Deep Blue Drive 〜碧の衝動〜(下)
『スカル1よりオリンパス、今の爆発は何だ!?』
『こちらオリンパ…ザザッ…ジャミ…ングだ。先行の部隊と連絡…取れない。そち…は影響あるか?』
日本統合軍に所属するFー35J四機から編成されたスカル小隊のリーダー東城猛少佐が米軍のAWACSに無線で状況確認を行う。
名前は厳ついが、外見はひょろりとした優男で、幼い時から自己紹介する度に揶揄されて来たのが本人曰くトラウマとのことであった。
とはいえ、戦闘機に乗ると見た目からは想像も出来ない大胆な操縦をするので、名前は気性の方に影響したのだろうなどと周りが話しているのを本人は知らないようだが…。
東城は、元々日本国防空軍の第二航空団千歳基地に配属されていた戦闘機パイロットであったが、第三次世界大戦の開戦とともに、日本国防軍の陸・海・空の三軍から部隊が選別され日本統合軍が組織されると、本土防空の任務ではなく、日本統合軍第103特別飛行小隊として敵航空戦力の迎撃任務に当たっていた。
今回のミッションでは、トライアドの占拠地へ向かう地上部隊の援護任務に当たっていたが、任務が更新され敵戦闘機の迎撃を指示されていた。
戦闘空域に急行していた彼ら第103特別飛行小隊のFー35Jのコックピットからも、その火球を視認することができた。
幸い、マイクロウェーブによる大きな影響は受けなかったものの、同空域には以前として強力なジャミングがかけられており、米軍AWACSとの無線交信に雑音が混じる。
『機器に異常は認められない。が、無線交信にノイズが出る。レーダーも少し調子が狂う。』
『了解した。スカル小隊…急ぎ指定ポイントへ…ザザッ現場の状況を確認してくれ』
『このジャミングはトライアドによるものか?』
『不明だ…プーマ22との最終交信により、敵…戦力はJー20の三機編成が二個小…合計六機と思料される。ザッ…気をつけてくれ。』
『さらに了解。各機へ、聞いての通りだ。先程の爆発地点が交戦空域と認められるが、ジャミングの影響が強い。EO DASが完全に機能しない可能性もある。脅威対象を捉え次第包囲、撃墜する。』
『スカル2了解。』
『スカル3了解。』
『スカル4了解。』
スカル小隊の各機が了解の意を伝える。
小隊内の通信は距離が近いためかさほどジャミングの影響はないようだ。
無線のプレストークボタンを離しつつ、スカル4のパイロット橘薫は、一人思案していた。
ーEO DASが完全に機能しないのか…。
F-35が実用戦闘機として世界で初めて装備した光学センサー
『AN/AAQ-37 EO DAS』
これは、電子光学分散開口システム(Electro Optical Distributed Aperture System, EO DAS)と呼ばれる非常に革新的なシステムである。
機体に6台の固定式赤外線カメラを装着し、各カメラが捉えた映像を合成処理して継ぎ目を無くして一つの映像として統合する事で、機体を中心に球状の視界を得る事が出来る。
つまりF-35戦闘機には光学的な死角が存在しない。
AN/AAQ-37の画像はヘッドマウントディスプレイのバイザーに投影され、パイロットは機体の真下だろうと真後ろだろうと見る事が出来る。
さらに、目標を自動で警戒・探知・捕捉・追尾する機能を持ち、短距離空対空ミサイルを前方に発射して180度旋回させて真後ろの敵を攻撃するといった死角に居る敵を迎撃することも可能である。
F-35戦闘機は先進的な光学センサーにより、有視界戦闘で従来型の戦闘機を凌駕する能力を持つこととなった。
この技術は、欧米の最新型の戦機にも採用されており、その威力を戦場で実証していた。
実戦経験の浅い橘にとって、正直なところ、敵機に後ろに付かれても、EO DASで迎撃出来るという事は、非常に心強い事であったのだが、ジャミングにより短距離空対空ミサイルの誘導に影響が出れば、その一瞬が命取りになりかねない。
果たして、どの程度影響が出るか…
それが気掛かりであった。
『スカル3よりスカル4、まだ緊張してんのか?』
『いえ、大丈夫です。やれます。』
橘薫が僚機を務めるスカル3のパイロット伊藤竜志大尉が無線で尋ねてくる。
お調子者として隊内でも有名であり、自ら宴会番長と名乗っては、よくよく酒席を設けている人物であるが、酒に強ければ、Gへの耐性もあるようで、急激な旋回によるドッグファイトには定評があった。
『こんなもんはなぁ、飲み会の席で乾杯の挨拶する時くらいの緊張感で挑めばオールオッケーってなもんよ。なぁスカル2』
『大尉、私語は慎んでください。舌噛みますよ。』
スカル2のパイロット佐立輝中尉が反応する。
士官学校出のエリートで、冷静な判断力と的確なレーダー分析は、高度に機械化した近代空対空戦闘には欠かせない存在であった。
スカル3のおちゃらけた無線にスカル2が苦言を呈したが、橘は伊藤竜志が自分の緊張を和らげようとしてくれたことが分かった。
『スカル3…有難うございます。』
『…まっ足引っ張らないよう気をつけてくれぃ』
礼を言われたのがこっぱずかしかったのか、伊藤は憎まれ口を叩いた。
『スカル2からスカル1、やはりレーダーは使い物になりませんね。先程の火球が生じた辺りからジャミングが発せられています。』
『その様だ。各機、IRST(赤外線照準追尾システム)へ切り替えー』
東城がヘッドマウントディスプレイのメインモニターをIRSTへ切り換えるように各機へ指示をだしながら、自らもIRSTへ切り替えた時だった。
Fー35Jの赤外線センサーは、前方において一気に増大する熱源を捉えた。
それは、同じくIRSTを作動させた橘にも確認できた。
何だ!?
『熱源反応感知、ベアリング1-9-0、その数3…いや2に減った?』
ぼんやりと確認できたその爆発物の正体を橘が理解するよりも早くスカル2が状況を伝え、IRSTが捉えた映像を速やかに解析する。
当該空域に掛けられたジャミングのせいで、レーダーが機能しなかったためか、思いのほか有視界戦闘の領域近くまで接近してきていた。
IRSTは、自機の全周囲的な脅威対象の索敵には有効であるが、捉えた対象との距離を正確に測ることは出来ない。
よって、通常はレーダーと併用される事が殆どである。
『熱源反応左右に別れます。襲撃を受けている模様。』
佐立が続ける。
『三機編成…Jー20か?』
東城がそれに反応を示す。
AWACSの情報では、トライアド側が三機編成二個小隊であったからだ。
パッ
橘のバイザーに投影されたモノクロの赤外線画像上で示されていた2つの白い光点のうち、右側に急速に逸れた光点が一際大きく瞬くと、突然勢いを失い、その形を崩しながら下降していく。
『さらに、一機撃墜された模様』
『おっ!UNFがやったのか!?』
伊藤が推測を述べる。
確かに、この空域で確認されていた勢力はUNFとトライアドの2つだけだ。
しかし…
『しかし…UNFは劣勢だったのでは?』
橘が思ったことを告げる。
事前情報によれば、国連軍側は在韓米軍のFー16Vと韓国軍のFー15SKだったはず…。
ステルス機のJー20に奇襲されたばかりか、数の上でも劣勢に立たされた状態で戦況をひっくり返すことが出来るだろうか?
ましてや、AWACSによれば、このジャミングも想定外の事態のようだから、UNF側の攻撃の可能性は低い。
じゃあ、これは一体…。
『ここで推測しても仕方ない。レーダーが正常に作動しない以上、目視するしかないな。』
『その様ですね。』
『こっちは、両目玉の準備は万端ですぜ。隊長。』
『よし、我々二機が先行、3、4は距離を取り追従、後方警戒とオリンパスとのハブ役を頼む』
『スカル3了解!』
『スカル4了解。』
『ああ、あとスカル4!撃つ時はためらうなよ?』
『さらに了解!』
『スカルリーダーよりオリンパス、目視による状況確認を試みる。ジャミングにより通信が途絶えるため、以後は、スカル3へ指示を願う』
『オリンパス…了解した。』
ダイヤモンド型に並んでいた四機のFー35Jのうち、前方に位置していた二機が速度を上げ、徐々に橘の機体から離れていく。
エンジンノズルが紅くきらめいていた。
『スカル3からスカル4へ、雲が出てきた、少し高度を上げる。』
『スカル4了解。』
伊藤の言うとおり、前方の戦闘空域には、やや厚い雲が広がってきていた。
視界に東城らの機体を収めつつ、徐々に高度を上げる。
すると、橘の視界に新たな熱源が複数現れた。
『こちらスカル4、さらに熱源複数確認、一時方向!』
橘がすかさず報告する。
一つの光点を複数が追い回しているように見えた。
ーー追われてるのか?
一人自問する。
『こちらでも確認した。』
東城が答える。
『何れもIFFに反応なし、スカル3へ、そちらで対応できるか?』
『ラジャー!こちらで対応する。』
伊藤が、待ってましたと言わんばかりの調子で応答する。
『友軍機かもしれない、無駄かもしれんが無線で呼びかけてみろ。』
東城の指摘通り、EMP兵器により、IFFが故障している可能性は充分にあった。
となれば、目視による機影の確認か、無線による応答に答えるかどうかで、敵味方の識別を行うしかないだろう。
この空域だけ、一昔前の大戦時代に戻ったような空戦が行われていた。
『こちら日本統合軍第103特別飛行小隊、UNF所属航空機へ、援護する。2時方向へ回避せよ。繰り返す、2時方向へ回避せよ。』
当然応答はない。
ダメか?
そう思った時だった。
IRSTが捉えている熱源のうち、追われていた光点がこちらの指示通りに回避行動を取り始める。
『応えた!』
『キタキタァー!スカル4へ、後ろの機影にAAMをお見舞いする。』
『しかし…』
この距離では、当たらないのでは…
『とりあえず威嚇だ威嚇。UNFがやられたら元も子もないだろう。』
確かにそれもそうだ。
こちらの位置が知られるが、UNF所属機が撃墜されたら意味がない。
『了解!』
返答しながら赤外線短距離ミサイルを選択し、敵性航空機に標準を合わせる。
鈍いトーン信号が鳴り、橘は伊藤の指示を待った。
『スカル3、フォックス2、フォックス2』
伊藤がミサイル発射を告げる。
『スカル4、フォックス2、フォックス2』
橘もそれに続いた。
二機のFー35から赤外線誘導方式のミサイルが射出され、ロケットによる慣性誘導で真っ直ぐに飛翔する。
やがて、ミサイルの先端に位置するシーカーが、熱源を捉えて軌道を変えた。
ミサイルの軌跡を目視したのだろうか、敵機と思われる熱源が三方に散開し、フレアを放出する。
レーザー誘導による補助を受けていないミサイルは、意図も簡単にフレアに惑わされ、空中で爆発した。
『かっーやっぱダメか!』
『熱源反転、こちらに来ます。数は2つ』
『敵さんやる気だな?おーし、方位そのまま、対向だ!』
『スカル4了解!右側をやります。』
橘は、伊藤が操るFー35Jの後方4時方向に機をつけヘッドマウントディスプレイに表示された目標指示ボックスを睨みつける。
乾いた唇を舌で濡らした。
興奮している。
そう思った。
別に戦うのが好きって訳じゃない。
人間の本能的な部分とでも言うのだろうか?
殺らなければ、殺られる。
ただ、それだけだ。
互いに高速で接近する戦闘機は、ほんの数秒でその距離を縮める。
もはや、ある程度の相手の形が判る距離まで近づいていた。
つまりーー
『来るぞ!』
伊藤の声が聞こえた。
ボッ
対向で接近するJー20の機体下部が一瞬光るのを認識するよりも早く、橘はサイドスティックを右方向へ加圧、それを受けて機体は右エルロンロールをかまし、射線をズラした。
ヴォッ
ヴォォー
先程まで自機がいた位置、左側の視界に、敵機が放ったであろう曳光弾による紅い閃光が煌めく。
安定した水平飛行に移行する事なく、橘は機関銃の発射トリガーを引いた。
ロックオンなどしていないデタラメな射撃。
ただ、なんとなく、そうした方が良いと思った。
周りの情景がやけにゆっくり見える。
機体下部から射出された機関砲弾が、まるでそこに帰るのが当然だと言わんばかりに、向かってくるJー20の機体に吸い込まれていった。
被弾した機体が橘の左側をぶっ飛んでいく。
通過時の風圧とその振動でコックピットがビリビリと震えた。
『ヤルなー!』
伊藤の無線でハッと正気に戻った。
後方を確認すると、墜落する一機のJー20と、左翼から黒煙を吹き上げるもう一機が確認できた。
その被弾した機体が、左旋回を開始し、反転してくる。
『あいつ、まだやる気か!?』
『迎撃します。』
『了解。援護する。』
橘もサイドスティックを加圧し、左旋回を開始する。
弧を描くように、互いの後ろを奪い合う。
下肢に感じる対Gスーツの圧迫。
暗くなる視界。
徐々にJー20が橘が操縦するFー35に食らいついてくる。
が、これも計算のうちであった。
『オールライッ!そのまま。』
先程、橘と別れ上昇した伊藤のFー35は、反転下降すると、その視界にJー20を捉えた。
左翼から吐き出される黒煙が目標となって容易に捕捉できたのだ。
『スカル3、フォックス3!』
敵機後方は、やや上空に位置取った伊藤機が、20ミリ機関砲弾を叩き込む。
曳光弾が紅くきらめき、Jー20に穴を穿つ。
橘の後方で爆発が起こり、後方に食らいついた敵機が爆散する。
『一機撃墜!』
ふうっと橘も息を吐く。
と、そこに無線が入った。
『オリンパスから…スカル3』
AWACSの通信だ。
『こちらスカル3、オーバー』
『ジャミングの発生源を特定した。位置を送る。』
AWACSから、おおよそのジャミング発生源の位置が送られる。
レーダー上に光点が出現した。
『EMPの影…特定が遅れた。送信した位置を低速…旋回中、ザザッ…UAVと思料。排除できるか?』
『スカル3了解。』
UAVによるジャミングだったのか…。
しかし、一体どこの無人機が?
『スカル3からスカル1へ、オリンパスからジャマーの排除要請有り。位置を送る。』
『…こちらスカル1、確認した。』
『スカル2からスカル1、ジャマーの排除はこちらで対応する。』
『スカル1了解。…スカル3へ、先程、UNFのFー16V一機がこちらに合流した。他の機は撃墜された模様。オリンパスへ送ってくれ。』
『スカル3了解。』
どうやら先程追われていたUNF機は、東城少佐の編隊に合流したようだ。
『スカル3からオリンパスへ、ジャマーはスカル2が排除する。なお、UNF所属のFー16Vがスカル1と合流した。他は被撃墜の模様。』
『こち…オリンパス、了解…た。捜索隊を向け…。』
『ジャマーの排除後、引き続き地上部隊の援護を継続する。あーなお、目視できていないが所属不明機が確認されている。そちらで把握しているか?』
伊藤が米軍AWACSへ現況を送り、所属不明機の確認を伝える。
『ネガティブ、こちら…捉えて…ない。』
AWACSでも捉えていないのか…。
『スカル2から各機へ、ジャマーを捉えた。…UAVだ。所属国籍等の表示は認められない。』
『これより破壊する。』
『スカル1了解。』
ジャミングの発生源を捉えた佐立からの無線が入る。
『スカル2、フォックス3、フォッ…』
突如、佐立の無線が途切れた。
カッ
橘のレーダー上に表示された光点の方向で、眩い閃光が走る。
うっ!?
なんだ!?
思わず目を背けた。
それ程に眩しかった。
故に…
『グウァーーッ!』
無線に断末魔が響く。
無線の音が割れるほどの声量。
これは…佐立中尉の声!?
『スカル1からスカル2!何があった!?』
『目がッ…』
『グゥッ!目がやられたッ!何も見えな…ガガッ…ピー』
再度無線が途切れ、雑音を流した。
と同時に先程の閃光が発生した地点で熱量が増えるのをIRSTが捉えた。
まさか…
『スカル1からスカル2!スカル2応答せよ!』
応答はない。
『スカル2!』
『くそッ!』
『スカル2がやられた!?』
《ピーザザッ…阿呆が…》
抑揚のない、聞き慣れない低い声が無線で入った。
何故か分からないが、思わず背筋が凍る。
いや…分からないから背筋が凍ったのかもしれない。
橘は、コックピット内の無線周波数表示箇所を確認する。
その数値が勝手に動き出していた。
『何だ!?無線が…強制リンクだと!?』
東城の声。
橘同様に、その空域にいる航空機全てに同じ現象が出ていた。
121.5
無線周波数が表示される。
『これは…国際緊急周波数?』
『こちらオリンパス!スカル小隊何があった!?ハッキングを受けてるぞ!』
『スカル3よりオリンパス、ジャマーは排除したが、スカル2が墜とされた!ここに…何かがいるぞ!』
伊藤が叫ぶ
【ザ…化物がッ!何故我々《トライアド》の邪魔をスル!?】
また聞きなれない声が聞こえた。
大陸系の独特の訛り…
トライアドのパイロットか?
《俺に聞くな…。用済みだとよ、あんたらは。》
【ふざけるナッ!】
《お前で最後…だったんだが、今日はギャラリーがいる。手間掛けさせるな。》
【クソがぁぁ!!墜ちロッ!火鳥ーー】
騒々しかった無線が一転、静寂に包まれる。
『火鳥…だと?』
その静寂を破ったのは、東城が放った呟くような言葉だった。
『隊長ぉ…こいつは一体?』
伊藤が尋ねる。
『凶鳥…鵺』
『鵺?』
橘が聞き返す?
『まさかぁ?ありゃ、噂話みたいなもんじゃ…』
『北海道における八咫烏鎮圧作戦の際に目撃された漆黒の機体、そいつは名前を変えて各国に現れる…強力なジャミングとともに、そして、その場の全てを殲滅する…。』
《トライアド勢力の排除完了、任務更新目標JDF三機、UNF一機…殲滅する。》
またも無線が混線する。
『来るぞ!』
誰かが叫ぶ。
『こちらオリンパス、ジャミングの影響低下、ノイズが晴れる…』
妨害電波を発していた無人機が撃墜された事で、当該空域のジャミングが解消されたようだった。
各機のレーダー障害が回復する。
『スカル1!六時方向、所属不明機!』
オリンパスが伝えたとおり、橘が搭乗する機体のレーダー上にもIFF《味方識別信号》に応答のない未確認機のシンボルが表示されていた。
『何ぃっ!?くそッいつの間に!?』
『レーダーロックを受けてるぞ!』
『UNF機へ、ブレイク!ブレイク!』
『何を言っ…キサ…!』
《先ずは一機…》
『Fー16…UNF機がやられたッ!』
『スカル1、離脱しろッ!』
『くっ…無理だ!』
『こちらスカル3、援護に向かう!スカル4付いて来い!』
橘の前方を飛翔するFー35Jが、東城らのいる方向へ機首を向ける。
エンジンノズルから吹き出る紅い炎が一際大きく燃え上がっていた。
橘もスロットルレバーを目一杯引きアフターバーナーに点火する。
身体がコックピット座席に押し付けられた。
『グゥッ!ハァハァッ…くそッ引き離せないッ!』
『もうすぐだ!もうすぐ追いつく!』
橘は、レーダー画面を見やり、位置を確認する。
先程の未確認機のシンボルは明らかな敵対行為により、既に赤色に表示され、敵性航空機として認識されていた。
そのシンボルが、東城が乗るスカル1のシンボルを追い立てる。
もっと早く…!
平時なら何ともない距離が、やけに遠く感じた。
だが、無情にもレーダー画面に表示されていた東城機を示すシンボルがフッと消えた。
『スカル1ロスト!?』
さらに、スカル小隊内のリンクからも途切れていた。
『スカル4からスカル1…スカル1応答してください!隊長ぉッ!』
『あの野郎ッ!許さねぇ!!』
伊藤が叫ぶ。
『こちらオリンパス!スカル3落ち着け!敵機がそちらに向け進行中、会敵までおよそ百二十秒。』
東城機を撃墜し反転した敵機がこちらに進行してきていた。
だが、それを示すシンボルがレーダーから突然消える。
『敵機ロスト!こちらのレーダーでは捉えられない!』
『どこから来る!?』
『正面…雲の中だ!』
『ぶち込んでやる!スカル4、短距離ミサイルだ!雲から出てきたらぶっ放せ!』
『了解!』
返答しながら、兵装選択を短距離ミサイルに替えると、ヘッドマウントディスプレイがドッグファイトモードに移行した。
ジージジジー…
コックピット内にトーン信号が鳴り響く。
その先にいるであろう敵機を捉えようと、橘は眼前に広がる雲を睨みつけた。
『会敵まで60秒』
雲が迫る。
『50秒』
『30…20…10、9、8…』
出て来いっ!
『5…4…3…2…1…ゼロッ!』
!?
『おいおい…どういう事だよ?』
『スカル4からオリンパス。敵機を確認できない。レーダー、IRSTともに反応なし!』
『こちらオリンパス、スカル小隊!何を言っている?敵は目の前だぞ!?』
『バカなッ!?』
『敵機との距離2マイル…』
『残り1マイル…交差する!』
橘の前にはスカル3の機影しか見当たらない。
白い雲が直前まで迫ってきていた。
『何もいない…目視できない!』
『スカル小隊何をしている!?敵機と交差したぞ!』
『くそッ!訳がわからん!』
『スカル4へこのままでは雲に突入します。』
『チィッ…上昇後反転する。』
『了解』
サイドスティックを手前に引き、機体を上昇させる。
橘らはインメルマンターンの要領で来た方向へUターンした。
天地が二度ひっくり返り、水平飛行に移行する。
目を凝らして、正面の空域を睨みつけ、レーダーで当該空域をスイープさせ、IRSTも作動させる。
だが、やはり敵機は目視できない…
どうなってる?
『こちらスカル4、オリンパス、やはりこちらでは敵影は確認できない。位置を送ってくれ。』
『こち…オリ…スッ!シッ…ク!』
『スカ…、ブレ…!…クッ!』
くそッ聞こえない!
何を言ってるんだ?
何故かまた強くなったノイズにより、AWACSから送られる無線が頻繁に途切れる。
『こちらスカル4、断続が激しい、再送しーー』
『後ろだッ!スカル4!』
伊藤の叫び声にも似た無線
ヘッドマウントディスプレイに投影された後方の映像を確認する。
先程回避した厚い雲の一部が膨れ上がり、そこから一機の戦闘機がヌルッと這い出てくる。
前進翼
大型の双発機
漆黒の美しい機体
だが、見惚れる間も無く、橘の脳内で激しく警告音が鳴る。
逃げろ…
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!
背筋がまたも凍る。
だが、冷える背筋とは反対に、一気に顔面の毛細血管が膨張し、汗が噴き出すのを感じた。
何故背後にいる!?
いつの間に?
橘は、慌てて左旋回を開始し、漆黒の機体から離脱を試みるが、一瞬生じた隙により、容易に背後につかれる。
明らかになる機体…
見たことのないシルエットだ。
鴉の…エンブレム?
Sー32?
いや…何だこの機体は!?
『この野郎ぉぉッ!』
橘の思考をかき消すように、再度伊藤の叫び声が響いた。
それと同時に10時方向上方から、伊藤の機体が急降下してきて、橘のFー35と漆黒の機体の間を切り裂くように機関砲を放ちながら割って入る。
橘よりも早く異変に気付いた伊藤が上昇後、再度降下してきたようだ。
伊藤の急襲をロールして回避した漆黒の機体は、前方を降下していった伊藤の機体を目標に変えたのか、橘を追うのを中止し、伊藤機の後を追う。
『ついてきてみろやぁッ!凶鳥ぉぉッ!!』
伊藤の機体が、漆黒の機体を挑発するように尾翼を振ると、急降下の体制から一転、速度を保ったまま上昇に転じようとしていた。
漆黒の機体も後を追う。
そこに生じた水蒸気が飛行機雲となって、二つの円環を型どりつつあった。
迫り来るであろう強烈なG
パイロットの我慢比べだ。
伊藤大尉ならー
そう橘は思う。
だが、漆黒の機体はぶれることなく、ピタリと伊藤機の後ろから離れない。
そして…
『ぐぅぅぁぁああっ!』
伊藤の唸り声。
まずいッ!
『スカル3!持ち堪えてください!今行きますッ!』
『くっそガァァッ!』
慌てて、橘が二機を追う。
あっ…
しかし、伊藤機の旋回が緩み円環から外れると、漆黒の機体の射線上に躍り出てしまった。
『逃げ…たちばーー』
伊藤の乗るFー35Jに、真後ろから機関砲弾が無数に打ち込まれる。
伊藤が乗るFー35は、バターのように容易に切り刻まれ、飛行する力を失い、破片とともに落下していく。
『大尉ッー!』
《これで三機…》
《お前で最後だ…》
死の宣告が告げられる。
漆黒の機体は、Fー35の破片を避けながら、橘の方向へ機首を向けた。
このままやられるのか…?
そんな考えがよぎる。
しかし、それを打ち消すようにーー
『ザザッザー…』
雑音…
無線が混戦している?
『ザ…あー、あー』
何だ?
『あー聞こえますかー?』
『えっ?OK?了解×2!』
若い女の声だ。
『何だこれは?』
それどころではないのに、思わず口にする。
『こちらオリンパス、どっかの阿保が国際緊急周波数をジャックして電波流してるようだ。』
オリンパスから返答があった。
無線ジャックだと?
『いょぉー!聞いってか〜?管理者の連中よ~?』
『オメェらのツマラねぇ計画は、あたしの歌でメッチャクッチャにしてやんよ!耳の穴かっぽじってよぉ〜く聴いとけ!それとな〜』
『ーーおいおい、余計なのはそんくらいにしとけ!電波監視システムに捉えられるぞ!?』
やや焦ったような男の声。
『チッ、ライブ前のMCも重要なんだぜ?じゃあ最後に一つだけ……』
息を吸い込む音、そして、一際大きな声で女が叫んだ。
『…凶鳥ッ!先ずはお前だ、響かせてやるよ……お前の胸にアタシのビートをなッ!』
『オーライ!じゃあ始めるぜ?戦場のライブをッ!!!』
騒がしい声がおさまったかと思うと、休む間も無くギター音が鳴り響く。
何なんだこいつらは!?
《…ッ!?ぐぅッ…この旋律は…?》
突如、漆黒の機体を操るパイロットが呻き声をあげる。
やがて、前奏と思しき旋律が終わると、力強いハスキーボイスが調べを紡ぎ始めた。
ーー土砂降りの雨の中を俺達は歩き続けてきた
雨宿りする木々も見当たらず
履き潰したスニーカーはぐちゃぐちゃで
行き先も定まらないままに彷徨い続けてたんだ。
終わりの見えない争いは続き
そりゃあもう沢山の英雄達が散っていった
その想いを遂げること無くーー
《ザッ…No.13、何をしている?為すべきことを為せ》
機械の合成音のような声が割り込む。
《うっ…俺は…この詩を…知っている?》
漆黒の機体のパイロットが呻き続ける。
『こちらオリンパス、奴の動きが止まった!スカル4今しかないッ!』
オリンパスが叫ぶ。
見ると、確かに漆黒の機体がふらつきながらも単調な水平飛行をしていた。
『り、了解!』
橘は返答しながら、サイドスティックを握り直し、漆黒の機体の背後に回る。
その間もロック調の激しい歌が奏でられていた。
ーーもう何も出来ないと嘆く
この俺の背中に
醜く抗って見せろよと
冷たい雫が容赦なく突き刺さるんだ
なぁ雨雲よ 教えてくれ
この頬を伝う雫の意味を
目の前の景色をぼやかして
泣き声さえも雨音が掻き消して
自分じゃもう分からないんだーー
《No.13…応答しろ、No.13》
《くそッ俺は…俺は…》
ーーもう、あいつの笑顔も
この手に感じた小さな温もりも
全て奪われて思い出せないけど
それでもーー
『こちらスカル4、奴を捉えた!』
ふらつく漆黒の機体をターゲットレクティルにおさめ、サイドスティックのボタンに指をかける。
《ふん…所詮は紛い物…もはや使い物にならんか…》
《ふふっ…もともと十二烏は十二人…No.13は余計なのよ。》
《折角造ったのに…もったいないなぁ…》
《妙な連中が足掻いているようだが…》
《捨て置け…我らの計画になんら影響はあるまい…》
《では…No.13の廃棄を決定…》
《エセルよ、No.13を処分しろ…後ろの小鳥共々な…》
《ザッ…アイアイ》
橘は、機関砲の発射ボタンにかけた指に力を込めようとしたが、不意に流れ始めた複数の男女の会話に気を取られていた。
『お前らは…一体何だ?』
思わず問いかける。
《死にゆく者に語っても仕方あるまい…》
『何をしている、撃て!スカル4!』
AWACSから再度指示が出された。
『わかってる!!』
橘は再度、漆黒の機体を捉える。
そして…歌はまだ続いていた。
ーーそれでも…
あいつの歌声が俺の中で響いてる限り、
足掻き続けよう…
《ハハッ……そうか、俺は…》
呻いていた漆黒の機体のパイロットの声色が何かに気づいたように変わる。
そして、今まさに攻撃しようとしていた橘に呼びかけた。
《なぁあんた…俺を殺してくれないか?》
『なっーー』
橘はその発言に気を取られ、射撃をためらってしまう。
その後の言葉が気になってしまったからだろう。
橘は「なんでそんなことを」と口にしようとした。
だがーー
『いかんなぁ~橘ぁ、撃つときはためらうなと言っただろう?』
だが、彼が最後にその眼で捉え、聞いた声は、漆黒の機体とそのパイロットの声ではなく、予想だにしない人物の声と、彼がよく見慣れた機体だった…。




