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第1話

悪役ヴィランとは、高潔なる品格と卓越した才能を必要とする芸術だ」


「単なる破壊など、野獣の狂宴にすぎない。論理なき殺戮など、無能者の残した無様な敗筆にすぎないのだ。あのような粗暴で低劣、かつ美意識に欠ける破滅など、真の闇と呼ぶには到底値しない。真の闇とは、綿密に構成された交響曲シンフォニーであるべきだ。最も眩い光の中に絶望の種を蒔き、英雄が栄光の絶頂に立ったその瞬間に、運命の弔鐘を鳴らす。彼らに足掻く余地を与え、泥沼の底から天を仰がせ、そして――最も美しく、最も壮絶な終幕フィナーレにおいて、避けることのできない破滅の洗礼を受けさせるのだ」


「舞台は壮大でなければならず、照明は薄暗く、セリフは一言一句が珠玉のようでなければならない。正義を気取る操り人形マリオネットどもに、絶望の淵で悔恨と覚悟の涙を流させるのだ。深淵に呑み込まれるその瞬間、彼らの心に湧き上がるのが単なる恐怖ではなく、運命という揺るぎなき威厳に対する、深き敬畏であるように」


「これこそが、私の追い求める悪役ヴィランの美学だ」

――リアン・ノクティス


深夜。


王国の辺境、荒野の奥深くに位置する『夜蝕会』の隠密拠点。その一角に、分厚いベルベットの遮光カーテンで隙間なく閉ざされた書斎があった。


書斎の調度品は、古典的でありながらも、どこか重苦しい贅沢さに満ちている。そびえ立つマホガニーの本棚には、カビと羊皮紙の匂いを漂わせる古い典籍がぎっしりと詰め込まれ、壁には影に覆われたいくつかの抽象画が掛けられていた。部屋の中央に置かれた彫刻入りの大きな書机。その上で暗赤色のキャンドルが不安げに揺らめき、机に向かう人物の影を斑な壁の上に長く引き伸ばしている。それはまるで、闇の中で息を潜める巨大な夜烏よがらすのようであった。


リアン・ノクティスは、書机の前に端座していた。


滝のように流れ落ちる銀白の長髪は、かすかなキャンドルの光を浴びて、月光のような冷ややかな微光を放っている。病的なまでに白い肌は、凝ったレースと銀の刺繍があしらわれた黒いドレスと強烈なコントラストを描き出していた。


固まった血を思わせる暗赤色の双眸が、机の上に広げられた高級な羊皮紙をじっと見つめている。


リアンの白く細い指先が握っているのは、希少な魔獣の羽から作られた烏羽からすばのペン。バイオレットの香りをほのかに漂わせる特製の魔法インクを吸ったペン先が、紙の上をさらさらと滑り、素早く文字を刻んでいた。


「『次なる作戦における劇的展開と舞台構想について』……」


優美なカリグラフィーで羊皮紙にタイトルを書きながら、リアンは低く呟いた。その声には、どこか敬虔とも言える真摯な狂熱が宿っている。


「いいえ。このタイトルはあまりに直接的すぎて、背筋を凍らせるようなサスペンス(緊張感)が足りないわ。もっとこう……」


彼女は躊躇なくその一行を塗り潰し、新たに書き加えた。


「『月蝕降臨:名もなき女王の絶望のプレリュードと五幕構成による戯曲大綱』」


タイトルを書き終えると、リアンは満足そうにペンを置き、ベルベットの張られた椅子の背もたれに体を預けた。暗赤色の瞳には、陶酔の表情が浮かんでいる。


「完璧だわ。ただのタイトルだというのに、すでに引き裂かれた運命の血の匂いを感じさせる」


彼女は囁くような甘い声で、自らの傑作を自賛した。


王国全土、ひいては周辺の大陸にまでその悪名を轟かせ、諸勢力から災厄の根源と恐れられている最大最悪の悪役ヴィラン組織『夜蝕会』。その最高幹部である『五終焉』が一人――『月の席』たるリアン・ノクティスには、決して妥協しない行動指針ポリシーがあった。


自分は、この俗悪で野蛮な連中ばかりが集まる組織の中で、唯一『芸術へのこだわり』を持つ人間である――と、彼女は確信していた。


「カァ――、カァ――!」


リアンが羊皮紙の上で、第一幕のプロットをさらに練ろうとしたその時、窓の外から耳障りでかすれた烏の鳴き声が聞こえてきた。どこからともなく飛んできた野良の烏が窓枠にとまり、身の程知らずにもクチバシでガラスを叩いている。コツコツという不快な音が静寂をかき乱した。


高まりつつあった『悪役ヴィランの情緒』を無残にも中断され、リアンはわずかに眉を寄せた。暗赤色の瞳に不快感がよぎる。


彼女は立ち上がることも、振り返ることもしなかった。ただ、手にした烏羽のペンの末端で、インク瓶のフチを軽く叩いただけだ。


「静かに」


それは極めて平淡な二文字だった。怒りの咆哮もなければ、複雑な詠唱もない。だが、その言葉が発せられた瞬間、書斎の空気が急激に重圧を増し、実体化したプレッシャーが波紋のように四方へと広がっていった。


窓ガラスを狂ったように叩いていた烏が、突如として動きを止めた。半開きになったクチバシからは微々たる声すら漏れず、羽ばたこうとしていた翼は空間に縫い付けられたかのように静止する。数秒後、その哀れな鳥はすべての生命活動を失ったかのように、窓枠から真っ逆さまに落下し、果てしない夜の闇へと消え去った。


これがリアンの持つ根源的な能力の一つ――『言霊ことだま』だ。


彼女の口から放たれた言葉は、現実と他者の意志を強制的に歪める魔力を帯びる。精神の脆弱な生物相手なら、指一本触れることなく、「黙れ」あるいは「消え失せろ」と告げるだけで、その運命を直接決定づけることができた。


しかし、死の静寂を取り戻した窓の外を見つめながら、リアンは深いため息をもらし、嫌悪と後悔を滲ませた表情を浮かべた。


「地味すぎるわ……」


彼女は痛ましげに額を押さえ、指の隙間から銀色の髪をこぼれ落とす。


「芸術性が全くないじゃない。何で私は『静かに』なんていう退屈極まりない言葉を使ってしまったのかしら? これじゃあ、野良犬の遠吠えを鬱陶しがるそこら辺の凡人と何ら変わりないわ!」


彼女はいつも携帯している別の薄い手帳に何かを書き込みながら、容赦ない自己批判を続けた。


「月蝕を統べる名もなき女王として、夜の平穏を乱す鳥類を前にしたのなら、本来ならこうあるべきだった。――『夜の使者よ。我が領域へ盲目的に迷い込んだからには、その騒がしい羽を閉じ、無窮の静寂の中で永劫に眠るがいい』。そうよ、これこそが私の気高い身分と圧倒的な威厳に見合う表現だわ」


彼女はそのリライトされたセリフを『日常セリフ修正備忘録』へ厳粛に記録し、ようやく少しだけ胸をなでおろした。


その時、書斎の扉の下の隙間から、不気味な黒い霧が音もなく流れ込んできた。霧はまるで生き物のように分厚い絨毯の上を這い回り、最終的にリアンの書机の前で、暗赤色の封蝋が施された漆黒の封筒へと形を成した。


リアンの視線が瞬時に鋭くなった。彼女はこの伝達方法を知っている。『夜蝕会』において最も神秘的で最も強大な首領――『夜蝕の主』からの直令だ。


彼女は黒いベルベットのロンググローブをはめた手を伸ばし、優雅にその手紙をつまみ上げた。指先からひんやりとした魔力の触感が伝わってくる。封蝋を剥がし、中の特殊な紋章が刻まれた便箋を取り出した。


彼女が便箋に目を走らせると、わずかに期待を含んでいたその表情が、次第に複雑な呆れへと固まっていった。


便箋には、味気ない三行の文字だけが記されていた。


【目標:王都聖堂の最奥】

【任務:封印されし古代遺物『茨の冠』の強奪】

【暗部より、淵の席が貴殿を支援する】


リアンは丸々三十秒ほどその三行を見つめ、やがてたまらず細い指で眉間を押さえた。


「あまりに味気なさすぎるわ……」


彼女は深い失望を込めてため息をついた。


「ボスの命令は、いつもロマンティシズムと叙事詩的な宿命感に欠けているのよね。遺物の強奪? 聖堂への潜入? これではまるで三流の盗賊ギルドが発行した安物の依頼クエストじゃない。雄大なプロローグもなければ、運命の交錯もなく、予告状の一枚すら用意されていないなんて。もし本当にこの三行の通りに実行したら、この舞台ステージのどこに見る価値があるというの?」


ボスのアートセンスのなさに内心で散々ツッコミを入れつつも、リアンに命令を違えるつもりはなかった。むしろ、その整った口元はわずかに吊り上がり、興奮を押し殺した笑みがこぼれる。


「ボスがこんな味気ないプロットしかくれないのなら、至高を求めるアーティストであるこの私が、この何の変哲もない強奪劇にふさわしい劇的なソウルを吹き込んであげるわ」


しかし、その才覚を羽ばたかせる前に、リアンの視線は再び便箋の最後の一行に落ちた。


【暗部より、淵の席が貴殿を支援する】


その文字を目にした途端、リアンの美しい眉が険しく寄せられ、瞳の奥に隠しきれない嫌悪と警戒の光が宿った。


「『淵の席』……」


リアンはそのコードネームを低く呟いた。まるで、吐き気を催す猛毒が舌先に触れたかのように。


『夜蝕会』の五人の幹部の中で、星の席がただ殺すことしか脳がない脳筋で、霜の席が研究に没頭する狂人、寂の席がペテン師紛いの哲学家だとするなら――『淵の席』は、ドブ底に潜む毒蛇のように陰険で邪悪な陰謀家だ。あいつは裏で人の心を弄び、すべての人間を自分の盤上の捨て駒としか思っていない。


「あの腐臭を漂わせる男が、親切心から誰かを支援するはずがないわ」


リアンは烏羽のペンの端でコトコトと机を叩きながら、思考を高速で回転させた。


「あいつが今回の作戦への関与を自ら買って出たのだとすれば、絶対に『茨の冠』の強奪を助けるためではない。あいつの差し出す『手助け』には、いつだって即死性の猛毒が塗られている。おそらく、私の舞台で黒幕フィクサー気取りをするか、あるいは決定的な瞬間に背後から私を刺し、敵の手を借りて私を排除した上で成果を独り占めしようと目論んでいるのでしょう」


そこまで推測しても、リアンは恐れるどころか、むしろ鼻で笑うような冷笑を漏らした。


「私の舞台でシナリオを書き換えるつもり? 片腹痛いわ。私の書くステージの上では、アリ一匹の挙動すら私の絶対的な支配下にあるの。そこまで首を突っ込みたいなら、本物のシナリオライターがどういうものか見せてあげる。せいぜい私のフィナーレ(終幕)で、勝手に割り込んでは運命に踏み潰される滑稽なピエロでも演じることね」


淵の席への警戒を密かに胸に刻むと、リアンは再び目の前にある真っ白な羊皮紙へと視線を戻した。


「茨の冠……王都……聖堂……」


リアンは深く息を吸い込む。彼女が持つ『月の席』としての第二の根源的能力――『シナリオ』が、脳内で起動した。彼女は『言霊』によって個体を支配するだけでなく、あらかじめ『物語のプロット』を執筆することで、一定範囲内の現実を自らが仕組んだ『ストーリー展開』の通りに強制進行させることができる。キャストを割り振り、結界を張り、特定の条件を満たさなければ突破できない試練を設置する――それらすべてが思いのままだ。


「目標が王都にあるのなら、王都の城内すべてが、この私が描き出す大芝居グランドステージの広大な舞台になるわね」


リアンの烏羽のペンが紙面に下ろされ、さらさらと激しい摩擦音を立てる。この瞬間、彼女は命令を待つだけの暗殺者などではなく、創作の絶頂期にある狂気的な演出家ディレクターへと変貌していた。


丸々四時間。


書斎のロウソクが二度取り替えられ、リアンの握る烏羽のペンは羊皮紙の上で火花を散らすほどの勢いで走り続けた。ついに筆を置いた時、あの味気ない三行の命令書は、実に十二ページにも及ぶ設定とプロットで埋め尽くされた『作戦シナリオ企画書』へと生まれ変わっていた。


リアンは立ち上がり、両手でその重みのあるシナリオを持ち上げた。瞳に狂信的な光をたぎらせ、自らの傑作を詩篇のように朗読し始める。


「全体の構成は五幕とするわ」


「第零幕:準備段階プロローグ。私は最高に傲慢な姿勢で王都へ潜入しなければならない。下水道を進むなど、ドブネズミのすることよ。私は黒塗りの馬車に乗り、黄昏時、堂々と正門から入場して災厄の予兆となる」


「第一幕:序曲イントロダクション。夜が王都を支配する。私は王都の中央広場に結界『序幕のプロローグ・ガーデン』を展開。月が影に蝕まれ始めるその瞬間に、街全域へ向けて私の登場を告げる宣誓を行う」


「第二幕:乙女たちの絶望のプレリュード。一方的な蹂躙など退屈すぎるわ。私は危機を演出し、王都の防衛戦力を二者択一の葛藤へと追い詰める。仲間の救出か、あるいは陣地の死守か――その狭間で彼らを悶え苦しませ、自らの無力さと偽善を痛感させるのよ」


「第三幕:交錯する宿命。ここには、私に抗おうとする愚かな勇者キャストたちの席を用意しておかなければね。彼らには三つの試練を課すわ。力任せの斬り合いではなく、魂への拷問よ。己の内の恐怖と向き合った者だけが、私の前に立つ資格を得るの」


「第四幕:危機の転換トラブル。もし淵の席の雑兵どもがここで邪魔に入ったなら、その場で地形を改変し、劇中劇を仕立て上げるわ。正義を自称する勇者と、淵の席のドブ蛇どもを互いに喰らい合わせるの。私は高みの見物と洒落込み、その混沌とした余興を特等席で楽しむとしましょう」


「そして、フィナーレ(終幕)。茨の冠の封印が解かれ、その魔力が絶頂に達した瞬間、私は王都のすべての人間が見上げる中で王冠を戴き、この上なく不遜な退場カーテンコールのセリフを残して、月蝕の最深部へと消え去るのよ」


シナリオの全体図に非の打ち所がないことを確認すると、リアンは『第一幕』の登場シーンでのセリフに焦点を絞った。


「偉大な戯曲において、プロローグの口上は観客が抱く畏怖の大きさを決定づけるもの。一言一句、すべてに魂を貫く力を持たせなければね」


リアンは書机を離れ、黒いドレスの裾を少し持ち上げると、書斎の隅にある姿見の前へと歩み寄った。


鏡に映る女性は、高貴で、危険で、神秘的。人を寄せ付けない病的なエレガンスを漂わせている。


リアンはコホンと喉を鳴らし、わずかに顎を持ち上げ、右手を左顔に添えて顔の半分を隠し、底知れない神秘性を演出しようと試みた。彼女は鏡に向かい、どこか浮世離れした、それでいて威厳に満ちた声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「我が名は月蝕に君臨する名もなき女王。今宵、王都の星々は、我がステージのために翳りゆく」


一度口にすると、彼女は即座に眉を寄せ、手を下ろして鏡の中の自分に向けて何度も首を振った。


「ダメね。手で顔を覆うようなポーズは安直すぎるわ。まるで魔力に目覚めたばかりで制御もままならない三流の魔法学徒のようじゃない」


リアンは厳しく自己批評した。


「女王たるもの、その立ち姿はどこまでも自然で、傲慢であるべきよ」


彼女は深く息を吸い、ポーズを変えた。今度は両手を腹の前で上品に重ね、顎をさらに高く上げ、見下すような冷たい眼差しを鏡に送る。


そして、セリフのリライトを始めた。


「我が名は月蝕を統べる名もなき女王。今宵、王都の灯火は、我がステージのために消え失せる」


言い終わるや否や、彼女は再び舌打ちをした。


「灯火? 『灯火』なんて言葉、俗っぽすぎるわ! 王都に溢れ返っているのは、あの鼻を突く匂いを放つ魔導街灯よ? 『灯火が消える』なんて、まるで私がどこぞの路地のキャンドルを吹き消しに行くみたいじゃない。天体を操るような壮大なスケール感がこれっぽっちも感じられないわ!」


リアンは鏡の前をイライラと往復した。ピンヒールが絨毯を踏みしめる鈍い音が、静まり返った書斎に響く。


「やはり星々がいいわ。星々は夜空高くに掲げられた運命の象徴。星が翳ることこそが、運命の終焉を意味するのだから」


彼女は足を止め、姿見の前に立ち上がった。今度は余計なポーズは一切取らず、ただ自然に両腕を垂らし、己の強大な魔力を周囲に可視化された闇のオーラとして漂わせる。そして、ゆっくりと、力強く、逆らうことを許さない絶対的な強制力を伴った声で、三度目のテイク(練習)に入った。


「我が名は月蝕を統べる名もなき女王。今宵――王都の星々は、我がステージのために翳りゆく」


鏡の中の彼女は、まさに自分が理想とする『絶望的な威厳』を完璧に体現していた。


「よし、これで行きましょう」


リアンは満足げに頷いた。たったこれだけの一言と立ち姿を決めるためだけに、彼女は鏡の前で丸々三十分以上も葛藤していたのである。


彼女は書机へと戻り、再びペンを握ると、シナリオの余白に最後の一条を書き加えた。


「舞台は整い、シナリオも完成したわ。あと私に足りないのは、優秀な役者キャストだけね」


リアンの瞳に、厳しい品定めをするような光が宿る。


「平凡な王国の近衛兵や、祈るしか脳がない聖職者どもでは、あまりにも退屈だわ。あんな連中、少し脅かしただけで泣き喚いて崩れ落ちるのだから、私の戯曲のテンション(劇的緊張感)を維持できるはずがない。この大芝居には、私のフィナーレを引き立てるに十分な、眩いばかりの正義の主役ヒーローが必要よ」


彼女は紙の上に、『理想の主役』に対する要求を素早く書き連ねていった。


【対象は責任感に満ち、その眼差しには決して屈しない光が宿っていること。闇夜を何としても切り裂こうとする流星の如き存在であること。この上なく眩い希望を、私が彼女のために仕立て上げた絶望のどん底へと叩き落とし、苦痛の中で二者択一を迫ってこそ、初めて最も深遠で、身の毛もよだつような絶望の美が紡ぎ出されるのだ】


「王都の騎士団に、私を失望させない人材がいてくれるといいのだけれど。そうでないと、私が徹夜して書き上げたこの十二ページのシナリオが報われないわ」


リアンは優雅にその分厚いシナリオを閉じ、大切に懐へと収めた。


彼女が手袋をはめた指先を空間で軽く弾くと、書机の上で夜通し燃え続けていた暗赤色のキャンドルが瞬時に消えた。


書斎は純然たる闇に包まれた。ただカーテンの隙間からこぼれ落ちる一筋の冷ややかな月光だけが、風にそよぐリアンの銀白の長髪を照らし出している。


彼女は静かに窓辺へと歩み寄り、分厚いカーテンを引き開けた。遥か彼方、荒野の果てに、王都の輪郭が夜の帳の中でうっすらと浮かび上がっている。


「第一幕の幕開けは、明日の夜からね」


彼女は低く呟いた。その声は風に吹かれれば消えてしまいそうなほど軽やかだった。そして身を翻すと、黒いドレスの裾が宙に美しい弧を描き、まるで闇に溶け込むかのように、彼女の姿は音もなく書斎の影へと消え去った。空気の中に、バイオレットのインクの残り香だけを残して。


同じ頃。


遥か数百キロメートル先、王国の心臓部――繁栄と威厳を誇る王都。


東の空がようやく白み始め、朝もやがまだ街路から消え去っていない時間帯。大半の市民が未だ夢の中にいるこの瞬間に、王都騎士団の専用訓練場からは、すでに規則正しい風切り音が幾度となく響き渡っていた。


「せいっ!」


「はっ!」


朝もやの中、まばゆい金髪をなびかせる影が素早く躍動している。


見たところ、まだ十六、七歳ほどの少女である。彼女は動きやすさと防御力を両立させた軽装の騎士鎧を身に纏い、手には重厚な制式の鉄剣を握りしめていた。


その動作は鋭く、かつ正確。一振りの剣撃ごとに、澱みのない美しさが宿っている。額から流れ落ちた汗が、意志の強さを湛えた澄んだ青い瞳の横を通り、訓練場の石畳へと滴り落ちていく。


「九百九十八!」


「九百九十九!」


少女は奥歯を噛み締め、両手で柄を固く握ると、腰を起点に大きく踏み込んだ。身体のひねりを利用し、圧倒的な気迫と共に鉄剣を真っ直ぐに振り下ろす。


「千!」


鈍い衝撃音と共に、頑丈な鉄板が張られた訓練用のダミー人形に、ただの素振りにすぎないはずの一撃が深い亀裂を刻み込んでいた。


少女は肩を大きく揺らし、激しい呼吸を繰り返した。手甲の背で無造作に顔の汗を拭う。その透き通るような青い瞳の奥には、あらゆる闇と不条理を切り裂かんとする、純粋で眩い光が燃え盛っていた。


王都の朝風が彼女の金髪を揺らす。新たな一日が、今、始まった。


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