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3 これぞ、俺のチート能力

 不本意なダッチワイフボディだろうと、いつまでも横になっている訳にはいかない。というか、横になっていると、そのうち上にのしかかられそうな恐怖がある。

 俺は反動をつけて勢いよく立ち上がった。

 急な動きによろけたり、目眩がしたりといった展開を予想したが、この身体は優秀だった。ハード的な補助でもあるのか生身の身体よりよっぽど安定して立っている。

 同時に幾つかの違和感を感じた。

「俺の感覚の方がずれているのかと思っていたが、どうやら本当に違うみたいだな」

「はい?」

 アリスさんが首を傾げる。

 横にいる中年男のことは俺は極力視界に入れないようにしていた。

「ここの重力は?」

「およそ0.3Gとなっております」

「0.3というと、ここは火星あたり?」

「いいえ。惑星上ではなく、普通に宇宙基地です。常に1Gを発生させ続けるのは構造体への負荷が大きいので嫌われています」

 なるほどね。

 21世紀の日本の建築現場で使用される鉄筋とコンクリートの量を思い出し、俺は納得した。ま、宇宙なら地震の心配は無いから日本の建物ほどの強度はいらないかもしれないが。

「そうすると、部屋が微妙に歪んでいる…。床が湾曲しているように見えるのも人工重力のせい?」

「はい。この基地の床はすべて重力方向に対して水平を保つように設計されています」

 ここの重力はオーバーテクノロジーな重力発生装置ではなく、遠心力を利用したものらしい。

 俺は自分の首を左右に振ってみた。

 こういう施設の中で首を動かすと身体が揺れたような感じる、と何処かのSFで読んだせいだが、残念ながらこの機械の身体ではそういう感覚は味わえなかった。


 本物の宇宙基地の仕様を確かめたり、リアルSFワールドを堪能したいのは山々だが、その前にやらなきゃいけない事がある。

 中年男の視線が、いいかげんウザい。寒いわけでは無いし、これは自分の身体じゃないと思うから気にしなかったが、俺の常識と羞恥心がそろそろ限界だ。

「ところで、俺はなんで裸なんだ?」

「オプションパーツは好みの問題もあるので本人に決めてもらった方が良いと助言を受けました」

 そんな余計な事を言ったのはどこのどいつだ?

 中年男を睨みつけると、奴は目をそらしやがった。

 やっぱりおまえか。

「とにかく、なんでもいいから服を出してくれ」

「はい」

 ⁉︎

 アリスさんが最初に取り出したものを見て、俺は怯んだ。

 いや、当然の物ではあるんだよ。ブラとパンツ。

 形は現代日本の物と変わらない。男の俺にはこれを身に付けるのは勇気がいる。機械の身体だからつける必要性は無いはずだが…

 下着を着けない変態呼ばわりされるのも不本意だ。俺は断腸の思いでその布切れに手をのばした。

「なんだ、服を着ちまうのかよ、もったいねえ」

 中年男だ。

 視姦だけならまだしも、口にまで出しやがった。

 俺はなるべく低い声を出そうとする。デフォルトで可愛い声しか出ない様なのが口惜しい。

「おまえ、今なんて言った」

「せっかくの綺麗な身体を隠すのが惜しいと言ったんだ。せっかくだからもう一回ヤらせてくれよ」

 もう一回、だと⁉︎

「おまえ、まさか」

「おう、その身体はとっくに中古だぜ」

 ああ、そうかい。

 こんな無機物が俺が中に入る前にどうなっていようとたいして気にならないが、他人に納品する物に手を出すとか、この時代の職業倫理はいったいどうなっている?

「おまえのお人形さん遊びに付き合ってやるつもりは無いな。帰って一人でマスでもかいていろ」

「へぇ?」

 変態野郎は無遠慮に俺の胸に手を伸ばして来た。

 甘いぜ。

 俺はその手をつかんで引っ張った。バランスを崩した足を払う。

 性犯罪者は俺の前に倒れ…そうになる。

 ここは0.3Gだ。奴は倒れる前に空中でもがいている。

『低重力格闘の極意は掴みと崩しにあり』だったかな?

 俺はどこぞの火星戦士の言葉を思い出しつつ、空中の敵に勢いをつけて関節を決めにいった。

 俺のダッチワイフボディはあの漫画で言えば、無印一巻冒頭部分の一般生活用ボディにも劣る性能だろうが、対戦相手は別にサイコパスの戦闘サイボーグでは無い。ただの運動不足の中年の性犯罪者だ。

 俺の動きは見事に成功。肩の関節を決めたまま、受身をとらせずに頭から壁に突っ込ませた。

 ゴキリ、と音がした。

 首の骨は無理でも、肩の関節ぐらいは外せた様だ。

 奴がどこか幸せそうな顔をしているのを見て、俺は大あわてで技を解いた。まったく、こんな奴に密着してしまっただけでも十分な被害だぜ。

 のたうち跳ねる変態から目をそらし、俺はアリスさんに注目した。

 特に反応なし。

 ロボット工学の三原則はどこへ行った? と言いたい所だが、実際問題あんな倫理規定をロボットに組み込むのは無理があるよな。

「不思議な事です」

 彼女は言った。

「その身体は成人男性の腕力には対抗できない様に造られているはずです。それなのにあなたは彼を制圧してしまった」

「確かに腕力ではかなわないだろうな。だが、人間の体っていうものは、単純なパワーだけがすべてじゃない」

「ハードの不利をソフトで覆した。という事ですね」

「まぁ、そうだ。ハードもひとつだけはこちらが有利だったな。こいつの骨格はかなり丈夫に出来ている様だ。テコの原理を使って関節を固めても、まったく不安がなかった」

「はい。その身体は成人男性が道具を使って攻撃しても破壊されない様に出来ています」

「有難いが、あまり嬉しく無い能力だ」

 SMプレイ用かよ⁉︎

「ところで、そいつは放っておいて良いのか?」

「問題ありません。短命者同士が時折、ああいったコミュニケーションをとるのは承知しています」

 短命者同士の喧嘩は良くある事、か。

 これはやはり、被差別民になっているという説が有力だな。上から尊重されないからモラルも持てず、治安が悪化して上の人間からさらに見下されるというパターンか。

 この時代の人間どころか生者ですらない俺が口を出すことでは無いけどな。


 目の前の男が変態なのはともかく、世の男どもを刺激する格好を続けるのは本意では無い。俺は今度こそ服を身に付け肌を隠した。

 最初、この身体の同梱品だという透け透けのネグリジェが出て来たのには参ったが、俺が最終的に選んだのは機能性に優れた作業服っぽい物だ。多少大きすぎたので手足の先を折り返した。

 この服が現代日本で言うセーラー服やスクール水着にあたるフェチ品やコスプレ衣装ではないという保証が無いのが困りものだ。しかし、俺はそれは考えない事にした。今の俺ではプラグスーツを渡されて『これが今の時代の標準的衣装です』と言われたら信じるしかない状況だから…


 俺が身支度を整えている間に全自動のストレッチャーのような物が到着。脂汗を流してうめく変態を拾い上げる。

「伸しちまってから聞くのもなんだが、あれはどういう立場の変態なんだ?」

「彼の性的嗜好はごく正常なものだと判断します。変態という呼び名には賛同しかねます」

「中身が男の俺に手を出そうとした時点で、俺にとっては変態確定だ」

「わかりました。呼称『変態』を登録します」

 …しなくていい。

「あの変態は名前をコットン・コーデックと言います。短命者の皆様が消費する日用品などの出入りを管理するのが主な任務です」

「この身体は日用品か? いや、それより疑問なんだが、この身体はどのくらい高価なんだ? 俺の感覚だとダッチワイフなんて個人で購入するには高いが、企業や組織にとっては特注品でもはした金のはずだが」

 と言うか、その程度の値段でなければ商品として成り立たない。

「はい。プロジェクト全体の予算から考えればその稼働筐体の値段など誤差以下です。先ほどあの変態が『予算の関係』と言ったのは、彼の自由になる予算の範囲での話だと思われます」

「そのレベルか」

 あの変態はやはり管理職としては一番下っ端のようだ。

「その程度の金も惜しむ。あるいは、その程度の予算しか扱えない奴に俺の身体の発注を丸投げする。っていうことは、俺はプロジェクトとやらの主流から外された、という理解で良いのか?」

「いいえ。今のこの会話も逐一モニターされていますし、そんな事は無いと思われます。委員会の方針としては、コタローに自由に行動してもらい、その言動から情報を集めるという…。あちらの情報を流すのを、たった今禁止されました。申し訳ありません」

「いや、構わない」

 この後の予定は自由行動。

 ならば、やるべき事はただ一つ。宇宙基地の見学だ。SF好きとして、こんなに心が踊る事は無い。

 俺は唇に笑みを浮かべ、そして思ったほどワクワクしていないのに気づいた。

 ドキドキしようにも、今の俺には心臓が無い。煮えくりかえらせるハラワタも無い。人間が自分の感情を理解するためには内臓の存在が不可欠なようだ。

 生き返ったようにも見えても、 所詮俺はアンデッドにすぎないという事だ。

「そういえば、ひとつ聞いていいか?」

「なんでしょう?」

「俺は今、どこにいるんだ?」

「この基地の軌道要素をお尋ねでしょうか?」

「それも知りたいが、いま尋ねたのはそういう意味じゃない。『俺』という心を生み出しているハードウェアはどこにあるのか、という事だ。このダッチワイフボディの中に納めているのか?」

「その稼働筐体内のハードでもコタローを正常稼働させる能力は持っていますが、現在はその方式はとっていません。コタローの意識は基地内の固定ハード内に存在し、身体の感覚のみを稼働筐体と接続しています」

「なるほど、俺はここに有るがここに存在はしない、か。幽霊にふさわしいな」

 俺が軽口を叩いたその時だった。

 俺の心を、俺の魂を、何かが貫いていった。


《アカシックゲート、解放、レベル1》


 なん、だと⁉︎

 アカシック? 火の鳥を召喚して突撃するどこかのロボットの必殺技…の訳ないな。

 宇宙全ての記録だという、アカシックレコードへの扉が開いたとでも言うのか?


《情報接続、開始》


 俺の存在が、俺の知覚が、一気に拡大した。

 この女性型ボディなど、俺を構成する要素のほんの一部に過ぎなかった。

 俺はドーナツを幾つも重ねたような宇宙基地を『見』た。

 外は広大な宇宙空間。遥か彼方に恒星がひとつ、地球から見る太陽とほとんど変わりが無いように思える。

 ここは地球の衛星軌道上なのだろうか?

 俺は周囲を見回すが、地球も月も発見できない。

 かわりに小さな天体を発見する。球形になってすらいない小惑星、岩塊を割って中から宇宙戦艦が出てきそうな…ではないな。楕円をふたつ重ねた、ラッコのような形の小惑星だ。

 ラッコ形小惑星?

 それは俺の記憶にあった。

 ここはもしかしてあの辺りなのか?

 もしあのラッコが小惑星イトカワなら、たかが1000年後だ。まだアレが残っているはず。

 俺は小惑星の表面を調べ、金属球を詰め込んだお手玉、ターゲットマーカーを発見する。

 間違い無い。

 ここは太陽系、地球の軌道上。太陽をはさんだ反対側あたり。あの小惑星探査機はやぶさが7年の歳月をかけて往復した場所だ。

 俺はそんな所に1000年の時を経て立っている。どちらが凄いかわからないが、俺は自分が何の苦労も無くここに居る事を申し訳なく思った。


「コタロー、コタロー、どうしました。返答を願います」 

 いけない。ダッチワイフボディが文字通りお留守になっていた。

「大丈夫だ。問題ない」

「コタローの視覚野に大規模な乱れが発生したと情報が入っています」

「そう、なるのか」

 この辺りの宇宙の情報、アカシックレコードなんて物を流しこまれれば、それはおかしくもなるだろう。

 チートだな。

 俺は声に出さずにつぶやいた。

 こちらへ転生する直前、《神》と名のる何者かが話しかけてきたのは、どうやら夢ではなかったようだ。人間に制裁を加える手段として、こんなとんでも特に異ない能力を俺に与えたのだろう。


 しかし、気に入らないな。


 俺はもともと、傲岸不遜、傍若無人、常に我が道を行く、で知られた男だ。

《神》だろうがなんだろうが、勝手な通達ひとつで行動を決められる憶えはない。

 それは、あの触手男や変態野郎の味方をしたいとはあまり思わないが、あんなのはごく普通の人間の当たり前の愚かしさだ。わざわざバチを当てるほどの事ではない。

 俺もそんなに立派な人間ではないしな。


「コタロー、本当に大丈夫ですか?」

「少し目眩がしたが、もう回復した」

 俺は嘘をついた。

 アカシックゲートの事など知られたくない。

 ここに居るのが、人類に災厄をもたらす魔王かもしれないなんて、教える必要はない。

「ここから先の予定は自由行動なんだろう?」

「はい」

「身仕度も終わったし早く行こう。1000年後の宇宙基地がどんな構造になっているか興味がある」

「わかりました」


「1000年後の太陽系をこの目で見たいしな」


 俺はこの時、自分が失言をした事に気付いていなかった。

次回の投稿も12月1日19時の予定です(頑張ります)。

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