魔法少女になれそうにない1 魔法少女は楽じゃない
「ぼくと契約して魔法少女になってよ」
「……」
足元で謎の声がしたとき、美紗斗氏は思わず股間に手を伸ばし、両足を踏みつけるように揃えてしまった。
昨今はバカが側溝に隠れてパンツを覗く世の中である。Webの知り合いからは理不尽にも男だ男だと言われてしまう彼女は花をも恥じらう女子高生だ。思わずスカートを守る格好をしても全く不自然ではない。
「ひどい」
足元でまた声が聞こえる。
今日は格別に暑い。暑いというより熱い。
足には地面の感触しかない。ナニかを踏んだはずはないのだが。
「どいてよ」
猫の絵が喋った。
美紗斗はもう一回、蹴るように足を踏み鳴らした。
「と、いうわけで今童貞がピンチなんだ」
「……」
美紗斗嬢はうだる暑さに閉口しながらスマートフォンを開く。
天候マークは雷と雨マークの羅列揃いで誰かが踊っているようにしか見えない。
「そんなふうには見えるのアンタだけ」
美紗斗は誰かにむけてぼやく。
「童貞で三十歳を超えないと魔法少女になれないのに、非実在少女に手を出すオタクの増加で」
美紗斗はスタスタとコンビニエンスストアに向かい、アイスクリームを買う。
「いらっしゃいませ~」
「……」
だるい。
返事もせずにアイスを購入するとゴミ箱にゴミを放ってアイスを口にいれる。
「このままでは誰も幸せになれないよ! 世界の為に生贄になってくれる不幸な童貞がいないと!」
冷たい感触が舌の上で踊る。爽やかな甘みが喉に広がる。涼やかな清涼感が首筋や肩から下の暑さを少しは緩和してくれているような気がする。
「ああっ! 児童ポルノ法整備早く! ぼくらの世界は危機に陥っている!」
足元にまたも移動して世界の機器だか危機だか木々だかを嬉々と語る猫の絵。美紗斗氏は不埒な猫の絵にキックを入れたいとおもったが。
「めんどう」
スカートを押さえてつかつかと歩く。悶絶する声。絵の癖に痛いらしい。
「ヒドイッ 酷いッ 踏んだッ」
「ごめん。しんどい」
実際、暑いのだ。
それこそ猫の絵が喋っているという幻覚を覚えても仕方がない。
「と、いうワケで君に『アイスを食べながらスマートフォンを弄ると魔法少女になれる』能力をプレゼントしたいんだけど」
「やだ」
理不尽にもほどがある。
「こ、こんな可愛い衣装も着れるよッ?!」
ネコが地面に描いたデザインは到底受け入れることのできない露出度の大きい代物である。
「却下」
「正義と平和の為に、人類の為に戦う気はないのかッ」
「しんどい」
ネコ曰く。
魔法少女に選ばれた人間は一日一回誰かを助けるか、魔法少女に変身しない限りたった一日で一年歳を取るらしい。
「だから、力を受け入れるんだ」
「ふざけんな」
今日だって雨の中テニスの部活に駆り出されたのだ。理不尽極まりない。
「あああっ! 童貞を守らないとッ」
「どーでもいい」
「一日一回、『まじかるぷりりんぷるんぷるん アイスの力だ会津オン』と叫ぶだけで」
「死ね」
猫の絵を無視して歩く美紗斗嬢。
スマートフォンを見ると雷マークと雨マークがダンサーのように踊りだしている。
雷の天候マークは紫電の腕を右に左に動かし、雨マークはアフロヘアのような雲を振り回して踊る。こんな機能あったっけ。
「ああっ! 童貞の危機っ?! 世界の危機の予兆だよッ?! このままでは童貞君に彼女が出来てしまうッ」
どうでもいいし。リア充爆発しろ。
浅草は現在気温二六度。天気は千切れ雲。
スカイツリーの元にはリア充もいないわけではないが『東京には来たが観光地を調べるのが面倒』という人間たちが集い、余計暑い。
「あ~! もう! 衣装もいいし振り付けもいいし、台詞もいいから魔法少女になってよッ!」
それ、魔法少女じゃない。親切な人だ。
ネコの台詞を完全に無視した美紗斗はそのまま歩き去った。
美紗斗の横に小柄な老婆が立つ。
美紗斗嬢は無言で左に移動してあげる。
「有難う」
席に座った老婆が微笑む。
「なにもしていない」
美紗斗嬢はそれだけ呟き、ラケットケースを肩に背負いなおした。




