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リバース・シンデレラ  作者: 天そば
第三章 顔に傷つく水曜日
11/28

顔に傷つく水曜日 1


 朝、駅に向かって歩いている途中、植え込みに咲く花が目についた。花びらが六枚の白い花だった。

 純粋一途に恋する乙女ことわたし、川口柚香は、歩道にしゃがんでその花をそっと手に取った。

 もちろん、花占いをするためだ。同じ野球部の彼――嶋良次くんに片思い中のわたしとしては、根拠のない占いでもいいから、とりあえずなにかに励まされたいのだ。

 息を止めて、そっと一枚目の花びらに手を伸ばす。嶋くんはわたしのことが……


「好き」


 ぷちっ、と花びらをちぎる。続いて、二枚目の花びら。嶋くんはわたしのことが……


「大好きっ」


 花びらをちぎる。三枚目に手を伸ばす。嶋くんはわたしのことが……


「この世界中の誰よりも大好き!」


 ちぎる。

 そんな感じで花占いを繰り返し、最終的に、嶋くんは家に帰るとわたしに会いたくて会いたくて震えるという結果になった。非常によろしい。


 朝からこんなステキな占い結果が出て、今日はいい日になりそうだな。わたしは上機嫌に鼻歌を唄いながら、駅に向かった。

 ――その予感とは程遠い一日になるとも知らず。



 昼休み、お弁当を食べ終えたあと。

 わたしは英語の予習をし、あかりはプロ野球の選手名鑑を読んでいた。隣の席に座ってはいるけど、それぞれ自分のことに集中していて特に会話は交わしていない。教室内もなんだか静かで、一言で言えば、穏やかな午後のひとときだった。

 そんな静寂を破ったのは、わたしから見て斜め前の席から聞こえてきた、


「あっ!」


 という声だった。それに続いて、かしゃん、となにかが床に落ちる音。

 なんだろう、とわたしは教科書から顔を上げた。声を上げたのはクラスメイトの佐藤さとう夕子ゆうこさんだった。左手の人差し指を押さえている。机には乱暴に開けられたスナック菓子の袋が置かれていた。


「どうしたの、佐藤さん?」


 なんとなくただごとではなさそうな雰囲気だったので、あかりと一緒に席を立って佐藤さんに近寄る。そしたら、ぎょっとした。佐藤さんが押さえている指から血が流れていた。それも、けっこうな量が。


「大丈夫ッ? とりあえずこれ、使って」


 ポケットからハンカチを取り出す。佐藤さんは、ありがと、と言ってハンカチで人差し指をくるんだ。黄色の生地に、じわじわと赤が染み込んでいく。


「どうしたの、それ?」

「ちょっとミスっちゃって。お菓子の袋がなかなか開かなくてイライラしたから、筆箱に入ってるカッターで開けようとしたら、強く切りすぎちゃって。指まで切っちゃった」


 どんだけ力強く切ったんだよ。

 あかりが屈んで、机の下に落ちていたカッターを取る。さっきの音は、これが床に落ちた音だったのだ。

 あかりは出血が続く佐藤さんの人差し指を見て、心配そうに眉を寄せた。


「保健室に行って、手当てしてもらったほうがいいね」


     *



 公星高校の校門をくぐると、目の前には大きな建物が三棟、川の字に並んでいる。左から、教室棟、特別教室棟、理科室棟だ。三つの棟を過ぎるとコンクリートの広場、通称中庭が広がっていて、その先には体育館がある。

 保健室があるのは理科室棟の一階。わたしたち二年四組の教室は教室棟の三階にあるから、まあまあ遠い道のりだ。


「えー! じゃあヨシノリ、自分ひとりでお菓子食べるために、彼氏とお喋りするの切り上げたの?」

「ちょっとぉ、そんな大きい声で言わないでよ」


 教室棟の正面玄関を出て理科室棟へ向かう途中、あかりと佐藤さんがそんな会話をしていた。

 ちなみに佐藤さん、自己紹介のときに「好物はヤクルトです」と言って以来、あかりから「ヨシノリ」と呼ばれている。休み時間に一緒に喋ってるのもよく見るし、けっこう二人の仲はいい。


 対してわたしは、佐藤さんとそこまで話したことはない。もちろん、朝教室で会えば笑顔で挨拶はするし、なにか話をされれば愛想よく受け答えするけど、必要以上に話しかけることはない。もっともそれは、他のクラスメイトにも言えることだけど。例外はあかりぐらいだ。


「あのお菓子、なかなか売ってないレア物でさあ。今朝寄ったコンビニでやっと見つけたんだよね。誰にも邪魔されずに一人で食べようと思ってたのに……」

「天罰だね、天罰」


 けらけらと笑うあかりに、佐藤さんがメンチを切る。この二人のノリはいつもこんな感じだ。


「彼氏よりお菓子を優先する女子高生っていなくない? ねえ、ユズ?」

「そうねえ。わたしだったら、一緒に食べるかな」


 口に出した瞬間、しまったと思った。予想通り、佐藤さんは驚いたように、


「え、なに、川口ちゃん、彼氏いんのッ?」


 ものすごい喰いつきっぷり。こんな言い方をしたら当たり前だ。蝉の鳴き声をバックに、わたしはやんわり首を振った。


「ごめん。もしいたらの話よ。いないわ、彼氏なんて」

「へえー、意外。川口ちゃん、男子に人気あるのに」


 ふふん。知ってる知ってる。


「そんなことないよ。わたし、あんまり男の子と話さないし」

「あー。まあ、川口ちゃんはお淑やかだもんね。たぶん男子からしたら、高嶺の花なんじゃないかなー」


 高嶺の花。なんていい響きだろう。わたしぐらいの美少女になら、当然与えられるべきポジションよね。

 特別教室棟の前を通る。校門のすぐ右に売店があるおかげで、辺りにはパンやジュースを持った生徒がたくさん歩いている。


「あ、そうだ。そういえばさ」


 佐藤さんは何かを思いだしたように、好奇心で輝く瞳をわたしに向けた。


「川口ちゃんって、六組の嶋良次のこと好きなの?」

「え?」


 自分でもびっくりするぐらい間抜けな声が出た。次いで、あかりに目をやる。なにも喋ってないよ、というふうに首を振った。


「あの、佐藤さん。なんでそう思ったの?」

「一昨日の昼休みさ、なんか野球部の会議みたいなことしてたじゃん? 教室で」


 藤井のメアド騒動のことだ。佐藤さんは、あれを野球部の話し合いだと解釈したらしい。


「そのとき、嶋良次もいたでしょ? で、川口ちゃんの様子が、なーんかいつもと違って見えたんだよね。妙に緊張してるっていうかさ。こりゃおかしいぞと思って」

「そうなんだ。意外とみんな、見てるのね」

「うん。……まあ、嶋良次ってけっこう目立つし」


 なんとなく含みのある言い方。意味はわかる。

 ミーハーな女子高生にとって、野球部のキャプテンというブランドはかなり大きい。最近になって急に、教室の隅で交わされる「カッコいい男子会議」で嶋くんの名前が挙がるようになったのは知っていた。


「アタシ以外にも、同じこと思った人はいるみたいだよ。いまちょっとした噂になってんだ」

「噂……」


 それはぜんぜん知らなかった。あかりも同じなようで、知り合いがテレビに出演したことを聞かされたような表情をしている。

 ――でもこれって、よく考えたらチャンスじゃない?

 生ぬるい風ではためく髪を耳にかけながら、わたしは考えをめぐらせる。


 キャプテンになった途端、嶋くんにキャーキャーするミーハー層でも、相手がわたしとなれば敵いっこないと身を引くはず。前々から、あっちの人たちには黙っていてほしいと思っていたのだ。牽制するには絶好の機会じゃないか。

 わたしは笑顔を作り、大きく頷いた。


「その通りよ。わたし、嶋くんのことが前から好きなの」

「おお、やっぱり! マネージャーとキャプテンの恋って、素敵じゃん。アタシ、影ながら応援してるよ」


 出血してないほうの手で握りこぶしを作る。小さいとはいえ、いちおう怪我をしてるってことを忘れさせるような元気さだ。

 理科室棟に着く。中に入ると、冷房のおかげでだいぶ涼しかった。

 一番奥にある保健室目指して廊下を歩きながら、佐藤さんは楽しそうに、


「ってか川口ちゃん、もう告っちゃったら?」

「ヨシノリ、気が早すぎだよ……」


 あかりが呆れたようにため息をついた。


「野球部は部内恋愛禁止なんだから、すぐには告白なんてできないよ」


 あれ、ちょっと、あかりさん? せっかく牽制しようとしたのに、それ言っちゃうと意味ないじゃん。

 佐藤さんは目を大きく見開き、


「えー、もったいない! 川口ちゃんなら、ぜったい即オッケーもらえるのに」


 変な嫌味や皮肉は微塵も感じられない口調だった。うれしい気持ちを隠して、胸の前で手を横に振る。


「そんなことないよ。わたし、不安でいっぱいだもん」

「大丈夫だって。そりゃ、嶋良次ってちょっと硬派っぽいけど、川口ちゃんならいけるよ」


 ふふふ。いいぞいいいぞ。もっと言えもっと言え。


「そうかなあ?」

「そうだよ。だって川口ちゃんぐらい可愛い子って滅多にいないもん」


 それまで佐藤さんのナチュラルな褒め言葉に舞い上がっていたわたしは、いまの言葉で一気に現実に引き戻された。

 わたしが可愛いことは、わたし自身が一番よくわかってる。家に帰ると毎日、再現率バツグン、天然素材百パーセントの姿見で全身チェックしてるんだから。顔も可愛いし、スタイルだっていい。肌だって綺麗だ。

 でも、だからこそ。


「……わたしの場合、顔は武器にならない」


 意図せず、思ったことがぽろりと口から出てしまった。佐藤さんはもちろん、あかりまで目を丸くする。


「いや、川口ちゃん、そんなことないよ。嫌味とかじゃなくてさ。めちゃくちゃ可愛いから」

「そうだよ。ユズがそんなこと言うなんて、珍しい」

「ごめん。あの、そういうことじゃないの」


 わたしは早口に弁解した。


「嶋くんって、内面を重視する人だと思うの。だから、外見なんて関係ないだろうなーって」

「いやー、でも、男だし。顔は大事だよ。川口ちゃん可愛いんだから、自信持って」

「あ、ありがとう」


 ごめんね。自信は大いに持ってるよ。

 気がつくと、保健室はもうすぐ近くだった。階段を過ぎればすぐそこだ。


「ヨシノリ、もう血は止まった?」

「うん、いちおう」


 あかりと佐藤さんの声にまぎれて、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえた。なんとはなしに目を向けてみる。

 その途端、背筋がひやりとした。


 二階から、一人の男子生徒が下りてきた。中肉中背で、髪は長くも短くもない。銀色のフレームの眼鏡をかけていて、目はちょっと釣り目気味。間違いない。

 熊代くましろくんだ。この学校で唯一、わたしと同じ中学から来ている、熊代隆康(たかやす)くんだ。

 なんで彼がここに?


「どうしたの、ユズ?」


 あかりに軽く背中を叩かれた。それでやっと我に帰る。なんでもクソもない。理科室棟に生徒がいるのは当たり前じゃないか。


「ごめんあかり、なんでもない」


 熊代くんはそのまま保健室とは逆方向に歩いていった。すれ違うとき会釈ぐらいはされるかもしれないと思ったけど、特にそういうことはなかった。当然か。わたしたちは同じ中学だったけど、話したことは一度もないんだから。

 なんとか気持ちを落ち着けて、あかりたちと保健室へ。白いスライドドアは綺麗に閉められていた。失礼しまーす、とお決まりのセリフを言って、ドアを開ける。


「あれ、尾花おばな先生じゃないですか」


 室内を見たあかりが、驚いたように声を出した。

 養護教諭の真弓まゆみ先生と一緒に中央の長椅子に腰掛けていたのは、社会教師の尾花先生だった。少しぽっちゃりしてるのが可愛いと、生徒から人気のある三十代半ばの男教師だ。どうやら、二人で話をしていたらしい。生徒の姿は見えない。

 尾花先生はちょんちょんとこめかみを人差し指で突いた。


「ちょっと頭痛がしてね。薬を貰いに来て、そのあと少し話を」


 ふーん。……ま、そんなこともあるのかもしれないけど。

 それじゃあ僕はこれで、と挨拶して、尾花先生は保健室から出て行った。スライドドアが閉まる音を合図にしたように、


「あなたたちは、どうしたの?」


 先週まではかけていなかった縁なし眼鏡を押し上げて、真弓先生がそう訊いてきた。歳は二十代の後半。どういうわけかだいぶ日焼けしていて、それをごまかすためか、いつもより濃い化粧をしている。ちなみに、『真弓』というのは苗字だ。下の名前は知らない。

 佐藤さんが前に出て、怪我した指を見せる。


「カッターで指切っちゃったんです。出血はいちおう止まったんですけど」


 真弓先生は、そこまで近づく必要ある? と思うぐらい顔を近づけて傷口を見た。


「そこまで深くないわ。消毒して絆創膏を貼れば大丈夫」


 ちょっと待ってて、と言い残して、キャスター付きの戸棚のほうに歩いて行く。たぶん、薬箱を出すつもりなんだろう。立ちっぱなしもあれなので、わたしたちは保健室の中央にある長椅子に腰掛けた。


 部屋の右側にはカーテンつきのベッドが三つ並べてあって、中央には机と長椅子。左側には薬品の入った戸棚とミニ冷蔵庫、奥のほうには裏口とトイレがある。室内にトイレが備えついているのはちょっと珍しいかもしれないけど、それ以外は特に変わりない普通の保健室だ。


「てかさ、ありがとね、二人とも。特に川口ちゃん」


 佐藤さんが申し訳なさそうにハンカチをわたしに見せる。


「ハンカチ貸してくれたのに、こんな血だらけにしちゃったし。洗っても落ちなかったら弁償する」

「そんなことしなくて大丈夫よ。同じものが家にあるし」

「マジで? 川口ちゃんて、ほんといい子だよね」


 あかりがにやっと笑って、肘で突いてくる。なによ、その冷やかすような顔は。

 薬箱を取ってきた真弓先生が、わたしたちとはテーブルを挟んで反対側の椅子に座った。


「ちょっと染みるだろうけど、我慢してね」


 取り出したガーゼに消毒液を垂らす。それを見た佐藤さんが、う、と微かに声をもらした。気持ちはわかる。あんなに大量の消毒液を染みこませたガーゼがいまから自分の傷口に当てられるなんて、想像するだけで痛い。


「さ、手を出して。すぐに終わるから」

「は、はい」


 佐藤さんがちょっと震える声で返事し、人差し指を差し出す。真弓先生は眼鏡を押し上げて、ゆっくりとガーゼを近づけていく。


「あー、あだだだ! あいたた痛い痛いッ!!」


 保健室に佐藤さんの悲鳴が響き渡る。が、頑張れ、佐藤さん! 負けるな、佐藤さん!


「……はい、消毒終わり。ごめんね、痛かったでしょう?」

「いえ、ぜんぜんデスヨ」

「ヨシノリ。無理あるから、それ」


 真弓先生は絆創膏を取り出すと、佐藤さんの指に鼻が付きそうになるぐらい顔を近づけて、慎重に貼っていった。


「オッケー。しばらくしたら治るわ」


 やっと絆創膏を張り終えた真弓先生が顔を上げる。漫画なら、きらっと輝く汗が一筋頬を伝いそうなぐらいいい表情をしていた。

 最後に、絆創膏を貼り直すときは傷口を充分に乾かしてから貼ること、などの軽い注意事項を聞いて、わたしたちは立ち上がった。


「それじゃあ、真弓先生。どうもありがとうございました」


 三人で会釈する。真弓先生も笑顔で手を振ってくれた。外に出ようと、スライドドアに手をかけたとき……。

 がちゃりと音を立てて、ドアが開いた。わたしたちの正面にあるスライドドアが、ではない。奥にある裏口のドアだ。


「ごめんユキエ、遅くなっちゃった。でもちゃんと買ってきたから」


 ショートカットの女の人が、駅ビル内の百貨店のビニール袋を提げてやってきた。歳は大体、真弓先生と同じぐらいに見える。ユキエっていうのは真弓先生のことだろうけど、この人いったい誰?


「ほんとありがとうね、エリ。大変だったでしょ?」

「そりゃもう。暑いだけならまだしも……」


 真弓先生と謎の女の人の会話を聞いていたわたしの背中を、あかりがとんとん叩く。


「どうしたのユズ? 行こ」

「ああ、うん。ごめん」


 保健室を出て廊下を歩く途中、あかりに小声で訊く。


「ね。さっきの人誰だっけ。なんか、真弓先生とすっごい親しそうだったけど」

「え、はら先生のこと? カウンセラーの先生だよ。特別棟の二階にあるでしょ、カウンセラー室」


 あかりはまじまじとわたしの顔を見て、


「ってか、先週の保健体育の授業で来てたじゃん。渡辺先生の手伝いで」

「……えーっと、そうだっけ?」

「そうだよ。もう忘れたの?」

「あはは。……うん」


 ちゃんと人の顔は覚えなよー、とあかりがため息をつく。なにも返せる言葉がないので、笑って受け入れた。


「ま、原先生、普段は眼鏡かけてるのに今日はかけてなかったもんね。それで印象変わってて、わかんなかったんじゃない? ところでさ……」


 廊下を歩きながら、佐藤さんはどことなく照れくさそうな顔をわたしに向けた。


「アタシ、人のこと苗字で呼ぶの苦手なんだ。柚香って呼んでいい?」


 わたしは笑顔で頷いた。


「もちろん。でも、柚香じゃなくてユズでいいよ。そっちのほうが短くて呼びやすいでしょ?」

「まじで? やったね!」


 うれしさをぶつけるように、佐藤さんは体当たりで入り口のドアを開ける。その強さたるや、半ばタックルの領域。怪我の原因といい、佐藤さん、力加減するの苦手?


「アタシのことも夕子でいいから。――じゃ、アタシ先に教室行くね! お菓子パーティーしようよ。準備してるから!」


 そう言って、理科室棟を出ると、佐藤さん改め夕子ちゃんは全力ダッシュで教室棟へ向かっていった。わたしはその後ろ姿を見て、思わず笑ってしまった。


「なに? お菓子パーティーって、さっきのあのお菓子だけでやるの?」

「まあ、ヨシノリはけっこう、ノリに任せる人だから。……でも、よかった」


 わたしを見上げて、あかりは口許を緩める。


「ユズって意外と人見知りじゃん? だから、ヨシノリに嶋くんの話したの、なんかうれしかったよ」

「あ、ああ。まあね」

「うん。ヨシノリもさ、ユズと仲良くなりたいなーって前から言ってたんだ。それでさっきもあんなによろこんでたんだと思う。これからもっと話してさ、友だちになりなよ!」


 顔をくしゃっとさせて、満面の笑顔。屈託のない笑みという言葉がこれ以上似合う表情はない。

 あかりは、どうしてわたしが嶋くんのことを打ち明けたのか気づいていないのだ。人見知りな友だちがクラスメイトに心を開いたんだと解釈して、素直によろこんでくれている。まさか、周りの同級生を牽制するためだとは、夢にも思っていない。


「……うん、頑張るわ」


 わたしはそう返しながら、心の中で小さくため息をついた。

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