学校はだるいと言っていたらカッコーになっていた
学校の授業で遊園地に行って帰ってきた。遊園地疲れの金曜日に学校はだるい。そういってふざけていて目が覚めたらカッコーの卵になっていた。
うっちゃんは目覚めた。
ここはどこだろう。重くて暗くて。どこか暑くて。
自らの身体は水とも油ともつかぬものに包まれ、視界がまるで効かない。
何かの音が聞こえる。
それが心臓の音であることに早々に気づいたうっちゃんだったが。
「どういう。こと?」
自らの意識は残っている。今の身体を俯瞰視する自分がいる。まるで幽体離脱のようだ。
自分の現在の身体を見て叫ぼうとするもが今のうっちゃんには声帯が無い。声帯どころか、今のうっちゃんには身体らしい身体もない。透明な液体に包まれた黄色い液体に血管のようなものが浮いている。
「これ、これが」自分の身体か。
恐怖に叫ぼうにも卵の中では声は出せない。
そう。うっちゃんの身体は卵の中の黄身になっていた。
余談だが鳥には声帯がない。
鳥類は気管の分岐点である鳴管を用いて発声する。
人間の記憶を持つうっちゃんには利用できない。
必死で人であったころの記憶をたどる。
学校行事で遊園地に向かい、級友と戯れ、変な夢を見て。
遊園地のアトラクションを楽しみ、疲れきった身体を横たえて。それからの記憶がない。
「お願いっ 夢なら覚めてっ」
叫ぼうにも黄身の姿では声が出ない。
卵の黄身は血管を備え、心臓を動かし、神経を伸ばし、鳥の形になっていく。
同時にうっちゃんは自らの今の身体に心が浸食されていくのを感じ出した。
鳥は人間と違い、磁力などを感じる感覚器を持つという。
視覚で完全に囚われ、外が見えないかわりに、周囲が『見える』不愉快感に身震いする。
暖かさと親鳥の声。いや、これは『親』ではない。
心臓の音を聞きながら彼、もしくは彼女となっていくうっちゃんはその時を待つ。殻を破り、外に出て、『親』の実の子である卵を巣から叩き落とすときを。
うっちゃんの身体はカッコーになっていた。
カッコーは托卵を行う鳥だ。
他の鳥の世話を受けて仮の親鳥より大きくなるまで育つ。
仮親はカッコーの子供であるとも知らず、自らの子供の仇を育てる。
「イヤ」
わずかに残った人間の心の部分が叫ぶが、その記憶はどんどん薄れていく。
父母の微笑み。厳しくも暖かい教師の叱咤。
友人と悪ふざけした記憶。怒ったり泣いたり喜んだり、テレビをみたり音楽を楽しんだり。
消えていく。消えていく。
羽毛が整い、両の腕は翼になり、鼻は嘴になって。
嘴で、殻をつついて、外に出なければならない。
うっちゃんは気づいた。何かがいる。
何かがうごめいている。それは自らのすぐ隣にいて。
同じように機会をうかがっている。
必死で殻を嘴で壊そうとするうっちゃんより先に、そいつは殻を砕いていく。カッコーはまれに二つの卵を産む。その場合、他の卵を皆殺しにしたカッコーは姉弟をも叩き落として殺す。
「逃げないと。出ないと」
必死で逃げるように嘴を振るううっちゃんだが、殻は思いのほか硬く、体は重くうごきづらく。
隣で殻が壊れ、ずるずると『姉弟』が出る音。彼の心音が聞こえる。
ずっ ずっ 卵が揺れる。
自分の入った卵が揺れ、嘴の動きが狂う。
なんとか顔を出したうっちゃんは自分の卵が巣からはみ出しそうになっているのに気付く。
カッコーの兄弟の瞳は冷たく、鋭く。羽毛もまだ乾かぬ彼はその身体を使い、うっちゃんの入った卵を押す。
ぐらり。
まだ羽根が乾かず、殻からも出れぬ身で空に放たれれば卵ごと木々の枝に葉にぶつかり、奈落へとおとされていくはずだ。
逃げねば。逃げねば。
ゆらり。ゆらり。ゆらり。カッコーの瞳がうっちゃんを射抜く。
ゆらり、ゆらり。ぐらり。やめて。やめて。
『ヤメテ』『ヤメテ』『ヤメテ』『ヤメテ』『ヤメテ』『ヤメテ』
起きろ。人間の声。
「おーい。うっちゃん」
級友の佐倉嬢が揺り起こしていたらしい。
「ナニが止めてだ。起こしてあげたのに」
ぶーたれる佐倉を見て汗にまみれた身体を見下ろす。
人間の身体。よかった。昨日の遊園地疲れはひどかった。居眠りしていたようだ。
「よかった。夢」
安堵するうっちゃんに謎の声がした。
『夢だったの?』
がり。歯にあたる感触。何か硬いものが口の中にある。
震える指先を口元に伸ばし、その硬いものを取り出す。それは鳥の卵の殻。
どこかでカッコーの声が聞こえたような気がした。




