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『芋ケンピ』を両親が貰ってきたので世界を救ってくる  作者: 鴉野 兄貴
後日談。友人がVRMMORPGに誘ってきたのでリアルMMOに挑戦してみる

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ピアノの妖精

 まずい。

 これは非常にまずい。


 佐倉嬢は焦っていた。

 目の前には白い鍵盤。おどけて踊っているように見えるオタマジャクシ。

 すなわち音符の集合であるがその辺は些細なことだ。


 自ら奏でるピアノの不協和音に彼女は内心頭を抱えていた。

 ほかの人間が聞けば『上手だね』といってくれるかも知れないが大学に入ってからピアノに触れることのなかった彼女にとって『自分ならこの程度は弾ける』と『現在の実力』の剥離がすごいことになっていた。

「休み明けまでに三曲マスターしないといけないのに」

 気合を入れなおすと鍵盤に向かう。季節は夏だが冷房の効いている昨今、熱いのはどちらかというと彼女の決意のほうである。

 なによりこれくらいできて当然と思う気持ちが強い。


 音符くらいは見ればわかる。

 なのに脳内に流れるはずの音楽と自らの爪先の奏でる音の違和感は。


『じゃんじゃんじゃん』


 隣にて鍵盤をたたいて遊ぶ幼児に驚き振り向く彼女。

(※外伝では『佐倉さんたちの内政』に登場)


「ぴーと。ちゃん?」

「よぉサクラ。ひっさしぶりだな~」


 なんか現代人からかけ離れた木繊維の服に頭に巻いた黄ばんだ布は明らかにこの部屋の内装とかけ離れている。

 あと少し臭い。この子風呂に入っていないのか。


「なんかすげー家に住んでいるな」


 そういってきょろきょろする彼。

 見た目は五歳そこそこの幼児だが数百年は生きているらしい。はっきり言って化け物のような少年である。

 ちなみにピートは大抵着の身着のままで済ませてしまう少年なのでどんな家でも大抵『すごい家』と評する。


「ファルちゃんは?」

「お前。ぼくがあいつとセットと思ってるだろ。漂白剤とバニラアイスを要求するぞ」


 謝罪と賠償じゃないの?

 そう問うと彼は「そうそれ」と指さして笑う。


 他人に何かにつけて『なんだ。弟のほうじゃないんだ』とよく言われるらしい。頬を膨らませる彼に慌てて機嫌を取る佐倉嬢。



 ピアノくらいは教えられるぞと佐倉嬢の足元で胸を張る彼。

 椅子に座っている彼女より小さな彼は尊大な態度である。


 とはいえ、幼児にしか見えないピートの小さな手のひらで鍵盤などまともに扱えるとは……。


「うんしょ。うんしょ」


 どこからか有無を言わさず大きな椅子と幾ばくかの足場になる箱を持ってくる彼。


「汚いけどごめんなー」


 うんしょうんしょと危ない手取り足取りでそれに昇った彼。


 細い小さな指先がそっと鍵盤に触れる。

 滑らかに小さくかわいらしい指先がリズムを奏で、彼の小さな唇から自然に美しいボーイソプラノが通り、佐倉嬢の耳朶を柔らかく抜けて部屋を支配していく。

 彼の指先は先端どころか手首の先すら見えないほど素早く動いているのにそのタッチはあくまで柔らか。それでいて重低音が時々響く。

 その音は心臓や肺腑を突き抜けて心を揺らがせる。

 優しい音色と力強い咆哮のような轟音。響き渡る甘い歌声。


 血が湧く気持ち。流れるようなリズム。

 瞳はもうまばたきを忘れて干からびた。それでいて涙腺は今にも崩れそう。

 鼓膜を通して体に流れた音の素晴らしさに吐き出す息をも忘れ、喉が詰まるかのような感覚に胸を詰まらせ、絶え絶えに唾と共に肺腑に音の香りを飲み込む。



「どうだ」


 急に現実に還された。

 残念なような魅入られずに済んだような複雑な心持。

 ふんぞり返って威張る彼に呆れてどうでもよくなる。


 両手だけじゃなくて両足の五本づつの指を手と同等に器用に用いて爪弾く。明らかに人間の技ではない曲芸じみた動きだがピートがやる分には特に疑問はない。


「ちゃんと拭いてね」

「おい」


 おどけたふりを装ってなんとか言葉を出した佐倉嬢に頬を膨らませるピート。素直にどこからか取りだした『殺菌消毒・お父さんの召集』という誤字の入った洗浄液で拭きだす。


「いっとくが、足で弾こうと思うなよ~。

お前には長い指と長い手があるんだからな~」


 やろうと思ってもできないから。

 でも、できることはやれそう。

「あるものでやるしかないからニンゲンはすごいんだ~」


 お菓子を貪って偉そうに講釈を垂れるピートを受け流しながら鍵盤に向かう。



「結婚したら指輪よりピアノが嬉しいかな」


 音楽が常に隣にあれば人は笑って過ごせる。

 夢を語る少女に鬱陶しそうな態度をとる幼児。


「グランドピアノ」

「なにそれ怖い」

 CFXなら1900万円する。


「夢は若いうちは力をくれるけど、歳とると夢がヒトの若さを食いつぶすんだぞ~」


 くっそ偉そうな幼児。

「歳をとったら、夢にはケツまくって、人生の折り合いもつけて、また新しい夢を見るんだ~。わかるか~? わかるか~。二番目の夢はみんなで見るのがいいぞ~」時々この子はよくわからないことを言う。



 気が付くと夜中だった。

 どうやら先ほどのは夢だったらしい。

「まぁ。ピートちゃんがこっちにいるわけが」穏やかな音色が背後で聞こえた。


 小さな三角帽子をかぶってはしゃぐ小人たち。

 手に手に小さな笛や太鼓をもって歌いながらクルクル踊る。

 小人の一人が砂粒ほどのお手玉をいくつも持ってジャグリング。見事な円を描くそれに笑い声が重なる。

 彼らは鍵盤の上を舞い踊り、愉快な調べを奏でだす。

 人魂というにはあまりにも小さな炎が幾重にも飛び出し、柔らかな光で彼女の頬を温める。


 楽譜に描かれたオタマジャクシが飛び出し、その宴に加わる。

 カエルが楽しそうにゲコゲコないて、月もまた身を揺らして踊る。


 小さな飴玉を皆で担いで一斉にしゃぶりつくその姿はとても微笑ましい。


 自然に指先が鍵盤に向かう。

 あわてておっとっととよろめいた妖精をほかのモノが支えて大笑い。

 自然と口元に笑みが広がるのがわかる。


 指先が鍵盤をたたき、小人たちがそれに加わる。



 気が付くと薄暗い闇の中、佐倉嬢は立ち尽くしていた。

 楽譜の上のオタマジャクシがずれている。

 佐倉嬢の視線を感じてかオタマジャクシはさっと元の位置に戻った。


 翌朝。

 猛然と練習に励む彼女。

 ピートの言葉は何だったのか。


 励みすぎである。全然聞いていない。


 そしてピートも真意がまともに伝わるように話す努力をしていない。


「あの妖精さんたち、足でピアノ弾いてた!!」


 手で弾けないわけがない。

 勘を取り戻すべく練習に励む姿を見つめる家族の瞳は暖かい。

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