第二話 異世界の変身ヒーロー ドラゴンと魔族2
哲多は魔族の男に向かって一歩を踏み出した。
「おわっ…。」
「なっ!!」
哲多と男の驚く声が重なる。哲多は軽く踏み出しただけなのに、高速で後方へと流れる景色に。魔族の男は先程とガラリと変わった哲多の圧倒的な速度に。
「にゃろめっ!!」
「くっ!?」
哲多は驚きつつも、自慢の運動神経で木に足をつけ、急激に近づいてくる男に向かって拳を突き出す。
男は哲多の攻撃を防ぐ為にチビを離し、辛うじて腕を交差させて受け止める。しかし、その力は強く、先の哲多の様に後方へと吹き飛ばされた。
「な、何故!?」
男は疑問の声を上げる。竜種ですら軽々と叩き伏せる事が出来る男が、姿が変わるまで甚振っていた哲多に一方的になっていたからだ。
男も哲多も知らないことであったが、竜種の魔力が哲多のスーツ内に留まり、哲多の肉体を強化していたからなのだが。哲多はドラゴンに修復されたヒーロースーツのお蔭だと思っていたし、男は、哲多を取り巻く魔力がヒーロースーツによって阻まれ、ほとんど外に放出されない事から強力な肉体強化が起きているとは思えなかった。
「仕方ありませんね。この姿になるのは嫌いなんですが…。」
「何だ?」
不利を悟った男は、後ろに跳び哲多から距離を取ると、全身の力を抜き両手をダランと垂らす。背中が縦に割れ、中から何かが出てきた。
「うをっ!?」
「これを避けますか…。」
気障な男風であったが、今は皮だけになって地面に落ちている。その中から出てきたのは巨大な蜻蛉であった。
閃光が走ったと思った瞬間、哲多は嫌な予感に襲われる。その感に沿って体を真横に投げ出すと、閃光は哲多のすぐ横を通り過ぎ、後方にあった木々が数本切り裂かれていた。
巨大な蜻蛉はまるで嘲笑っているかのように顔を歪ませ、驚く哲多を見下しながら哲多の方に向きなおす。
「きっついな。だが見えてた。」
「あなたは此処で倒しておきます。」
哲多は見えた倒された木々を見て呟く。だが、スーツの補正だろうか、こちらに向かってくる巨大な蜻蛉の姿がはっきりと見えていた。
「流激装備。」
哲多はバックルの摘みを左右に押し広げる。龍玉から光が溢れ、その光の中から柄が出てきた。哲多はその柄を握りしめ、光の中から引っ張り出した。
「フレイムハンマー!!」
それはリュウレンジャーの装備武器だ。決まった形にプログラムされ、ナノマシンで形成されたその武器は、各リュウレンジャーで形が違う。哲多の、リュウレンレッドに設定された武器は巨大なハンマーだ。
設定では赤く燃えるハンマーであり、舞台では本当に燃やすわけにもいかず、ただ赤く光るだけであったが、魔力で再生されたバックルは本来の設定通りに燃えるハンマーを現出させていた。
プログラムが呪文の代わりをし、ナノマシンを繋ぐ魔力が反応した結果であった。
「な、なんだと…。」
「喰らいやがれ!!」
轟々と渦巻く巨大な魔力。それを驚愕と共に危険視し、排除しようと閃光となって哲多に迫った魔族であったが、哲多はフレイムハンマーを振り上げた体制で前へと跳んだ。
丁度魔族の顔の前へと躍り出た哲多は振り上げていたハンマーを、思いっきり振り下ろす。
「がはっ!?」
「もう一丁!!」
地面に叩きつけられ、呻き声を上げる魔族。地面に叩きつけられた衝撃で、跳ね上がってきた魔族に向かって哲多は、野球でバットをフルスイングする要領でハンマーを振るった。
「ギエッ!!」
「よしっ!!」
小さく悲鳴を上げた魔族は木々を薙ぎ倒し、遥か先へと土煙を上げながら消えていった。小さくガッツポーズをした哲多は、変身を解くと地面に倒れているチビの方へと慌てて走り寄ると抱き上げる。
「キュイー…。」
「大丈夫か?チビ…。」
「キュイッ!」
ぐったりしていたチビであったが、哲多が抱き上げると途端に元気に鳴いた。流石は小さくてもドラゴンの様で、怪我等はしていなかった。
「はは、大丈夫みたいだな。」
「キュウ。」
思わず安心する哲多。だが、哲多はチビを抱き上げたまま、魔族の飛んで行った方をみる。哲多の感がまたも嫌な予感をさせており、事実土煙の中から最初の姿。気障な男風になった魔族が出てきたからだ。
哲多は油断なくバックルの摘みに手を伸ばす。
「…どうやら、今回はその竜種を諦めなければいけませんねぇ。」
「逃がすかよっ!!」
「逃げるだけなら造作もないですよ。」
男は薄く笑い、宙に浮く。哲多がバックルの摘みを押し込み、変身しようとするも、巨大な蜻蛉であった時の様な速度で宙を駆ける魔族の男。
「ああ、そうだ。」
「降りて来いっ!!」
「お前は俺の獲物だっ!!」
「つっ!!」
男は言い忘れていたと言った風に声を出す。哲多の攻撃が届かないぐらいの高さに浮く魔族の男は、哲多に向かって溢れ出た殺気と、狂気を哲多に叩きつけながら宣言する。狂ったような笑みのままで。
魔族の殺気と狂気に中てられた哲多は思わず尻込みしてしまった。その間に魔族の男は飛び去ってしまい、思わず安堵の息を吐いてしまう哲多。
「なぁチビ。これから如何すれば良いと思う?」
「キュイー…。」
数秒、数分立っただろうか、魔族の男が攻めて来ない、安全になったと判断した哲多は、これから如何すれば良いのかとチビに問いかけた。
当然チビに答えられる訳がなく、チビは首を傾げる。少なくとも頼りになりそうな存在、親ドラゴンは、灰または哲多のバックルに魔力となって居ない。何も言わない。
「うをっ、何だ一体!?」
少しの間黙祷を捧げていた哲多であったが、突然、強力な揺れと爆発音が哲多を襲う。哲多が爆発音がした方、裾の方を見ると木々の中からモクモクと煙が出ていた。
「なっ、なんじゃアレ!!」
その上を巨大な甲虫が飛んでおり、土煙の周りを飛んでいる。
「何かを襲っているのかっ!?行くぞチビっ!!」
「キュイッ!!」
驚く哲多であったが、よく見ると何かを襲っている様に見えるその姿に、もし本当に何かを襲っているのであればと、正義感の強い哲多はチビを頭に乗せて駆けだしたのだった。
深森 涼貴は今木々の中を走っている。その隣には黒い巨大なオオカミの様な生き物が並走していた。様なと付けたのは、頭の部分に金色の角が生えており、人語を解したからだ。
竜巻に巻き上げられ、ヒーロースーツのお蔭で怪我一つなかったが、気絶していたらしく。気が付いた時に目の前に、巨大なオオカミの顔がアップで映り込んだときは食われるのを覚悟したし、その涼貴に向かって涼貴の知っている日本語で話しかけられた時は、本当にショック死してしまうのではと思える程驚いた。
涼貴は都市部の大学を出たのはいいが、就職に失敗し故郷でもある流連市に帰ってきていた。涼貴の住んでいた場所は、元々山裾を開拓した場所であり、害獣もよく出たのだ。人里に下りてくる熊や猪を退治するために猟師が多く、涼貴もまた狩猟免許を取ったのだった。
まだまだ新米と呼ばれるのが当たり前の涼貴であったが、喋る顔に角のあるオオカミ等知らず、混乱しそうになるも、現実を見なければ下手をすれば命に係わる仕事に就いていた為、現実を受け入れていた。
「それで、あれは魔族と考えていいのだな。」
「うむ、出なければ曲がりなりにも竜種の我を此処まで追い詰められんだろう。」
何故精霊種の皮を被っているのかは知らないがな。と続けられた言葉に、涼貴はそうかとだけ答えた。
内心では、オオカミではなく竜だったのかと関係ない事を考えた涼貴ではあったが、直ぐに関係ない事は放置することにした。
山歩きに慣れている涼貴は、幾ら異世界の木々の中とはいえそれなりの速度を出して走れる。とはいえオオカミと同じ速度等出せる訳がなく、それでもオオカミに並走できているのはオオカミが怪我をしているからであった。
オオカミの後ろ足の一本が膝から下がなく、今だ赤い血液が滴り落ちている状況だが、足を止めて治療等と悠長なことをしていられない。
不意を打って足止めに成功したため、距離を稼ぐことが出来たとはいえ、後方から宙に浮いた魔族の男が迫ってきているのだ。
「…すまんが息子を頼むぞ。」
「おい、何をする気だ!!」
チラリと後方を見たオオカミは、オオカミの背に隠れていたまだ幼い、オオカミと言うより子犬だろう。を突如涼貴に渡してくる。子犬は大人しく涼貴に抱かれ、子犬を抱いたままの涼貴は、オオカミのやろうとしていることを正しく予想出来てしまった。だが、その予想は外れてほしい涼貴はオオカミを止める為にも問いかけた。
「うむ、当然、こうするのさ!!」
「あっ、おい!?」
涼貴の中で子犬がクーンと鳴いた。
オオカミは勢いを前足だけで止めると、急速に反転。一本しかない後ろ足に力を込めて、魔族の男の方に向かって跳ぶ様に空を駆けて行った。
「なっ、何だと!?」
巨漢であり、全身が筋肉の鎧を付けているのではないかと思わせられるほど隆起した肉体を持つ男は、見た目通りに頭が空っぽなのか、最初に不意を打たれた事等忘れたのか、オオカミの突然の行動に驚き、オオカミの体当たりをモロに受けて吹き飛んで行った。
数本の木々を薙ぎ倒し、後方へと吹き飛んでいく男の姿に思わず足を止める涼貴。
「馬鹿者、足を止めるなっ!!」
「っ!?」
だが直ぐにオオカミからの叱咤が飛び、涼貴は又も足を動かし始めたのだった。オオカミも直ぐに涼貴に追いついてきて、真横を並走する。
「あれで倒せないのか?」
「…無理であろうな。」
走りながらチラリと後方を見る。モクモクと土埃が舞っている状況に、倒せてはいないと涼貴自身の心に嘘を吐き、オオカミに尋ねるもオオカミの返答はそうで無くて欲しいと願いつつも涼貴自身が想像したものであった。
「てめぇら、もう許さねえぞ。」
「っ!!」
遥か後方へと吹き飛んでいった男の声がすぐ後ろでした気がした。思わず足を止めてしまう涼貴。だが、今度はオオカミからの叱咤の声は無かった。何故ならオオカミも足を止めてしまっており、後方やや斜め上を怯えた表情で睨んでいた。
涼貴もそちらに視線をやると、男は丸太の様な腕をダランと垂らし、背中に亀裂が走っていた。
「俺様のかっけぇ姿を拝んで死にやがれ!!」
汚い言葉を投げかけながら、男の背中から巨大な甲虫が出てきた。
その甲虫は、少しの間旋回するように飛んだ後、涼貴達の方へと角を先頭にして向かってきたのだ。
「うわっ!!」
思わず空気を押し出したかのような悲鳴を上げてしまう。オオカミが焦った顔で、涼貴の方へと向かってくるのが見えた。
「ちっ、仕留められたのは犬っころだけか。」
轟音と共に、強烈な衝撃によって巻き上げられた土埃から出てきた甲虫は悔しそうに呟く。その角は中程まで赤く染まっていた。
「おい、おいっ!!」
「…ガフッ、グッ……。」
涼貴がオオカミに声を掛けるも、オオカミは声にならない。何かを喋ろうとする度に赤黒い血を吐きだしていた。前足で地面を掻き毟り、立ち上がろうとするも、胴体の中程に大穴が空き、其処より下半身は薄くなっており、潰されてしまっている。
巨大な甲虫は舞い上がる土埃で、涼貴達を見失っているのか空中を無意味に回っていた。
「す、すまん。俺を助けてくれたせいで…。」
「グフ、勘違いするな。我は息子を助けたのだ。」
後悔するかのように落ち込む涼貴を見て、オオカミは無理やり言葉を絞り出す。それは涼貴を思いやるものであり、実際巨大な甲虫が降ってきた先は涼貴に対してであった。
涼貴は、自身に向かって降ってくる視界一杯の巨大な黒光りする角とに恐怖してしまい動けなくなった。
その涼貴を守る為、オオカミは涼貴を突き飛ばし、代わりに自身が地面に縫い付けられたのだ。甲虫の体側にあった下半身は甲虫の重さと、衝撃で潰れてしまったというわけだ。
もしオオカミに助けられなかった場合、目の前の状況になっていたのは涼貴であった。
「クーン…。」
「っ!!」
腕の中の子犬が涼貴の顔を舐める。その感触に涼貴は茫然としていた状況から抜け出した。
「ああ、其処に居たのか。」
「あ、ああ…。」
だが時すでに遅く、空に舞っていた巨大な甲虫は涼貴の姿を見つけていた。何かを言おうとするも、恐怖で言葉にならず。逃げようにも足は石になったかのように動かない。
「動くなよ。今度は外さないから。」
巨大な甲虫は、角を地面に向けて落ちてきた。いや、そう表現するのが正しいかのような錯覚に陥らせる速度で飛んできたのだ。
再び涼貴の目の前に、巨大な角が迫る。
「ひっ!?」
オオカミが焦ったかのように前足を動かすも、できたのはそれだけであった。
「フレイムハンマーっ!!」
悲鳴を上げ思わず目を瞑ってしまった涼貴の耳に聞きなれた声が入ってくる。その瞬間、轟音が響き、何かがへし折れる音が連続で聞こえてきた。
状況を確認しようと目を開けると、赤い背中が見えた。その先には、木々がへし折れた空間が存在し、その先に巨大な甲虫が仰向けに倒れていたのだった。
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