ファーブニルとリヴァ
レヴィアタン。
その昔、終焉にて、彼女は世界の殆どを平らげた。
しかし、予言のままに全てを食らいつくすかと思われたその時、彼女は言い放った。
「もうお腹いっぱい!私寝る!」
流石は全ての傲り高ぶるものを全て見下し、誇り高い獣すべての上に君臨している、と言われたドラゴン。フリーダムだ。
しかし、不真面目とは言え最強の生物。
世界に残ったのはたった少しの生き物達だけだった。
世界も終わりかと思われたその時現れたのは———
「おい、もういいぞ。」
威厳のある声が大きなホールに響き、途端に止む物語。
ぱたん、と大きな赤い本が閉じられるのを最後に音は去り、一人の痩せた人間と、黒い大岩だけの世界になる。
クリーム色がかった白いホールは、まるでその静やかな世界を守るように凛と囲っている。
ややあって、また野太い声が言う。
「エサの時間だ。こい。」
「はい。」
そう言うと、黒い大岩がぐるりと尾を回して立ち上がる。
その岩は、それはそれは大きなドラゴンだった。
どすん、どすん、と、緩やかなリズムを刻みながらドラゴンは凛と歩きだした。
てくてく、どすん、どすん、てくてく、どすん、どすん…
そんな音が廊下に響く。
白い石造りのそれは美しい細工がしてあり、見るものの目を楽しませる。
実際に、優美な彫刻が住む者を楽しませているかは謎だが。
ともかく、一匹と一人はそんな廊下を少し歩いた先にある、ドアのない戸をくぐる。
「少し待て。」
「はい。」
グルグルと喉を鳴らしながらドラゴンは体に見合わない小さな火を吹き、竈に火を入れる。
竈が温まる間に、ドラゴンは野菜と鶏肉を貯蔵庫なのであろう、床下の室から取り出す。
元々冷凍していたのだろう肉はまだ少し凍っていたが、気にも留めずに己の爪で薄く薄く、器用に切りながら広げて行く。
そしてそれが終わると、野菜を刻み、先程の鶏肉で包む。
「竈の具合を見てくれ。」
「はい。」
それを言われた人間は、命じられた通りに動く。
…が、ドラゴンサイズの竈など、人間にそうそう開けられる筈もない。
よいしょ、と、重そうに金具を外し、鈍い音を立てながら、漸くそれは開いた。
「ちょうど良いです。」
「そうか、何よりだ。」
そう言いながら人間が竈と格闘している間に、石で出来た…人間で言うところの焼く為の鉄板なのだろう、それに乗せた先程の鶏肉をそっと入れる。
「どきなさい。竈を閉める。」
「はい。」
す、と後退した人間が離れたのを確認してから、ドラゴンは竈を閉める。
ドラゴンは一息ついてその場に座り込んだ。
「よし、あと少しだ。待っている間に遊んでやろう。」
「ありがとうございます。」
首だけをそちらに向けて、ドラゴンは人間に話しかけた。
人間は少し笑いながら、ドラゴンに寄り添う。
「ほれ、登れ登れ」
ドラゴンの黒いウロコは、まるで岩場だの様に連なっているので、小さな人間にとっては彼の体はゴツゴツとした大岩とそう変わらない。
そんな彼のウロコ一つ一つに足をかけ、ロッククライミングをする。
人間はわりとスムーズに登るのだが、この大岩は時折身じろぎをするので、油断すると落ちてしまう。
ゆっくり、人間は大岩のてっぺんを目指して登っていく。
「…速くなったな。」
「はい。」
角に捕まって、ぶらぶらと楽しそうにしている人間を落とさないように首を下げて下りなさい、とドラゴンは言った。
…が人間は下りたくない、と言わんばかりに角にしがみつく。
「やれやれ。そら、エサだ。」
「ありがとうございます!」
勢い良く飛び降りる人間に、ドラゴンはやれやれ、と息をつく。
トン、と石造りの床が音を立てる。
ふんわりと美味しそうに湯気を立てたそれに、人間は喜んでいる。
「石爪下さい!」
「わかった、わかった、少し待て。」
そう言うとドラゴンは人間には届かない棚にある石で出来た爪を取って渡してやる。
「そら。」
「ありがとうございます!」
人間は器用にその道具を使って鶏肉を切り分け、食べていく。
ドラゴンはじ、と人間がエサを食べるのを見守っている。
まるで親鳥が雛鳥を見るかのような温かい目線だ。
「リヴァ、やっぱり人間は器用だな。」
「そうでしょうか。」
リヴァと呼ばれた人間は首を傾げる。
黒くて長い髪がサラリ、と肩から流れた。
「あぁ、…もしかしたらニホン種だからかも知れんが。」
「…この程度は人間でしたらみんなしますよ。
ファーブニル様は豪快ですから、余計にそう感じるのでしょう。」
「…可愛くない事を言う。これもニホン種たる所以か。」
「アナタの躾の賜物です。ニホン種はみな温厚ですよ。」
「そうか、改めて躾てやらねばな。」
「お手柔らかに。」
優雅に礼をし、頭を上げたリヴァは、温かい日差しに目を細めた。
良く見れば、ガラスの無い窓から蔓が伸び、室内に花が咲いている。
「…私は、あなたが主龍で幸せです。」
「私も、オマエを飼って良かったよ。」
一匹と一人は、ぼんやりとその花を眺めて言う。
空には鳥ではなく、龍が空を泳いでいる。
リヴァは、その龍に手を振る。
しかし、龍は室内など気にも留めていないのだろう、何の反応も示さない。
大空を気持ち良さそうに泳ぐ姿は優雅で、自由だ。
リヴァは、その龍が見えなくなるまで、手を降り続りつづけた。