表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独立不羈の凱歌を〜号哭の戦鬼達へ〜  作者: kinoe
First Act〜歌を忘れた落烏と歌謡いの少女〜
17/27

Envoy of Major Arcana~アルカナの使者~

NO.2「女教皇:The High Priestess」

伝説上の人物・女教皇ヨハンナをモチーフとすると言われる。

頭上の被り物から頭全体を覆う白いベールは、この女性が聖職に就いている物を示すとともに、処女であることを表現している。

女性の持つ書物は「高度な知識や学問の象徴」

背景に描かれた黒い柱にある「B」は「ボアズ (Boaz)」で闇を、白い柱にある「J」は「ヤヒン (Jachin)」で光を意味する。それぞれエルサレム神殿にあったとされる同名の柱に由来すると言われる。


「なにぃ〜!?」

素っ頓狂な藤堂秀和の声が中国大陸に響き渡った。

彼は今、行動不能となった機体から降りて、本体から合流した後続の部隊が、自身の機体を回収する作業を見守っていた。

春をまじかに迎えているとはいえ、未だ寒い外気にさらされながら、官品の安い藍色のブルゾンで冷える身体を誤魔化し、煙草を咥えていたのだ。

そんな時に、本隊から入った無線の内容に柄にもなく驚き、思わず大声をあげた。


「どうなってんだよ一体…菫君、なんか聞いてる?」

左手で、耳元のイヤホンを押さえつけながら、藤堂は顔を頭上に向ける。

先程まで吸っていた煙草は、大事そうに反対の右手の指に挟まれていた。

その視線の先には、ダークグレーに塗装された人型兵器、日本統合軍が有する三〇式機甲戦闘車「夜桜」があった。

全高がビル3階建て程もあるその機体には、衝撃吸収用のパッドに加え、電波吸収と対弾性能を有する特殊シートが至る所にベルトで巻きつけられており、長距離狙撃用にカスタマイズされたものだと分かる。

何よりも、肩から背中にかけて担ぐように装着された大型の対戦機ライフルがそれを証明していた。


『いえ、私も先ほどの本隊からの無線で初めて…あのアンノウンがトライアドから離反した機体で、友軍機だと。』

「じゃあ、何で俺たちを襲ったんだよ?」

『それは、こちらから攻撃を仕掛けたからじゃないですか?誰かさんの指揮で…』

「ん?あ~…いや、しかしあのままトライアドの部隊が全滅しちまったら何も分からんだろう?」

『ですが、その唯一の生き残りもあの様子では…』

佐藤菫少佐が乗る夜桜が、顎でしゃくるようにして、ある方向を見やった。


その先で、トライアド機甲大隊の指揮官と思われる将校が国連部隊の兵士から拘束され、尋問を受けていた。

虚ろな瞳で力なく座るその姿は、心神喪失のそれと酷似しており、事実、尋問に対する応答は支離滅裂で、何ら有効な情報は得られていない様であった。


「えぇ~…じゃあ俺が本隊からお叱り受けることになるのか?」

『だって、それが隊長あなたの役目でしょう?』

「…なんたる仕打ち!汗水垂らしてーーうぉっ!?」


”BBARAaraaーー”


突如、

藤堂の声を軍用ヘリの音が掻き消した。

低空で侵入してきたそれは、藤堂らの上空をスルーして、内地へ向かう。


「だあーッ!痛ててー!」

上方からまるで台風のように吹き付けるダウンウォッシュが枯れ草をなぎ倒し、砂塵を巻き込みながら、藤堂を襲う。

はためくブルゾンを頭に被り、うずくまるようにしてやり過ごす。


『…大丈夫ですか?』

「かー砂が口に入っちまったよ。」

衣服についた砂をはたき落としながら、藤堂がペッと唾液を吐いた。

その要因でもある軍用ヘリに視線を移すと、既に、藤堂のことなど御構い無しに、はるか遠くへと飛び去っていた。


『ハウンド2からCP』

『こちらCP、ハウンド2どうぞ』

当隊ハウンド上空を救護機ロクマルが通過、何があった?』

『貴隊西方数キロ先に救難信号を覚知、同信号発信源の確認、回収へ向かった』

「救難信号ぅ?」

無線を聞いていた藤堂が声をあげた。


『ハウンド2了解。以上、通信終わり。』

上空を通過した軍用ヘリの任務を確認した菫は、前線指揮所との通信を終了する。

『そのようです。制空戦闘で墜落したパイロットでしょうか?』

そして、藤堂の独り言にわざわざ同意を示した。


「かもな…ていうか、菫君さぁ?」

『はい?』

「ヘリ近づいてたの判ってただろう?」

藤堂が菫機を見上げる。


『ええ、レーダーにはっきりと。』

「なんで、教えてくれなかったの?」

『いえ、IFFが友軍機と判断したので、特に報告の必要はないかと。”私は”コックピットの中なので特にダウンウォッシュの影響もありませんし。』

「そこだよ!そこ!」

指を指して抗議の声をあげる。

その先にある鋼鉄の巨人がその小人を見下すように視線メインカメラを向けた。


『そこと申しますと?』

「ヘリの接近を教えてくれないから、おかげで俺は砂まみれだ。」

『そのようですね。ここにはシャワーもありませんから基地帰還まで我慢するしかありませんね。』

「違~う!どう責任を取るつもりかな君は?」

藤堂が何か含みを持たせて菫にたずね、続けた。

「もし、どうしても許してほしいと言うなら、俺を複座に乗せーー」


『ーー帰還後に始末書を提出する予定です。』

「へ?」

藤堂の言わんとしていることを知ってか知らずか、言葉の続きをさえぎるようにきっぱりと言い放つ彼女は、「まぁ」と一呼吸おくと、さらに続けた。


『隊長も今回の件について、顛末書を本隊に提出するでしょうから、それに比べたら大した苦役ではありませんね…あれ、そういえば隊長、顛末書一人で書けますか?』

「うぐ…」

呻くように藤堂が息を漏らす。


『まさかとは思いますが、私に手伝わせるつもりですか?もし、そうなら何かお願いするにしても言い方というものがありますよね~。』

「…さい。」

『はい?』

「砂まみれの可哀想な隊長を、貴方様の機体の複座に乗せて基地まで連れて行って下さい。あと顛末書手伝ってください。」

態度を一変、両手を合わせ合掌すると、ぺこりと頭を下げながら、藤堂が懇願していた。


「ーー私も乗せていってくれるかしら?」

その藤堂の後方から澄んだ女の声が響いた。

その聞き覚えのある声に、藤堂は合唱した体勢のまま回れ右をして、声の主に視線を向ける。


「残念、ありゃ最大二人乗りだ。」

合唱していた手を離すと、右手の親指を立てて、自身の後方に聳え立つ夜桜を指差した。

「なんなら、俺がお姫様抱っこで国連基地までお連れしますが?少校殿。」

声の主である女性兵士を視界に捉えると、胸元の階級章を確認して藤堂が続ける。


軍服は間違いなくトライアドだが…

エンブレムがなぁ…


見覚えのないエンブレムに違和感を覚える。


「ふふ…遠慮しておくわ。」

両腕を胸元で組んで、優雅に歩みを進めるその女性兵士は、顔を下に向け、くすくすと息を漏らし笑いをこらえながら藤堂の提案を断った。

「また彼女に狙撃されたら困るしね。」

そして、長い黒髪を掻きあげながら、夜桜を見上げる。

顕になったその顔。

真珠のように白くきめ細かい肌。

きれいな鼻筋、意思の強い切れ長の目は黒い瞳が印象的で、紅も差していないのに、その唇は朱色に染まっている。

それは、とても軍人とは思えないほどに美しく、ここが戦地でなければモデルか女優かと見間違うほどであろう。


「それは残念だ。」

その女性兵士の返答を確認すると、藤堂がわざとらしく肩をすくめる。


「ん~ふふ」

その反応を見て、女がうれしそうに右手の人差し指で自身の唇に触れた。

「あなた…名前は?」


「藤堂秀和…階級は中佐だ。あ~もしかしたら降格するかもしれんが…。ちなみに、あんたがあの機体のパイロットか?」

「そうね。私は方小敏ファン・シャオミン、さっきは久しぶりに愉しかったわ。」

先ほどまで死闘を繰り広げた所属不明機を国連軍が回収車に吊り上げていた。

その機体のほとんどは特殊シートで覆われ、すでに全容はうかがえない。

突発的な戦闘だったというのに、いやに手際のよい回収部隊に藤堂は少なからず疑問を抱いていた。


「たのしい…か、こっちはいつ殺られるかとヒヤヒヤしたがな。」

「あら、それは意外だわ。てっきり同じ人種かと思ったのだけれど?」

「まさか、俺は一日の朝のテレビ占いに一喜一憂するくらいビビリ屋なんだ…」

そこまで言って少し間を作ると、珍しく真剣なまなざしで、藤堂はシャオミンを見据える。

そして…


「何故、味方部隊を排除…いや、”殺した”?」

「何故?そんなの決まってるわ。」

「?」

「彼らがこの世界に不要な存在だったから、いわば戦火を広げる病巣。誰かがやらなければならない…そうでしょう?」

「しかしーー」


”BBARAaraaーー”


さきほどと同様に軍用ヘリの羽音が藤堂の声を遮った。


「残念。もう少し話してみたかったけど、迎えが来たみたいだわ。」

風に舞う黒髪を押さえながら、シャオミンが藤堂に伝える。


「最後にひとつだけ教えてくれ。」

「何かしら?」

「お前ら…何者だ?」

「…我らはアルカナの使者、凶鳥は羽を奪われ大地へと堕ちた。それは終わりではなく始まりの鐘。偽りの平和の下、幾度となく繰り返された悠久の歴史は、今日で最後を迎えた。やがて集いし21枚のカードが占うは、世界の行く末か、それとも愚者の行き先か…フフッ…また会うこともあるでしょう。その時はーー」


”BBABABABAーー”


一際大きな回転音がシャオミンの言葉をかき消した。

彼女は優雅に振り返ると、直近に着陸した回転翼機に乗り込む。

その機体には、シャオミンの軍服に描かれたエンブレムと同じ紋章が刻印されていた。


アルカナの使者?


上昇する回転翼機を見上げながら、藤堂は思考を巡らせる。


奴らはーー


『あ、隊長、ダウンウォッシュ来ますよ。』

「は?」

と同時に回転翼機が藤堂の頭上を通過する。

強力な下降気流が砂をつぶての様に藤堂へと叩きつけた。


「あ痛た!痛いっつーの!」


********************


『エンジェルからCP、予定地点へ到達、これより確認する。』

『CP了解、現場の状況を送れ。』

救護機として運用されているUH60は、救難信号の発信箇所付近へ到着すると、地上から数十センチのところでホバリングし、隊員を地上に降ろした。

最初に降下した隊員が周囲の安全を確保すると、ハンドサインで後続の部隊員に降下を促す。


『状況はクリア、現場付近に脅威は確認できず。』

無線通信士が状況を送る。

救護機の周囲には、墜落した航空機の残骸が散乱しており、それらが微かにくすぶる火種を残して、黒煙を上げていた。

原型は留めていなかったが、塗色から日本統合軍のF35で間違いないと通信士は確信を得ていた。


『残骸だらけだ…本当に生きてんのか?』

降下した隊員が周囲に漂う異臭に顔をしかめながら疑問をつぶやく。

燃料と樹脂を含む機体の破片が燃焼し、およそ自然界では発生し得ない、不快な臭いが広がっていた。


『救難信号は生きている。まもなくのはずーー』

と、そう返答した隊員は、残骸から少し離れた位置に、広がったパラシュートと、黒いパイロットスーツに身を包まれた男が仰向けに倒れているのを視界に捉えた。


『アルファ2からエンジェル、目標物を確認、これより回収する。』

『エンジェル了解…生きてるか?』

『あ~少し待て…』

そう言って、倒れたパイロットに駆け寄った救助隊員は、外傷の有無を確認すると、片手で腕の脈を図りながら、自身の耳をパイロットの口元に近づける。

すると、スースーと呼吸音が確認でき、脈も少し弱いが正常に一定のリズムを刻んでいた。


『こちらアルファ、エンジェルへ、荷物はご機嫌な夢を見てるようだ。』

ハンドサインとともに降下部隊から無線通信士へ生存が伝えられた。

救助隊員が生存報告を送りながら、倒れたパイロットの顔を一瞥する。

黒色の…いや漆黒とも呼べるほどに黒い短髪が印象的だった。

まだ若い…20代だろう。


「おっ!しぶとい野郎だ!」

味方部隊員の生存に気をよくした通信士は、前線指揮所に状況を送る。


『エンジェルからCP、目標の生存を確認、自発呼吸有り、レベル100だ。』

『所属は特定可能か?』

『…確認後送る、どうぞ』

『CP了解』


『アルファリーダーへ、そいつの所属は分かるか?』

『あ~識別票がないな…』

倒れた男の救護措置を行いながら、救助隊員が所持品を確認するが、個人を特定する識別票が見当たらなかった。

辺りに何かないかと隊員が周囲を確認する。


「おっ!」

キラリと光る金属が地面に落ちていた。

発見した隊員が、近寄りそれを拾い上げると、約5cm程度の大きさの銀色に光るそれは、期待した通りIDTAG…識別票に違いなかった。


”Kaoru Tachibana”


の氏名表示とともに、識別番号が刻印されている。


『識別票を確認、番号を送る。”AO35-650020”、繰り返す”AO35-650020”どうぞ』

『了解』

通信士は、送られた識別番号をすばやく露出した腕に書き込んだ。

それを読みながら前線指揮所へ報告する。


『エンジェルからCP、IDNoを送る”AO35-650020”繰り返すーー』

『こちらCP、確認した。JDFの兵士だ。よくやったエンジェルは速やかに帰還されたい。』

『了解、通信終わり。』


「よし、任務完了ミッションコンプリート、お姫様パイロット救護機ロクマルまで搬送してくれ。」

「了解。」

部隊長の指示を受け、隊員が布製の担架にパイロットを乗せ、救護ヘリまで運んだ。

全隊員がヘリに登場すると、四枚の回転翼が回転数を上げ回り始め、ヒュンヒュンと風きり音をあげながら、鋼鉄の体を空へと飛翔させる。


…ん…


まぶたを閉じたままのパイロットが声を漏らした。

そのか細い声は、回転翼機の羽ばたき音ですぐにかき消される。


「おっ!」

応急処置を施していた隊員が、その変化に気づく。

「あ、いや…まさかな。」

が、すぐに自身の思い違いではないかとかぶりを振った。


「どうした?」

別の隊員が声をかける。

「いや、今こいつ…鼻唄口ずさんだような気がしてよ。」

「鼻唄~?冗談だろ?」

「はは、だから、俺もそんなはずないと思ってな、けど…」

その隊員が気を失ったパイロットの顔を一瞥する。

すす汚れ、ところどころに擦り傷が確認できる男の、その表情は、確かに心地よい夢を見ているような…安らいで眠っているようだった。


「フッ…気持ちよさそうに寝てやがるぜ。」

そう言って、隊員は右の手の甲で男の頬を軽く叩いたのであった。

次回は本当に主人公だすんで…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ