Buddy Buddy~おかしな二人~
Oct/12/2035 06:30
某所
紅葉の時期を迎え、青々とした山中の随所に紅色の化粧をした洒落た広葉樹が見て取れる。
朝靄に包まれた山は、空から注がれる日光を乱反射し、さながら万華鏡のように輝いていた。
天に向かいまっすぐに伸びた広葉樹は、連日、日照り続きだったところに久しぶりに降った昨夜の雨を、少しでも多く得ようと、幹から何本も腕を伸ばし全身を濡らして、時折吹く風を受けては喜びに震えた。
その振動のせいか、葉の表面から垂れ落ちた雫は、褐色に染まった腐葉土のベッドにやさしく受け止められ、地中へと染み込んで行く……あるいは、大地に横たわる硬い岩石に衝突すると、四方八方へ己の体の破片を飛ばしながら、霧散していった。
大地を蠢く無数の微生物も、時を待っていたかのように活発に活動し、潤った草木をむさぼる昆虫たちも地表面へと這い出してくる。
そこに住む動物達は、まもなく訪れる冬を前に、せっせとそれらを捕食し糧を蓄え、猛禽達は恐れるもの無く、腹が減れば自由なときに弱者の命を刈り取った。
それは、遥か昔から繰り返されてきた光景。
神が定めた自然の摂理。
故に、一見して弱肉強食にも見える世界は、その実バランスが保たれた共栄共存と言えるだろう。
ピラミッド型の食物連鎖は動植物の個体数を調整し、やがて死に絶えるすべての生命は大地へ還る。
完全無欠とも思えるそのシステムは、千代に八千代に繰り返される……はずだった。
葉から落ちた雫が大地に横たわる岩に衝突し、霧散する回数が十を過ぎるかという頃、その岩が振動を始めた。
地震?
……大地が啼いているのだろうか。
ーーいや、震えているのは大地では無く、その土や苔が付着したように汚れた”岩”のみだった。
急に振動し始めた岩石に驚き、その傍らで眠っていた夜行性の齧歯目類の小動物は、慌てて動き始めるが、行き先を定める間もなく、先ほどまで隣にあったはずのその”岩石の足”に上から押しつぶされて絶命した。
『〇六三〇、アルファチーム、状況開始。』
男の声は、あらかじめ指定された周波数に従った速度で電波となり発信された。
空気中の電解と磁界を伝播して、周囲に届けられる。
と同時に”岩石”の上部が怪しく紅く煌いた。
否、それは岩石ではなくーー
ーー戦機
そう……神の作りしシステムを唯一歪め続ける存在ーー”人間”が作り出した兵器だ。
ただ生命を刈り取るためだけに製造されたそれは、それこそ食物連鎖というシステムの範疇外に存在し、現に、脚部に下敷きにされた小動物は、何の必要性もなくその命を奪われていた。
周囲の景色と同化する様に迷彩されたその機体は、駐機状態から立上がり、頭部メインカメラであるモノアイを左右に振ると、その機体同様、付近に忍んでいた別の三機の機体を確認する。
日本統合軍が保有する人型二足歩行兵器
AF-JA27D
通称ーー二七式機甲戦闘車「暁」
対テロ国家殲滅戦にも投入された複座型の機体。
それは、質実剛健をコンセプトに製造され、機能美すら感じられる外見は、例えるなら戦車を人型に立体化したような所々角ばった形状であり、迷彩塗装によってなおさら巨大な岩石のように見える。
『UAV射出、自動航行モードに設定、各機へ、目標はこちら同様四機の戦機だ。これを確認次第撃破する。』
『アルファ2は先行、遮蔽物の少ない稜線の向こう側へ敵編隊を誘い込め、残る各機はこれを包囲し、稜線射撃で各個撃破しろ。』
背部に装着されていた無人機を射出しながら、リーダー機が各機へ指示を出す。
向かい合ったそれぞれの機体がメインカメラ脇に設置された信号発信機を一定のパターンで紅く点滅させて了解の意を伝えた。
「モードシフト:イントルード」
アルファ2のコックピット前席に座るパイロットの音声入力を受けて、暁は、レーダー照射範囲、各種センサー、使用武装の選択などを戦闘区域の状況に合わせて最適化させる。
「ホバーオン、ブースター始動」
続けて行われた操作により、暁の後腰部から吸引された空気が脚部下に圧縮されて送り込まれ、数十トンある鋼鉄の機体が重力に逆らい数十センチ浮かび上がった。
続けて、後背部のメインブースターが紅く煌き、灼熱の火炎を噴出すと、その推進力を得て、機体が前方に進み始める。
周囲に在った植物は、悲鳴を上げる間もなく炭化し、前方に生い茂る植物も勢いを増す巨人を避けるように道を開けた。
一機の暁が、木々が生い茂る区域を抜けると、それまで隠密に行動していたのが嘘のように、土煙を立てながら、開けた大地を突き進む。
PiPi
間もなくして、自機上空に未確認飛行物を捉えた暁は、短い電子音を鳴らし、それをパイロットに伝えた。
そして、コックピット前面に配置されたメインモニターに、レーダー照射の結果判明した飛行物の詳細データが表示される。
”enemy”
その表示を確認するや否や、射撃管制システムを操る後部座席のパイロットが戦機を操り、右腕部に装着された40口径の対戦機アサルトライフル上空に向け射撃、それを無力化した。
「来るぞ。」
小さく呟き、前席のパイロットに伝える。
と同時にーー
”Cation Locked”
”Missile Coming”
機械的な合成音と警告音がコックピット内に響き渡り、ミサイルが自機に向けて射出されたことが分かった。
「二時の方向!脅威数3、チャフディスペンサー射出」
「シックス、ブースト!」
前後席のパイロット双方が阿吽の呼吸で回避機動に移行する。
前方に山なりに射出された金属筒は、空中で小爆発を起こし、多数の金属片を空中に散布した。
地表面を這うように飛来したミサイルは、その中へ突入しーー
閃光
爆発音とともに、光球がそこに生じた。
蛇行しながら後退する暁の機体を輝かせる。
「RCL発射」
それに見とれる間もなく、攻撃を受けたアルファ2は、すかさずミサイルが飛翔してきた方向へ向けて、左肩のロケット弾を打ち込み反撃する。
赤い尾を引く飛翔体がいくつも吐き出され、生い茂る木々をなぎ倒し、そこに一機の戦機が顕になった。
それは、アルファ2と同じ27式機甲戦闘車「暁」であった。
しかし、モスグリーンを基調とした迷彩はアルファ編隊と異なり、何よりも先の明確な敵対行為といえるミサイル攻撃が、その機体が敵部隊のものであること明らかにしていた。
アルファ2がアサルトライフルを敵機に向ける。
がーー
衝撃
「クッ!」
「左、9時の方向……囲まれている!」
横殴りの砲弾の雨がアルファ2を襲った。
二機の戦機が異方向から同時にライフルを射撃する。
『こちらアルファ1、無理はするな、後退しろ』
『ッ……了解』
後席のパイロットが無線に答え、アルファ2の機体肩部に装着されたスモークディスチャージャーが起動、濃い灰色の煙を吐き出し、後退する。
そこに追い討ちをかけるように三機のモスグリーンの暁が制圧射撃を行い、逃げるアルファ2の無力化を図った。
静寂
射撃効果を確認するため、一機の戦機が前進。
煙が晴れる。
『いないッ!?』
敵機操縦者の声が無線通信の波に乗った。
その機体は、直ちに後退しようと旋回するが、
『撃て』
アルファ1の指示。
稜線からモスグリーンの暁に向けて大口径のAPFSDS弾が射出されると、一切の回避機動を許すことなく同機に直撃した。
激しく揺さぶられたその機体は、大地に片膝をつき、間もなくシステムが停止する。
『アルファ3、一機撃破』
それを射出した機体が撃破確認の報告を入れると同時に、残る敵機2機がすぐさまそこに射撃を開始する。
火線が煌き、アルファ3を襲う。
とはいえ、稜線から射撃していたアルファ3は、少し後退するだけで大地の起伏を遮蔽物として利用することができ、容易に攻撃をかわした。
むしろ、体勢を整えずに反撃に転じた敵部隊が窮地に陥る。
一度後退したアルファ2がアルファ4と合流し、孤立した敵機1機に急速に迫った。
挟むように異方向から交差射撃を実施、立ち止まっていた敵機は回避機動が送れ、足掻くように反撃するが、連携しながら近づくアルファ部隊に難無くそれをかわされ、力及ばず沈黙する。
そして、ようやく危機的状況を悟ったのか、残る一機が反転、逃走を図るが……
『なっ!?』
反転した方向に、音もなく直近まで迫っていたアルファ1の機体があった。
ほぼ反射的にモスグリーンの敵機が右腕部のライフルを構えようと腕を上げる。
がーー
『遅い』
アルファ1が射線を交わすと同時に敵機の懐に飛び込み、左腕部で敵機のライフルを払いのける。
金属の衝突音
火花が散り、体勢を崩された敵機はメインフレームを無防備にもさらけ出す。
そこに、アルファ1の右腕部が振りかざされる。
手甲部に装着されたパイルバンカーは、小爆発とともに肘部分まで伸びた鋼鉄の杭を前方に射出した。
それが、敵機の胸部装甲に衝突し、衝撃で敵機が後方に倒れた。
『おっし!完璧!』
アルファチームの一人が歓喜の声を上げる。
『……待て、一機足りない。』
アルファ1が冷静に言い放った。
敵編隊は四機のはず……撃破したのは三機、残りは一体何処に?
思考を巡らせるアルファ1のパイロット、視線を落とした時に目に映ったレーダーに異変を感じた。
『アルファ3、応答しろ。』
『アルファ3』
沈黙
稜線射撃を実施したアルファ3の機体がレーダー上から消え失せていた。
そして、無線への応答も無かった。
『各機へ!警戒しーー』
土煙
爆音とともに生じたそれは、アルファ1が指示を出そうと無線通信を入れるとほぼ同時であった。
位置は、アルファ2、4の後方、巨大な戦機よりも高く巻き上がった土煙を突き破り、もう一機のモスグリーンの戦機が現れる。
どう起動したのか、爆発的な推進力を伴って進行するそれは、依然土砂を巻き上げながらアルファ4が旋回するよりも早く、その側面に辿り着いた。
『こっからは……ずっとアタシのターンッ!!』
およそ戦闘中とは思えないほど明るい口調で発せられた無線通信と同時にアルファ4は、近距離から40口径の弾を打ち込まれ、沈黙した。
『なっ!?』
その展開にアルファ2が驚きの声を上げる。
だが、驚いてる暇は無かった。
アルファ4を仕留めた敵機は、あろうことか、アルファ4を引きずり倒すと同時に無誘導でロケット弾をアルファ2に向けて射出していた。
本来ならレーダー照射を感知した警報発信装置のロックオン警告がなされ、弾道計測と回避機動が行われるはずだったが、その事前警告が無かったためにアルファ2の回避機動がわずかに遅れた。
ロケット弾がアルファ2の機体左側面に激突、機体を大きく揺さぶる。
『ぐわぁッ!!』
『チィッ!』
二人の搭乗者が声を上げる。
わずか数秒、機体の制御を失った。
充分だった。
敵機がアルファ2に迫るまでには、その数秒で事足りた。
猪突猛進する敵機は、アルファ2の側面で脚部を開き地面をえぐりながらサイドブースターを点火し、ドリフトターンを決め込む。
急速に回転した機体は当然バランスを崩すが、残る左手で大地を鷲づかみ、五本のラインを大地に刻みながらその遠心力を殺した。
敵機は、回転が止まると同時に計算していたのかは定かではないが、見事アルファ2の背後を奪う。
そして、ライフルの銃口をアルファ2の後背部、一番装甲の薄い戦機共通の弱点部位に向け、弾丸を射出した。
抵抗できずに攻撃されたアルファ2も前のめりに倒れながら沈黙する。
『なッ出鱈目だッ!なんだあれは!?』
たった数秒、何度か瞬きする間に目の前で起きた光景にアルファ1は驚愕した。
『一対一で勝負だ……アルファ1』
立上がった敵機がアルファ1へ正対し、ライフルを向け言い放つ。
女の声
そう、操縦者の一人は女性だった。
迎撃体勢をとるアルファ1
次は何が来る!?
部隊指揮官を務める搭乗者の一人は、予測できない敵機の動きを警戒した。
そして、次の瞬間、やはり目の前の光景に驚愕する。
『あ、あいつら何やってんだ?』
だが、その声は鬼気迫ったものではなく、どこか素っ頓狂な声で、警戒感のかけらも無かった。
当然だろう。
目の前の戦機が先ほどの機敏な動きに比べ、一転、ふらふらとふらつきながら蛇行していたのだ。
『あ、ちょッ!何処行くんだよ!』
先ほどの女の声
『あ痛ッ!こら後ろから蹴るなッ!』
今度は男の声
暗く狭い空間で二人の男女が暴れていた。
いや、正確に言えば暴れているのは後部座席の女のほうで、前席に座る男の方は、後方から休む間もなく繰り出される拳と脚の猛襲をかろうじて避けて、何とか機体の制御を行っていたのだ。
『だーッ!訓練状況終了!何やってんだお前らぁ……橘・音無ペア!』
アルファ1のパイロット……戦機搭乗者養成学校東北方面校の訓練教官でもある猪俣道明が想定訓練の終了を告げた。
と同時に、撃破された両陣営の暁が立上がる。
先程までの砲弾の類は、炸薬を抜かれた訓練弾であり、被弾した場合、累積ダメージを自動計算する仕組みになっていた。
そして、撃破相当のダメージを与えられると、システムが沈黙、行動不可能となるのである。
訓練状況が終了したことで、沈黙していた各機体は再起動し、アルファ1と対峙していたブラボー編隊の四番機……橘薫と音無紫苑が搭乗する機体を見やった。
『あの二人……またかよ』
だれかが漏らした言葉に、各機の搭乗者が笑い声を漏らした。
『まったく……今日の訓練は複座型の運用だと言ったろう?』
道明の声が外部スピーカーを介してその場に響いた。
複座型ーーそれが意味するのは文字通り機体運用に搭乗者2名以上を要するタイプの戦機である。
これは、戦機開発当初、システム面において未だ戦機独自のモノが確立されていなかったために、搭乗者一人で戦機の機動、攻撃、レーダー観測、その他各種操作の全てを担うことは、非常に負荷のかかる事だと予想された。
よって、従来の戦車に倣い、戦機を2名の搭乗者、つまり操縦者と砲手に明確に区分することで、一人当たりの負担を軽減することに成功したのだ。
当然、何かしらの事由により、一方の搭乗者が行動不能となれば、機体コントロールを一人に任せることも可能ではあるが、余程、戦闘経験を積んだ兵士でなければ、まともに戦闘機動を取ることは不可能であろうが……。
このシステムで稼動している機体を、軍事関係者は第一世代機と呼んだ。
その後、確立された戦機操縦システムは、搭乗者の負担を大いに軽減し、搭乗者1名での運用を可能とした。
そして、このシステムを備えた機体が、第三次世界大戦において戦場を支配した第二世代機である。
各国の主力戦機のほとんどは、この第二世代機であり、第一世代機をベースに軽量機、重量機、狙撃型、局地戦闘型、防衛型、急襲型、万能型など、各作戦に見合った様々なタイプが製造されたのだ。
日本が採用した機体にあっては、島国という特殊な環境下もあり、各パーツを換装することで様々な任務を遂行することができる万能型がほとんどであった。
そして、最新鋭の戦機は第三世代機と呼ばれているが、未だ実験機段階であり、一部ではYAF-00《オリジン》に迫る機体性能を目指していると噂されていた。
もしも、これが実現されれば現在の軍事バランスは崩れ去ると評されており、各国は競い合うように開発を急いでいた。
とはいえ、第一世代機もシステムを改修・更新して既に搭乗者一人での運用が容易となっており、この暁についても、充分に一線級の戦力を備えた機体として実戦配備されている。
彼らが、旧式のシステムのまま複座型を用いて訓練を行っていたのは、むしろ操作方法が別々に学べるという利点があったからだ。
操者は機動に専念し、砲手は射撃に専念する。
そして、何よりもペア同士の連携を深めることが一番の目的であった。
複数機での作戦遂行を前提とした戦機は、戦場では、当然味方機体との連携が命のやり取りに影響してくる。
だから、この訓練の目的は、ペア同士の連携と味方部隊との連携に主眼が置かれていたのだ。
『いいか?』
道明教官が続ける。
『座学でも既に教養を受けているとは思うが、複座型は2人の連携が重要だ。そこんとこわかってんのかお前ら?』
『敵機を駆逐すればいいという話ではない。連携という点で言えば、アルファ2の方がよっぽど素晴らしい機動だったと言える。戦場では、今みたいに乳繰り合っている余裕はないぞ!』
道明の目の前で、依然、モスグリーンの暁がドッコンバッコン音を立てながら上下左右に揺れ動いていた。
「はぁ……」
道明がため息を吐きながらヘルメットに手を当てる。
『こいつらなめてるんですよ……戦争を。』
『ははッ!違いない。』
先ほど、橘・音無ペアに不意をつかれ撃破されたアルファ2の志藤・神原ペアが二人の訓練態度を批判する。
その声色には、撃破されたことを認めたくないという感情が含まれているのが道明には感じられた。
『教官!』
アルファ2に私語を慎むよう指導しようか、道明が一瞬逡巡する合間に、ブラボー4から呼びかけられる。
『なんだ?橘訓練生?』
『その信頼すべきペアから、クッ……攻撃を、受けるぅ、場合のぉ、ダッ、対処法についてご指導頂きたい!』
橘の必至の叫びが響いた。
『決まってる。同じ釜の飯を喰らい、一緒に酒を飲み、背中を流し合って、死線を潜り抜ければ自然と男の友情っつーもんが生まれて意思疎通が出来るようになるんだよ。』
道明は、自分の教養にうんうんと納得しながら言葉をかみ締める。
『ネガティブ!後ろにいるのは一応女です!』
『あッ!一応ってなんだ!?一応って!』
女か……
道明が思案する。
そういえば、自分は女性兵士とペアを組んだことがない。
さて、どう教示したもんか……
『そんなのはなぁ~口説き落とせばいいんだよ。』
不意に別の男の声が無線に流れる。
一台のジープがそこに近づいていた。
無線機を片手にシートを後ろに倒し、額にタオルを乗せた男が助手席にいた。
道明が機体のメインカメラをそちらに向けると、その男の容姿が明らかになる。
『藤堂校長……お疲れ様です。全機、藤堂校長にーー』
『あー待った待った!そういう硬いの無しで頼むわ。』
号令をかけようとした道明を、AFTS東北方面校長である藤堂秀和中佐が制止した。
『了解いたしました……それにしても、口説き落とすですか……』
『そう!俺にはお前が必要だっていう気持ちを言葉に乗せてぶつけるんだ。そうすりゃコロリとーー』
『それは、女性に対する侮辱と受け取ってよろしいんでしょうか。』
ジープの運転席でハンドルを握っている女性が停車すると、藤堂の声に被せる様に、それを批判した。
栗色のシニヨンヘアーが目印の彼女は、藤堂の補佐役を勤める砂佐藤菫少佐である。
主に学生に対する座学教養を担当する彼女は、藤堂の暴走を止めるブレーキ役でもあった。
「そもそも、その女性にハンドルを握らせている時点で、男性としてどうなのかと思いますが……」
言いながら彼女は、冷ややかな視線を助手席の藤堂に向ける。
「だって、俺、今日二日酔いだもん」
額に当てた水で湿ったタオルを右手で軽く摘み上げると、ちらりと運転席の菫少佐に視線を向ける。
と、そこにーー
『なるほど……試してみます!』
橘が藤堂のふざけた対処法を聞いて、何か妙案を思い浮かべたのか、その提案をのむ。
『おう、やってみろ。』
煽る藤堂。
隣の運転席からため息がもれて聞こえていた。
『音無!』
『な、なんだよ!突然……』
外部スピーカへの出力スイッチがオンになっているのか、音無へ呼びかける決意こもった橘の声と、態度が突然変わったことに戸惑いを覚える音無の返答が周囲に響いた。
『今の俺には、お前の協力が……いや、お前自身が必要なんだ!』
訴えるように橘が語りかける。
それにーー
『ド、ド、ドッキーン』
『効果音を口で……じゃなかった、まさか、効いてるというのか!?』
自ら実行しておいて、その結果に橘は驚愕の声をあげる。
『よし!いいぞぉ、後は、とっておきの台詞で落してやれ!!』
なおもたきつける藤堂、その場の全員が次の橘の言葉に注目していた。
『アイサー!音無、俺はお前の……』
『あ、アタシの?』
『ケツが結構好きだ!』
……沈黙
『オーライ……よくわかった。』
音無の声が低く響いた。
『死にてぇってことだなッ!!』
『ぎゃぁぁ……』
怒声と悲鳴とともに、肉を思いっきり鈍器で叩いたような鈍い音が周囲に轟いた。
危険を感じ取ったのか、周りの木々から沢山の小鳥が大空へ悲鳴を上げながら舞い上がる。
『うわぁ~』
『あ~あ~』
各機からあきれた声と笑い声が漏れ出す。
けしかけた当の本人はと言うと……
「だっはっは!あいつら最高!」
クックッと腹を抱えて笑っていた。
「まったく、また訓練生にちょっかい出して……」
「だって、管理職って暇なんだよなぁ~これが。」
「暇なら未決済の書類にサインして下さいよ。溜まってるんじゃないんですか?」
「大丈夫大丈夫、どうせ加藤副校長がやってくれるから。」
そんな藤堂の言葉とほぼ同時に、訓練校の施設内で本人がくしゃみをしていることは、その場の誰も分かりえないことであったが……
と、そこにーー
『教官!』
『今度は何だ?』
音無訓練生に呼ばれ、道明が答える。
『たちば……ドライバーが気絶してまーす!』
「はぁ~」
気絶させたんだろうが、という言葉は自身のため息にかき消された。
東北方面校に第9師団の学生が合流して早1ヶ月。
パートナーの組み合わせは藤堂が決めたと聞かされていたが、この二人の組み合わせを知ったときは正直、正気かと驚いた。
どこか抜けたような橘
自由奔放な音無
当然かみ合うはずもなく……毎度何かしらのトラブルを起こすのが最早恒例行事と化していたのだ。
『本日の訓練は終了、音無訓練生は、橘を医務室まで連れて行くように。では、別れ。』
道明が本日の全訓練終了を告げる。
訓練生が搭乗した各機は、どこか嬉しそうに格納庫へ向けて前進する。
「俺は、藤堂校長に挨拶していくから、先に戻ってていいぞ。」
「あ、はい、了解しました。」
前席に座る訓練生の肩を叩きながら、道明は暁の頭部後方に位置するハッチを開放すると、這い出し、慣れた様子で機体の出っ張りに手足をかけながら地面へと降り立った。
「お疲れさんッ!」
そこに、筒状に丸めた白い書類の束で肩を叩きながら藤堂が近寄った。
それを認めた道明は、通信機付のヘッドギアを取り外し敬礼する。
「どうだ?あいつらは。」
「あいつらというと、橘・音無ペアでしょうか?」
「そう、あの二人」
「どうもこうも……基本的な操作は各訓練員同様問題ありません。ただ、二人の連携が取れていないのが致命的ですね。」
「みたいだな。」
藤堂が笑いながら同意する。
「ですが……」
と言って、道明は少し続きの言葉を躊躇した。
自分の気のせいかも知れないことを伝えるべきかどうか迷ったのだ。
「お、何だ?」
その続きを藤堂に催促された。
「時たま……こちらの想像を超える動きを見せることがあります。まぁ気のせいかも知れませんが。」
先ほどの動き……正直脅威に感じた。
次の行動が予測できない相手、戦場で一番戦いたくないタイプだ。
あれがもし……出たとこ勝負ではなくて、全て連携を取った上での機動であれば……
「あーやっぱりか」
「やっぱり……といいますと?」
藤堂の意外な反応に道明は顔をしかめた。
「ほれ、これ見てみ」
言うや、筒状に丸められた書類の束を投げて寄越した。
それを受け取り開くと、見出しが目に入る。
部外秘の文字とともに『戦機搭乗者適正試験結果一覧』と記載されていた。
「ああ、先日の……」
書類の内容をおおよそ推察した道明は、それをぱらぱらとめくり始める。
そこには、各候補生の適正試験の結果が羅列されていた。
「おっやはり、志藤・神原は群を抜いて成績がいいですね。」
「その二人はもう実戦で使えるレベルだろう?」
「ええ。指示に的確に行動しますし、あれなら安心して背中を任せられますね。」
さらにページをめくる。
書類の最後のページに音無と橘の成績が記録されていた。
「案の定というか……なんというか」
その結果を見て、道明は苦笑する。
協調性のない性格は部隊行動に支障ありなど二人の性格に対する考察や試験時の成績が記録されていた。
各項目軒並みCって……よく入校できたな。
素直に感心する道明
「よく、これでここにこれたなって感じだろう?」
藤堂も同じ感想を持っていたのか、あきれた顔で言い放つがーー
「でもよ」
と言って、火のついていないタバコを口にくわえながら、書類の端に記録された事項を指差した。
「これは?」
潜在能力の考察について?
「こんな項目ありましたっけ?」
「いや~最近追加されたらしいぜ。何でも……第三世代機の運用に重要なファクターだとかなんとか」
「第三世代機ですか……」
藤堂の言葉を繰り返しながら、その追加された項目に目を通す。
なになに……この項目は、戦機搭乗者における戦局を見極める先見性と空間把握能力、想像性等によって評価される。そのため、ここに記す結果はあくまで参考項目である点に留意されたし。
音無紫苑
潜在能力ーーSS
空間把握能力ーーA
未来予測ーーSSS
橘薫
潜在能力ーーA
空間把握能力ーーSS
未来予測ーーA
「評価SSS!?……こんなのベテランパイロットでも叩き出せないですよ!?」
「まぁ橘は元戦闘機パイロットだから空間把握能力が高いのもわからんでもない……音無は~なんだろうな?妄想族?たまにトリップしてるからなぁ」
「それにしたって……」
「なもんで、二人を組ませてみた。なんか起こりそうでわくわくしないか?」
「まぁ訓練担当としてはわくわくというより何をしでかすのか心配でバクバクといった感じですけどね」
道明は、先ほどの訓練状況を思い出していた。
「悪いな、迷惑かけると思うが、まぁどっちみち使い物にならなければ戦場には連れていけんし、将来性に期待するとしようか」
道明の肩をぽんと叩くと、藤堂はジープに向けて歩き出した。
あの出鱈目な機動は、ひょっとすると……
そんな考えが道明の脳内を駆け巡っていた。
気絶した橘が視るのは…夢か、過去の記憶か。
それとも作り出された虚像なのか…




