第六話 異世界での涙 ドラゴンと魔族6
本日二話目です。
「まぁ変身しようと関係ないわ。引きずり込めばいいだけですもの。」
田鼈は突き付けられた指を見て余裕の笑みを浮かべる。田鼈の言う通り、海中に引きずり込まれれば、災害救助用のスーツを纏っていても、哲多の様に苦戦するだけであった。
「あら、やってみなければ判らないわよ。」
だが空はそう言って自ら海中へと飛び込んだ。小さく音をたてるだけで水飛沫すら上げないのは小さい頃から続けていた水泳のお蔭だろう。
「あらあら、お馬鹿さんね。」
田鼈は自身の得意とするフィールドに引きずり込む所か、自分から飛び込んで来た事に嘲笑う。海中という場所では哲多の、リュウレンレッドすら一方的に嫐る事ができる実力をフルに発揮できるからだ。
空を、リュウレンブルーすらも同じ目に合わせようと意気揚々と海中を進んでいった。
「舐めないでよっ!!」
海中で空は叫ぶ。空は海中で今までにない万能感を得ていた。魔力がスーツ内に溜り、空の肉体を強化しているのだ。空は元々水泳を長年やってきたお蔭で、魔力の肉体強化が泳ぐのに最適な形となって現れたからだ。
「な、なんでなの!?」
田鼈が驚く。リュウレンレッドすら一方的に嫐ったその速度すら上回る速度で空が、リュウレンブルーは泳いでいる。
足には陸上では無かったナノマシンの鰭が出来ているとは言え、海中に住む海竜すら追いつく事の出来る田鼈からすれば、唯の変わった精霊種に、自身のもっとも得意とする戦場で負けるとは思いもしなかった。
リュウレンブルーは田鼈の周りを泳ぎまわり、田鼈の振るわれた鎌を避けては、田鼈の動きを観察する。
「今だっ!!流激装備、シーランサー!!」
空はバックルの摘みを左右に押し広げる。龍玉から光が溢れ、その光の中から柄が出てきた。空はその柄を握りしめ、光の中から引っ張り出した。
リュウレンブルーの専用武器は水で出来た槍である。ただし、空が引っ張り出した槍に穂先は無く、長柄のみであった。
瞬間、長柄の先に水が渦を巻きながら集まる。海中にあってもそれは、いや海中にあるからだろう、空気を含んだその海水は太陽光を反射してキラキラ輝く穂先へと変貌した。
本来ならば、流石のナノマシンと言えど、水分を集めて穂先にする事等出来はしなかった。ナノマシンで出来た穂先が出現する筈であったそれは、魔力の影響で原作本来の形で現出したのだ。
原作通りになるのであれば、シーランサーの穂先は空の思い通りの形となる。槍の様な真っ直ぐな一本の穂先。薙刀の様な形にする事も出来る。
長柄の先、穂先の部分は三俣に分かれている。今回空が思い描いた形は海中である事もあり、銛だ。銛の形になったシーランサーを真っ直ぐに田鼈へと空は突き立てた。
「えー…いっ!!」
「グゥゥ…、うわっ!!」
突き立てた穂先は田鼈の外殻を突き破る事は出来なかったが、田鼈を海面の方へと押し上げる。更に空は穂先を回転させながら田鼈へと放ち、田鼈を完全に空中へと押し上げてしまった。
空中へと驚きの声と共に押し上げられた田鼈は、一度狼狽えはしたものの、体に傷はついておらず、冷静に羽を広げ空を飛んだ。
「私に楯突こう等、無駄なんだよ小娘っ!!」
「それは如何かな?」
「何っ!!」
逆に海中から追い出された為だろう。空に汚い言葉を投げかける。しかし空を飛ぶ田鼈の更に上から声がした。
其処には魔力によって強化された脚力でもって跳び上がったリュウレンレッドがフレイムハンマーを振りかぶった状態で落下してきており、田鼈の直ぐ傍まで来ていた。驚く田鼈を無視して、全力で打ち据える。
強固な外殻を突き破るかの様な衝撃と共に、地面に向かって打ち出された田鼈。絹を引き裂いたかの様な甲高い悲鳴が一直線に地面に向かった。
「待っていたぞ、この時をっ!!」
「っ!!」
田鼈が墜落した場所は砂浜であり、盛大に海水と砂が舞う中、リュウレングリーンの持つウッドスナイパーの銃口が田鼈を狙っていた。
田鼈の外殻を突き破る事は出来ない。ならば甲虫の時と同じく外殻の中を狙えばいいのだ。田鼈がリュウレンブルーによって海中から空に向かって打ち出され、空を飛ぶ為に外殻を広げる瞬間をジッと待っていたのだ。
打ち上げられた高さが思いの外高く、リュウレンレッドに打ち下ろしに行って貰ったが、見事にリュウレングリーンの目の前に落としてくれた。あまりの衝撃に、外殻を閉じるのを忘れていたのだろう。柔らかい内側を曝け出している。
砂と海水が舞っているが、収まるのを待っているとこのチャンスを不意にしてしまう可能性がある為、リュウレングリーンは一瞬の、海水と砂が切れ目を作り出した瞬間を狙ってウッドスナイパーの引き金を引いた。
発射された風の弾丸は、真っ直ぐに突き進み、そして田鼈が声にならない悲鳴を上げて、砂と海水に飲み込まれた。
「やったの?」
「さてな。」
海から上がってきたリュウレンブルーが、リュウレングリーンの横に並び立つ。空から落ちて来ていたリュウレンレッドも反対側で警戒していた。
「っ!!」
「まさかっ!!」
突如、舞い上がっていた海水と砂が再び舞い上がる。それは下から何者かによって持ち上げられたかの様な動きであり、田鼈がまだ動ける事を指す。
「今回は引かせて貰うわ。無理する様な事でもないし…。」
「っ、…行かせると思うっ!?」
「そうね。…貴女は私の獲物よ。」
驚く三人に再び妖艶な美女の姿に戻った魔族の女は声を掛けてくる。空は宙に浮かぶその美女に向かって吠えるも、狂気と怨念と表現したら良いだろうか?と思える声で空に向かって宣言する。
美女は自身の得意とする戦場で上を行った空に狙いを定めたのか、空に邪悪な笑みを浮かべながら殺気を送った。
狂気と殺気をぶつけられた空は今まで怒っていたのも忘れ、急速に体が冷えるのを感じ、体を抱きしめる。そんな空の様子を鼻で笑った美女は、悠々と空を飛んで逃げて行った。
「…おい、大丈夫か?」
「…ごめん。」
「取り敢えず、変身解こうぜ。」
「…うん。」
震えあがっている空を心配して哲多が話しかけるが、空は一言謝るだけ。哲多がヒーロースーツを解く事を提案して、初めて空はいまだ、ヒーロースーツを着用しているままだった事を思い出した。
リュウレンブルーの姿が光に包まれる。その光が収まった所に空は立っていた。濡れていた服は乾いており、まるでアイロンにかけられたかのような皺一つない状態であった。
ヒーロースーツを形取るナノマシンは災害救助用であり、また遭難者等の身を守る事にも使われるため、着用者の体温を奪う水分を蒸発させ、汚れは外に排出させるのだ。
その効果が表れた為であり、スーツが今だ震える空の体温を維持していた筈で、更には日は茜色になってきているとはいえ、今だかんかんに照り付けており、暑いくらいである。
「うおっ、…空。」
「…ごめん、ちょっとこうさせて。」
空は哲多に正面から抱きつき、その胸板に顔を埋める。声なき声で泣き始めた。哲多は片手で抱きしめながら、もう一方の手で空の頭を撫で始めた。
訳の解らない場所に放り出され、助けられた命が失われ、殺されかけ、そして狂気をぶつけられた。空の心は既に一杯一杯であり、衝動的に涙が溢れ出たのだ。哲多はもう一方で撫でていた手を空の背中に回し、ギュッと力強く抱きしめる。
「俺が、…何とかしてやるからな。」
それは哲多の口癖。困った人を、手を必死に伸ばしている人を助ける為の口癖。空はそれを哲多の悪い癖だと常々思っていたが、今だけは頼りにしてしまった。
そんな二人を三匹が小さく鳴きながら待っており、涼貴は空の泣いている様子に顔を逸らしていた。
「信じられない!!こんな可愛い子らにそんな単純な名前を付けるなんてっ!!」
あの後泣き止んだ空は哲多と涼貴から今までの事を聞いていた。空の様にドラゴン達の魔力でバックルが修理され、変身して魔族を退けているのはいいとして、空が今一番怒っているのは、彼女が抱き上げている三匹の内、海竜のディネ以外の二匹の名前についてだった。
「いやいや、今それ必要?」
「必要よっ!!名前って一生の付き合いなのよっ!!」
思わず哲多が突っ込むも、一応の正論で返される。哲多が突っ込んだ通り今考える事ではないが、古今東西昔から女性に男性は口では勝てないと決まっている。先までの萎らしい態度は何処に行ったのか。哲多に早口で捲し立てながら詰め寄っていた。
涼貴は我関せずを貫き、海岸沿いを先頭に立って歩く。
「分かり易くて良いと思うけどな?なっ、チビ。」
「あんたね、幾らなんでもチビは無いでしょう。大っきくなった時の事考えてる?」
頭を傾げながら、そんなに駄目かねぇとチビに問いかける哲多。チビはその名前が気に入っているのか、哲多の問いにキューイと鳴く。小さな羽を精一杯動かして、空の腕の中から哲多の頭の上に移動した。
解ってきたことがある。それはチビがキューイと鳴く時は喜んでいる時だ。まぁ、チビは感情を体一杯使って表現する為、それ以外の事でも判りやすいのだが。
クロは空の腕の中から抜け出して、先頭を歩く涼貴の横に並んだ。短時間であったが、ウッドドラゴンとしての知能と涼貴の教育の賜物か、猟犬としての資質がある様に思える。まぁ、空の素人目であるが。それでも近所に住んでいる馬鹿犬の事を思うと、賢いだろう。
最後まで空の腕の中に残ったシードラゴンのディネ、亀の生物学名称であるテストゥーディネースから取ってディネとした。そう考えると空の命名も大した事がない事が判る。何せ犬にイヌという名前を付けたようなものだ。は小さくカウッと鳴いて、まるで笑ってるかのように前足?鰭をパタパタさせている。
あの後、乾燥させるのは流石に不味いが、海水じゃなくても大丈夫で、肺呼吸をしているらしく陸上でも大丈夫な事が判ったのだ。
まぁ、親が陸上で卵を産んでいた訳だし、海豹の様に陸上でも問題なく活動できるのは分かっていたのだが。それでも長時間水無しで生活出来るとは思っても見なかった。
「…あったぞ。」
「っえ!?」
「うおっ、本当だっ!!すげぇ、涼貴さん!!」
空が再び哲多に文句を言おうとした時、先頭を歩いていた涼貴が立ち止り、振り返りながら一言告げた。
今から何処に向かおうとしているのかという事を聞いていなかった空は何を見つけたのかと聞こうとして、哲多の上げた声にタイミングを盗られた。キラキラした純粋な尊敬を感じさせる哲多の瞳に見つめられて、少し照れて頬を掻く涼貴。
空はそこで改めて前を見た。そこには海へと流れ込む川の終点地点があり、今は引き潮の為か流れが強い様に思える。
「川?」
「おう!!あんな…。」
何故川なのだろうと口をついて出た言葉に哲多が興奮したように説明しだした。
「それって凄いのは涼貴さんで、あんたじゃないでしょ。」
「うぐっ…。」
別に哲多自身凄いとは言っていないのだが、まるで自身の様に語る哲多に空から指摘が入る。哲多も自覚があったのか押し黙ってしまった。涼貴は先頭を歩きながら、後ろを付いてくる二人に思わず視線を向けた。
二人は現役の高校生。現実を知っているものの、まだまだ世間の荒波を知らないのか、演技の指導を受けている時も、今の様にじゃれ合っていた。喧嘩の様に見えて、ポンポン交わされる会話は漫才の様で。それでいて何時も一緒に居るから良くからかわれていた。これで付き合っていないと言われても信じる者はいないだろうと思える。
だが、二人とも正義感に熱い性格をしており、ヒーローと言う職業は合っているのかもしれないと思わされた。演技指導も飲み込みが早いというよりも自然体でやってのけ、自分達よりも早く終わったのを覚えている。
哲多は涼貴から見ても、現状本物のヒーローだと言われても信じてしまいそうだ。相手が誰であろうと弱い者虐めは許さないという性格に涼貴すら救われている。
だが、一方で空は哲多の胸で泣いているのを見ている。幾ら激情型で情に厚く正義感タイプだと言えど、それでもまだ親の庇護が必要な女子高生なのだ。哲多の様な考えなしには必要ないかもしれないが、それでも出来るだけ様子を見た方がいいかもしれないと考えた。
「っ!!涼貴さんっ!!」
「あれっ!!あれっ!!」
「…何だとっ!!急ぐぞ、二人ともっ!!」
考え込んでいたが、道を離れることなく川沿いを上流に向かって歩いていた時、最初に見つけたのは哲多であった。直ぐに涼貴に声を掛けてくる。空も川の上流を指差し声を掛けてくる。
涼貴が視線をカーブして先が見えない様になっている場所、上流側を見ると、木々に遮られ薄暗くなっているが、川を流れる水に赤い物が混じっているのが見える。それは、薄らと匂う錆びた鉄の匂いから血である事が判った。
そして涼貴はもう一つ分かった。この幅の川の水、それなりに水量はある。からこの血液が流された地点までそれ程距離がない事が。
涼貴は二人を急かし、先頭に立って走り出した。二人は文句を言わずに短く返事を返し、涼貴の後ろに付いて走り出した。
「あそこっ!!」
「黄広さんっ!!」
空が叫ぶ。カーブを曲がり、直線の先に大柄な人が川縁に倒れ込んでいたのだ。それは、リュウレンイエローこと黄広 大地であった。
完全に気を失っているようで、涼貴の呼び掛けにも答えない。ガッチリした大柄な体格であり、片腕を伝ってそれなりの量の血液が流れ出ていた。
血液は体重の13分の1と言われており、その内半分が無くなると人は死ぬと言われている。今までにどのくらいの量が流れ出たかは判らないが、それでも止血しない事には不味い事が判った。
涼貴は直ぐに服の裾を破り、深い切り傷のある肩に巻いていく。それと同時に抱き起こし、傷口を心臓よりも高い位置に持ってきた。二人に余り動かさない様に言って、声を掛け続けてもらう。
気絶していた場合、頭を打っている可能性があり、下手に動かすと悪化させる恐れがあるからだ。抱き起こすのは止血が先決であり、声を掛け続けてもらうのは、まず意識の回復を促す為だ。
黄広 大地は今年27になる農業家だ。農業家としてはまだまだ新米であるが、涼貴達にとっては最年長であり、何かと頼りになる兄貴分である。涼貴も哲多も空も、大地に御飯を食べに連れてって貰ったりする。
まぁ、其処は大地が野菜を下している店で、自慢してきたりするのだが、それでも親しい人が血を流し、倒れているのは心臓に悪い。
猟師でこういう時の応急処置を実践している涼貴が居なければ、二人はパニックになっていただろうと思われる。空もライフセーバーとして応急処置の仕方は習っている筈だが、それでもまだまだとしか言い様がないだろう。
空の場合は溺れた人の応急処置が中心と言ってしまえばそれまでだが、こういった怪我を海岸でもする場合があるという事を考えれば、出来ない訳じゃない。
大地は気絶していただけなのか、哲多と空の呼び掛けに直ぐに目を開いた。
「おう、坊主に嬢ちゃん。」
「大地さんっ、大丈夫なんすかっ!!」
「おう、これは…、涼貴か?迷惑掛けたな。」
大地は血が流れすぎているせいだろう、ボーとしながら現状の把握を始めた。目の前に居る心配そうな二人に先ず声を掛け、痛みが走ったのだろう。顔を顰める。顔を傷口にやり布が巻かれているのを見て、後方から涼貴が抱き起こしているのを見て、応急処置を涼貴がしたのだろうと推測。済まなさそうに礼を言った。
「いえ、でも何があったんですか?」
「……、そうだ、アイツはっ!!」
「ちょ、落ちついて大地さん。アイツじゃ判らないっすよ。」
「亀だよ、デッカイ亀っ!!」
涼貴が何があったか尋ねると、思い出す様に宙に視線を彷徨いさせ、突然立ち上がったと思うと哲多に詰め寄った。
その事に哲多が思わず引き、大地に落ち着く様に言う。そして、大地が繰り返し言うアイツとは誰の事かと尋ねると、大地は両手を広げて、こんな大きさの亀だよと言う。
「いえ、見てないっすよ。」
「私達が来た時は大地さんが倒れているだけでした。」
哲多が見ていないといい、空がその事を補足すると、大地は慌てたように不味いと叫んで走り出してしまった。慌ててその後を追いかける。
流石に木々の中を行くのに長けた猟師が先導し、体力には自信のある高校生二人である。体格が大きいと言えど、逆にその体格が速度を落としており、更に怪我をしている事もあり、大地には直ぐに追いついたのだった。
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