話を、なーんにも考えずに言いあう感じが……
……”アイツ”は墜ちたと聞いた。
つまり、もう、この世にはいない。
大戦末期の最中、偶然もたらされた情報をもとに、一世一代の博打を打った。
アタシだけじゃできなかっただろう。
国際緊急周波数のジャックなんて……
管理者を名乗る連中
まるで、ゲームか何かのように自分達が世界を管理するのだとぬかし、他人の運命を弄びやがる。
あの、幸せとは言えなかっただろうけど、それでも楽しかった日々も、
彼女の声も、歌も、
もう元には戻せない。
そして、殺戮を繰り返す”凶鳥”……
アタシが止めないといけないと思った。
アタシにしか止められないと、
……驕りかもしれない。
それでも、やらないよりはずっとマシだ。
あの日、アイツにアタシの歌は届いたのだろうか?
アタシの想いは伝わったのだろうか?
届くと思っていた。
だって、この世界は同じ星の上にあるんだぜ。
人は地殻の方で繋がってる同じ大地に立っていて、空も繋がっていて、時間は違くとも同じ宇宙を見上げてるんだ。
なら、アタシが歌い続ければ、アイツにこの歌が届くはず……
でも、アイツはもういない。
顔も声もよく覚えていない。
そもそも、名前すらお互いに知ることはなかった。
でも、確かにアタシの隣にいたアイツ。
二人で一緒に歌を聴いたアイツ。
だから……アタシ一人だけでも、彼女の想いを歌い続けて、その願いを実現させてみせる。
荒唐無稽な話だと、笑いたければ笑うがいい。
歌で世界が救えるなんて、当然不可能だと、絵空事だとわかっているさ。
それでも……
いいじゃねぇかよ、
少しくらい夢見たってよ……
そこまで考えて、じわりと込み上げるバラード調の感傷的なもんをぐっと飲み込んだ。
口の中に血の味が広がる。
「あーダメだダメだ!」
声に出して、それを有耶無耶にする。
自分を誤魔化しているに過ぎないが、今はそれでいい。
「ん?いきなりどうしーー」
振り返る橘のケツを編み上げ靴で蹴り上げる。
今、この顔を見せる訳にはいかない。
弱み見せるみたいでなんか嫌だし……
「ほら、早くしねぇと食いっぱぐれるぞ!」
言いながら、隣を駆け抜けた。
痛いという悲鳴が聞こえたが、気にせず走る。
ふと、初めて橘と会った時の事を思い出した。
……藤堂校長は凶鳥を知っているようだった。
そういえば、橘も知っているみたいだったが……
空戦したことがあるのだろうか?
いや、そんな訳ねぇか……もしそうだとしたら、橘はこの世にいないだろう。
アイツは全てを殲滅してきたから。
まぁ、詳しい話聞くのは、別に後でもいいか……
すれ違い
その言葉がしっくりくると思う。
あの時、聞いとけばよかったとか、こうしとけばよかったのにって、そう思ったことないか?
まぁ思ったところでどうにもならないんだけどな。
過ぎ去った過去はもう元に戻せないんだから……




