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リバース・シンデレラ  作者: 天そば
第三章 顔に傷つく水曜日
12/28

顔に傷つく水曜日 2


 昼休みの時点でわたしの精神状態はあまりいいものじゃなかったけど、本当の悲劇は部活中に訪れた。

 日が落ち始めてきた六時十五分ごろ、選手のみんなは自主練をしていた。六時半からベースランニングが始まるから、それまで余った時間は各自好きなトレーニングを、ということだ。

 わたしたちマネージャー陣はバックネット裏のベンチに座って、ほつれたボールを縫ったりスコアブックのデータをまとめたりしていたけど、それらの作業はあまりはかどっていなかった。なぜなら……。


「なんで今日、こんなに気持ち悪い暑さなんですかねえ?」


 ひぐらしの大合唱が響く中、瑞樹が心の底からうんざりしたようにそう吐き出す。わたしとあかりは緩慢な動作で首を縦に振った。

 日が落ちてきて直射日光が弱くなったぶん、かえって身体に張り付いてくるねっとりした蒸し暑さが強調されている。断っても断ってもデートに誘ってくる勘違い男みたいな不愉快さだ。こんな中で作業に集中できるわけがない。


「せめてもうちょっと爽やかな空気になってほしいよね……」


 ぼんやりした顔でボールを縫いながら、あかりが愚痴をこぼす。


「反則ですよね。せっかくお団子にしたのに、空気自体がもあっとしてたら意味ないですよ」


 我慢できない、と言うように瑞樹が頭を振る。言うとおり、今日の瑞樹はお団子ヘアーだった。頭に血が上りやすいせいで髪を高い位置で結べないわたしからしたら、羨ましいヘアースタイルだ。


「あたしたちでこれだから、動いてる選手たちはもっとキツイでしょうね」

「そうよね。熱中症にならないといいけど……」


 言いながら、わたしはライト側のファールゾーンに目を向ける。そこに設置されたネットに、嶋くんがボールを投げ込んでいた。

 さっきやった試合形式ノックでは、ランナーが盗塁する場面もあったけど、嶋くんはきっちりセカンドベースでランナーを刺していた。昨日は送球が荒れていたらしいけど、すぐに修正できるのがすごい。いまボールを投げ込んでいるのも、調子のいいときのスローイングを忘れないためだろう。ほんと、どこまでも真面目で努力家だ。


 暑さに負けかけていたけど、そんな嶋くんを見ているとわたしも頑張らなくちゃという気になってきた。グラウンドには水の入ったボトルがいくつか置かれている。そろそろ水が無くなるころだから、補充しよう。わたしはスコアブックを閉じ、立ち上がった。


「ボトル回収してくる。……あ、いいよ瑞樹。休んでて」


 あたしがやりますよと立ち上がりかけた後輩を制する。いつも率先して雑用をやってくれる一年生に甘えっぱなしじゃ申し訳ない。……それに、嶋くんの近くにもボトルがあるから、回収ついでに軽く話ができるかもしれないし。


 一つ二つとボトルを回収し、三つ目、嶋くんの近くにあるボトルに近づく。ゆっくりと腰を落としてボトルを拾いながら、ボールを投げる嶋くんを見る。手抜きの「て」の字も感じられない真面目な表情。かっこいいなあ、もう。その奥に藤井さえ見えなければ、写真に撮って部屋に飾りたいぐらいなんだけど。

 嶋くんが一息ついたのを逃さず、わたしは声をかけた。


「嶋くん、頑張ってね」

「ん? ああ、ありがと」


 会話終了。またボールを投げ始める。……まあ、練習中はこんなもんよね。

 さっさと次のボトルを回収しよう、と嶋くんに背を向ける。さあ、次は……。


「危ねえ、川口ッ!」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。なんだろう、と振り返った瞬間――。

 左頬に衝撃が走った。絶えられず、顔がのけぞる。手に持っていたボトルがぜんぶ地面に落ちる。頬を手で押さえたままふらふらと後ろに何歩か後退して、わたしはグラウンドにうずくまった。左頬の衝撃が徐々に痛みに変わっていき、それに伴って熱を帯びていく。


 頬にボールが当たったんだ。わたしはやっと、それを理解した。

 わかった途端に痛みが三倍ぐらい増した気がする。目からは涙が溢れてきた。


「ユズ! 大丈夫?」


 あかりの声が聞こえてきた。次いで、背中をさすられる感触。


「大丈夫っ? 息はできてる?」


 小さく頷く。


「そっか。よかった」


 ほっとしたように言う。ぜんぜんよくない。すっごい痛い。顔の骨折れてるかもしれない。

 周りに人が集まってくるのが足音でわかる。ひそひそと交わされる会話に混じって、よく通る声が聞こえてきた。


「大原、保健室に連れていってくれ。俺もあとで行くから」


 野村先生だ。あかりはわたしの肩に手を回した。


「歩ける? 一緒に保健室、行こ」


 なんとか立ち上がって、あかりに支えられて歩く。グラウンドから出る直前、


「あかり先輩。これ」


 と、瑞樹が氷の入った袋を渡してきた。あかりはそれを受け取り、わたしの左頬に当てる。キンキンに冷えているはずなのに、痛みや痺れのほうが圧倒的に強くて、あまり冷たさが感じられなかった。


「ありがとね、瑞樹。それから、ごめんね。あとよろしく」

「任せてください。ユズ先輩、あたしもあとで行きますから」


 気遣ってくれる瑞樹に、わたしは小さく頷くのが精一杯だった。


     *


「……うん、骨には異常ないと思うわ。腫れもそんなにひどくないし」


 長椅子に座るわたしの顔をしばらく観察して、真弓先生はそう結論を出した。


「左耳が聞こえ辛いとか、そういうこともないのよね?」

「はい。それは大丈夫です」


 左頬に氷袋を当てたまま、わたしは答えた。

 時刻は六時半を少し過ぎたころ。保健室内にいるのはわたしたちだけ。

 ボールが当たった直後に比べて、痛みはだいぶやわらいできた。それにしたがって、徐々に気持ちも落ち着いてきた。


「嶋君に感謝しないとね、ユズ」


 隣に座るあかりがほっとしたような笑顔で言った。


「平野君とキャッチボールしてた藤井君が暴投して、それがユズに当たったんだけど、その直前に嶋君が手で弾いて勢いを殺してたんだよ。そのまま当たってたら本当に骨が危なかったかも。けっこう強い送球だったから」

「そうだったんだ……」


 嶋くん、わたしのためにそんなことを。うれしい、と思う気持ち半分、藤井のヤローはいったいどれだけわたしに危害を加えれば気が済むんだあんチクショウと憤る気持ち半分。手放しに喜べないし、怒れもしない感じだった。


「大丈夫だとは思うけど、数日たっても痛みが引かないときは病院に行ってみて。領収書があればお金は学校から下りるから」

「はい。どうもすみません」

「もう少したったら、湿布を貼りましょうね」


 そう笑って、真弓先生は立ち上がって冷蔵庫の方へ向かった。

 訊くならいましかない。わたしは顔から氷袋を離し、あかりに向き直った。


「あかり。わたしの顔、どうなってる? 痣とかできてない?」


 あはは、とあかりは笑った。……どう見ても、言い難いことをごまかすときの笑い方で。


「……うん、できてる」


 わたしはがっくりと肩を落とした。


「あ、でも、アレだよ? 腫れはあんまりひどくないんだよ」


 なによそれ。つまり、痣はけっこうひどいってことじゃない。


「心配しなくても、一週間もたてば内出血は治まるわ。それまでは湿布で隠すことね」


 真弓先生が、お茶の入ったコップをわたしたちの前に置く。あかりは、どうもありがとうございます、とお礼を言っていたけど、わたしはそんなことをする余裕がなかった。

 一週間も、顔に痣が。わたしの、誰もがうらやむこの顔に、痣が。

 ショックで気絶しそうだった。しかも、それを隠すために顔に湿布を貼ってなきゃならないなんて。わたしの美貌が台無しじゃない。


「でも、あなたたち野球部だったのね。お昼に来たときも、日焼けしてるなとは思ったけど」


 わたしたちの反対側の椅子に座って、真弓先生は言った。

 ちなみに、わたしの名誉のために言っておくけど、わたしはそこまで日焼けしていない。通販で定期購入している高価な日焼け止めを休憩時間ごとに塗り替えてるし、そもそも太陽に当たる機会が他の部員よりは少ないから。一見して外の部活をやっているなとわかるのはあかりのほうだ。


「私も今年、姪っ子が野球部に入ったのよ。まだ小学生なんだけどね」

「へえ、女の子で野球部って珍しいですね。私は昔から野球好きでしたけど、自分でやろうって思ったことないですよ」

「まあ、その子は男勝りだからね。漢字の一に姫って書いて『一姫(かずき)』っていうんだけど、もう、名前とは真逆のおてんば娘になっちゃって。このあいだの日曜に初めて試合の応援に行ったんだけど、あんなに暑い中でよく動けるなと思ったわ」

「もう慣れちゃいましたよ。ね、ユズ?」


 首を縦に動かす。


「そうなの? すごいわねえ。私なんか、一試合観ただけなのにあっという間に日焼けしちゃって。普段日に焼ける機会がないから、余計参っちゃったわ」

「あー、あんまり日に当たることがないならきついですよね。私は中学でもマネージャーしてたんですけど、最初の頃は大変でした。汗もすごかったんじゃないですか?」

「そうなのよ。まあ、汗は最初から覚悟してたから、化粧もしないですっぴんで行ったんだけどね。ここまで焼けるとは思わなくて」


 思わぬ盛り上がりをみせるあかりと真弓先生の隣で、わたしは会話に参加することもせずぼんやりしていた。

 一週間、顔に、痣。一週間、顔に、湿布。

 その事実がわたしのテンションを絶賛ガタ落とし中だった。すぐには立ち直れそうもない。

 雑談に勤しむ養護教諭と野球部マネージャーの隣で、負のオーラを発するもう一人のマネージャー。そんな構図が数分続いたあと、やや乱暴に裏口のドアが開かれた。


「ユズ先輩! 大丈夫ですか?」


 もう一人のマネージャーの登場だった。瑞樹は着替えもせずジャージのままで、大量の鞄と制服を持っている。あかりが驚いたような表情で訊いた。


「私たちの鞄と制服、持ってきてくれたの?」

「はい。ベーランが終わるともう部活終了したんで、すぐ帰れるようにと思って」


 靴を脱ぎ、保健室内に入ってくる。ちなみに、『ベーラン』はベースランニングの略だ。


「骨とかには異常ありませんでした?」

「大丈夫みたい。心配してくれてありがとう」

「本当ですか? よかったあーー」


 胸に手を当てて、大げさに息を吐く。最初の頃は、この大げなさリアクションはわざとやっているのかと疑ってたけど、最近これが瑞樹の素だとわかってきた。人のことで一喜一憂できるというのは、少し羨ましいではある。


「ありがとね、瑞樹」

「いえいえ。あ、そうそう」


 鞄と制服を机に置くと、瑞樹は今日の夕飯を告げるかのような気軽さで言った。


「もうすぐ、野村先生と藤井先輩と嶋先輩が来ますよ。あたしは走って先に来たんですけど」


 ……え?

 思考が一瞬フリーズする。いまからここに来る? 誰が? 野村先生と、藤井と――嶋くんが?


「真弓先生、湿布! 湿布貼ってください、いますぐ!」

「え、どうして? もう少し冷やしてからのほうがいいと思うけど」


 そんな悠長なこと言ってられるか! 野村先生は、わたしの怪我の具合を確認するために近づいて来るだろう。そのとき、先生のそばに嶋くんがいたら……。

 痣のできた顔なんて、嶋くんに見せられない!


「いいから早く! いますぐ貼ってください湿布をお願いします! 湿布をッ!」

「わ、わかった。わかったから、落ち着いて。ね?」


 わたしの剣幕に圧倒されたらしく、真弓先生は腰をあげた。若干、興奮してナイフを振り回す危ない人を見るような目になってたけど、それはこの際どうでもいい。

 息を整えながら裏口に目をやる。まだ開く気配はない。よし、いいぞ。先生がわたしの顔に湿布を貼り終えるまでは、そのままでヨロシク。

 ぽん、と両肩に手を置かれる。右肩はあかり、左肩は瑞樹だった。


「ユズって、なんだかんだで乙女だよね」

「カレに傷を見られるなんてイヤ! ですか。かわいいですねー」


 二人して盛り上がっている。もう、言い返すのも面倒くさい。お願い、真弓先生。早く湿布持ってきて。なんか変な汗かいてきたから。

 そんなわたしの想いが通じたように、先生は早々と戸棚から湿布を取り出し、戻ってきた。


「じゃあ、貼りましょうねー」

「お願いします」


 顔から氷の袋を外す。先生は手元のタオルを取って、袋の水滴で濡れたわたしの左頬をぬぐった。

 そして、黒縁眼鏡を押し上げながら、小声でこんな質問をぶつけてくる。


「ねえ、川口さん。もしかして、野球部に好きな人でもいるの?」

「えッ?」

「ああ、やっぱりそうなんだ」

「あの、いやべつにそんなことは……。あの……」


 軽く深呼吸。声を小さくして、続ける。


「なんでわかったんですか?」


 先生はくすっと笑って、


「そりゃあわかるわよ、あなたの態度を見たら。野球部に好きな人がいるから、顔の痣を見せるのが嫌だったのね」


 わかるわかる、と笑い混じりに言って、湿布のフィルムを剥がす。


「私もね、こないだの野球観戦で……」


 続く言葉を、真弓先生は飲み込んだ。裏口のドアが開いたからだ。


「失礼します」


 野村先生が入ってくる。それに続いて、藤井も。そしてその後ろには、嶋くん。二人ともまだユニフォームだ。


「あ、先生。すみません、けっきょく部活に戻れなくて」


 あかりと瑞樹が立ち上がって、嶋くんから隠すようにわたしの前に立った。その隙に、真弓先生が湿布を貼る。


「いや、それは構わんよ。ところで川口、大丈夫か?」

「はい。痛みももうほとんどないです」


 あかりと瑞樹にありがとうとアイコンタクトして、近づいてくる野村先生にひょいと顔を見せる。もう湿布は貼ってあるから、痣は見えない。


「軽い打撲ですね。一週間もすれば治ります」

「そうですか。それはよかった」


 野村先生の表情が緩む。縦にも横にも大きい身体で顎鬚まで生やしている四十半ばの野球部顧問は、一見すると厳ついけれど、よくよく見ればけっこう優しい瞳をしている。

 その野村先生の後ろから、ばたばたと騒がしく足音をたてて、藤井が近寄ってきた。


「川口、まじ、ごめんな! ほんっっとに悪かった!」


 わたしの前に立つなり、手を合わせて深々と頭を下げる。ま、女の子の顔にボールをぶつけたってことを考えれば、最低限の誠意よね。


「大丈夫よ、藤井くん。わたしはもうなんともないから」

「ほんとかあ?」


 顔をあげてそう訊いてくる。演技ではなく本気で責任を感じていそうで、普段ちゃらんぽらんなこいつがあまり見せない表情だった。完全にイラつきが消えたわけではないけど、まあ許してやってもいいかな。


「ほんとにほんと。もうぜんぜん痛くないわ」


 藤井は、よかったあ、と胸をなでおろしたあとで、鞄から財布を取り出した。


「ちょっと待ってろよ。お詫びやるから」

「え? いや、お金なんていらないわよ」

「なに言ってんだ。おれ、そんなに金ねえよ」


 財布からぐしゃぐしゃのレシートを出して、机の上の鉛筆を取り、裏になにか書く。そして、


「これ、肩たたき券!」

「…………」


 でかでかと『一回五分』と書かれたレシートを渡された。藤井の後ろで、瑞樹と真弓先生が必死に笑いをこらえている。


「ご希望なら、肩もみ券にもなるんだぜ?」

「そ、そうなんだ。ありがとう……」


 いちおうポケットの中にしまっておく。家に帰ったら捨てよう。こいつに肩触られるの嫌だし。


「川口。本当に大丈夫なのか?」

「あ、うん」


 ずっと藤井の後ろで黙っていた嶋くんが、やっと口を開いた。元気ですよとアピールするために、わたしは大きな笑顔を作る。


「もう痛くないわ」

「そっか。でも、ごめんな。俺がボールを捕れてれば……」

「え? そんなことないよ」


 嶋くんのおかげで軽症ですんだのであって、なにも謝ることなんてない。むしろ、わたしがお礼を言わなくちゃいけないのに。


「だが、まあ、なんともないならよかったよ」


 わたしたちの会話は、野村先生がそう言ったことで断ち切られた。


「骨になにかあったら、本当に一大事だったからな。……ただ、歩くのが大変なら、家まで送ってくぞ」

「いえ、そこまでしていただかなくて大丈夫です!」


 慌てて首と手を振る。家までは遠いし、なにより、ついでに両親に挨拶を……なんてことになったら笑えない。

 先生はふっと口許を緩めて、


「そこまで元気なら大丈夫だな。じゃあ、俺はもう帰るよ。お前らも、長居すると悪いからもう帰れ」

「そうっすね。でもその前に、着替えていいっすか?」


 藤井が半笑いでユニフォームの袖をつまむ。

 野村先生はちらりと真弓先生に目をやった。


「じゃあ、保健室はもう閉まる時間だから、他の場所で着替えろ」

「いえ。ぜんぜん大丈夫ですよ、着替えてからで。私も特別急いでるわけじゃないですし」


 真弓先生は気さくに笑って左右に手を振った。野村先生はまだ少し遠慮がちだったけど、そうですか、と納得してくれたようだ。


「お前ら、あんまりゆっくり着替えて先生に迷惑かけるんじゃないぞ。……じゃあ、すみません、私はお先に失礼します。真弓先生、どうもありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げて、野村先生は来たときと同様、裏口から外に出て行った。

 戸が閉まるのとほぼ同時に、嶋くんがぱしんと手を打つ。


「じゃあ、俺たちも着替えよう。真弓先生、ベッドを借りてもいいですか?」


 カーテンを引いて、更衣室代わりにしようということだろう。


「どうぞどうぞ。じゃあ私はそのあいだ、外に出ておくわ。そうしたら、みんな一斉に着替えられるわよね?」

「はい。どうもすみません」

「いえいえ。じゃあ、終わったら呼んでね」


 テーブルの上からケータイを取って、保健室から出て行く。

 保健室には野球部が五名残された。嶋くんは鞄と制服を手に立ち上がると、


「俺たちがベッドで着替えるよ。着替え終わったら呼んでくれ」


 行くぞ、と藤井の背中を叩く。カーテンを閉める直前、覗かないでくださいねー、と瑞樹が笑顔で釘をさした。

 わたしたちも各々制服を取って、着替えを始める。その途中で、あかりがぽつりと言った。


「真弓先生って、ちょっと変わってるよね」

「どこが? 普通にいい人じゃない」

「ああ、うん。いい人だとは私も思うけど……」


 あかりは急に口を閉じ、じっとわたしを見つめてきた。わたしはシャツのボタンを閉めながら見返す。


「なに?」

「……もしかしてユズ、気づいてない?」


 訊きながら、あかりはちょんちょんと鼻の頭を叩いた。


「なにそれ、どういう意味?」

「やっぱり……」


 あかりは小さくため息をつくと、続けてこう言った。


「眼鏡だよ。真弓先生、昼といまとでぜんぜん違う眼鏡になってた」

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