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『芋ケンピ』を両親が貰ってきたので世界を救ってくる  作者: 鴉野 兄貴
芋ケンピを両親が貰ってきたので世界を救ってくる
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怖い顔の男

 佐倉サチの夢の中には『怖い顔の男』なる夢魔が生息している。

 恐怖を取り去って見せたり、淫夢を見せようとしても何故か現れるサチの兄に殴られて阻止されたり、悪夢を見せる仕事を放棄してサチの相談に乗ってしまったりと彼の行動はおおよそ夢魔らしからぬものである。見た目は怖くて不気味だが、サチはそれなりに彼のことを気に入っている。らしい。

 佐倉サチは逃げていた。

 後ろからえも知れぬ黒い闇がうごめき、腐敗臭や血の臭い、あるいは化学薬品の臭いを伴って迫ってくる。

「ちょ? 今回は本気で怖いッ」

 サチは必死で逃げる。

 逃げて逃げて逃げて逃げて。あわや捕らえられるかと思ったとき。

「やめた。お茶にしようよ」

 サチは迫る黒い闇に平然と告げた。


 少女茶会中。


「いや、今回はホントッ 怖かった」


 足元でラインダンスを踊る耳だの目玉だのを横目に血の色のチョコを口にするサチ。その視線の先の男は改心の笑みを浮かべて一言。

「良かった良かった」

 良くない。サチはぶーたれた。


 サチの視線の先の異常に怖い顔立ちの男。彼はサチの夢魔である。

 血の香りのほのかにするお茶を入れる意外と優雅な仕草からは想像つかない。転職してほしいところだ。

 夢魔と言っても厭らしい夢を見せようとしたら夢の中にまで(何故か)登場する兄に防がれ、怖い夢を見せようとしても途中でこのように夢と気付かれてお茶タイムになってしまう。

「『夢』って言うのは記憶や心の整理に見るものだからなぁ」

「聞いたことある」


「たとえば思春期に見る夢だと、心の整理として順列をつけたり」


 うん。サチは茶を口に含む。

 血の香りはいただけないが、少しの辛味と甘みが絶妙で結構気に入っている。

「学校の勉強を復習したり」

 う。

 化学の話はするな。


「追体験で恐怖や嫌なことを克服したり」

 ふむ。

「本来は経験できない経験を得ることも出来る」

 なるほど。


 ふと気づいて申し訳なくなり、恐る恐る問うサチ。

「『恐怖』をなくしたら『思いやり』も無くなったりしたアレ?」

 そんなサチに彼はニヤリと笑い、温厚そうな笑みを浮かべる。

 以前、『恐怖』をなくしたサチと兄は彼を思いっきりバットで殴っていることを思い出してしまった。

「ごめんなさい」

「いや、夢魔の仕事だし」

 ケタケタと笑う彼に反省してみせるサチだった。


「あ。そうだ。相談があるんだけど」


 何処の世の中に仕事を放棄して悩みに付き合う夢魔がいるのやら。

 本来サチは数少ない大人の男である彼に相談事があったのだ。

 血の味のする茶に足元でスプラッタダンスを踊る耳だの目玉だのには既に慣れた。今や怖くもなんともない。


「サチのプレゼントなら何でも喜んでくれると思うがなぁ」

「だから夢の中まで悩んでいるんじゃない」


 佐倉サチは不満を述べる。


「そりゃおれは男だけど」

 アドバイスにならんぞ。

 サチの父に贈るプレゼントのネクタイの柄について問われた彼はそう告げるが。

「何でも喜ぶって事は何でも喜んでくれないってことジャン」

 微妙に赤黒いチョコケーキをパクパク食べるサチ。

 このケーキは太らないのだッ! ゆえに彼女のお気に入りになりつつある。 もっとも、今回の使用用途は『やけ食い』に該当する。


 サチの瞳を見た彼は合点が行ったように手を打ち鳴らして問う。

「ああ。以前やったことを気にしてる?」

「うん」

 微妙に傷ついた一件である。


 具体的に言うと皆が好きだと思っていたら一人を選ばなければならない状況に立たされた件だ。皆が好きなのはある種の残酷さでもあると気付かされてしまった。


 いやぁ悪い悪いと彼はケタケタ笑うが、サチにはたまったものではない。

「大人になる過程だしなぁ」

 大人って難しいらしい。

「誰も好き好んで大人になるわけではなくて『なる』からなぁ」

 子供のときは大人になりたいと思ったものだが。

「順列をつけず、ただ好きだから好きって言えるのは、子供ならではでいい事だと思うぞ。サチ」

「じゃ、なんで人は大人になるの」

 疑問を口にするサチに『怖い顔の男』は笑う。

「じゃ、誰が子供を護ってやるんだよ」

「む~」

 そこでサチは目が覚めた。ネクタイを買いにいかねばならない。

 軽く伸びをして寝台から身を起こす。妙に肌寒いのが気になった。


 ネクタイを買いに行こうと思ったサチだが。

「おかしい」人が一人もいない。家にもいなかった。

 町を歩き、音一つしない飲食店街を抜け。


 自分の鼓動の音が早鐘のようになる。肌寒いのに汗が噴き出て瞳が渇く。

 お店についたサチだが、店員さんがいない。

「これじゃ買えないじゃない」

 買うのとタダで持っていくのは違う。うん。


 このお店、妙に冷房効いてないかな。

 肩を抱いて震えて吐息を吐くと白い息が凍っていく。

「なによ。これ……」


 なによ。これ。なによこれ。ナニヨコレ……。

 自分の声が遠く響いていく。

「ちょっと。『怖い顔の男』さんの悪戯?」

 チョットコワイカオノオトコサンノイタズラ チョットコワイカオノオトコサンノイタズラ チョットコワイカオノオトコサンノイタズラ チョットコワイカオノオトコサンノイタズラ……。

 指先の感覚が急激になくなっていく。


 寒すぎる。鼻水すら凍る寒さだ。


「ちょっと。いい加減にし。て。よ」


 言葉すら凍りだした。寒い。寒い。

 動けないサチの前にスーツ姿の男が現れた。

 『男』の顔は何もない黒い空間。

「いらっしゃいませ。お客様。当店の御代は『命』になっております」

 顔がないはずの男が『笑った』ことだけはサチにもわかった。

 サチの服を乱暴に掴む男に。


 ごつん。

 強烈な一撃をかます『怖い顔の男』。

「大丈夫か? サチ」

 大丈夫じゃないよ。


 喋りたいが言葉が出ないほど震え、凍えるサチの手をその優しい手は掴んだ。この掌の感触、暖かさ、力強さは何処か覚えがある。そのままサチを抱きかかえた『怖い顔の男』は軽く飛んだ。

 『店』を突き破り、黒いどろどろした波をつきぬけ、なんともつかぬ情念の中を飛ぶ。

「な、なによコレ」

「『悪夢』だ」

 悪夢っていいものじゃないの?

 疑問を口に出そうとするサチだがまだ言葉が出ない。


「これは例外的に、人を殺す悪夢だ。人間は恐怖だけで死ぬことがある」


 『怖い顔の男』は答える。

 安心のあまり今更ながら脱力していくサチ。

「こ、こ、怖かった」

「良く頑張ったな」


 優しく頭をなでてくれる『怖い顔の男』。


「君は子供だから持つ優しさも、大人だから持つ強さも持っている。だから、ゆっくり大人になればいい」朝だから起きろ。サチ。



……。

 ……。


「変な夢見た」


 寝ぼけ眼で起き上がり、顔を洗うサチに。

「凄い顔をしているぞ」

 父はニヤリと笑ってみせる。

 サチは父の背にニッコリ笑って告げる。

「うん。昨夜はありがとう。『怖い顔の男』さん」

「ナンノコトダネ」


 とぼける父に彼女は抱きついて見せた。

「パパ。大好き」

 嬉しい喜びに戸惑う父にサチは続ける。


「だから、お小遣いアップして」

「却下」


 後ろからは顔はわからない。

 しかし。父の背中は笑っているように見えた。

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