Deep Blue Drive 〜碧の衝動〜(下)#Triad's Side
Feb/12/2034 11:20
ーー中国大陸・山東省西部~華北平原上空ーー
ピピピピ…ピーーー
コックピット内で、高音のトーン信号が鳴り響く。
戦闘機のミサイル警報装置(MAWS)がパイロットにミサイルの接近を知らせていた。
だがーー
パイロットは、焦る様子も見せずに、さも当然といった表情で、素早く機首をミサイルの飛翔方向に向けると、広域スキャンモード中の探索レーダーを前方に向けて照射した。
ピピッ
短い電子音とともに、コックピット内のレーダー画面上に第一脅威目標として緑色の逆三角形型のシンボルが4個表示された。
ーー敵機だ。
逆三角形の頂点が、こちら側を向いており、敵機が対向してきていることが解った。
パイロットがそれを確認すると、にやりと口元を歪ませ、酸素マスクに内蔵された無線で友軍機に敵機の位置情報取得を伝える。
『媒鳥から朱雀、鳧徯へ、雛鳥が餌に掛かったようだ。位置情報は届いているか?』
高度32,000ftを北に向け飛翔するグレー色の戦闘機。
それは、カナード付き無尾翼デルタを有し、機体下部にはエアインテークが備え付けられ、エンジンは単発式という非常に特徴的な形状であった。
旧中華人民共和国が開発・生産した戦闘機J-10『猛龍』
旧中華人民共和国では、ロシアから輸入したJー11系統の フランカーシリーズと合わせて、中華人民共和国空軍の中核を担っていた機体ではあるが、今や旧式と呼ばれていた。
『こちら朱雀リーダー、データリンク接続完了、受け取った。』
『鳧徯リーダー、こちらも確認した。媒鳥各機は直ちに脱出しろ。』
Jー10の上空を3機二個編隊、合計6機の大型戦闘機が飛翔していた。
Jー10同様、旧中華人民共和国が開発した戦闘機
Jー20
である。
その形状からステルス性を考慮した戦闘機である事が分かるが、機動性を高めるカナード翼が機体コンセプトに矛盾を生じさせていることは、その開発が公になった頃から指摘されていた。
朱雀
鳧徯
と呼称されたそれぞれの編隊は、編隊長を頂点に三角形のフォーメンションを組んでいる。
その、尾翼には赤い星型のマークではなく、三角形を複数組み合わせたエンブレムが描かれていた。
Triad
旧中華人民共和国を崩壊に追いやるきっかけとなった団体。
民主化を掲げ、大衆の支持を得たこの集団は、やがて、過激な民族主義を掲げ、世界を相手に闘争を開始する。
何が彼らを突き動かすのか?
共産主義への危機感か、
経済の国際化に伴う格差への反発か、
はたまた、単に他民族の排他が目的だったのか?
想像の中で、理由を挙げても答えは見つからない。
それは、当事者のみにしかわからない事だろう…。
今、明らかな事は、彼らには、国連主導の制圧作戦のため、トライアドが統治する南京に攻め入る部隊を殲滅する任務が与えられているという事である。
そう、彼らが信じる正義の為に…。
『媒鳥1了解。』
『媒鳥2了解。』
Jー10からの脱出を指示されたコールサイン『媒鳥』
の戦闘機パイロットは、無線で了解の意を伝えると、速やかに急旋回を行い、敵パイロットが回避行動をとったと誤認するように、機動した。
そして、股座の下にある脱出用レバーを強く引く。
Jー10のキャノピーが後方に吹っ飛び、続けてパイロットの身を納めている座席が上方に射出された。
風切り音
座席に備えられたパラシュートが開き、風圧を受けて落下速度を急激に緩める。
パイロットは、自身の肩にハーネスが食い込むのを意識すると同時に、先程まで操縦していたJー10が、ミサイルの直撃を受けて火だるまと化すのをその視界に捉えていたーー。
ーー囮
それは、古くから狩猟に用いられてきた。
猟師が野鳥を狩る際に、あらかじめ捕獲していた鳥を飼育し、仲間をおびき寄せるように調教する。
その鳴き声を聞きおびき寄せられた野鳥は、予め張られていた網になす術もなく翼を…自由を奪われる。
トライアドのJー10は、まさに囮そのものであった。
旧式化した戦闘機を犠牲に、華北平原上空の制空権を奪い、国連側の勢いを止める。
それには、主力戦闘機であるJー20が、欧米諸国が使用するアクティブ・フェイズドアレイレーダーや高高度から監視するAWACSに探知されてはならない。
また、自ら強力なレーダーを発することなく、敵機の位置を特定する必要があったのだ。
コールサイン媒鳥は、この囮役を見事にやってのけた。
『朱雀から鳧徯へ、敵編隊を挟撃する。』
『鳧徯了解。』
トライアドの編隊が二手に分かれた。
まるで、獲物を網に掛ける猟師のように、レーダー上に表示された敵シンボルに近づいていく。
やがて、朱雀リーダーが搭乗するJー20に搭載されたIRST(赤外線探査追尾装置)が熱源を捉える。
それは、Jー10を中距離ミサイルで撃墜し、基地へ帰還すべく旋回を開始したFー16VとFー15SKの編隊だった。
無防備にも、こちらに向けて側面を晒している。
朱雀
鳧徯
それぞれのパイロットは、かつて旧中華人民共和国時代に同国空軍の瀋陽軍区において、第1航空師団司令部が所在する鞍山基地の第1航空団に所属する精鋭達であった。
内戦となった際にトライアドに合流した部隊の一つである。
それが、あらかじめ予定されていた行動だったことは、中国共産党幹部にはわかりえないことであったが…。
『朱雀へ、敵機捕捉、四機だ。』
『こちらも確認した。主兵装安全装置解除、赤外線誘導弾を使う。』
『F-16からやる。我らにあだなす者を殲滅する。』
朱雀の編隊長は、そう答えると、サイドスティックのミサイル発射装置に指をかけ、ヘルメットバイザー越しに、敵機を捉えた。
ヘッドマウントディスプレイ上に表示された目標指示ボックスに、ダイヤ型の枠が重なり、トーン信号がコックピットに反響する。
そして、トーン信号が半音高くなるのを確認すると、パイロットはミサイル発射ボタンを押下し、J-20の側面ウェポンベイから赤外線誘導方式のミサイルがリリースされた。
ミサイルが、迷うことなく目標へ飛翔し突き刺さると、何ら回避行動を取らないまま、F-16V一機が爆散した。
その爆発は、J-20のコックピットからも確認出来るほど、青空に映えた。
『一機撃墜。』
朱雀の編隊長が告げる。
『こちらもF-15一機撃墜。このまま残りも駆逐する。』
鳧徯からも撃墜の知らせが入った。
二羽の小鳥を六羽の猛禽が弄ぶかのように、徐々に距離を縮めていく。
誰が見ても、もはやトライアドの編隊の勝利は揺るぎないものだった。
それこそ、当事者である朱雀、鳧徯は勝利を確信していただろう。
ーーだが、「それ」は、唐突に現れた。
朱雀の編隊長が、再度目標をロックオンし、ミサイルを発射しようとした時だった。
『二番機からリーダーへ、未確認飛行物体をレーダー上に確認、高速でこの空域に接近中、方位0-2-0…これは…何だ?』
二番機の無線を聞いた編隊長は、不意に視線を右前方に向けた。
1本の白線が伸びてくる。
ミサイル?
だが、どの機体の警報装置も発報していなかった。
当然だろう。
それの進行方向は、丁度、国連側の戦闘機部隊とトライアド部隊の真ん中で、どの機体にもロックされていなかったからだ。
パッ
その飛行物体が爆ぜる。
太陽光のように明るく大きな火球が生じたかと思うと、稲妻と酷似した青白い閃光が飛行物体の爆発地点から発せられた。
J-20のコックピットからも捉えられた。
何だ?
そう朱雀の編隊長が思った時だった。
ザザッ…ザ…ザザー
ノイズ音
『朱雀から、鳧徯』
『ザザ…』
『朱雀から、鳧徯』
『ザーザザ…』
人は不安に陥ると、現状を把握しようと無意識につとめる。
朱雀の編隊長も、自身では感じていなくても、その不安を解消しようと行動していた。
鳧徯の編隊長へコンタクトを試みる。
だがーー
無線が繋がらない?
しかし、異変はそれだけではなかった。
ヘッドマウントディスプレイ上で先程までF-16Vを捉えていた目標指示ボックスが縦横無尽に駆け回り、あらぬ動きをしていたのだ。
「なんだ!?」
J-20の計器類等には、幸い異常は認められなかったが、各種武器システム等に異常が出ていた。
兵器選択システムを変更してみても、異常は解消されない。
さっきの青白い光が原因か…
「まさか…EMP兵器!?」
そこまで思考したところで、ノイズ音に混じりながらもおそらく鳧徯が発したであろう無線が聞こえた
『ザザッピー…気をつ…ガガッ…火鳥…ザザー』
彼は一つの伝説と噂を思い出した。
ーー火鳥
中国大陸では、古来より太陽に三本足の鴉が住んでいるとされ、その鴉が太陽を運んでいると信じられてきた。
十羽の鴉が交代で太陽を東から西へ運ぶのだ。
だが、堯の時代に十羽の鴉が同時に現れ、地上が灼熱と化したため、堯が弓の名手に十日を射るよう命じたところ、九日に命中し、中にいた九羽の鴉は皆死んで、今の太陽が残ったという。
これが、古くから伝わる伝説の一つ…。
しかし、この第三次世界大戦の戦場で、ある噂が広まっていた。
凶鳥の 歌声空に 響く時 戦鬼が 我らの命刈る。
混戦した戦場に唐突に現れ、容赦なく命を刈り取る一機の黒い戦闘機…
その後には、戦場に戦鬼が現れるというのだ。
かろうじて一命を取り留めた者によると、その機体には鴉のエンブレムが付いてる。
そして、強力なジャミングによるノイズ音がまるで、鴉の鳴き声のようだと…死へ誘う歌声だと言われていた。
そのため、トライアドの空軍部隊では、自然と古来の伝説を重ねてこの未確認機を『火鳥』と呼び恐れていたのである。
火鳥が復讐に来たのだと…。
しかし、朱雀の編隊長は、正直なところこの噂を信じていなかった。
敵側が流した恐怖心を煽るデマ…情報戦の一種だと思っていた。
しかし、先ほどの火球がまるで太陽のようであったし、現に強力なジャミングの影響下にあった。
ふと、僚機を確認すると無線が使えないこともあり、慌てている様子が見て取れた。
火鳥の編隊長は、自機の速度を落とし、2機の僚機と並走すると手振りで合図を送る。
『我レ、敵機撃墜ヲ優先ス、援護セヨ。』
ようやく、冷静になった僚機のパイロットが了解の意をジェスチャーで伝えると。
三機は編隊を組み直し、残りのF-16VとF-15SKに向けて接近を開始する。
ジャミングの影響下は、こちらだけではないはず。
であれば、数的有利を維持した現状で、ドッグファイトに持ち込み機関砲を打ち込む。
それが…最良の選択肢だ。
自分では気づいていない不安を、断ち切るように自らに言い聞かせ、スロットルレバーを引く。
その時…視界の隅にある太陽の中心点が
キラッ
と一瞬光るのを、彼は見逃したのだった…。