私たちは自らの庭に生える美しい花の名を知らない
カラ梅雨が明け、夏本番。
2013年の夏は酷暑として全国区を襲った。
佐倉サチは酷暑の中、高校生活最後の一年を過ごしていた。
高校三年生は忙しい。受験、将来、進路と未来の事。
恋、勉強、趣味、遊び、友情など現在の事。
後輩や今までの不勉強の後始末などなど。
だからというワケではないが、ある日ふと自宅の庭の前で足が止まったとき気が付いた。夏の光を浴びて大輪を輝かせる花。疎ましいはずの熱気を受けて揺れるトマトの苗、蒸す暑気を吹き飛ばす緑の美しさに。
「きれい」
自分の家の前に花を植えている家は多い。
だが、花の美しさに気づくことは別だ。
日々にかまけ、自らの庭の花の名前すら失念していたことに気づいたその時、花はただの花ではなく、名前と実像をもって彼女の心を震わせてくれた。
緑のハーブは清涼な香りをもって彼女を迎え入れ、青く実るナスは命の輝きをもって水を弾き、輝きを放つ。
佐倉嬢はしばし花の美しさに。緑の尊さに感動していた。
ぷるん。
佐倉嬢の目線が『それ』と合ったのは必然である。
トマトの苗のすぐそばに、にゅるにゅると伸びる黒い蔦。
普通の蔦と違うところは何故か目玉が複数ついていて、にょろにょろと動き、あろうとことか手(?)を佐倉嬢に振り、帰宅を歓迎している事実であった。
「あざちゃんあそんで~~」
近所の子供が駆け寄り、その面倒を甲斐甲斐しく行う触手という異常な光景に。
「なんでうちに触手さんが生えているのッ?!」
サチの声がこだました。
「あ、鴉野君が夏だからって送ってくれたの~~。育てるの簡単で生命力強くて、泥棒除けにもなるし近所の子供の面倒も見てくれるって」
美しい微笑みを浮かべ、母は葉書を手にそうのたまった。
『暑中見舞い申し上げます。
梅雨が明け厳しい暑さが続きますが皆さまイカがお過ごしでしょうか。
本日、最高級触手"アザと~"の苗を配送させていただきました。
育成が楽で泥棒除けになり、周辺の子供の安全を守ってくれ、フライパンで焼けば最高級アスパラガスの肉巻きのように汁気タップリ外はカリッと焼けて旨みタップリ栄養豊富とビールのお供に最高です。
夏バテ対策につかっていただければ幸いです。
平成二五年 盛夏 鴉野 兄貴』




