その後の佐倉さんたちの内政(NAISEI) 後編
保険制度の礎である生命表を築いたのはハレーすい星で有名なハレーさんであり、実際の保険制度を作成したのはドジソンさんという偉大な人物である。
生命表。
すなわち人間の寿命を考えて最適化された保険料を見出すシステムである。
産業革命を起こしたイギリスでは労働者の三分の一が加入した。
日本国では長期の預金の利息が低いため預金の代わりに生命保険が発達した。
満期まで勤め上げれば昔の生命保険なら元本保証があったのだ。退職金に追加ボーナスを得ることができるが今は元本保証がない。
しかし。
異世界にはちょっと問題がある。
ファルコ曰く。
「たぶん……100さい?」
その兄。ピート。
「よん?」
二人とも寿命が無限らしい。
らしいと言うのは彼らの同族。
好奇心が強すぎて寿命を満たしたものがいないという事実が計算を困難たらしめている。
「あ、でも三〇歳超えていても生きていたらすごく褒められる」
取りあえず寿命は三十歳で良いらしい。限度不明なのが問題だが。
「エルフさんは無限なの」
「病気もならないし毒も無効だな」
なにそれ。ファンタジーおかしい?!
「どわーふさんは腕が切れても生えてくるよ?」
「僕らもそうだな~。ちょっと時間がかかるけどな~」
あり得ない。
それは通常の計算が適用できない。
「あ。それから」
まだあるのか?! 恐怖におびえる先輩方。もう計算は嫌だ!
「あのさ、もし未来の僕がいま来たらどうなる?」
凍り付くメンバー。
ファルコが言うにはタイムスリップの魔法があるらしい。
なお、未来というモノはナノ秒単位以下で変化する。
未来のファルコが来た世界が確定するまでの計算はこれまた膨大。
「事実上無限増殖できるな」
「なのの」
タイムパラドックス問題を無効化できるらしい。
ピートの指摘に楽しそうに返答して首を縦に大きくふるファルコ。愛らしいがかえって憎らしい。
「却下。含みません」
繰り返すが、民主主義の意思決定には独裁者を必要とする。
このように人類はさまざまな諸問題を克服してきた。
魔女裁判を人類が克服したのは二〇世紀になってからだ。
戦争よりある意味人類の数を減らすのに『貢献した』決闘問題も二〇世紀になって決着を見た。
ニンゲンの数は億を超え、地球において現在七〇億を突破している。
神に代わって個人が執行する名誉の問題を国家が一元化し、科学が迷信の原因の究明を行いその因果関係を証明するに至った成果と言える。
しかしそういった諸問題を克服してきた人類をもってしても貧富の差はなくならないどころか今後さらに拡大するとみなされている。
その事由は幾多あるため一概に言えないが、現代社会が消費を前提として富を築く構成になっていることが挙げられるだろう。
つまり。使って捨てる。『MOTTAINAI』。
第二次世界大戦前後の経済ならば金本位制度が適用できたが、金の埋蔵量には限度があり、経済成長はその埋蔵量を超えてしまった。
それほどまでに人類社会の経済は発展したがやっぱり貧困問題は解決しない。
具体的に述べる。
『全員に平等にふるまえば全員が破滅する』
消費によって生み出された富は一部の国に集約される。では搾取される側の国々は何を消費して生存しているのか。答えは『血』である。
貧困、差別。
そして戦争などの諸問題はこれらと密接にかかわることで解決しなければならない。
ノーということができるのはノーと言える能力を持つ者のみであり、血のかからぬ場所にいる者だけが放てる放言だ。残念ながら。
つまり、全員がイエスと言える利益を生み出す仕組みを作らねばこれらの問題は解決しない。
現代社会でも解決できぬ諸問題をExcelで解決しなければならない先輩方首脳陣は現在ダウン中である。
死屍累々。
扉を開けば高級トイレ。ウォシュレット付き。
窓を無理やりこじ開ければ天然温泉付きの大浴場と個人用の豪華な風呂それぞれ各部屋。
非常口を破壊せんと試みれば最高級化粧セットつきの洗面室。そして豪華な個室と寝台があるも。
「無 理」
「勘弁して」
「もう一生教室から出れなくていい。歳も取らない。肌もツヤツヤ。ご飯も美味しい」
ニンゲンは環境に適応してしまう。
そしてそれしか知らない人間はそれ以外の環境を選択することを放棄してしまう。
さっさと教室に戻りたい佐倉嬢ともう現代社会に復帰したくない先輩方。
彼らの絆の崩壊は異世界の命運を握っている。
食事に関して先輩方は最高級品を作者から保障されているので委細省略。
しかし今回の主人公である佐倉嬢はというと。
ピートとファルコ。
現在、この兄弟が耕運機もびっくりの速度で鍬を振って開拓中。
どうやら彼女たちは自給自足のようである。
それを眺めながら『あ、キャビア美味しい』『このパン本当においしいよねー』と女子トークに専念する先輩方。不思議なことに太らないのは作者からのプレゼントである。
さて。
アウストラロピテクスの|のーみそ(脳)はとても小さいものだった。
現代人ののーみそは栄養のほとんどを奪って食ってしまう。どーしてこーなった。
「まさか、私たちの知識知能チートって」
そのまさかです。バンバン食べて貢献してください。
「す、すごく。……嫌なかんじ」
でも、食べたら食べただけ太らないほど脳みそが動くんですよ。すごいでしょ。
前述した人間の脳みそが恐ろしいほど性能のいいスパコンであるという話は嘘ではない。
何より消費電力が違う。人間の脳みそと同等の動きをコンピュータが行うには原発がいくつあっても足りない。ちっともエコじゃない。
どうしてこんなに生物はエコなのか。
それは生物と機械の差が明確だからだ。
人類を含む生物は細胞の小さな揺らぎ、振動を使って驚異的なエネルギーを生産する。
ニンゲン型ロボットのエネルギー源にもっとも最適なものは何かという研究があるが、普通に『ご飯』と出た。
核エネルギー以外は効率が悪すぎるらしい。
思考のひらめき、筋肉の動きの省エネ大出力はこれら細胞の揺らぎに起因する。
機械はこういったノイズがあると動けない。
ニンゲンののーみそは一つの思考を導き出すために大量の細胞が揺らいで『ああでもない。こうでもない』と結論を導き出そうとするのである。
ノイズを遮断して正確な制御をおこなうのが機械。
ノイズを利用して全体の大まかな制御をおこなうのが生物。
これらの仕組みを応用すれば超省エネセンサーネットワークができるのだがまだまだ人類は未開発である。
さて。
その膨大かつ超高性能の脳みそを駆使して佐倉サチはあるものを作ろうとしていた。
正確にはまだ作っていない。だが作らねばならぬものである。
『本日の献立』
古今東西、あらゆる主婦の脳を活性化させてきた項目である。
買い物に行く距離、買える食材、重さの労力。栄養などなどの諸問題。
調達できない料理。四季の都合。旬の食材。年中行事。
ありとあらゆる難問が詰まった人類最強にして最後の問題。
異論は世界中の主婦が認めない。
「先輩。今日は何を作りましょうか」
異世界の食材には限りがあるし、逆にこちらにない食材もある。
「カレー」「カレー」「カレー」
とりあえずスパイス入れりゃカレーだ。
葉っぱだったり鉱物だったり謎の浮遊花だったりするが結果はカレーになる。
「もうカレーは嫌です!」
「そんなこと言っても」
食育の重要さについて述べねばならない。
イギリスの食事はマズイ。有名な事実である。
事由としてかの国は海峡を隔てて文化が300年ほど遅れるからと言われる。
ルネサンスが伝播するまで300年。驚異的な技術はあるのにちぐはぐだ。
イギリスの給食は無償である。
というか誰も給食代を払わないらしい。
当然ながら予算は微々たるものになる。
作者が見たドキュメンタリー番組によると。
『1/4サイズの食パン』
『お菓子』
『よくわからんおまけ』
ナニコレ。食い物か?!
かの国は全寮制の学校が少なくない。幼少のころよりこんなもん食ってればそれが普通になってしまう。
『給食代くらい払え』
かのドキュメンタリー番組はそういった基本的なことに気付かせてくれる。少ない予算でいかに美味しい料理と食育を成立させるかというと、苦難と驚異の連続なのだが紙面が足りないので許してほしい。
アメリカ人は貧困層ほどデブ揃い。これも有名な事実である。
同じく彼らの給食を見てみる。世界最強の国家なのだからさぞ豪華であろう。
『めっちゃ原色で着色された謎の物体X』
……かの国は遺伝子組み換えであろうが、カロリーオーバーだろうがとにかく国民の腹を膨らませるのが重要らしい。間違っている考えではないが。
知り合いのアメリカ人はアレルギーに苦しんでいた。
因果関係が証明できなければどうでもいいのかもしれない。
民主主義を成立させるためには独裁者が必要であり、民主主義が独裁者を生むならば何が必要か。
国民がすべて納得したうえで独裁者を受け入れる体制を作れば楽に統治できる。
結論:『パンとサーカス』
食を満たして娯楽を作る。
敵を外に作り内部で程よく対立させてガス抜きを行う。
しかしローマ帝国は結局滅びた。
アウストラロピテクスから20万年。
人間は素手で獲物を追いつめていた。
汗腺が発達した人類は全力疾走をいつまでも続ける能力を持っている。
とにかく走る走る。老いも若きも男も女も群れ全体で走って獲物である食い物を追い続ける。
地球のあちこちに移動してもおい続ける。
捕まえた獲物を火で料理する。
ある天才が石器を発明するまで20万年かかった。
牛や馬などの共生する生物。
カイコガや『あまい果物』などの『人間がいなければ成立しない生き物』などを得、農耕や牧畜を発明しても人類はとにかく考え続けた。
献立を。今日食べる料理を。
それはより高度に発達した脳みそをもって計算され、更なる進化を促す。
『もっと美味しい物たべたい』
献立は重要である。
人類の命運を担うほど重要である。
『取りあえずカレー』。あながち間違ってはいないが、人類の進化のためにもうちょっと頑張ってほしいところである。
「じゃ、ラーメン」
「うどん」
「そーめん」
「先輩! 私はまだそれ作れないから! もう五〇〇年食べてない!?」
献立というものは大変なものだ。
次は文明の滅亡を時々になってきた天災の話をしたい。
予測不能だから天災なのであるが、天災対策は起きることを想定して行わねばならない
古き良き時代の経済学者たちは天災などは『ない物』として計算を行っていた。
予測しようがないからだ。本当に。
でも、あらゆる災害対策は起きるモノとして考えなければならない。
これは矛盾と言っていい。
人類は天災とは言わないが気象の変化によりほとんどの人間が現代でも移動に支障をきたしている。
それらは経済を圧迫し「しゅんかんいど~」
……ファルコの開いた『扉』は一瞬にして両地点の距離を零距離にした。
ファンタジーに現代の常識は通用しない。
災害被害を受けた地区に大量の物資と軍による治安維持部隊を瞬時に運び終えた佐倉サチ一行。
民は大喜び。なぜか連呼される先輩方の名前。
どうやら民は佐倉嬢に指示を飛ばす先輩方を神様と認知した模様である。
カルタゴに塩を蒔け。
翻って人災の話だ。
ファルコが出てくると有能すぎてもう作者でもなんだか。
有能すぎる個人は貨幣の価値を激減させる。
話を無理やり変えることとしよう。
かのローマ帝国はカルタゴを二度と復活させないために塩をまいたと言い伝えられる。
日本は戦後財閥をずたずたにされ、農政を否定された。
著作権関連ではまだまだ不平等条約が残っている。
農政関係はあのタイミングでなければできない改革だったが、高齢化が進むと一括して大規模農業を行うには大変な弊害になっている。
そのために現在は農業信託制度を見直し、業務効率化を促す動きがあるのだが割愛する。
詳しく知りたい方は別作である『儲かる! お得! 世の中の役に立つ! 冒険者信託銀行(冒険者ギルド)』を読んでほしい。
天災が起きれば災害そのものを防ぐことはできないので人災を何とかしないといけない。
そのうえで人災部分の克服を行わねば何度でも天災は繰り返す。
しかし、困ったことに人間は『利益になることを行う』生き物である。
具体例を挙げる。
二〇一一年の震災を覚えていらっしゃる方は多いであろう。
その震災瓦礫を集めて堤防化し、さらに緑化を行うと木の根がめぐって保水と津波防御を持った天然の堤になる。予算はとってもエコ。
しかし、それをやられると儲からない人たちがいるのでとってもお金のかかる壁を作ろうとしている。
夫婦喧嘩を国民の税金でやらないでほしい。現代の総理大臣である。
今回は山もオチもないが、結論はある。
『天災対策は人災である』
【そして神話は生まれる(エピローグ)】
「もうだめ~。この世界にはこんにゃくいもがない~!」
頭を抱える佐倉サチ。
代替食を次々と開発した先輩方だが、『こんにゃくゼリー』でなければ扉は開かないとの結論に彼女らは達した。つまり二度と彼女たちは現実世界に帰還できないことを意味するようだ。
「誰よこんにゃくゼリー頼んだ子は?!」
大声で叫んでしまっても無理はない。
「私。ごめん……」
がっくりとうなだれる彼女。
「ごめん。そんなつもりは」
泣き出したその子を慰めるほかのメンバー。
異世界にないものはない。逆もまた真なり。
なろうの異世界物では味噌や醤油すら手に入るが、こちらの世界にあるものがなんでもそろう異世界など異世界に行ったとは言えない。世知辛い現実を回顧するのみである。
異世界のモノがすべてこちらからみて素晴らしいとは限らないが、逆もまた真なり。
余談だがこんにゃくを作るのはとても大変である。
まず。こんにゃくいもは触れると怪我をするレベルの毒芋である。
多少の語弊はあるがあながち間違っていない。
これをあく抜きして灰で越して……と、どうしようもない工程を経て毒を抜き、加水をして非水溶性のゼリーにするのだがここまで行ったら別物というか執念だ。
ちなみに世界のこんにゃくのほとんどは群馬県で生産される。
群馬県民を讃えていい。
泣きわめき、家族に会いたい。恋人に会いたいなどなど叫ぶ女の子たちの声を聴きながら神妙な顔をしているピート。
態度は悪いが基本的に彼は情に篤くほだされやすいところがあるのでこれまで付き合ってきたのだ。それが叶わないとなると無力感を隠せないのだろう。
しかし。
ぽけーっと考えている様子だったファルコはここで驚愕的な言葉を放った。
「あれ? こんにゃく買いに行きたいの? この世界で作るって言うから協力していたのに」
「正直、今すぐコンビニにいって買いたいところ」
必死な佐倉嬢。教室のメンバーの我慢も限界。
「わかった」
こくりと首肯する彼はぱかりと『扉』を開き、教室に佐倉嬢を誘導。
もうひとつの『扉』を開いて彼はコンビニと教室を直結した。
「おいィィっ?!」
怒鳴るように突っ込むメンバー。
おびえるファルコ。
弟の頭上から思いっきり拳を落としてぶん殴るピート。
ファルコ・ミスリル。年齢不詳。
彼は悪くない。鈍いだけだ。
メンバーがこの教室に閉じこめられてわずか数時間。
何年も何億年もかかった気分がしたのだが実質時間はこんなものである。
「何気に人類の営み全部を見せつけられてしまった」
頭を抱える先輩方と「いらっしゃいませー」と呑気な声を上げるコンビニ店員。
「こんにゃくゼリーください」
「まいど^^」
ちょこちょこと歩くファルコはカウンターによじよじと登って両手でぶら下がり注文。
愛らしい様子にほほ笑んだ店員さんはこんにゃくゼリーをレジ袋に入れるとレジから出てファルコに手渡す。
「ありがとう。おにいちゃん」
「気をつけてかえってね」
現代のコンビニの流通網は世界を回る素晴らしいものだ。
かの売買記録はすべて記録され、統計学によって最適な在庫管理を可能とする。
もっとも、無理難題を押し付けられる現場の人間の疲労を犠牲にしたものだが。
憔悴した佐倉嬢と教室のメンバーはTwitterならぬ大声で太陽にほえた。
『ばっきゃろーー!』
昭和の青春ドラマではない。
さて。
人類は言葉を残す生き物である。
踊りとして。民話として。言葉にはいろいろあるし文字もある。
その言葉は延々と生き続け、今なお人々を導く光となっている。
佐倉嬢と先輩方が遺した業績の数々は彼ら異世界人の手によって言語化され、解釈され、噛み砕かれ、彼ら独自の辞書となり、こころとなって今なお残っている。
アメリカの偉大なるノア・ウェブスターは彼の辞書をもってアメリカ人の心を作った。
同時に売れすぎて複製が溢れ、著作権法を作ったのは笑い話だ。
日本の太安万侶はかな言葉を発明した。
中国語で記録を残せば詳細は残るが日本人の心が死ぬ。
音読で言葉を残せば文字で書けない。
悩みに悩んだ彼は音読を漢字に充てることを発明し、その辞書を序文に記している。
時代が下って紀貫之らが編纂した古今和歌集は変動する国内外の世界を見据えて作られた。それらの日本独特の美学は日本の心を作る指標として今なお光を放っている。
燦然と輝く異世界の夜空の星々。
ある日数奇な運命によって人類を導くことになった羊飼いの少女。
彼女を導くために奮闘した神々の似姿。
それらは夜空を見上げればいつでも見ることができる『星座』となり、異世界の星空を彩り続けている。
彼らの似姿は物語になり、辞書に掲載され、面白おかしい歌になり、子供たちはまた新しい物語を生み出し、あすへの希望とする。
夜空に輝く星のように。瞳を輝かせて闇を切り開いていく。
かくして物語は伝説に。
伝説は神話になった。
~その後の佐倉さんたちの内政(NAISEI) おしまい~




