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リバース・シンデレラ  作者: 天そば
第一章 メールの送れない月曜日
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メールの送れない月曜日 3


 昼休みの残り時間は二十分。この時間内に解決しないといけないわけではないけど、クラスの違う嶋くんが協力できるのは昼休みまでだ。できるのなら、少しでもメアドの穴を埋めておきたい。


「真ん中部分に永久欠番の選手と関係のある言葉が入るっつーことなら、今回のメアド③には、黒沢俊夫と沢村栄治と関係のある言葉ってことになるな」


 藤井がシャーペンをくるくる回しながら言った。


「で、その中に『rst_e』が入るんだよね……。これがいったい、どう関係してくるんだろう」


 あかりが考えるように視線を宙に向ける。わたしもつられて同じようにしてみるけど、特になにかひらめくわけでもなかった。蛍光灯が眩しいぜ。

 頭を悩ませるわたしたちの前で、嶋くんはなんでもないことのように言ってのけた。


「俺、たぶんわかったよ。この『rst_e』の前後になにが来るのか」

「え!」


 蛍光灯から嶋くんにピントを合わせる。冗談を言っているようには見えない、自信ありげな顔があった。


「黒沢俊夫と沢村栄治の背番号は、球界初の永久欠番なんだろ?」


 あかりと藤井が頷く。


「この二人をつなぐ最も大きなキーワードを、高橋さんがメアドに入れる可能性は高い。そう考えたら、『rst_e』の前後にある文字が見えてこないか?」


 球界初の永久欠番ということを考えれば、『rst_e』の前になにがあるか見えてくる?

 知恵をふりしぼり、考える。考えて考えて、そして、


「……あ、わかった!」


 ぱしんと手を合わせ、声をあげた。……あかりが。


「ファーストだよ! 球界初の永久欠番、ってことはつまり、日本で最初の永久欠番。だから、英語の『first』が入るんだ!」


 興奮して、一気にまくしたてる。よっぽどうれしかったみたいだ。

 当たってる? と言うようにあかりが顔色を伺うと、嶋くんは小さく笑った。


「俺もそう思う」

「本当? よかったー」


 安心したように笑って、胸に手を当てるあかり。藤井は先に解かれたのが悔しいらしく、渋い顔をしている。わたしももしかしたら、同じような表情をしているかもしれない。


 あかりにそんな気はないとわかっていても、嶋くんの笑顔を向けられているのを見たらなんとも言えない気持ちになる。できることならわたしが謎を解いて、嶋くんに、すごいな川口、好きだ結婚してくれ! とか言われたかった。


「でも、嶋君。嶋君は『rst_e』の前後が見えてくるって言ったけど、後ろにはなにが来るの?」

「ああ、それは……」


 嶋くんが答えかけたとき、藤井が待ったをかけた。


「待て良次! おれ、もう少しでわかりそうなんだ。あと三十秒待て!」


 坊主頭を叩きながら必死に考えている。嶋くんは苦笑して、わかったよ、と返した。やっぱり優しい。わたしだったら無視して答え言ってるのに。

 あかりにちょいちょいと肩をつつかれた。


「わかる?」

「ぜんぜん」


 英単語で『e』から始まるのはなにがあったかな、とさっきから考えてるけど、あいにく、このメアドに当てはまりそうなのは思いつかない。素直に降参して、嶋くんの回答待ちだ。


「わかった!」


 藤井が顔をあげ、机を叩いた。ばん、と大きな音が教室に響き、クラスの大半が驚いて音の出所を見るけど、なんだ藤井かとすぐに自分の作業に戻る。大声を出しても机を叩いてもここまで反応されない人物も珍しい。


「けっこうシンプルだったろ?」

「ああ。日本人でよかったぜ」


 男二人で笑いあうと、藤井は急にわたしとあかりのほうを見て、


「どうだ? 川口と大原はわかったか?」


 わからないよなあ、お前らは。藤井の顔にははっきりそう書いてあった。

 くっそ、ムカつく。嶋くんにだけわからないなら諦めもつくけど、こいつがわかってわたしはわからないなんて、屈辱以外のなにものでもない。

 素直にノーと答えるのも癪なのでわたしは黙っていたけど、あかりはあっさり首を横に振った。


「わかんない。教えて、藤井君」

「ふふん、いいだろう。そもそも、この『e』を難しく考えるのがいけねーんだよ。eから始まる英単語は……なんて以ての外だ。これは、日本語のある言葉をアルファベットにしただけなんだからな。そう、つまり、これが意味するものはっ……」


 眉間にしわを寄せて歯を食いしばり、更に顔を小刻みに上下に揺らす。いや、変な演出はいいから早く言えよ。


「ダダーン! すなわち、永久欠番の『e』だ。「永久欠番」という言葉をアルファベットにして、その頭文字の『e』だったんだよ」

「ああ、そっか! そういうことなんだ」


 感心した様に口を大きく開けて頷くあかり。わたしもすごく納得したけど、相手が藤井だからあんまり大きいリアクションはしない。なんか本当に、負けたみたいだし。


「そして、その後ろに来るのは当然、『k』だな。「永久」の『e』と、「欠番」の『k』。川口、お前はこの『e』を英単語として見てただろ? だからわからなかったんだよ」


 最大級のドヤ顔をわたしに向けてくる。お前だってさっき『first』わからなかったくせに。……なんて言えるはずもなく、無難な答えを返す。


「そうね。わたし、難しく考えすぎてたみたい」


 私も、とあかりが笑う。この素直さ、演技じゃないのがうらやましい。


「『first_ek』か。これで、八文字埋まったことになるんだけど……」


 嶋くんがそう呟いたのが耳に入り、思わず振り向く。


「八文字も埋まったの? すごいじゃない! もう一息ね」


 昼休みは残り十五分。この調子でいけば、時間内にメアドを突き止めることができるかもしれない。だけど、テンション右肩上がりのわたしとあかり、藤井と違って、嶋くんは喜びの声を上げず、首をひねった。


「……本当に難しいのはこれからかもしれない」

「え?]


 わたしたちの視線を一斉に浴びながら、話を続ける。


「真ん中部分に入るのは、九文字だ。それに対して、『first_ek』は八文字。メアドを完成させるには、あと一文字足りない」


 メアド③の真ん中部分の丸を数える。…………嶋くんの言うとおり、九つあった。


「残り一文字というのは、下手に二文字、三文字足りないより難しい」


 嶋くんは腕を組みながら、変に暗く言っているわけでも、前向きに言っているわけでもない、平坦な声を出す。


「俺は、『first_ek』は当たってると思うよ。いかにも高橋さんがメアドに入れそうな言葉だと思う。だけど、それに一文字加えるとなると、なにが来るのかまったく見当もつかない」



 昼休みは残り十分を切った。

 それでも、依然として最後の一文字がなんなのかわからない。


 永久欠番を『ek』ではなく『ekb』にしてみたり、『ek』と数字のあいだにピリオドを入れてみたりしたけど、どのアドレスに送ってもすべてエラーメールが返ってきた。

 正直、完全に行き詰っていた。


「あ、くそ。またエラーだ」


 藤井がケータイに舌打ちする。さっきから適当に一文字付け加えてはメールを送っているけど、ことごとく空振りしていた。もう何回三振したかわからない。


「『first_ek』は間違えてるのかなあ?」


 あかりがぽつりと漏らす。そんなはずない、とさっきまでは思っていたけど、だんだん自信がなくなってきた。なにか、他にもっとふさわしい言葉があるんじゃないかという気すらしてくる。

 わたしは右隣に座る彼に尋ねた。


「ねえ、嶋くんはどう思う?」


 顎に手を当てたまま一人静かに考えを巡らせていた嶋くんは、わたしのほうを見て、


「俺は、『first_ek』が間違っているとは思わないよ。ただ、最後の一文字を突き止めるには、メアド①と②を完全に解読することが重要だと思う」


 そう言われて、思いだす。そういえばわたしたちは、メアドの意味を完全に突き止めたわけではなかったのだ。 メアド①は『bonsaikyo』が、メアド②は『vdnk』の意味が、それぞれわかっていない。だけど……。


「でも嶋くん、そこまで解読する必要はあるの? とりあえず野球に関係する言葉、じゃ駄目?」

「駄目だと思う」


 清々しいほどきっぱりと言い切る。


「さっきからこのあたりを見ていると、なにかひっかかるんだ。おかしい部分があるような気がするんだよ」


 嶋くんは、普段から優しい、穏やかな口調で話す人だけど、いまは珍しく語尾が強くなっていた。その「ひっかかるところ」がわかりそうでわからないのがもどかしいみたいだ。

 わたしも嶋くんにならい、メアドに目を向ける。


 メアド①『luv-g^_^.bonsaikyo1_3_@』

 メアド②『luv-g^_^.vdnk_golden16@』


 嶋くんの言うひっかかるところは、『bonsaikyo』や『vdnk』だろう。わたしも注意して見てみるけど、ただただ意味がわからない。


「いったいこれ、どういう意味なんだろうね」


 あかりも隣で首を傾げる。やみくもにメールを送る作戦は諦めたらしい藤井も、過去のメアドを真剣な表情で分析している。わたしも、諦めないで考えてみよう。


 メアド②の『vdnk』はなにかの略称だろうけど、Vから始まるのを見るに、さっきの「永久欠番」みたいな日本語ではないだろう。やっぱり、野球に関係があってVといえば、「ヴィクトリー」かな。でも、その後ろのDは? 野球に関係ありそうなD。えーっと……。あー。


 考え始めて三十秒で、もう壁にぶち当たった。見ると、あかりは指でこめかみをごりごりし、藤井は頭をかき、嶋くんは下を向いている。

 みんな、明らかに行き詰ってるよ。わたしと一緒だ。


「……なあ、大原」


 頭をかく手を止め、藤井があかりに尋ねる。


「本当に、王貞治と長嶋茂雄に盆栽の趣味はねーのか?」

「私は聞いたことないけど……。でも、そうだよね。そう考えでもしないと意味わかんないもんね、これ。だんだん、私が知らないだけでほんとは二人とも盆栽好きだったんじゃないかって気がしてきたよ」

「だよなあー。ちょっとおれ、情報収集するわ」


 藤井が再びケータイを手に取る。ウェブに繋いで、巨人の永久欠番選手について調べるつもりらしい。じゃあ私も、とあかりもケータイをいじりだした。


「わたしもやるわ」


 なんとなく流れで、わたしもケータイを開く。すると、俺もやろうかな、と嶋くんまでケータイを取りだした。

 …………ん? あれ、なんか忘れてるような。


「あ、メールが来てる」


 ケータイの画面を見た嶋くんが呟いた。

 わたしとあかりが、弾かれたように目を合わせる。


 そ、そうだった! 完全に頭から飛んでたけど、わたし、嶋くんにメールを送ったんだった。今朝キーパーを運んでくれたことへのお礼を、最後にちょっと大胆な言葉を添えて!


「川口から?」


 差出人の名前を見た嶋くんが、顔をあげてわたしを見てきた。

 わたしは必死に平静を装う。


「あ、うん……。ぜんぜん、大したメールじゃないんだけど」

「そっか」


 すぐにまたケータイに視線を戻す。黒目が左右に動き、文字を追っているのがわかる。わたしはもう、高橋さんのメアドの解読どころではなかった。どくどくどくと猛スピードで心臓が動き、その速さたるや、連続した一つの音になりそうなほどだ。 文字を追う嶋くんの瞳が、急に止まった。そのまま視線は動かなくなり、それなのに、顔はだんだん険しくなっていく。


 どうしたんだろう、というより、どこを見てるんだろう。まさか、あの、最後の一文? それをあんなに凝視して、眉間にしわを寄せているの?


「川口っ」

「は、はい」


 嶋くんがケータイからわたしに顔を向ける。意外なことに、目を大きく見開いて、興奮冷めやらぬというような表情をしていた。そういえば、いまわたしを呼んだ声も、高揚しているのを必死に抑えているかのような声色だった。


「これ、なに……?」


 ケータイの画面を指差す。

 嶋くんの人差し指の先には、なんてことない、ただの絵文字があった。


「これ? 絵文字だけど……」

「そうじゃなくて。この、絵文字の後ろにあるやつ。これはなに?」


 嶋くんがさっきより強く、メールの二行目の絵文字、『(^-^)v』を指す。

 なんでそんなにテンションが上がってるんだろう、と思いながら、わたしは左手の人差し指と中指を立てた。


「これも絵文字の一部。ピースよ」


 左手を顔の横に持っていき、メールの中の絵文字と同じポーズをする。

 それを見た嶋くんが、急におかしくなった。

 あ、と声をもらし、高橋さんのメアドを見て、次にわたしを見て、もう一度メアドを見た。そのあとに、小さく、だけどはっきりと、こう言った。


「わかった……」

「え?」


 なにが? 野球部での集合写真はよく撮るから、わたしがピースしてても可愛いことなんて、とっくの昔にわかってるはずなのに。もしかして、集合写真に写っているわたしをろくに見てすらいなかったのかな? そんな、ショックだ。


「一樹」


 そんなわたしの内心を知るはずもなく、嶋くんは真剣な表情で、こう続けた。


「わかったぞ。高橋さんの新しいメアドが」


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