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2 TS転生の方がまだマシだと言ったな、あれは嘘だ

 俺の意識の所在がまたしても切り替わる。

 身体感覚が戻っているのに気づく。手足があるっていうのは好い感じだ。

 俺は今度こそ、見知らぬ天井を見上げていた。


 俺の新しい身体は硬い床の上に仰向けに寝かされているようだ。

 別に文句を言うつもりはない。俺が中に入るまではこんな物はただの人形だったはずだから。

 すぐには動き出さない。新しく接続された機器をいきなり動かそうとすると制御が不安定になるのは、音声回路の時に学習している。

「動かないぞ。何処か間違えたのかな?」

「可動筐体との接続を確認しました。ハードに異常がない限り行動可能なはずです」

 一つ目は知らない男性の声。二つ目はアリスさんだな。

 俺は新しい身体から声を出して見た。

「問題ない。まず身体の感触を確かめている所だ」

 思ったより少し高い声が出た。この辺りは要調整、かな。

 俺は自分の腕を持ち上げてみた。

 腕だ。極普通に腕だ。

 アリスさんの物と違い、一見すると人間の物と見分けがつかない精巧な腕だ。俺の好みからすると華奢に過ぎるが、まぁ贅沢は言うまい。

「悪くないな」

 俺は上体をおこし、自分の身体を見おろした。


 そこに見えたものは…


 俺の新しい身体は俺の制御から離れた。

 ガタン、と音を立ててその場に転がる。

 俺は身体の大部分の制御を手放したまま、口だけを動かした。

「訂正しよう。問題しかない」

 この章のタイトルを読んでいる人には何が見えたのか説明する必要はないだろう。

 ナニからナニまで、誤解の余地が無いほどはっきりと見えたな。


 可能であれば気を失ってしまいたいところだが、それは今の俺には手が届かない贅沢だ。

 俺はなぜこうなったのか思い出す事で、現実逃避を始めた。




「墓を暴くな。死者は静かに眠らせておいてくれ」

 俺は自分の要求を過不足なく格好良く伝えた。

 だが、この要求があっさり通るとは俺も思っていなかった。宇宙(そら)ホタルの採取にどの程度の手間がかかったかは知らないが、なんの成果も無く中止出来るような物でも無いだろう。

 俺も今後の方針を考えておかなければ、な。

 俺だって別に無理に死になおしたい訳じゃない。肉体を持っていないせいか、自己保存本能が薄くなっているとは思うが自殺願望までは無い。

 とりあえず、退屈しのぎに外部へのアクセスでも要求してみるか?

 地縛霊の引きこもりネット中毒者、みたいな新ジャンルになりそうだが。


 俺の視界の中に、男が入ってきた。

 生身の人間の男だ。まだ若く、非常に整った顔立ちをしている。

 どう見ても人間なのに、あのアリスさん以上に作り物めいた雰囲気がある。

 整形した顔だろうと、俺はあたりをつけた。

 単なる美容整形なのか、遺伝子レベルでコーディネートしているのかまでは分からないがね。

「初めましてコタロー君。私の名はリチャード・ブレス。この宇宙(そら)ホタル再生計画の責任者だ」

「初めまして、相楽虎太郎だ。…責任者という割りにはずいぶん若いな」

「若い? いやいや、君が住んでいた星ではどうか知らないが、この辺りでは長命者の八割は私ぐらいの姿で年齢を固定しているよ」

「それは失礼した。なにぶん田舎者なもので」

 時間にして1000年以上の田舎者だ。

 それにしても長命者とは… 不老不死技術が開発されているらしい。既に幼年期は終わっているという事か。

「それで、ネクロマンサーの親玉さんが何の用かな?」

「ネクロ… 君はあくまでも自分が死者だと主張するのかね?」

「それが事実だからな」

「自分が死んだ時の事を憶えている、と?」

「ああ。あの状況から助かったとは思えない。頭は潰れたはずだし、首がちぎれていても不思議は無い。意識が戻った時には何の間違いかと思ったよ」

「興味深いな。それも含めていろいろ話を聞かせて欲しい。まずは君の素性からだ」

 俺はリチャード・ブレスとやらをまじまじと見つめた。身体があったら首をかしげている所だ。

「まず、そこが解らないな。俺の素性なんて、生データを解析して、とっくに見当がついているんじゃないのか? そうでなければ日本語からの翻訳ソフトなんて用意出来ないと思うんだが?」

「残念ながら君の心は我々にとってもブラックボックスに近い。データが常に流動していて静的な解析を受け付けないのだ。翻訳は君の発話の前言語的イメージを受けとる方法で行なっているよ。これなら対象者の使用言語に依存しない」

「なるほどね」

 さすが未来世界。

 十分に発達した科学はもはやチートと見分けがつかない、って所か。

「そちらも答えて欲しい。生前の君の市民番号は?」

 返答する前に俺は少し考えこんだ。

 彼の質問に答えない理由があるわけでは無いが、会話の主導権を相手に渡しっぱなしなのも気に入らない。どう見ても相手の方が立場が強いんだ、少々ゴネさせてもらおう。

「その質問に答えて、俺に何の得がある?」

「?」

「それだ。アンタが今見せたそのちょっとしたしぐさ、今の俺にはそれすら出来ない。こんな幽霊まがいの状況に押し込められて、感謝する理由なんて無いんだぜ」

「死んでいた方が良かったと?」

「死後の世界も特に悪くはなかったぞ。ヴァルハラで戦争ごっこに興じていたわけでも、処女の集団とヤりまくっていたわけでも無いがな」

「君が勇猛な戦士ではなかった事と、イスラム教徒でなかった事はよく解った」

「俺の望みは既につたえたはずだ。さっさとスイッチを切って俺を成仏させてくれ」

「それは出来ない。君は自分がいかに貴重な存在かわかっていない。宇宙(そら)ホタルのデータを移植できた、唯一の成功例なのだぞ!」

 そうか、俺以外は失敗したのか。

 あの《神》と名乗った何者かが何かしたのではないかと、チラリと考える。ま、あんな一方的な通達より自分の快適な生活空間の構築のほうが優先だけどな。

「それはアンタにとっての俺の重要性の話だな。俺の幸福とは直接の関連はない」

「では、私の質問に答えるつもりはないと?」

「ないな」

「そうか、残念だな。我々は君の視覚野と聴覚野に直接情報を送り込んでいるわけだが、この技術は他にも応用できると思わないかね?」

「なんだか嫌な話が始まりそうだな」

「痛覚の刺激、というのが一番解りやすいな」

 いきなり脅迫、拷問の話かよ。

 せめて『情報の提供が終わったら成仏させてやる』とか、交渉から始めろよ。

 このリチャードなにがしは嫌な野郎だと確信、認定する。

 そういえば、さっき『長命者』とか言ってたな。『長命者』がいるという事は『短命者』もいるという事で、こいつは特権階級なのだろう。苦痛や恐怖で他人を支配するのが習い性になっていると見たぞ。

「苦痛中枢の刺激、か。もし出来るんなら、ぜひやって欲しいな。今の俺に拷問が通じるかどうか、俺も純粋に興味がある」

「なに?」

「さっき気が付いたんだがね、今の俺は退屈をしない。肉体を持っていないせいか、時間の経過に対して無反応だ」

「それがどうしたのかね?」

「痛覚を刺激されたら、たぶん痛みは感じると思う。だが、その痛みがこれまで続いて来た事これからも続く事に対しては恐怖を感じ無い。こんな俺に拷問の意味があるかな?」

 長命者さんは喰い殺したそうな目で俺を睨み付ける。もともとの顔立ちが端正なので、なかなか迫力だ。

 あれ、彼の顔に異常が…

「おい、アンタどうした?」

「なにがかね?」

「皮膚の下で何かが蠢いているような…」

「気のせいだ」

 断言された。

 謎の蠢きはますます激しくなっている。

「いくらなんでもそれが正常だとは思えないんだが…」

「共生体の反応だ。気にするな」

「さいですか」

 俺にも謎の訛りが出てしまった。

 共生体とはね。察するところ長命の副作用 って所か。彼の長命って物もかなりグロいな。

「私の事はどうでもよい。ともかく、君は自分に対しては苦痛は何の影響も与えないと主張するのだな?」

「主張というより、予測、だな」

 彼は意識して気を落ち着けようとしているようだ。共生体とやらの反応も、少しずつおさまって来る。

「だがな、私には君が本心からスイッチを切りたがっているようには見えない。死にたがっているにしては、君は生き生きとしすぎている」

「ほう?」

 見透かされた、か。

「君は生きようとするつもりは本当に無いのかも知れない。そんな君を動かしている物は… そうさな、好奇心だな」

「なかなか鋭いな」

 俺は可能であればこの時、笑みを浮かべていたかも知れない。

 嫌な奴認定したばかりの人物が相手でも、誰かに理解されるというのはそれなりに嬉しいものだ。

「確かに俺は科学のアマチュアで好奇心の強さでは人後に落ちないと自負しているが、それをどうする?」

「君の望みは何かね? スイッチを切ること以外にだ」

「外部へのアクセス権だ」

「それは出来ない」

 即答かよ。

「セキュリティ上問題がある。外部からのハッキングも心配だが、何より君が自身のデータをネット上に放流したら、回収が不可能になる恐れがある」

 この時代でもそういう問題は存続しているのか。さすがネット、と言って良いのだろうか?

 ま、技術が発達すればするほどネットの規模も拡大していくだろうから、仕方ないのかも知れない。

「セキュリティ関連はそちらに一任してもいいが…」

「君の大部分はブラックボックスだと言った。君の能力の限界は我々には未知数だ」

 チートなハッキング能力があったら困るってか? 心配は解らないでもないな。

「では、代わりに俺に何を提供できる?」

「そうだな。君は生きかえってみるつもりは無いかね?」

「出来るのか?」

「完全な生身の身体にするのは無理だ。肉体を造る事は出来ても、君を中に入れる事が出来ない」

「機械の身体をくれる、ってか?」

 ここは惑星大アンドロメダか? 螺子にされるのは御免だな。俺はそんなに粘り強くないし。

 余計なボケはともかく(誰かツッコミを入れてくれ)、自由に動ける身体を持てるのは悪くない。

「いいだろう。それで手を打とう」

「商談成立、だな」

「では、俺から手付けだ。俺の素性だったな。名前は相楽虎太郎で間違いない。偽名を使った事も無い。市民番号は、無い」

「なんだと⁉︎」

「そもそもアンタの言う市民番号というのがどういう物なのかも俺は知らない」

「今時そんな人間がいるはずが無い」

「正解だ。俺は今時の人間では無いからな」

 おいおいリチャードさん、アンタまた共生体とやらが蠢き始めているぞ。

「聞いて驚け。俺が死亡したのはな、2013年11月7日だ」

「あり得ない‼︎」

「事実だ」

「そんな、そんなはずは無い。私は最初、君の事を私のチームの誰かのコピーだと思っていた。宇宙(そら)ホタルが私たちの中の誰かの脳の活動を転写し、それをさらに私たちが採取したのだと…」

「妥当な推論だな」

「君が私たち誰かでは無いとわかって、私は興奮した。ならば、宇宙(そら)ホタルは長期にわたって人間の脳の活動を保存できる事になる。それだけでも驚くべき事だ」

「心の底から同意するよ」

「だが、2013年だと? その年代だと、君は当然、超空間に入った事がない事になる」

「その辺りはアリスさんに言った通りだ」

「超空間に入らねば、宇宙(そら)ホタルに会うことはできない。君に会った事もないホタルが、いったいどうやって君の脳の活動を記録したのかね?」

「俺の想像で良ければ、聞くか?」

「拝聴しよう」

「そのホタルとやらが俺の心を記録したという前提自体が間違っている。俺が死にかけているのを感知して接近し、俺が死にきる前にコピーを完了して去っていくとか、いったいどこのワルキューレだ? あまり現実的でない。それぐらいだったら、俺は宇宙(そら)ホタルの本質がもともと人間の魂だったという説を唱えるね」

「そんな、馬鹿げている」

「俺は超空間というのがどんな物か知らないが、いわゆるワープとか光速を越えて移動する時に通る場所なのだろう? 時間と空間を超越した場所ならば、生と死の境が曖昧になってもおかしいとは思わない。過去と現在が一緒くたになれば死者が蘇るなどたやすい事だろう」

「魂など、非科学的な‼︎」

「俺の時代での科学の定義では『科学的な』意見はすべて仮説にすぎない事になっている。それが定説と呼ばれる物であっても、常に試され検証されるべき物だ。魂という物が観測可能になったのなら、科学の常識は書き換えられねばならない」

「しかしだね‼︎」

 リチャードさん、なんだか泡を吹いているぞ。共生体とやらの活動もますます激しくなり、一部で皮膚が裂けスプラッタな様相を呈しつつある。それも、単に血まみれというレベルではない。皮膚どころか服の下で何かがもぞもぞ動いている。

 顔にできた裂け目からも触手のごときものが一本二本と…

 でも、俺の言葉は止まらなかった。俺はニヤリと笑いたかった。古いSF小説のある意味で有名な台詞のもじりを思いついたせいだ。

「魂の不在なんて、所詮実在の証拠が見つからなかっただけに過ぎんよ。これは観測された事実じゃないか!」

 あ、卒倒した。

 …。

 回想を終了する。





 血まみれになって運ばれていく触手(リチャード)さんの映像を記憶から抹消しつつ、俺は目をそむけたい現実に復帰した。

 回想シーンのどこを見ても俺がこんな目に合わなきゃいけない理由は無い、よな。多分。

 俺は間違った事なんて言って無いし…


 俺は微妙に目をそらしながら自分の身体を見下ろした。

 細部まで完璧に造られた未成熟女性型ボディ。なぜか全裸だ。人によってはロリに分類しそうなアブなさがある。

「コタロー、その身体に機能不全がありますか?」

「機能は完全だな。問題は、なんで女性型なんだ?」

「ボディの選定基準に関する情報は私は持っていません。コタローからも主任からも性別の指定はありませんでした」

 それは俺の手抜かりかね? 『俺』という一人称代名詞が翻訳されていれば俺の性別ぐらい解っただろうに。

「それは予算の関係だよ」

 男の声がした。

 そういえば、さっきからアリスさん以外にもう一人の声が聞こえていたっけ。

 俺が首を回すと、そこに立っていたのは中年の男だった。小肥りでよく言えば個性的な顔立ちをしている。リチャードさんのような作り物めいた美貌ではない以上、長命者ではないのだろうと判断する。非差別民か下働きか、そんな立場なのだろうか?

 無理も無いとは思うが、俺の事を欲望でギラついた目で見ないで欲しいものだ。身体が汚れるような気がするが、そうは認めたくない。複雑なジレンマが俺にはあった。

「予算の関係とはどういう事です? 女性型の方がお金がかからないなんて事が…」

「あるよ。その身体なら、出来合いのものを持って来ればそれですむ」

 出来合いの精巧な女体。俺も男だ。用途には見当がついてしまう。

「そういえば、これは不必要なまでに細かく造り込まれていますね」

「おう。中まで奥まで完璧だぞ」

 やっぱりか。

 いわゆるオリ⚪︎ント工業製品。いや、あの会社が1000年後まで存続しているかどうか知らないけどさ。


 未来世界に転生して、手に入れた物はダッチワイフボディ。

 泣けてくるぜ。

 あの触手男の代わりに俺の方が泡を吹いて倒れたい気分だ。さすがに泡を吹く機能までは無いだろうけどさ。かわりに別のナニかなら吹けそうな気がするが、そちらは試すつもりが無い。

 せめてこのくらいは、と俺はため息をついた。


「あぁあ、やってられないぜ」

次回の投稿も一週間後。11月24日19時を予定しています。

コタロー君が不憫キャラからの脱却を目指す「3 これぞ、俺のチート能力」をご期待ください。

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