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『芋ケンピ』を両親が貰ってきたので世界を救ってくる  作者: 鴉野 兄貴
芋ケンピを両親が貰ってきたので世界を救ってくる
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『竹やり』を貰ったので世界を滅ぼしてくる

 良いも悪いも使い手次第。

 医大生佐倉氏は悲嘆にくれていた。

 ただ勉学に励めばいい高校時代は終わったのだ。


 病気の辛い末路、既得権益渦巻く医療界、責任の押し付け合い。

 そんな現実を多少なりとも見聞きすれば多少はくるものがある。


 医療のためには実験動物も扱うし、検体(遺体)も扱う。

 人を救う医薬品の香りは見えざる死と腐敗の香りを伴い、薬の苦味には味なき血の味が含まれている。


 「じゃ」


 そういって父は『竹やり』を一本くれた。

 な ぜ に 竹 や り 。


「竹やりはすごいぞ。竹馬になる。友達ができるぞ」

 それがどうした。

「それだけではない。B29を倒せる」

 そんなわけがない。というかB29って何?

 米軍ジェット戦闘機F4ファントムは倒せるが。



 変わり者の父とそのようななやり取りをしていた医大生佐倉氏はなぜか石の台座の上に座っていた。

 いかめしい顔をした男や美貌の女性たち。きつい香の香りが舌を刺し、のどに嫌な感触を与える。

「救世の乙女を召喚したはずなのだが」

 男は嫌そうにつぶやいた。


「失敗したようだ。放り出せ」

「はい」


 意味も分からず放り出された某医科大学一回生・佐倉氏。

「だんな」

「くれぇ」

 身なりのよいと判断された佐倉氏は亡霊のような人間どもに絡まれ、しこたま殴られたうえに着ていたセーターも上着も奪われた。

 ゴムの伸びてしまった下着が残っていたのは不幸中の幸い。命があっただけでも行幸だ。

 糞尿の臭いの酷い道端に放り出され、口の中に嗚咽の味を噛み締めた佐倉氏は

身を切り裂く風の冷たさに切れ切れの白い吐息を吐き出す。

 幸か不幸か糞尿と塵芥まみれの路上に倒れこんだ佐倉氏の顔立ちにある種の気品を見出した男がいなければこのままこの物語は終わっていたと思われるが、佐倉氏はそれなりに『不幸』であったらしい。

 絶好のカモ。なんらかの形で身包みはがれたそれなりの家の人間。そう判断した近場の宿屋の亭主は彼を丁重に歓待したが、なんの後ろ盾もない異世界人と知った瞬間、『息をする料金』『水代』『食事代』『光明代』などなどの借金を押し付け、奴隷として使い出した。


 この宿屋というのはそれはそれは酷いもので、佐倉氏の知っている『ホテル』などとは次元が違うものである。

 道を歩く旅人を引きずりこみ、カネがなければ持ち物を奪う。子供は売り飛ばす。宿に来た客の持ち物をたくみに奪い、さまざまな理由で骨までぼったくる。実際骨でも肉でもつかえるものはスープにでもソーセージにでもする。

 カネのない常連客どもが毎晩つどいて真に宜しくない女の成れの果てどもと言葉にもできない不貞な騒ぎを繰り返す。

 客が酒に酔えば水を出して誤魔化して酒代を請求し、酒代のツケとして奴隷にした客を使って不用意な旅人を襲わせ、あるいは路地裏でつつましい暮らしをしているものでも襲って奪う。


 宿屋の主人や女将の口車はたいしたもので、良いも悪いもくるくる回る。

 この調子のよさ、相手を笑わせる手腕は本当に恐ろしい。


 怒り狂う客をからかい笑いものにし、尊大な客からカネを巻き上げ、取れるものは全て取る。

 地獄も天国も分からぬ環境で殴られ蹴られ病気を貰って悶絶しても放置された佐倉氏だが。


『高槻天神は竹やりでできているし、京都ではいまだ竹を駆除するのに苦労している』

 あはは。

 今となっては父のくだらない冗談がふと蘇り、時として苦悩を和らげるということも知った。父のようになりたいとは思ったが、その日は遠く、その前に彼は命を落としそうだ。



 医大一回生。

 そう聞くと人は何を想像するだろうか。


 賢い。まぁ当たってはいる。

 試験に合格する程度は賢いし一般教養はある。

 しかし、悪意渦巻く異世界に対応するためには聊か能力不足といわざるを得ない。


 金持ち?

 確かに医大の学費は計り知れない。奴隷になる羽目になったが。


 将来は安泰。

 医者といっても専門が色々ある。

 歯医者のようにコンビニエンスストアより同業がいて莫大な開業費用を必要とする医者。産婦人科などのように医療ミス一発で訴訟の恐怖に怯えなければならない医者。

 一介の医学生が異世界で安泰な将来を築くことはきわめて難しい。


 そして研修医時代は基本辛いものだ。救急救命医のように休みのない医者もいる。もちろん、権力や利権を第一義に考える医者もいる。


 掃除という概念がない糞尿混じりの泥の中で眠る佐倉氏。

 まれに世のため人のためとか考える酔狂ものも、医者の中には少数ながらいる。

 理想と現実に苦しみつつも、日々の職務を全うするもの。これはかなりいる。


 佐倉氏は元の世界の感覚を捨てられない程度には良心が残っていたらしい。 

 震え、病に冒された少女に思わず自らの貴重なパンを捧げ、物乞いに絡まれて殺されそうになった佐倉氏を店主は「うちの奴隷だ」と追い払った。

 素直にお礼を言う佐倉氏の人の良さに店主はあきれかえって濁った瞳を向けてしまう。照れ隠しか結果的に『命のお礼』と称して借金がさらに増えたが。


 かくも面倒だが、社会的信用は高い職業。人はそれを医者と呼び、その卵を人は医大生と呼ぶ。佐倉氏のように。だが、その卵は早くも割れて砕け散る寸前だった。

 覚えたての机上の理論は功を成さず、のたれ死ぬ人々には何の役にも立たない。


 医者といえど一人では何もできない。

 実験のためのモルモットを供養するだけでもだ。

 そのうち慣れるというが、彼には難しかった。


 食料を例にしても生かすためにはそれ以上に殺さなければならない。

 上下関係、権力争い。命を守る前に職も守る必要がある。

 ミスがあれば言葉巧みに笑って笑わせ握りつぶし、無理なら責任転嫁する。

 それでも、彼のような青年でもやろうという意思が残っていれば簡単なことはできなくもない。


 ある日、店主に窮状を訴える人物が現れた。

「医者が欲しい。今すぐだ」

 いつしか『医者』は佐倉氏のあだ名になっていた。

 勿論インチキ薬で儲けるために店主がでっち上げた嘘だが。


「悪魔の植物にやられた」


 その先端は鋭く尖り、内部は空洞で用を成さず、恐ろしい勢いで周囲を侵蝕して森も町も己が物にする。頑丈でしなやかで剣をも通さない魔物が町に侵蝕してきたという。

 傷つき倒れる兵士を医療タグをつけて分類、可能な処置を行っていく佐倉氏。

 インチキ薬も店主を言葉巧みに誤魔化して作らせた薬も駆使し、元気な患者にはインチキ薬で気合を入れなおし、深刻な患者には数少ないまともな薬を使う。


 『悪魔の植物』。

 剣は通じず、銃弾ははじき返し、炎を持てば根を残して背後から襲う。

 地の底が割れて兵士を貫き、前後左右から跳ね上がって婦女子を貫き刺して天空に吊るし上げる。

 『悪魔の植物』の姿は佐倉氏の瞳にはいつぞや父がくれた『竹やり』に酷似してみえた。

「救世の乙女を呼び出し、他国を侵略しようとした公爵が死んだ」


 そのような皮肉な話を聞くのは「異世界の武器を魔法で改造して、兵器としようとした」話を老魔導士から聞いた後であった。街は『竹やり』に侵蝕されていく。その滅ばんとする町に閃光が光った。


「不届キナ異界ノ悪魔ドモ。貴様ラヲ滅ボシニ来タゾ」


 鋼鉄の翼が空を舞い、鉛の弾丸が雨のように降り注ぎ、雷のように耳朶をうつ。

空から落ちた『爆弾』は町や人々を灰燼と化して行く。物乞いも強盗も。宿屋の主人も貴族の男も。まさに弱り目にたたり目。かの飛行機の持ち主たちが復讐しようとする領主はすでに死んでいるのに。

 復讐に燃える異世界から来た軍隊。

 異界から物品や人間を拉致する魔術を行使してきた領主の愚行。

 その高い代償をこの世界の人々は払うこととなったようだ。


「降りて来いっ!」

 小さな子が叫ぶ。銀の翼はその彼に銃弾で答えた。とっさに彼を抱えて飛ぶ佐倉氏。

 異界より無差別に人を浚った公爵の所業は、さらなる異界の軍事大国の怒りを買ったらしい。無人機が舞い、人々を遊びのように殺していく。一人の魔導士が命がけでその機体の一つを討ったが、その機体内部にはいかなる生物もおらず、異界の誰かが安全な位置から遊びとして彼らを狩っているという事実が判明した。


……。

 ……。


 いまや戯れに人々を殺す銀の翼と、暴走した悪魔の植物によって人々は全滅の危機に瀕していた。恐怖と絶望の中、さまよう人々に紛れて旅する佐倉氏。


 彼はある日、打ち捨てられた神殿にたどり着いた。

 壊れた天井からの穏やかな光がその二つの神像を照らしている。一つは豊満な女性を象った神像。もう一つは快活な笑顔を浮かべる黒髪の少女を象った木像。

 木像からほのかに香る木屑の香りはこの木像が長く持たないことを指している。


 食料がないかと調べた佐倉氏だが、そんなものは盗族が持ち去った後だ。

 半壊した巨大な石造や木像が残っているのも、なんの金にも食料にもならないからに過ぎない。

 空腹に震え、死の恐怖に涙し、遠い家族の姿を想い、彼らの声を乞いながら眠りにつく佐倉氏。夢の中にて木像の女神が語りかけてきたのは生死をさまよう彼の幻覚。


 女神はつぶやいた。

「何が怖い」

『全て』

 佐倉氏は返答した。


 痛いこと。怖いこと。尊厳を傷つけられること。

 それらが行使されること。それらを止められないこと。

 責任を取ること。踏みにじられること。人と人の関係。


 黒髪の女神は面倒くさそうに口元をゆがめた。

 どう見ても女神らしくない。

 そう指摘すると「うっさい」と彼女はぶうたれた。


「怖いには順列をつけやがれ。ほかはそれ以上は怖くないだろ」

 ?

 

 女神は面倒くさそうにつぶやいた。

「たとえばだ。家族に会えないままこのまま餓死する。

お前の捜索願は風化し、家族は悲しむがその家族もいつか病に倒れ老いに朽ち果てる。

生き物は全て醜く崩れていく定めだからな」


 定めが怖いのか。今更そうじゃないだろ。

 女神の声が遠く響く。木屑とともに女神が崩れ去っていく。

「『あれ以上は怖くねぇや』って思ったら、恐怖は勇気に変わる。乗り越えれば自信に変わる。人への恐怖は、関係への恐怖だ。それは如何なる強者でも持っているべきものだ。お前は恐怖を知るべきだ。そうすれば、『思いやり』を持てる。もう貴様は持っているようだがな」


 目が覚めると『悪魔の植物』が彼の寝ていたところを貫いていた。


「いいも悪いも使い手しだい。医も救う以上に人を殺す」


 女神の言葉が寝起きの佐倉氏の脳裏に残る。

 佐倉は『悪魔の植物』に取り付き、神殿にあった壊れたのこぎりでそれを切断した。


 小さなたけのこは煮炊きして食料とし、皆に振舞う。

 竹は器になる。竹炭は燃料になるし、汚れた水を濾過ろかするのにも役立つ。


 やがて佐倉は人々を残し、世界を滅ぼさんとする鉄の嵐の中に向けて一人駆け出した。


 豪雨のように降り注ぐ鉛の玉が佐倉を狙う。

 しかし佐倉が手に持った『竹やり』を掲げると、地面から伸びた竹がその弾丸をはじき返し、銀の翼を逆に貫いてみせた。

 燃える炎に抗う竹林を作り、爆薬の威力を抑え、腰だめに構えた『竹やり』を一気に突き出す。爆薬を仕込んだ佐倉の『竹やり』の一撃は戦車の装甲を貫き、そのキャタピラを砕く。


 頭上で『竹やり』を振り回し、並み居る戦車をなぎ倒し、皆を鼓舞する佐倉に

天空から銀の翼が次々と破壊の炎を放つ。硝煙で麻痺した鼻舌はもはや何も感じない。感じるのは臓腑のうごめきと、血流を全身に燃やす心臓の音。肺腑はいふから漏れ出ずるは怒りの声。


 理不尽な悪意への怒り。『正義』の怒り。


 天空から降り注ぐ破壊の炎をくるくる回した『竹やり』で防いだ佐倉は、天に捧げた『竹やり』を中心に不恰好な逆上がりの要領でぶら下がる。支えなく空に浮き上がる佐倉がまた手を伸ばすと虚空から『竹やり』が現れ、彼の助けとなる。『竹やり』を足蹴にすると、しなやかな弾力は彼の身体を天空へと導いていく。


 地雷を防ぐ竹馬に乗って子供たちが駆け、佐倉に微笑む。


「『鉄の男』がんばれ!」


 佐倉もそれに微笑で返した。さぁこれからだ。



『いいも悪いも使い手次第』


 天を埋め尽くす銀の翼と大地を覆い尽くす赤い炎に向けて佐倉は跳ぶ。

 呪いと怒りと憎しみと。それでも消えぬ恐怖。『わからない恐怖』に支えられ。


 焼かれた喉から声なき声を放ち、万の呪いを吐くべき舌から吐息と共に生きる感謝の思いを吐き。脚を大地につなぎ、きしむ骨と筋肉の苦痛に頬をゆがませ、食料を絶たれた臓腑が悲鳴をあげる中、肺腑から白い息を噴出し、『竹やり』を握る痺れる指にその腕の、身体の力を伝える。

「いっけえぇぇっぇぇぇえっ」

 その腕から放たれた一本の『竹やり』は宙にて分裂。

 幾億の煌きと化し雲を億の閃光となって引き裂き、空を埋め尽くす銀の翼たちに一斉に襲い掛かった。

 貫き砕き、摩擦の熱は炎の香りをつくり、油の味と加わって業火と成す。


 大地の業火は地面より延びた『竹やり』にて次々と伏せられ、空を切り裂いた『竹やり』は厚き雲をも貫き、久方ぶりの陽光となって世界を照らしていく。

 歓声を上げる人々の声が佐倉に届いたかどうかはわからない。


 ごうごうと風に抱かれ、四散した雲に受け止められずに落ちていく佐倉。

「このまま、死ぬのかな」

 それはそれでいいかもしれない。

 宙に向けて飛び散る自らの涙を納めぬよう瞳を閉じる。


 遠い家族や友人たちの記憶も彼と共に消えるだろうが、彼の存在は消えたわけではないことを今の彼は知っている。

 普段世話を焼いていた妹は、自分が困っているときは逆に世話を焼いてくれる。

 父も母も、友人たちも。彼の残した行動の結果を持っている。ただ消え去るわけではない。委ねるのだ。

「何処に落ちるのかな」

 彼は瞳を閉じて空の判断にゆだねた。



「お兄ちゃん。お兄ちゃん」


 ぺちぺちと頬をたたく音。

 目を開けると心配そうな妹の顔。

 どうやら寝込んでいたらしい。

「みてみて」

 彼女の携帯には自分宛のメール。

 少女なりに色々考えたであろう励ましの言葉。

 彼は妹に礼を述べると、明るく微笑んで見せた。


「竹やりはすごいぞ。竹馬になる。友達ができるぞ」


 それがどうした。父の優しい妄言に微笑む彼。

「それだけではない。B29を倒せる」

 そんなわけがない。というかB29って何?

 『竹やり』で世界を救ったり滅ぼしたりはできるかも知れないけど。


 日本の冬の空はあの世界と違って青空に満ちている。

 白い雲に朝の香り、母の作る料理の味。

 怖いことはいっぱいあるけど。怖いことを恐れるよりは。共に歩もう。


 悪の泥に塗れてもしっかり根を張り、まっすぐに空を目指そう。青く伸びる竹のように。



 >竹槍たけやりは竹を原料として作られる槍である。(略)

 >20世紀半ばまで先進国でも使用された。戦前の大日本帝国の最終兵器の1つであり(略)

 >ジェットエンジンやロケットエンジンの発達により推進力を備えた竹槍も開発(略)

 >大きな特徴として、純正の竹槍は母なる大地からの贈り物であるため(略)

 >『物を借りたら返す』という基本的なモラルや『自然の営み』を子供達に分かりやすく伝えるための教材として最適である。

 >上記の特長により、竹槍は現代の思想や環境に配慮した『クリーンな兵器』と言えよう。


(参考資料:拙作『無笑』"竹槍"。アンサイクロペディア日本語版『竹槍』)

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