歪な三角関係
「ふわぁぁあ......今日もヴィンセント様カッコいいぃ〜......」
うっとりと彼女が見つめる窓の外では、この国の第一王子、ヴィンセント・フランシス・ヴァレンティアが剣を振るっていた。
「...あ!エリ!」
「......セレーナ...また妃教育を抜け出して......」
呆れる俺のことなんて気にも留めず、彼女は外で剣を振るう兄のことを見つめていた。セレーナはヴィンセントの許嫁で、こうして城に通っては妃教育を受けている。
「かっこいい............」
窓の外を見つめたまま呟く彼女を見て、俺はため息をついた。
「...よかったな。正式に兄貴の婚約者になったんだろ」
「うん...まだ"妃候補"だけどね!......噂では私の他にも妃候補はいるみたい。決まってからヴィンセント様とはまだ話せてなくて......」
「......義理とはいえ弟の俺でさえ何考えてるのかさっぱりわかんねぇからな」
「でも、小さい頃からずっと一緒だったエリがこうして近くで応援してくれるから...私、頑張るよ!」
そう言って花が開くように笑った彼女は、妃教育の教師が怒り狂って探す声にビビりながら戻っていく。
彼女の後ろ姿に、ずっとひた隠しにしてきた想いが溢れ出す。
......祝福なんて出来るわけがない。自分の手で誰よりも幸せにしたい。『王妃』という重責なんて負わずに笑っていてほしい。
誰もいない廊下で、深く息を吐いた。
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セレーナ・エリズ・フォンティーユに出会ったのは八年前の春ーーー、
「お、お初にお目にかかります。フォンティーユ侯爵家のセレーナと申します」
辿々しくお辞儀した彼女は、まだ九歳の少女だった。ヴィンセントは十二歳、俺は彼女と同い年。年頃の近い令嬢を紹介されて気づかぬほど阿呆ではなかった。最近になって、国王である父から事あるごとに貴族の令嬢に会わされていた。
きっと、将来の妃候補ーーー、そして義兄のヴィンセントの妃はいつか"王妃"となる。その見極めのため、今のうちから妃候補となる有力貴族の令嬢をこうして城に呼び寄せては顔合わせが行われていた。そのほとんどはわかりやすく未来の王妃になるべく媚びへつらい、俺たちの機嫌を伺う。馬鹿馬鹿しい時間だ。
「...父上、気分が優れないので失礼させていただきます」
嘘だけど仕方ない。第二王子である自分にはまだ早すぎる話だ。お目当てのヴィンセントが適当に話したら満足して帰るだろう。そう思って席を立った。
護衛の兵を退がらせて、しばらく庭園を一人で散歩していた。そのとき、あの少女が慌てた様子で駆けてくる。
「...っ...エリオット殿下!大丈夫ですか!?お顔色も悪いのにこんな場所で...!」
「...君は......どうしてここに......」
驚いている俺の手を引いて、彼女は大慌てで言う。
「あ!あそこに東屋があります!とりあえず座って休んでください!歩けますか?人を呼びましょうか?」
あまりの慌てぶりに思わず笑ってしまった。
「...ふっ...大丈夫だ。気分が悪いというのは嘘だ」
「...え"っ!...そうですか......よかった〜!広間を出て行かれる際にご気分が優れないご様子だったので、ずっと心配してたんです。でも、お元気なら安心しました」
そう言ってくしゃっと笑う彼女を見て、はじめて女性に対して「可愛い」と思った。そしてそれからというもの、城に度々やってくるセレーナと話すうちに、次第に彼女に惹かれていった。これが俺の初恋だった。
出会いから数年経ち、妃選びも本格的に始まった。いずれ妃を迎えるのであれば、彼女がいい。そんな淡い期待を胸に秘めていたある日、セレーナを城内で見かけた。
「...?...なんでセレーナが城に?今日はそんな予定は......」
廊下を歩く彼女を呼び止めようとしたとき、目の前の光景に動きが止まる。
ヴィンセントが彼女に歩み寄り、手を取る。セレーナの頬が赤く染まる。そんな彼女を見つめるヴィンセントは、今まで見たことのないような穏やかな顔でセレーナに話しかけていた。二人とも仲睦まじそうにほほ笑み合いながら庭園のほうへ歩いていく。
「...はっ...そういうことか.........」
柱の影に身を潜め、二人の逢瀬を目にした俺は情けない思い上がりを恥じた。いつの間にかセレーナを自分の妃にしたいなどと夢みていた。しかし彼女も兄のことを......。
ヴィンセントは異母兄で、亡くなった王妃の息子だった。一方で俺は側室の子で、幼い頃からその扱いには明確な差があった。ヴィンセントが次代の王位継承者として厳しく教育されるなか、身分の低い母を持つ俺は自由に、気楽に生きていた。
ヴィンセントが自身の妃候補にセレーナの名を挙げたとき、俺は何も言えなかった。今まで自分の執着など欠片も見せず、何を考えているのかもわからなかった兄が、初めて欲したものーーー。それがまさか同じだったなんて。
こうして俺の勝手な片思いは終わりを告げた。




