プロローグ 2
2
入試の手ごたえは充分だった。落ちてるかもしれないなんてこれっぽっちも思ってなく、むしろ、点を取りすぎて新入生代表の挨拶なんてものを任されたら面倒だと、わざと何問か間違えたほどだ。
だから、体育館前の掲示板に張り出された合格者一覧の中に自分の番号を発見しても、とくになんの感情も湧かなかった。ああやっぱり、とそれだけ思って、素早く辺りを見回した。自分の合否判定より、彼がどうなったかのほうが気になる。
もし、彼が落ちていたら……。そんなことを思うと、不安でたまらない。なんのために通学に二時間近くかかるこの高校を受けたのかわからなくなってしまう。
わたしは足早に掲示板から離れた。押し寄せる人波の中では、数メートル先の人すらよく見えない。少し離れたところから探したほうが良さそうだった。
人の少ないところに移動して、掲示板の辺りに彼がいないか目を凝らす。入試の日に見た彼の後ろ姿はいまでもはっきり目に焼きついている。視界の隅にでも入れば、すぐにわかる自信はあった。それなのに、一向に見つからない。もしかしたら、混雑する時間を避けて、少し人が減ったときに見に来るつもりなのかもしれない。
ケータイを開くと、妹から、「どうだった?」とメールが来ていたけど、いまは返信できる状況じゃない。風ではためくスカートを押さえながら、彼が来るのをじっと待ち続ける。
けっきょく、彼が現れたのは、掲示板前の人口密度がピーク時より半分ほどになったころだった。同じ中学の人もたくさんいるはずなのに、一人で来るのがあの人らしいな。話したこともないくせに、わたしはそんなことを思った。
彼が掲示板前で立ち止まるのを見て、わたしも足を進める。ぎりぎり怪しまれない距離まで近づいて、番号を探す彼の様子を横目で伺う。上下に忙しく動いていた彼の瞳がぴたりと一点で止まった。次いで、ずっと険しかった表情が柔らかくなる。口許には、安心したかのような笑み。
ああ、合格したんだな。うれしそうに笑う彼を見て、わたしも、肩に入っていた力がバスタブの栓を抜いたように消えていった。
掲示板に張り出された自分の番号を写真に映すこともなく、彼は合否だけ確認するとすぐに離れていった。どこに行くのかな、と思っていると、さっきわたしがいたところの近くに、彼と同じ中学の人たちが集まっていた。さりげなくその前を通ってみると、
「受かったよ」
と、うれしそうに報告する彼の声が耳に入ってきた。
――よかったね、嶋くん。
心の中でそう呟いて、わたしは校門へ向かった。その途中、色んな部活が勧誘チラシを配っていたけど、すでに入る部を決めているわたしは、「本命」のチラシだけを受け取った。人波に紛れて校門を抜けながら、貰ったチラシを見る。
『キミも公星野球部に入って、一緒に甲子園を目指そう!』
中心にでかでかと書かれた言葉を見て、わたしは笑いをこらえた。シンプルイズベストって言うけど、これはちょっとシンプルすぎない?
自分が籍を置くことになる部のセンスがちょっと心配になった。そしてふいに、本当に四月からこの高校に通うんだな、と実感する。わたしは来た道を振り返って、最後にもう一度校舎を視界に収めた。
公立公星高校。ここら辺の公立校の中では、野球部の実力はトップクラスだ。
嶋くんは高校でも野球を続ける。だからわたしも、マネージャーとして野球部に入る。
ずっとずっと憧れていた彼は、どんな人なんだろう。いままでは夢の中でしか会えなかった嶋くんと、これからは対等に話ができるのだ。
四月から始まる高校生活を思うと、胸が躍った。だけどそれと同時に、不安が頭をよぎる。
――本当に、三年間も騙し続けることができるんだろうか?
わたしが高校生活でなんとしてでも隠し通さないといけない秘密を思うと、高揚した心に少し影が差すのがわかった。